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「……ちょっと、アリス様! どこへ連れて行くおつもりですの!? 放してくださいまし、この誘拐犯!」
夜の帳を切り裂き、豪華な王室専用馬車が猛スピードで街道を駆け抜けていた。
車内では、ルルナがアリスティアの膝の上にがっちりと固定され、必死にジタバタと暴れている。
しかし、鍛え上げられた王子の腕は、細いルルナの体を軽々と、かつ優しく封じ込めていた。
「誘拐だなんて人聞きの悪い。君が先に、僕を置いて『逃避行』を始めようとしたんじゃないか。僕はただ、その計画に乗り遅れないようにエスコートしているだけだよ」
アリスティアは、ルルナの耳元で甘く囁き、彼女の首筋に顔を埋めた。
そのあまりに親密な距離感に、ルルナの顔面は夜道に輝く街灯よりも赤くなる。
「私は! あなたを捨てて逃げようとしていたんですのよ! 連れて来られる筋合いはありませんわ!」
「ふふ、そうだね。僕を捨てようとして……僕の愛用している枕をトランクの特等席に入れていた。あの健気な姿を見たら、どんな男だって追いかけずにはいられないよ。ルルナ、君は本当に、僕を狂わせる天才だ」
「……っ、アレは! その、敵を知るにはまず敵の愛用品からと思って、分析するために持っていこうとしただけですわ!」
ルルナは顔を背け、ありったけの嘘をついた。
だが、アリスティアの耳には、それがすべて「愛の裏返し」として届いている。
彼は満足げに頷くと、馬車の窓を指差した。
「見てごらん。もうすぐ、僕のお気に入りの別邸に着くよ。ここは王都から離れていて、警備も僕の直属だけだ。誰にも邪魔されずに、君と二人きりで『逃亡生活』の続きをしようじゃないか」
「二人きりで逃亡!? それ、ただの監禁ではありませんこと!?」
「監禁だなんて。僕は君の自由を尊重しているよ。この別邸の敷地内なら、どこへ行っても自由だ。……まあ、敷地の外には僕の精鋭部隊が二十四時間体制で配置されているから、君の安全は完璧に守られるけれどね」
(……逃げ場がないっていう意味ですわよね、それ!?)
ルルナは絶望に打ちひしがれた。
悪役令嬢として「王子を捨てて自由を掴む」はずが、気づけば王子の「プライベート監禁(自称:愛の逃避行)」に巻き込まれている。
馬車が止まり、アリスティアはルルナを抱きかかえたまま、湖畔に佇む美しい屋敷へと降り立った。
月明かりに照らされた湖面がキラキラと輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
普通なら、この上なくロマンチックなシチュエーションだが、ルルナにとっては処刑台への階段にしか見えない。
「さあ、ルルナ。今夜はここで、積もる話をしよう。君がどうしてあんなに必死に『悪女』を演じているのか……僕が納得するまで、一晩中、いや、一週間くらいかけてじっくり聞かせてもらうよ」
「一週間!? そんなに休んだら、公爵家がパニックになりますわ!」
「大丈夫。セバスには『ルルナ様は僕と熱烈な愛の確認作業に入られたので、しばらく戻らない』と伝えてある。彼は『お気をつけて』と笑顔で送り出してくれたよ」
「あの裏切り執事ーっ!」
ルルナは屋敷のリビングにある豪華なソファに下ろされた。
アリスティアは手慣れた手つきでワイン(のようなブドウジュース)を二つのグラスに注ぎ、一つをルルナに差し出した。
「さあ、まずは乾杯しようか。僕たちの『新しい門出』に」
「……飲みませんわ。毒が入っているかもしれませんもの」
「もし毒が入っているなら、僕が先に飲んで、君に口移しで毒消しを飲ませてあげるよ。……試してみるかい?」
「飲みます! 喜んで飲みますわ!」
ルルナはひったくるようにグラスを受け取り、一気に煽った。
甘酸っぱい液体が喉を通り、少しだけ落ち着きを取り戻す。
目の前に座るアリスティアは、足を組み、優雅にルルナを眺めていた。
「ルルナ。僕は、君が魔力を持たないことで、どれだけ自分を責めているか知っている。……だから、あんな不器用な芝居を続けていたんだろう?」
その言葉に、ルルナの手がピクリと止まった。
