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「……で? 親父が危篤?」
マクシミリアン殿下は、不機嫌を隠そうともせずに言った。
キスを邪魔された怒りは、まだそのこめかみでピキピキと脈打っている。
ヨハンさんは祭壇に捧げられた生贄のように震えていた。
「は、はい……! 心臓の発作で倒れられ、意識が戻らないと……。宮廷医の見立てでは、今夜が山場かと」
「チッ。あの狸ジジイ、しぶといと思ったが、ついに寿命か」
殿下は舌打ちをした。
実の父親に対する態度とは思えないが、この国の王族関係も大概なのだろう。
「殿下。皇帝陛下が崩御されれば、次は『継承権争い』ですか?」
私が冷静に尋ねると、殿下は面倒くさそうに頭を掻いた。
「ああ。俺の上に兄貴がいるんだがな……こいつがまた、陰湿で、頭でっかちで、俺とはソリが合わねぇ」
「つまり、そのお兄様が即位すれば、貴方様はこの砦を追い出されるか、最悪の場合は粛清されると?」
「まあ、そうなるだろうな。あいつは『筋肉アレルギー』だからな」
「……厄介ですね」
私は眼鏡を押し上げた。
私の「スローライフ計画」は、この砦の存続と、殿下の庇護があって初めて成立するものだ。
もし殿下が失脚すれば、私はまた流浪の身。
一億枚の資産を持っていても、後ろ盾がなければただの鴨葱である。
「行きましょう、殿下。帝都へ」
「あ? お前も行くのか?」
「当然です。貴方様が皇帝になるにせよ、誰かを擁立するにせよ、私が『計算』して差し上げないと、どうせまた暴力沙汰で解決しようとするのでしょう?」
「否定はしねぇ」
殿下はニヤリと笑った。
「よし、決まりだ! おい野郎ども! 帝都へ行くぞ! 留守は任せた!」
「イエッサー!! 殿下、お土産はプロテインでお願いします!」
兵士たちの見送りを受け、私たちは砦を後にした。
***
バルトアン帝国の帝都『アイゼンガルド』。
そこは、私の祖国の華やかな王都とは対照的な、黒鉄と蒸気に包まれた重工業都市だった。
巨大な工場が煙を吐き、街ゆく人々は皆、屈強な体つきをしている。
まさに「筋肉の都」だ。
「……空気が悪いですね。環境対策費を計上すべきです」
馬車の窓から外を眺め、私は採点した。
「ここが俺の生まれ故郷だ。……どうだ、息苦しいだろ?」
「いいえ。活気があって悪くありません。ただ、少し殺気立っていますね」
街の至る所に、武装した兵士が立っている。
皇帝危篤の知らせを受け、戒厳令が敷かれているようだ。
私たちの馬車は、街の中心にそびえ立つ巨大な要塞――皇城へと到着した。
「止まれ! 何奴だ!」
城門で槍を持った衛兵が立ち塞がる。
「目ん玉ついてんのか? 俺だ」
殿下が窓から顔を出し、ギロリと睨む。
「ひっ! ま、マクシミリアン大公殿下!?」
「開けろ。親父の死に目に会いに来てやったんだ」
「は、はい! 直ちに!」
衛兵たちは慌てて門を開け、敬礼する。
さすが「狂犬」の悪名(威名)は帝都でも健在のようだ。
馬車を降り、城内の長い廊下を歩く。
すれ違う文官や貴族たちが、殿下の姿を見るなり壁際に退き、怯えたように頭を下げる。
「人気者ですね」
「嫌われ者だろ。……お、噂をすれば影が差したな」
殿下が足を止めた。
廊下の向こうから、一団が歩いてくる。
その中心にいるのは、ひょろりとした長身の男。
神経質そうな細い目、青白い肌、そして全身を宝石で飾り立てた姿。
以前撃退した「陰湿メガネ」ゲルハルト査察官も、その男の後ろに控えている。
彼こそが、第一皇子ルードヴィヒ。
殿下の兄であり、次期皇帝の最有力候補だ。
「やあ、マクシミリアン。……野蛮な獣の臭いがすると思ったら、やはりお前か」
ルードヴィヒ皇子は、扇子で鼻を覆う仕草をした。
「遅かったな。父上はもう、誰の顔もわからぬ状態だよ」
「そりゃ残念だ。最後に一発殴ってやろうと思ったのにな」
殿下は挑発的に笑い返す。
「相変わらず品がない。……おや、そちらの女性は?」
ルードヴィヒの視線が、私に向けられた。
値踏みするような、粘着質な視線だ。
「噂の『拾い物』か。隣国で婚約破棄された傷物令嬢だそうだな」
「傷物?」
ピクリ、と私の眉が動いた。
