婚約破棄された悪役令嬢~金貨と狂犬大公、どちらが効率的ですか?〜

萩月

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「朝だぁぁぁぁぁ!! 総員、起床ォォォッ!!」

ガンガンガンガンッ!!

耳をつんざくような鐘の音と、野太い怒号。

それが、バルトアン帝国国境砦『鉄壁の牙』の目覚まし時計である。

時刻は、午前四時。
まだ空には星が出ている。

「う、うぅ……うるさい……」

客室(という名の元・物置)で雑魚寝していたフレデリック殿下が、のそのそと起き上がった。

「なんなんだ……まだ夜中じゃないか……」

「フレデリック様ぁ……お布団が硬いですぅ……体が痛い……」

リリーナも、煎餅布団の上で不満を漏らす。

昨晩、彼らは「意地でも帰らない!」と宣言したため、私は特別に空き部屋(物置)を提供したのだ。
もちろん、暖房なし、ベッドなしのスパルタ仕様である。

ガチャリ。

扉が開き、私が姿を現した。

「おはようございます、お二人とも。点呼の時間ですよ」

私はバインダーを片手に、爽やかに(しかし目は笑わずに)告げた。

「ク、クリスティーン……? なんだその格好は」

フレデリック殿下が目を丸くする。

今の私は、動きやすい作業着にエプロン、頭には三角巾という「給食のおばちゃん」スタイルだ。
これから朝食の準備があるのだから当然である。

「見ての通り、朝の業務開始です。さあ、立ってください。ここのルールその一、『朝は太陽より早く起きるべし』です」

「む、無理だ……僕は低血圧なんだ……」

「寝言は寝て言ってください。ほら、着替えて! 中庭に集合です!」

私は二人を叩き起こし、ゾンビのようにふらつく彼らを中庭へと連行した。

***

中庭では、すでにマクシミリアン殿下率いる筋肉部隊が整列していた。

冷え込みの厳しい早朝だというのに、彼らは上半身裸だ。
湯気が立っている。

「おはようございます、殿下!」

私が敬礼すると、マクシミリアン殿下は白い歯を見せて笑った。

「おう、クリスティーン! 今日もいい朝だな! ……で、そいつらは生きてたか?」

殿下の視線の先には、寒さでガタガタ震え、青い顔をしているフレデリックとリリーナがいる。

「ひぃぃ……さ、寒い……死ぬ……」

「なんで裸なのよぉ……変態集団じゃない……」

「おい、新入り!」

殿下が一喝した。

「ここでは全員平等だ! 王族だろうが平民だろうが、自分の食い扶持は自分で稼ぐ! それがバルトアン流だ!」

「か、稼ぐ……?」

フレデリック殿下がポカンとする。

「そうだ。クリスティーン、今日のそいつらの仕事は?」

「はい」

私はバインダーを確認し、事務的に告げた。

「フレデリック殿下には『厩舎(きゅうしゃ)の掃除』および『馬のブラッシング』。リリーナ様には『洗濯係』を担当していただきます」

「はぁぁぁぁ!?」

二人の悲鳴がハモった。

「う、馬の世話だと!? 僕が!? 馬糞を拾えと言うのか!?」

「嫌よ! 洗濯なんてしたことないもん! 手が荒れちゃうわ!」

「拒否権はありません」

私は眼鏡を光らせた。

「昨日、おっしゃいましたよね? 『僕たちも頑張る』と。それに、ここはホテルではありません。宿泊費と食費の対価として、労働力を提供していただきます」

「そ、そんな……金なら払う! 借用書で!」

フレデリック殿下が懐を探るが、そこには財布すらない。
山越えの最中に落としたらしい。

「現金払いのみです。さあ、働け! 働かざる者、食うべからずです!」

私は無慈悲に宣告し、二人に道具を押し付けた。

スコップと、洗濯板。
それが彼らの新しい友達だ。

「くっ……やってやる! やればいいんだろう!」

「覚えてなさいよぉ……! パパに言いつけてやるんだから!」

