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「……あ、あの、ローズマリー様。そんなに見つめられると、余計にお顔が熱くなってしまいますわ」
リリアン様が、ベッドの中から弱々しく、けれどこの世のものとは思えないほど可憐な声で仰いました。
ことの始まりは、私の手厚すぎるケアでした。
最高級のハーブ、最高級の加湿、そして私の最高純度の情熱。
それらが混ざり合った結果、繊細なリリアン様は少々のぼせてしまい、微熱を出して寝込んでしまったのです。
「何を仰るのです、リリアン様! 熱に浮かされ、頬を林檎のように赤く染めた貴女のお姿……。これは『病床の美』という、新たな芸術のジャンルですわ! 私は今、歴史的な瞬間に立ち会っているのです!」
私はベッドの横に陣取り、水で濡らしたシルクのタオルを、彼女の額に恭しく乗せました。
「ああ、見て。白い肌に浮かび上がる微かな汗の珠。まるで真珠の雫がこぼれ落ちたようですわ。……アン! 予備のタオルを! それと、私の心臓を叩くための予備の心臓を持ってきて!」
「お嬢様、落ち着いてください。自分の心臓は自分で管理してください。あと、リリアン様がのぼせた原因の半分は、お嬢様が部屋で焚きすぎた『情熱のアロマ』のせいですよ」
アンが冷めた手つきで、部屋の窓を少しだけ開けました。
北の冷たい空気が入り込みますが、私の熱気の方が勝っているのは言うまでもありません。
「失礼ね。あれは彼女の免疫力を高めるための聖なる煙ですわ。……さあ、リリアン様。お粥を持って参りましたわよ。アイゼンベルクの特産、白い小豆をすり潰し、黄金比の隠し味を加えた逸品ですわ」
私は銀のスプーンでお粥を掬い、ふーふーと丁寧に(かつ、優雅な角度で)息を吹きかけました。
「さあ、あーんですわ。リリアン様、その小さな、桜の花びらのようなお口を開けてくださいまし」
「あ、あーん……。……。美味しいですわ、ローズマリー様。でも、お粥を見る目つきが、獲物を狙う鷹のようで少し怖いです……」
「それは愛ですわ、リリアン様! 貴女が咀嚼するたびに動く、その美しい顎のライン。嚥下する瞬間の、喉の繊細な震え。……ああ、もう一杯! おかわりを持ってきて、アン!」
「まだ一口目ですよ。……はぁ、全く。看病なんだか観賞会なんだか分かりませんね」
その時、部屋の扉が遠慮がちに、コンコンと叩かれました。
「リリアン! 大丈夫か!? 熱が出たと聞いて、王都から取り寄せた最高級の氷嚢を持ってきたぞ!」
扉の外で叫んでいるのは、またしてもセドリック殿下です。
私は即座に、鋭い声を投げ返しました。
「殿下! しつこいですわよ! 今のリリアン様には、静寂と美意識、そして私という名の栄養素が必要なのです! 貴方のそのガサツな足音は、彼女の繊細な三半規管を乱す不協和音でしかありませんわ!」
「不協和音だと!? 私は心配しているんだ! リリアン、顔を見せてくれ!」
「お帰りください! 貴方の顔を見たら、リリアン様の熱がさらに五度上がって、知恵熱になってしまいますわ! ……カトリーヌ様! カトリーヌ様はいらっしゃいませんの!?」
私の呼びかけに、廊下から深い溜息が聞こえてきました。
「……いる。殿下、もう諦めてください。今の彼女は、飢えた虎が獲物を守っているような状態です。近づけば、物理的に噛み付かれますよ」
「カトリーヌ、貴様まで! ……くっ、ローズマリー! 覚えていろよ! リリアンが良くなったら、今度こそ正式なデートに誘うからな!」
殿下が地団駄を踏んで去っていく気配がしました。
私は満足げに鼻を鳴らし、再びリリアン様に向き直りました。
「……ふふ、お騒がせいたしましたわね。さあ、次は火照った体を冷ますために、私の手で貴女のこめかみをマッサージして差し上げますわ。私の指先には、愛という名の冷却効果が備わっておりますの」
「ローズマリー様……。貴女、本当にお忙しい方ですね。でも……不思議ですわ。こうしてお傍にいてくださると、なんだか安心いたしますの」
リリアン様が、熱で潤んだ瞳で私を見つめ、そっと私の指を握りました。
……。
……。
「……アン。……アン、早く。……私の鼻血を受け止めるための、最高級のリネンを持ってきてちょうだい……」
「はいはい。眼福すぎて限界が来たんですね。全く、看病されているのはどっちなんだか」
私は幸せな眩暈に襲われながらも、リリアン様の寝顔という名の「国宝」を守り抜く決意を固めました。
看病。それは私にとって、至高の観賞タイム。