「ふふ、哀れなものだ。国を追い出され、行き着いた先が筋肉ダルマの寝床とは。……いくらなら買う? 私の側室にしてやってもいいぞ?」
ルードヴィヒが下卑た笑みを浮かべる。
殿下の拳が固く握りしめられた。
殴る気だ。
ここで皇子を殴れば、即座に反逆罪で捕まる。
(……やらせませんよ)
私は殿下の前に、スッと出た。
「お初にお目にかかります、ルードヴィヒ殿下。マクシミリアン大公閣下の『全権代理人』、クリスティーンです」
「代理人? 女がか?」
「はい。先ほど『傷物』とおっしゃいましたが、訂正させていただきます。私は『中古優良物件』です」
「は?」
「前のオーナー(王子)には使いこなせなかった高機能な物件を、マクシミリアン殿下が『適正価格』で入手された。それだけのこと。貴方様のような、見る目のない方にはご縁のない話ですわ」
私は優雅に、しかし冷徹に言い放った。
「な、なんだと……生意気な!」
「それに、側室のお誘いは光栄ですが、お断りいたします。貴方様の肌ツヤを見るに……内臓疾患、特に肝臓の数値がお悪いようですね? 長生きできそうにない方の老後を見る趣味はありませんので」
「き、きさ……っ!!」
ルードヴィヒの顔が真っ赤になる。
後ろのゲルハルトが「殿下、落ち着いてください!」と止める。
「……ふっ」
マクシミリアン殿下が吹き出した。
「聞いたか兄貴? お前、医者に診てもらった方がいいぞ。俺の女は目はいいからな」
「お、おのれ……! 覚えておれよ! 父上の遺言書が開示されれば、貴様など即刻処刑だ!」
ルードヴィヒは捨て台詞を吐き、取り巻きを引き連れて去っていった。
「……遺言書、ですか」
私は彼らの背中を見送りながら、呟いた。
「殿下。あの様子だと、遺言書の中身は『兄貴に全てを譲る』で確定していそうですね」
「だろうな。あの狸ジジイの筆跡を真似るくらい、ゲルハルトならやりかねん」
「では、その遺言書……」
私は眼鏡をクイと直した。
「私が『監査』して差し上げましょう。偽造文書を見破るのは、経理の基本スキルですから」
「ハッ! 頼もしいな。……さて、行くか。まずは死にかけの親父に挨拶だ」
私たちは皇帝の寝室へと向かった。
帝都の闇は深い。
だが、私と殿下の「脳筋×合理主義」コンビの前では、どんな陰謀も粉砕される運命にあるのだ。
マクシミリアン殿下は、不機嫌を隠そうともせずに言った。
キスを邪魔された怒りは、まだそのこめかみでピキピキと脈打っている。
ヨハンさんは祭壇に捧げられた生贄のように震えていた。
「は、はい……! 心臓の発作で倒れられ、意識が戻らないと……。宮廷医の見立てでは、今夜が山場かと」
「チッ。あの狸ジジイ、しぶといと思ったが、ついに寿命か」
殿下は舌打ちをした。
実の父親に対する態度とは思えないが、この国の王族関係も大概なのだろう。
「殿下。皇帝陛下が崩御されれば、次は『継承権争い』ですか?」
私が冷静に尋ねると、殿下は面倒くさそうに頭を掻いた。
「ああ。俺の上に兄貴がいるんだがな……こいつがまた、陰湿で、頭でっかちで、俺とはソリが合わねぇ」
「つまり、そのお兄様が即位すれば、貴方様はこの砦を追い出されるか、最悪の場合は粛清されると?」
「まあ、そうなるだろうな。あいつは『筋肉アレルギー』だからな」
「……厄介ですね」
私は眼鏡を押し上げた。
私の「スローライフ計画」は、この砦の存続と、殿下の庇護があって初めて成立するものだ。
もし殿下が失脚すれば、私はまた流浪の身。
一億枚の資産を持っていても、後ろ盾がなければただの鴨葱である。
「行きましょう、殿下。帝都へ」
「あ? お前も行くのか?」
「当然です。貴方様が皇帝になるにせよ、誰かを擁立するにせよ、私が『計算』して差し上げないと、どうせまた暴力沙汰で解決しようとするのでしょう?」
「否定はしねぇ」
殿下はニヤリと笑った。
「よし、決まりだ! おい野郎ども! 帝都へ行くぞ! 留守は任せた!」
「イエッサー!! 殿下、お土産はプロテインでお願いします!」
兵士たちの見送りを受け、私たちは砦を後にした。
***
バルトアン帝国の帝都『アイゼンガルド』。
そこは、私の祖国の華やかな王都とは対照的な、黒鉄と蒸気に包まれた重工業都市だった。
巨大な工場が煙を吐き、街ゆく人々は皆、屈強な体つきをしている。
まさに「筋肉の都」だ。
「……空気が悪いですね。環境対策費を計上すべきです」
