婚約破棄された悪役令嬢~金貨と狂犬大公、どちらが効率的ですか?〜

萩月

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「新郎、マクシミリアン・フォン・アイゼンガルド。病めるときも、健やかなるときも……」

厳かな大聖堂に、神父の震える声が響く。

祭壇の前。
私、クリスティーンは、昨日選んだシンプルなシルクのドレスに身を包んでいた。
隣には、正装に身を包んだマクシミリアン殿下――いや、今日からは皇帝陛下だ。

彼はガチガチに緊張していた。
ロボットのように直立不動で、顔の筋肉がひきつっている。

(……プッ)

私は笑いを噛み殺した。
戦場で数千の敵を前にしても動じない「狂犬」が、神父の前では借りてきた猫のようだ。

「……あの、新郎様? 誓いの言葉を……」

「あ、ああ。誓う。……絶対にだ」

ドスが効きすぎている。
「誓う」というより「殺す」と言っているようなトーンだ。
神父が「ひぃっ」と後ずさる。

「……殿下。マイクの音量を下げてください。ステンドグラスが割れます」

私が小声で注意すると、彼は赤くなって咳払いをした。

「誓います。……これでいいか?」

「合格です」

参列席からは、クスクスという笑い声と、すすり泣く声が聞こえる。
泣いているのは、主にバルトアンの筋肉兵士たちだ。

「うぅ……殿下が……あんな立派になられて……」
「クリスティーン様、俺たちのボスを頼みます……!」

彼らは涙を拭いながら、私が指示した通り、手作りの「白い紙飛行機(鳩の代用品)」を一斉に投げた。

ヒュン! ヒュン!

五千個の紙飛行機が、凶器のような勢いで宙を舞う。
いくつかは参列者の頭に突き刺さっているが、まあ、フンの被害よりはマシだろう。

式は順調に進んでいた。
予算を削りに削ったが、私の計算通り、厳かで温かい式になっている。

――そう、ここまでは完璧だった。

「では、誓いの口づけを……」

神父が言った、その時だ。

ズドォォォォォォン!!!!

大聖堂の巨大な扉が、物理的に吹き飛んだ。

「な、何事ぉぉ!?」

参列していた元婚約者のフレデリック殿下(末席・現在借金返済中)が、情けない悲鳴を上げて椅子の下に潜り込む。

砂煙の向こうから現れたのは、とんでもない「乱入者」たちだった。

「ガァァァァァァッ!!!」

咆哮と共に踏み込んできたのは、体長四メートル級の「グランド・グリズリー」。
しかも三頭。
親子連れだ。

「く、熊ぁぁぁぁ!?」
「魔獣だ! 魔獣が襲撃してきたぞぉ!」

会場は大パニックに陥った。
貴族たちが逃げ惑い、私が安く仕入れた造花を踏み荒らす。

「……チッ。いいところで邪魔しやがって」

マクシミリアン殿下が、即座に私を背に庇い、どこからともなく大剣(結婚式に持ち込み禁止のはずだが)を取り出した。

「下がってろ、クリスティーン。秒で片付ける」

「待ってください、殿下」

私は冷静に眼鏡を押し上げ、熊たちを観察した。

先頭の巨大な母熊。
その瞳は怒りに燃えているが、どこか見覚えがある。
そして、彼女が一直線に向かっている先は、私たちではなく……。

「……あ」

私は指差した。

「狙いはウェディングケーキ(中身空洞・外側はハチミツたっぷり)です」

「は?」

熊たちは、甘い匂いに釣られてやってきたのだ。
そういえば、第11話で殿下が狩った熊(夫)の敵討ちと、餌への執着が重なったのかもしれない。

「ガウッ!」

母熊がケーキに向かって突進する。
このままでは、私の指示で作らせた「節約特製ケーキ」が破壊される!

「いけません! それはデザート用の経費です!」

私はドレスの裾をまくり上げ、一歩踏み出した。
手元にあった「ケーキ入刀用のナイフ(ロングソード並みの長さ)」を構える。

「く、クリスティーン!? お前が戦うのか!?」

「当然です! あのケーキの原価計算をしたのは私ですよ! タダ食いなど許しません!」

私は母熊の前に立ちはだかった。

「ストップ! 入場料を払ってください!」

私の気迫に、母熊がキキーッと急ブレーキをかける。
銀髪の小娘が、自分より恐ろしい殺気(主に金銭的な執着)を放っていることに気づいたようだ。

「グルル……?」

「甘いものが食べたいのですか? なら、労働対価として提供します」

私はニッコリと笑った。

「ちょうど、余興の『猛獣ショー』の予算が足りなくて困っていたところです。……踊りなさい」

「は?」

殿下と熊が同時に声を上げた(ような気がした)。

「さあ! 右手を上げて! 回って! ワン!」

私がナイフで指揮を執ると、母熊は私のオーラに圧倒され、恐る恐る片足を上げた。
子熊たちも真似をしてゴロンと転がる。

シーン……。

逃げ惑っていた参列者たちが、呆然と立ち止まる。

「……お、踊ってる?」
「すげぇ……あの魔獣を調教したぞ……」
「さすが大公妃……いや、皇帝妃だ……」

会場から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「ブラボー!!」
「素晴らしい余興だ!!」

どうやら、計算された演出だと勘違いしてくれたらしい。
私はホッと胸を撫で下ろし、熊たちにケーキの切れ端を投げてやった。

「よし、契約成立です。あとは森へお帰りなさい」

熊たちはケーキを頬張り、満足そうに(そして私に怯えながら)大人しく帰っていった。

「……お前、本当にすげぇな」

マクシミリアン殿下が、剣を下ろして呆れ返っている。

「心臓が止まるかと思ったぞ。……俺より強えんじゃねぇか?」

「まさか。殿下の武力あってこその、私の交渉術です」

私はナイフを置き、乱れた髪を直した。

「さあ、殿下。式の続きを」

「ああ、そうだな」

殿下は、まだ呆然としている神父を無視して、私の腰を抱き寄せた。

「誓いの言葉はもういい。……行動で示す」

彼は私の顎を持ち上げ、今度こそ強引に、しかし甘く口づけをした。

「んっ……」

会場のどよめきが、歓声と冷やかしに変わる。

「ヒューヒュー! 熱いねぇ!」
「末長く爆発しろー!」

長いキスの後、殿下は私の耳元で囁いた。

「愛してるぞ、クリスティーン。……俺の最強のパートナー」

「……私もです、マクシミリアン。私の最高に手のかかる投資物件」

私たちは笑い合った。
壊れた扉、散乱した紙飛行機、そして熊の足跡。
カオスな惨状だが、これが私たちのスタートには相応しい。

こうして、史上最も「騒がしく」「安上がり」で「最強」の結婚式は幕を閉じた。

だが、物語はまだ終わらない。
初夜。
そう、私が最も警戒し、殿下が最も楽しみにしている「計算不能」な夜が待っているのだから。
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