リリアン様の熱が下がる頃には、私の精神的なエネルギーは、王国の軍隊を一人で壊滅させられるほどに満ち溢れていたのでした。
リリアン様が、ベッドの中から弱々しく、けれどこの世のものとは思えないほど可憐な声で仰いました。
ことの始まりは、私の手厚すぎるケアでした。
最高級のハーブ、最高級の加湿、そして私の最高純度の情熱。
それらが混ざり合った結果、繊細なリリアン様は少々のぼせてしまい、微熱を出して寝込んでしまったのです。
「何を仰るのです、リリアン様! 熱に浮かされ、頬を林檎のように赤く染めた貴女のお姿……。これは『病床の美』という、新たな芸術のジャンルですわ! 私は今、歴史的な瞬間に立ち会っているのです!」
私はベッドの横に陣取り、水で濡らしたシルクのタオルを、彼女の額に恭しく乗せました。
「ああ、見て。白い肌に浮かび上がる微かな汗の珠。まるで真珠の雫がこぼれ落ちたようですわ。……アン! 予備のタオルを! それと、私の心臓を叩くための予備の心臓を持ってきて!」
「お嬢様、落ち着いてください。自分の心臓は自分で管理してください。あと、リリアン様がのぼせた原因の半分は、お嬢様が部屋で焚きすぎた『情熱のアロマ』のせいですよ」
アンが冷めた手つきで、部屋の窓を少しだけ開けました。
北の冷たい空気が入り込みますが、私の熱気の方が勝っているのは言うまでもありません。
「失礼ね。あれは彼女の免疫力を高めるための聖なる煙ですわ。……さあ、リリアン様。お粥を持って参りましたわよ。アイゼンベルクの特産、白い小豆をすり潰し、黄金比の隠し味を加えた逸品ですわ」
私は銀のスプーンでお粥を掬い、ふーふーと丁寧に(かつ、優雅な角度で)息を吹きかけました。
「さあ、あーんですわ。リリアン様、その小さな、桜の花びらのようなお口を開けてくださいまし」
「あ、あーん……。……。美味しいですわ、ローズマリー様。でも、お粥を見る目つきが、獲物を狙う鷹のようで少し怖いです……」
「それは愛ですわ、リリアン様! 貴女が咀嚼するたびに動く、その美しい顎のライン。嚥下する瞬間の、喉の繊細な震え。……ああ、もう一杯! おかわりを持ってきて、アン!」
「まだ一口目ですよ。……はぁ、全く。看病なんだか観賞会なんだか分かりませんね」
その時、部屋の扉が遠慮がちに、コンコンと叩かれました。
「リリアン! 大丈夫か!? 熱が出たと聞いて、王都から取り寄せた最高級の氷嚢を持ってきたぞ!」
扉の外で叫んでいるのは、またしてもセドリック殿下です。
私は即座に、鋭い声を投げ返しました。
「殿下! しつこいですわよ! 今のリリアン様には、静寂と美意識、そして私という名の栄養素が必要なのです! 貴方のそのガサツな足音は、彼女の繊細な三半規管を乱す不協和音でしかありませんわ!」
「不協和音だと!? 私は心配しているんだ! リリアン、顔を見せてくれ!」
「お帰りください! 貴方の顔を見たら、リリアン様の熱がさらに五度上がって、知恵熱になってしまいますわ! ……カトリーヌ様! カトリーヌ様はいらっしゃいませんの!?」
私の呼びかけに、廊下から深い溜息が聞こえてきました。
「……いる。殿下、もう諦めてください。今の彼女は、飢えた虎が獲物を守っているような状態です。近づけば、物理的に噛み付かれますよ」
「カトリーヌ、貴様まで! ……くっ、ローズマリー! 覚えていろよ! リリアンが良くなったら、今度こそ正式なデートに誘うからな!」
殿下が地団駄を踏んで去っていく気配がしました。
私は満足げに鼻を鳴らし、再びリリアン様に向き直りました。
「……ふふ、お騒がせいたしましたわね。さあ、次は火照った体を冷ますために、私の手で貴女のこめかみをマッサージして差し上げますわ。私の指先には、愛という名の冷却効果が備わっておりますの」
「ローズマリー様……。貴女、本当にお忙しい方ですね。でも……不思議ですわ。こうしてお傍にいてくださると、なんだか安心いたしますの」
リリアン様が、熱で潤んだ瞳で私を見つめ、そっと私の指を握りました。
……。
……。
「……アン。……アン、早く。……私の鼻血を受け止めるための、最高級のリネンを持ってきてちょうだい……」
「はいはい。眼福すぎて限界が来たんですね。全く、看病されているのはどっちなんだか」
私は幸せな眩暈に襲われながらも、リリアン様の寝顔という名の「国宝」を守り抜く決意を固めました。
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