二人は泣きながら、それぞれの持ち場へと散っていった。

***

数時間後。

私は朝食の準備を終え、様子を見に行くことにした。

まずは厩舎へ。

「うぅ……くさい……汚い……」

フレデリック殿下は、ハンカチで鼻を押さえながら、へっぴり腰でスコップを持っていた。
足元には馬糞が散乱しているが、ほとんど片付いていない。

むしろ、馬に蹴られそうになって逃げ回っている。

「ヒヒィン!」

「ひぃっ! こ、こっちを見るな! 僕は王子だぞ!」

馬には身分など通じない。
むしろ、怯えている人間を馬鹿にする生き物だ。
愛馬の『疾風号』が、殿下のお尻を鼻先でツンと小突いた。

「うわぁぁぁッ!!」

殿下は派手に転び、よりにもよって新鮮な馬糞の山へダイブした。

「……あ」

べちゃり。

金色の髪に、茶色いものがべったりと。

「いやぁぁぁぁぁッ!! 僕の髪がぁぁぁ!!」

私は柱の陰で、静かに合掌した。
(自業自得ですが、衛生的に近づきたくないですね……)

次は、洗濯場へ。

「もう! なんなのよこれぇ!」

リリーナは、たらいの前に座り込み、兵士たちの汗まみれの訓練着を睨みつけていた。

「重いし、泡立たないし、爪が割れたぁ!」

彼女は洗濯板に服をこすりつけるのではなく、ただ水に浸して棒でつっついているだけだ。
これでは汚れなど落ちるはずもない。

「あら、リリーナ様。進んでいませんね」

私が声をかけると、彼女はビクリと肩を跳ねさせた。

「ク、クリスティーンお姉様! これ、無理よ! 魔導洗濯機はないの!?」

「ありません。ここは人力(マッスル)が動力源です」

「信じられない! ……ねえ、お姉様。代わってよ」

リリーナは上目遣いで甘えた。

「昔みたいに、魔法でパパッとやってよぉ。私、手が痛くてぇ……」

「お断りします」

私は冷たく切り捨てた。

「貴女は言いましたね。『私が支えます』と。洗濯一つこなせずに、どうやって一国の王妃として国を支えるのですか?」

「それは……使用人がやることでしょ!?」

「有事の際、使用人がいなくなったらどうするのです? 自分のパンツも洗えない王妃など、バルトアンでは笑い者ですよ」

「うぐっ……」

「それに」

私はたらいの中の、泥だらけの服を指差した。

「その服は、国を守る兵士たちの鎧の下に着るものです。清潔に保つことは、兵士の命を守ることに直結します。……その重みが、貴女には理解できていないようですね」

私はリリーナの手から洗濯板を取り上げると、熟練の手つきでゴシゴシと洗い始めた。

ザブザブ、ゴシゴシ!

あっという間に泥水が流れ出し、服が綺麗になっていく。

「す、すごい……」

「これが『家事スキル』です。花嫁修業で刺繍ばかりしていた貴女とは、積んできた経験値が違うのです」

私は洗い終わった服を絞り、パン! と広げて干した。

「……さあ、見本は見せました。残りはあと五十着です。終わるまで朝ご飯はお預けですよ」

「ご、五十ぉ!?」

リリーナが絶望の声を上げる。

その時、食堂の方からいい匂いが漂ってきた。
今日の朝食は、焼き立てパンと、野菜たっぷりのオムレツだ。

「ぐぅぅ……」

リリーナのお腹が鳴る。

「頑張ってくださいね。……残飯くらいなら、残しておいてあげますから」

私はニッコリと微笑み、その場を後にした。

背後で「悪魔ぁぁぁ!」という叫び声が聞こえたが、それは最高の褒め言葉として受け取っておくことにした。

こうして、王族カップルの地獄の研修一日目が始まった。
だが、これはまだ序の口。
彼らはまだ知らない。
この砦には、夜になると現れる『本当の恐怖(マクシミリアン殿下の酒盛り)』があることを……。
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