無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?

萩月

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
「……ちょっと、アリス様! どこへ連れて行くおつもりですの!? 放してくださいまし、この誘拐犯!」

夜の帳を切り裂き、豪華な王室専用馬車が猛スピードで街道を駆け抜けていた。
車内では、ルルナがアリスティアの膝の上にがっちりと固定され、必死にジタバタと暴れている。
しかし、鍛え上げられた王子の腕は、細いルルナの体を軽々と、かつ優しく封じ込めていた。

「誘拐だなんて人聞きの悪い。君が先に、僕を置いて『逃避行』を始めようとしたんじゃないか。僕はただ、その計画に乗り遅れないようにエスコートしているだけだよ」

アリスティアは、ルルナの耳元で甘く囁き、彼女の首筋に顔を埋めた。
そのあまりに親密な距離感に、ルルナの顔面は夜道に輝く街灯よりも赤くなる。

「私は! あなたを捨てて逃げようとしていたんですのよ! 連れて来られる筋合いはありませんわ!」

「ふふ、そうだね。僕を捨てようとして……僕の愛用している枕をトランクの特等席に入れていた。あの健気な姿を見たら、どんな男だって追いかけずにはいられないよ。ルルナ、君は本当に、僕を狂わせる天才だ」

「……っ、アレは! その、敵を知るにはまず敵の愛用品からと思って、分析するために持っていこうとしただけですわ!」

ルルナは顔を背け、ありったけの嘘をついた。
だが、アリスティアの耳には、それがすべて「愛の裏返し」として届いている。
彼は満足げに頷くと、馬車の窓を指差した。

「見てごらん。もうすぐ、僕のお気に入りの別邸に着くよ。ここは王都から離れていて、警備も僕の直属だけだ。誰にも邪魔されずに、君と二人きりで『逃亡生活』の続きをしようじゃないか」

「二人きりで逃亡!? それ、ただの監禁ではありませんこと!?」

「監禁だなんて。僕は君の自由を尊重しているよ。この別邸の敷地内なら、どこへ行っても自由だ。……まあ、敷地の外には僕の精鋭部隊が二十四時間体制で配置されているから、君の安全は完璧に守られるけれどね」

(……逃げ場がないっていう意味ですわよね、それ!?)

ルルナは絶望に打ちひしがれた。
悪役令嬢として「王子を捨てて自由を掴む」はずが、気づけば王子の「プライベート監禁(自称:愛の逃避行)」に巻き込まれている。
馬車が止まり、アリスティアはルルナを抱きかかえたまま、湖畔に佇む美しい屋敷へと降り立った。

月明かりに照らされた湖面がキラキラと輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
普通なら、この上なくロマンチックなシチュエーションだが、ルルナにとっては処刑台への階段にしか見えない。

「さあ、ルルナ。今夜はここで、積もる話をしよう。君がどうしてあんなに必死に『悪女』を演じているのか……僕が納得するまで、一晩中、いや、一週間くらいかけてじっくり聞かせてもらうよ」

「一週間!? そんなに休んだら、公爵家がパニックになりますわ!」

「大丈夫。セバスには『ルルナ様は僕と熱烈な愛の確認作業に入られたので、しばらく戻らない』と伝えてある。彼は『お気をつけて』と笑顔で送り出してくれたよ」

「あの裏切り執事ーっ!」

ルルナは屋敷のリビングにある豪華なソファに下ろされた。
アリスティアは手慣れた手つきでワイン(のようなブドウジュース)を二つのグラスに注ぎ、一つをルルナに差し出した。

「さあ、まずは乾杯しようか。僕たちの『新しい門出』に」

「……飲みませんわ。毒が入っているかもしれませんもの」

「もし毒が入っているなら、僕が先に飲んで、君に口移しで毒消しを飲ませてあげるよ。……試してみるかい?」

「飲みます! 喜んで飲みますわ!」

ルルナはひったくるようにグラスを受け取り、一気に煽った。
甘酸っぱい液体が喉を通り、少しだけ落ち着きを取り戻す。
目の前に座るアリスティアは、足を組み、優雅にルルナを眺めていた。

「ルルナ。僕は、君が魔力を持たないことで、どれだけ自分を責めているか知っている。……だから、あんな不器用な芝居を続けていたんだろう?」

その言葉に、ルルナの手がピクリと止まった。
彼の瞳は、いつもの狂気じみた溺愛ではなく、どこか哀しげな、深い慈愛の色を帯びていた。

「……気づいて、いらしたんですのね」

「気づかないはずがないだろう。僕は君のすべてを見ているんだ。君が寝言で僕の名前を呼ぶ回数まで、すべて把握している」

(……それはちょっと怖いですわ。というか、把握しないでください)

「ルルナ。君は僕のために、身を引こうとした。僕が立派な国王になれるように、汚点となる自分を消そうとした。……でもね、ルルナ。君のいない国に、僕が統治する価値なんて一ミリもないんだよ」

