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「……高い」
帝都の皇城、その一室にあるサロン。
私は目の前に広げられた『御成婚パレード及び結婚式見積書』を見て、こめかみを押さえた。
「高すぎます。桁が二つ違います」
「は、はあ……。ですが、クリスティーン様。これは皇室の伝統に則った、最低限のラインでして……」
縮こまっているのは、帝国の式典を取り仕切る儀典長だ。
彼は冷や汗を拭いながら、私の反応を伺っている。
「見てください、ここ。『鳩の放鳥:五千羽』。……五千? 空爆でもする気ですか?」
「へ? い、いや、平和の象徴として……」
「五千羽もの鳩が一斉に飛び立てば、その糞害は甚大です。参列者のドレスや、パレードの沿道が汚染されます。クリーニング代と清掃費を誰が負担するのですか?」
「うっ……」
「却下です。鳩は十羽で十分。あるいは、私が白い紙飛行機を五千個折りますので、それを兵士に投げさせましょう。コストは紙代のみ、回収も楽です」
「か、紙飛行機ぃ!?」
儀典長が目を剥く。
「次にここ。『ウェディングケーキ:高さ十メートル』。……これは建築物ですか?」
「帝国の威信を示すためでして……」
「食べきれません。フードロスはSDGs(持続可能な開発目標)に反します。高さは一メートルに縮小。その代わり、中身を空洞にして私が飛び出す演出なら許可します」
「余興じゃないんですから!」
私は赤ペンを取り出し、無慈悲に見積書を修正していく。
「『豪華な生花』→『造花(使い回し可)』に変更」
「『招待状の金箔押し』→『手書き(ヨハンさんにやらせる)』に変更」
「『聖歌隊百名』→『マクシミリアン殿下の部下たちによる大合唱(無料)』に変更」
カリカリカリッ!
真っ赤に染まる見積書を見て、儀典長は泡を吹いて倒れそうになった。
「ク、クリスティーン様ぁ……! これでは『世紀のロイヤルウェディング』が『町内会の祭り』になってしまいますぅ……!」
「構いません。大事なのは『見栄』ではなく『実利』です。浮いた予算は、全て今後の国政改革と、私の老後の貯蓄に回します」
私が断言した、その時だ。
「――相変わらずケチだな、お前は」
背後から、呆れたような、でも楽しげな声がした。
マクシミリアン殿下だ。
彼は皇帝即位を控え、いつもの軍服ではなく、少し豪華な礼服を着崩している。
「あら、殿下。お似合いですよ。ただ、その胸元の宝石、重すぎて肩こりの原因になりそうですね。売却して湿布を買うことをお勧めします」
「うるせぇ。親父がつけろってうるさいんだよ」
殿下はドカッとソファに座り、儀典長に顎で合図した。
「おい、爺さん。少し二人にしてくれ」
「は、はい! 失礼いたしますぅ!(助かったぁ……)」
儀典長は逃げるように部屋を出て行った。
二人きりになる。
殿下はテーブルの上の、真っ赤に修正された見積書を手に取った。
「……すげぇな。半額以下になってやがる」
「当然です。無駄を省くのが私の仕事ですから」
「だがよ、クリスティーン」
殿下は書類を置き、私を真っ直ぐに見た。
「一生に一度だぞ? もっと派手にやってもいいんじゃねぇか? 俺の金なら幾らでもある」
「貴方様の金は国家予算です。無駄遣いは許されません」
「お前のために使うなら、無駄じゃねぇよ」
サラリと、殺し文句を言われた。
私はペンを持つ手を止めた。
心拍数が上がる。
この男、無自覚にこういうことを言うから心臓に悪い。
「……非効率な発言です。それに、私は派手な式など望んでいません」
「じゃあ、何が望みだ?」
「……美味しい料理と、清潔な会場。そして……」
私は少し視線を逸らし、小声で付け加えた。
「……隣に立つ人が、幸せそうなら、それで十分です」
殿下は一瞬きょとんとし、それから顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「……ちっ。お前、たまに不意打ちですげぇデレてくるよな」
「デレていません。事実を述べたまでです」
「はいはい。……じゃあ、ドレスくらいは最高級のにしろよ。それだけは譲らねぇ」
「ドレスですか? 動きにくいのでジャージ素材で……」