彼の瞳は、いつもの狂気じみた溺愛ではなく、どこか哀しげな、深い慈愛の色を帯びていた。
「……気づいて、いらしたんですのね」
「気づかないはずがないだろう。僕は君のすべてを見ているんだ。君が寝言で僕の名前を呼ぶ回数まで、すべて把握している」
(……それはちょっと怖いですわ。というか、把握しないでください)
「ルルナ。君は僕のために、身を引こうとした。僕が立派な国王になれるように、汚点となる自分を消そうとした。……でもね、ルルナ。君のいない国に、僕が統治する価値なんて一ミリもないんだよ」
アリスティアはソファから立ち上がり、ルルナの前に跪いた。
そして、彼女の両手を、壊れ物を扱うようにそっと握る。
「君が魔力を使えないなら、僕が君の魔法になろう。君が自分を悪女だと呼ぶなら、僕は世界で一番の悪魔になって、君を全肯定しよう。……だから、もう逃げようなんて言わないでくれ。君に逃げられるくらいなら、僕は……この国ごと、君を道連れにして滅んでしまいたい」
その言葉の重みに、ルルナは息を呑んだ。
これは冗談ではない。
目の前の王子は、本気でそれを実行しかねない「危うさ」を持っているのだ。
彼の愛は、聖者のように清らかで、同時に魔王のように独占的だった。
「アリス様……。私……」
ルルナは、もう悪役の仮面を被り続ける気力がなくなっていた。
こんなにも自分を求めてくれる人に、これ以上、嘘をつき通せるほど、彼女は強くなかった。
「……分かりましたわ。今夜だけは、逃げるのを止めます。……でも、私の気が変わったら、またすぐに逃亡を企てますからね!」
「ああ。何度でも捕まえに行くよ。そのたびに、新しい逃避行のプランを立てて待っている」
アリスティアは満足げに微笑み、ルルナの手の甲に誓いのキスをした。
ルルナは、湖のほとりで、自分がもう二度とこの男の手から逃れられないことを悟った。
「……セバス。私、逃亡に失敗したどころか、王子の独占欲に火をつけてしまったようですわ」
「(……どこかで聞いているセバスの声):お嬢様、それもまた、一つの『結末』でございますな」
二人の夜は、まだ始まったばかり。
そして、この「逃避行」の噂が、王宮にさらなる波乱を呼ぶことになるのである。
夜の帳を切り裂き、豪華な王室専用馬車が猛スピードで街道を駆け抜けていた。
車内では、ルルナがアリスティアの膝の上にがっちりと固定され、必死にジタバタと暴れている。
しかし、鍛え上げられた王子の腕は、細いルルナの体を軽々と、かつ優しく封じ込めていた。
「誘拐だなんて人聞きの悪い。君が先に、僕を置いて『逃避行』を始めようとしたんじゃないか。僕はただ、その計画に乗り遅れないようにエスコートしているだけだよ」
アリスティアは、ルルナの耳元で甘く囁き、彼女の首筋に顔を埋めた。
そのあまりに親密な距離感に、ルルナの顔面は夜道に輝く街灯よりも赤くなる。
「私は! あなたを捨てて逃げようとしていたんですのよ! 連れて来られる筋合いはありませんわ!」
「ふふ、そうだね。僕を捨てようとして……僕の愛用している枕をトランクの特等席に入れていた。あの健気な姿を見たら、どんな男だって追いかけずにはいられないよ。ルルナ、君は本当に、僕を狂わせる天才だ」
「……っ、アレは! その、敵を知るにはまず敵の愛用品からと思って、分析するために持っていこうとしただけですわ!」
ルルナは顔を背け、ありったけの嘘をついた。
だが、アリスティアの耳には、それがすべて「愛の裏返し」として届いている。
彼は満足げに頷くと、馬車の窓を指差した。
「見てごらん。もうすぐ、僕のお気に入りの別邸に着くよ。ここは王都から離れていて、警備も僕の直属だけだ。誰にも邪魔されずに、君と二人きりで『逃亡生活』の続きをしようじゃないか」
「二人きりで逃亡!? それ、ただの監禁ではありませんこと!?」
「監禁だなんて。僕は君の自由を尊重しているよ。この別邸の敷地内なら、どこへ行っても自由だ。……まあ、敷地の外には僕の精鋭部隊が二十四時間体制で配置されているから、君の安全は完璧に守られるけれどね」
(……逃げ場がないっていう意味ですわよね、それ!?)