馬車の窓から外を眺め、私は採点した。
「ここが俺の生まれ故郷だ。……どうだ、息苦しいだろ?」
「いいえ。活気があって悪くありません。ただ、少し殺気立っていますね」
街の至る所に、武装した兵士が立っている。
皇帝危篤の知らせを受け、戒厳令が敷かれているようだ。
私たちの馬車は、街の中心にそびえ立つ巨大な要塞――皇城へと到着した。
「止まれ! 何奴だ!」
城門で槍を持った衛兵が立ち塞がる。
「目ん玉ついてんのか? 俺だ」
殿下が窓から顔を出し、ギロリと睨む。
「ひっ! ま、マクシミリアン大公殿下!?」
「開けろ。親父の死に目に会いに来てやったんだ」
「は、はい! 直ちに!」
衛兵たちは慌てて門を開け、敬礼する。
さすが「狂犬」の悪名(威名)は帝都でも健在のようだ。
馬車を降り、城内の長い廊下を歩く。
すれ違う文官や貴族たちが、殿下の姿を見るなり壁際に退き、怯えたように頭を下げる。
「人気者ですね」
「嫌われ者だろ。……お、噂をすれば影が差したな」
殿下が足を止めた。
廊下の向こうから、一団が歩いてくる。
その中心にいるのは、ひょろりとした長身の男。
神経質そうな細い目、青白い肌、そして全身を宝石で飾り立てた姿。
以前撃退した「陰湿メガネ」ゲルハルト査察官も、その男の後ろに控えている。
彼こそが、第一皇子ルードヴィヒ。
殿下の兄であり、次期皇帝の最有力候補だ。
「やあ、マクシミリアン。……野蛮な獣の臭いがすると思ったら、やはりお前か」
ルードヴィヒ皇子は、扇子で鼻を覆う仕草をした。
「遅かったな。父上はもう、誰の顔もわからぬ状態だよ」
「そりゃ残念だ。最後に一発殴ってやろうと思ったのにな」
殿下は挑発的に笑い返す。
「相変わらず品がない。……おや、そちらの女性は?」
ルードヴィヒの視線が、私に向けられた。
値踏みするような、粘着質な視線だ。
「噂の『拾い物』か。隣国で婚約破棄された傷物令嬢だそうだな」
「傷物?」
ピクリ、と私の眉が動いた。
「ふふ、哀れなものだ。国を追い出され、行き着いた先が筋肉ダルマの寝床とは。……いくらなら買う? 私の側室にしてやってもいいぞ?」
ルードヴィヒが下卑た笑みを浮かべる。
殿下の拳が固く握りしめられた。
殴る気だ。
ここで皇子を殴れば、即座に反逆罪で捕まる。
(……やらせませんよ)
私は殿下の前に、スッと出た。
「お初にお目にかかります、ルードヴィヒ殿下。マクシミリアン大公閣下の『全権代理人』、クリスティーンです」
「代理人? 女がか?」
「はい。先ほど『傷物』とおっしゃいましたが、訂正させていただきます。私は『中古優良物件』です」
「は?」
「前のオーナー(王子)には使いこなせなかった高機能な物件を、マクシミリアン殿下が『適正価格』で入手された。それだけのこと。貴方様のような、見る目のない方にはご縁のない話ですわ」
私は優雅に、しかし冷徹に言い放った。
「な、なんだと……生意気な!」
「それに、側室のお誘いは光栄ですが、お断りいたします。貴方様の肌ツヤを見るに……内臓疾患、特に肝臓の数値がお悪いようですね? 長生きできそうにない方の老後を見る趣味はありませんので」
「き、きさ……っ!!」
ルードヴィヒの顔が真っ赤になる。
後ろのゲルハルトが「殿下、落ち着いてください!」と止める。
「……ふっ」
マクシミリアン殿下が吹き出した。
「聞いたか兄貴? お前、医者に診てもらった方がいいぞ。俺の女は目はいいからな」
「お、おのれ……! 覚えておれよ! 父上の遺言書が開示されれば、貴様など即刻処刑だ!」
ルードヴィヒは捨て台詞を吐き、取り巻きを引き連れて去っていった。
「……遺言書、ですか」
私は彼らの背中を見送りながら、呟いた。
「殿下。あの様子だと、遺言書の中身は『兄貴に全てを譲る』で確定していそうですね」
「だろうな。あの狸ジジイの筆跡を真似るくらい、ゲルハルトならやりかねん」
「では、その遺言書……」
私は眼鏡をクイと直した。
「私が『監査』して差し上げましょう。偽造文書を見破るのは、経理の基本スキルですから」
「ハッ! 頼もしいな。……さて、行くか。まずは死にかけの親父に挨拶だ」
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