「却下だ! 俺が選ぶ!」
殿下は立ち上がり、私を衣装部屋へと引きずっていった。
***
衣装部屋には、帝国中のデザイナーが作った最高級のドレスがずらりと並んでいた。
「さあ、着てみろ! 全部だ!」
「全部!? 百着はありますよ!?」
「俺の女が着るんだ。妥協は許さん」
ここから、地獄のファッションショーが始まった。
一着目。純白のAラインドレス。
「……なんか違う。布が多すぎる。お前の脚線美が見えねぇ」
「変態ですか」
二着目。ピンクのフリフリドレス。
「……リリーナみてぇで腹立つな。脱げ」
「同感です」
三着目。背中が大きく開いたマーメイドライン。
「……ッ!!」
「どうですか? これなら動きやすいですし」
「……却下だ」
「なぜです? 似合っていないと?」
「似合いすぎだ! そんな背中、他の男に見せてたまるか! 俺だけの特権だ!」
「独占欲が服を着て歩いているような人ですね」
そんなやり取りを繰り返し、五十着目。
私は、シンプルなシルクのドレスを身に纏った。
装飾は最低限。
けれど、生地の光沢とカッティングが美しく、私の銀髪と眼鏡を引き立てるデザインだ。
「……どうでしょう。少し地味かもしれませんが」
カーテンを開けると、ソファでふんぞり返っていた殿下が、言葉を失った。
「…………」
彼は立ち上がり、無言で近づいてくる。
その瞳は、いつもの獰猛さは消え、どこか熱っぽい光を帯びていた。
「……クリスティーン」
「はい」
「……悪くねぇ」
「素直じゃないですね。『最高に美しい』と言えばいいのに」
「うるせぇ。……綺麗すぎて、直視できねぇんだよ」
殿下は照れくさそうに頭を掻いた。
「これに決まりだ。……これなら、俺の隣に立っても見劣りしねぇ。いや、俺の方が釣り合わねぇかもな」
「ご謙遜を。貴方様も、黙っていればそこそこの美形ですよ」
「一言多いな」
殿下は私の手を取り、跪いた。
まるで、おとぎ話の王子様のように。
まあ、その手はゴツゴツしていて、言動は乱暴だけれど。
「クリスティーン。……結婚式、楽しみにしてるぞ」
「……はい。私も、計算のしがいがあります」
私たちは微笑み合った。
だが、私の「経費削減ウェディング」計画は、まだ終わらない。
料理のメニュー選定、引き出物の選別(プロテインにするか現金にするかで揉めている)、そして招待客の座席表(元婚約者たちは末席に配置済み)。
結婚式当日まで、私の戦いは続く。
そしてその当日、まさかの「乱入者」が現れ、式場が大パニックになることを、今の私たちはまだ知らない。
帝都の皇城、その一室にあるサロン。
私は目の前に広げられた『御成婚パレード及び結婚式見積書』を見て、こめかみを押さえた。
「高すぎます。桁が二つ違います」
「は、はあ……。ですが、クリスティーン様。これは皇室の伝統に則った、最低限のラインでして……」
縮こまっているのは、帝国の式典を取り仕切る儀典長だ。
彼は冷や汗を拭いながら、私の反応を伺っている。
「見てください、ここ。『鳩の放鳥:五千羽』。……五千? 空爆でもする気ですか?」
「へ? い、いや、平和の象徴として……」
「五千羽もの鳩が一斉に飛び立てば、その糞害は甚大です。参列者のドレスや、パレードの沿道が汚染されます。クリーニング代と清掃費を誰が負担するのですか?」
「うっ……」
「却下です。鳩は十羽で十分。あるいは、私が白い紙飛行機を五千個折りますので、それを兵士に投げさせましょう。コストは紙代のみ、回収も楽です」
「か、紙飛行機ぃ!?」
儀典長が目を剥く。
「次にここ。『ウェディングケーキ:高さ十メートル』。……これは建築物ですか?」
「帝国の威信を示すためでして……」
「食べきれません。フードロスはSDGs(持続可能な開発目標)に反します。高さは一メートルに縮小。その代わり、中身を空洞にして私が飛び出す演出なら許可します」
「余興じゃないんですから!」
私は赤ペンを取り出し、無慈悲に見積書を修正していく。
「『豪華な生花』→『造花(使い回し可)』に変更」
「『招待状の金箔押し』→『手書き(ヨハンさんにやらせる)』に変更」
「『聖歌隊百名』→『マクシミリアン殿下の部下たちによる大合唱(無料)』に変更」
カリカリカリッ!