ルルナは絶望に打ちひしがれた。
悪役令嬢として「王子を捨てて自由を掴む」はずが、気づけば王子の「プライベート監禁(自称:愛の逃避行)」に巻き込まれている。
馬車が止まり、アリスティアはルルナを抱きかかえたまま、湖畔に佇む美しい屋敷へと降り立った。
月明かりに照らされた湖面がキラキラと輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
普通なら、この上なくロマンチックなシチュエーションだが、ルルナにとっては処刑台への階段にしか見えない。
「さあ、ルルナ。今夜はここで、積もる話をしよう。君がどうしてあんなに必死に『悪女』を演じているのか……僕が納得するまで、一晩中、いや、一週間くらいかけてじっくり聞かせてもらうよ」
「一週間!? そんなに休んだら、公爵家がパニックになりますわ!」
「大丈夫。セバスには『ルルナ様は僕と熱烈な愛の確認作業に入られたので、しばらく戻らない』と伝えてある。彼は『お気をつけて』と笑顔で送り出してくれたよ」
「あの裏切り執事ーっ!」
ルルナは屋敷のリビングにある豪華なソファに下ろされた。
アリスティアは手慣れた手つきでワイン(のようなブドウジュース)を二つのグラスに注ぎ、一つをルルナに差し出した。
「さあ、まずは乾杯しようか。僕たちの『新しい門出』に」
「……飲みませんわ。毒が入っているかもしれませんもの」
「もし毒が入っているなら、僕が先に飲んで、君に口移しで毒消しを飲ませてあげるよ。……試してみるかい?」
「飲みます! 喜んで飲みますわ!」
ルルナはひったくるようにグラスを受け取り、一気に煽った。
甘酸っぱい液体が喉を通り、少しだけ落ち着きを取り戻す。
目の前に座るアリスティアは、足を組み、優雅にルルナを眺めていた。
「ルルナ。僕は、君が魔力を持たないことで、どれだけ自分を責めているか知っている。……だから、あんな不器用な芝居を続けていたんだろう?」
その言葉に、ルルナの手がピクリと止まった。
彼の瞳は、いつもの狂気じみた溺愛ではなく、どこか哀しげな、深い慈愛の色を帯びていた。
「……気づいて、いらしたんですのね」
「気づかないはずがないだろう。僕は君のすべてを見ているんだ。君が寝言で僕の名前を呼ぶ回数まで、すべて把握している」
(……それはちょっと怖いですわ。というか、把握しないでください)
「ルルナ。君は僕のために、身を引こうとした。僕が立派な国王になれるように、汚点となる自分を消そうとした。……でもね、ルルナ。君のいない国に、僕が統治する価値なんて一ミリもないんだよ」
アリスティアはソファから立ち上がり、ルルナの前に跪いた。
そして、彼女の両手を、壊れ物を扱うようにそっと握る。
「君が魔力を使えないなら、僕が君の魔法になろう。君が自分を悪女だと呼ぶなら、僕は世界で一番の悪魔になって、君を全肯定しよう。……だから、もう逃げようなんて言わないでくれ。君に逃げられるくらいなら、僕は……この国ごと、君を道連れにして滅んでしまいたい」
その言葉の重みに、ルルナは息を呑んだ。
これは冗談ではない。
目の前の王子は、本気でそれを実行しかねない「危うさ」を持っているのだ。
彼の愛は、聖者のように清らかで、同時に魔王のように独占的だった。
「アリス様……。私……」
ルルナは、もう悪役の仮面を被り続ける気力がなくなっていた。
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「……分かりましたわ。今夜だけは、逃げるのを止めます。……でも、私の気が変わったら、またすぐに逃亡を企てますからね!」
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アリスティアは満足げに微笑み、ルルナの手の甲に誓いのキスをした。
ルルナは、湖のほとりで、自分がもう二度とこの男の手から逃れられないことを悟った。
「……セバス。私、逃亡に失敗したどころか、王子の独占欲に火をつけてしまったようですわ」
「(……どこかで聞いているセバスの声):お嬢様、それもまた、一つの『結末』でございますな」
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