アリスティアはソファから立ち上がり、ルルナの前に跪いた。
そして、彼女の両手を、壊れ物を扱うようにそっと握る。

「君が魔力を使えないなら、僕が君の魔法になろう。君が自分を悪女だと呼ぶなら、僕は世界で一番の悪魔になって、君を全肯定しよう。……だから、もう逃げようなんて言わないでくれ。君に逃げられるくらいなら、僕は……この国ごと、君を道連れにして滅んでしまいたい」

その言葉の重みに、ルルナは息を呑んだ。
これは冗談ではない。
目の前の王子は、本気でそれを実行しかねない「危うさ」を持っているのだ。
彼の愛は、聖者のように清らかで、同時に魔王のように独占的だった。

「アリス様……。私……」

ルルナは、もう悪役の仮面を被り続ける気力がなくなっていた。
こんなにも自分を求めてくれる人に、これ以上、嘘をつき通せるほど、彼女は強くなかった。

「……分かりましたわ。今夜だけは、逃げるのを止めます。……でも、私の気が変わったら、またすぐに逃亡を企てますからね!」

「ああ。何度でも捕まえに行くよ。そのたびに、新しい逃避行のプランを立てて待っている」

アリスティアは満足げに微笑み、ルルナの手の甲に誓いのキスをした。
ルルナは、湖のほとりで、自分がもう二度とこの男の手から逃れられないことを悟った。

「……セバス。私、逃亡に失敗したどころか、王子の独占欲に火をつけてしまったようですわ」

「(……どこかで聞いているセバスの声):お嬢様、それもまた、一つの『結末』でございますな」

二人の夜は、まだ始まったばかり。
そして、この「逃避行」の噂が、王宮にさらなる波乱を呼ぶことになるのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しいあなたは竜の番

さくたろう
恋愛
 前世で無惨に処刑された記憶を持つ少女フィオナは、今世では幼い頃から番である竜族の王に保護されて塔の中で大切に育てられていた。  16歳のある日、敵国の英雄ルイが塔を襲撃しにきたが、なんとフィオナは彼に一目惚れをしてしまう。フィオナを人質にするために外へと連れ出したルイも、次第に彼女に離れがたい想いを感じ始め徐々に惹かれていく。  竜人の番として育てられた少女が、竜を憎む青年と恋に落ちる物語。 ※小説家になろう様に公開したものを一部省略して投稿する予定です。 ※全58話、一気に更新します。ご了承ください。

断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上
恋愛
リリア・アシュベリーは婚約者である第二王子ジェラルドと彼の隣にいるイザベラ・ローズによって、断罪されようとしていた。 しかし、その場に現れた辺境伯アルヴィス・グレンデルのおかげで、窮地を脱することができた。 さらに……。 「冤罪は晴らした。だが、ここの空気は知性が欠乏していて息苦しい。行くぞ、リリア。君のような希少な検体を、こんな場所に放置しておくわけにはいかない」  その手は、ジェラルドが一度も握ってくれなかったほど力強く、リリアの手首を引いた。  こうして、成り行きで彼に連れ去られたリリア。  その結果、新たな運命の歯車が動き始めたのだった。

婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」 婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。 だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。 伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。 彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。 婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。 彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。 真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。 事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。 しかし、リラは知らない。 アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。 そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。 彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。 王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。 捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。 宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――? ※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。 物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

月蝕の令嬢 〜妹の偽りの光を暴き、夜の王に溺愛される〜  嘘つきの妹に成敗を、ざまあ

しょくぱん
恋愛
「汚らわしいその腕で、僕のセリナに触れるな!」 公爵令嬢エレナは、生まれつき「不浄の影」を持つとして家族から虐げられてきた。 実態は、妹セリナが放つ「光の魔法」が生む猛毒を、エレナが身代わりとなって吸い取っていただけ。 しかし、妹の暴走事故を自らの腕を焼いて防いだ日、エレナは「聖女である妹を呪った」と冤罪をかけられる。 婚約者である第一王子に婚約破棄され、実家を追放され、魔物が巣食う「奈落」へと突き落とされたエレナ。 死を覚悟した彼女を拾ったのは、夜の国を統べる伝説の龍神・ゼノスだった。 「これを不浄と言うのか? 私には、世界で最も美しい星の楔に見えるが」 彼に口づけで癒やされたエレナの腕からは炭化が剥がれ落ち、美しい「星の紋章」が輝きだす。 実はエレナの力こそが、世界を再生させる唯一の「浄化」だったのだ。 龍神の番(つがい)として溺愛され、美しく覚醒していくエレナ。 一方、彼女を捨てた母国では、毒の吸い取り役がいなくなったことで妹の「光」が暴走。 大地は腐り、人々は倒れ、国は滅亡の危機に瀕していく。 「今さら『戻ってきて毒を吸ってくれ』ですって? お断りです。私は夫様と幸せになりますので」 これは、虐げられた影の令嬢が真の愛を知り、偽りの光に溺れた妹と国が自滅していくのを高みの見物で眺める、大逆転の物語。

処理中です...