真っ赤に染まる見積書を見て、儀典長は泡を吹いて倒れそうになった。
「ク、クリスティーン様ぁ……! これでは『世紀のロイヤルウェディング』が『町内会の祭り』になってしまいますぅ……!」
「構いません。大事なのは『見栄』ではなく『実利』です。浮いた予算は、全て今後の国政改革と、私の老後の貯蓄に回します」
私が断言した、その時だ。
「――相変わらずケチだな、お前は」
背後から、呆れたような、でも楽しげな声がした。
マクシミリアン殿下だ。
彼は皇帝即位を控え、いつもの軍服ではなく、少し豪華な礼服を着崩している。
「あら、殿下。お似合いですよ。ただ、その胸元の宝石、重すぎて肩こりの原因になりそうですね。売却して湿布を買うことをお勧めします」
「うるせぇ。親父がつけろってうるさいんだよ」
殿下はドカッとソファに座り、儀典長に顎で合図した。
「おい、爺さん。少し二人にしてくれ」
「は、はい! 失礼いたしますぅ!(助かったぁ……)」
儀典長は逃げるように部屋を出て行った。
二人きりになる。
殿下はテーブルの上の、真っ赤に修正された見積書を手に取った。
「……すげぇな。半額以下になってやがる」
「当然です。無駄を省くのが私の仕事ですから」
「だがよ、クリスティーン」
殿下は書類を置き、私を真っ直ぐに見た。
「一生に一度だぞ? もっと派手にやってもいいんじゃねぇか? 俺の金なら幾らでもある」
「貴方様の金は国家予算です。無駄遣いは許されません」
「お前のために使うなら、無駄じゃねぇよ」
サラリと、殺し文句を言われた。
私はペンを持つ手を止めた。
心拍数が上がる。
この男、無自覚にこういうことを言うから心臓に悪い。
「……非効率な発言です。それに、私は派手な式など望んでいません」
「じゃあ、何が望みだ?」
「……美味しい料理と、清潔な会場。そして……」
私は少し視線を逸らし、小声で付け加えた。
「……隣に立つ人が、幸せそうなら、それで十分です」
殿下は一瞬きょとんとし、それから顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「……ちっ。お前、たまに不意打ちですげぇデレてくるよな」
「デレていません。事実を述べたまでです」
「はいはい。……じゃあ、ドレスくらいは最高級のにしろよ。それだけは譲らねぇ」
「ドレスですか? 動きにくいのでジャージ素材で……」
「却下だ! 俺が選ぶ!」
殿下は立ち上がり、私を衣装部屋へと引きずっていった。
***
衣装部屋には、帝国中のデザイナーが作った最高級のドレスがずらりと並んでいた。
「さあ、着てみろ! 全部だ!」
「全部!? 百着はありますよ!?」
「俺の女が着るんだ。妥協は許さん」
ここから、地獄のファッションショーが始まった。
一着目。純白のAラインドレス。
「……なんか違う。布が多すぎる。お前の脚線美が見えねぇ」
「変態ですか」
二着目。ピンクのフリフリドレス。
「……リリーナみてぇで腹立つな。脱げ」
「同感です」
三着目。背中が大きく開いたマーメイドライン。
「……ッ!!」
「どうですか? これなら動きやすいですし」
「……却下だ」
「なぜです? 似合っていないと?」
「似合いすぎだ! そんな背中、他の男に見せてたまるか! 俺だけの特権だ!」
「独占欲が服を着て歩いているような人ですね」
そんなやり取りを繰り返し、五十着目。
私は、シンプルなシルクのドレスを身に纏った。
装飾は最低限。
けれど、生地の光沢とカッティングが美しく、私の銀髪と眼鏡を引き立てるデザインだ。
「……どうでしょう。少し地味かもしれませんが」
カーテンを開けると、ソファでふんぞり返っていた殿下が、言葉を失った。
「…………」
彼は立ち上がり、無言で近づいてくる。
その瞳は、いつもの獰猛さは消え、どこか熱っぽい光を帯びていた。
「……クリスティーン」
「はい」
「……悪くねぇ」
「素直じゃないですね。『最高に美しい』と言えばいいのに」
「うるせぇ。……綺麗すぎて、直視できねぇんだよ」
殿下は照れくさそうに頭を掻いた。
「これに決まりだ。……これなら、俺の隣に立っても見劣りしねぇ。いや、俺の方が釣り合わねぇかもな」
「ご謙遜を。貴方様も、黙っていればそこそこの美形ですよ」
「一言多いな」
殿下は私の手を取り、跪いた。
まるで、おとぎ話の王子様のように。
まあ、その手はゴツゴツしていて、言動は乱暴だけれど。
「クリスティーン。……結婚式、楽しみにしてるぞ」
「……はい。私も、計算のしがいがあります」
私たちは微笑み合った。
だが、私の「経費削減ウェディング」計画は、まだ終わらない。
料理のメニュー選定、引き出物の選別(プロテインにするか現金にするかで揉めている)、そして招待客の座席表(元婚約者たちは末席に配置済み)。
結婚式当日まで、私の戦いは続く。
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