22 / 28
22
しおりを挟む
「……アリス様。どうして、そこまで私を信じてくださるのですか?」
王宮へ向かう馬車の中。ルルナは、隣に座るアリスティアの端正な横顔を盗み見た。
先ほど別邸で交わした口づけの余韻がまだ残っており、視線を合わせるだけで心臓が跳ねる。
けれど、彼女にはどうしても聞かなければならないことがあった。
「君は、僕が君の『悪役令嬢ごっこ』を単なる遊びだと思っていたのかい?」
アリスティアは窓の外から視線を戻し、ルルナの手を優しく引き寄せた。
その瞳は、いつもの狂信的な輝きではなく、遠い過去を懐かしむような穏やかな光を宿している。
「……君は覚えていないかもしれないけれど。十年ほど前、まだ僕たちが子供だった頃、王宮の裏庭で泣いていた僕を見つけた女の子がいたんだ」
「え……?」
「母上を亡くしたばかりで、王族として『泣くことは許されない』と厳しく育てられていた僕に、その子は言ったんだ。『泣きたい時は、私が代わりに高笑いをしてあげますわ! そうすれば、あなたの泣き声なんて誰にも聞こえませんもの!』ってね」
ルルナの脳裏に、古い記憶の断片がフラッシュバックした。
小さな男の子の横で、泥だらけになりながら、必死に「オーッホッホ!」と叫んでいた幼い自分。
「……あ。あの時の、ひょろひょろだった泣き虫な男の子……」
「……ひょろひょろ。……まあ、当時はそうだったかもしれないね」
アリスティアは苦笑しながら、ルルナの手を強く握りしめた。
「君はあの日からずっと、僕にとっての『盾』だったんだ。僕が弱さを見せられない場所で、君はあえて騒がしく振る舞い、僕への注目を逸らしてくれた。……今回の『悪役令嬢』だってそうだ。君は自分の魔力がないことを理由に、僕が『無能な婚約者を選んだ愚かな王子』と叩かれないよう、自分から嫌われ者になろうとしたんだろう?」
「……っ」
ルルナは言葉を詰まらせた。
王子の真意。それは、ルルナが必死に隠してきた「自己犠牲」のすべてを、彼は最初から理解し、感謝していたということだった。
「ルルナ。僕は君を、魔力があるから愛しているんじゃない。君が僕のために、自分を投げ打ってまで『盾』になろうとしてくれる、その魂の気高さに惚れているんだ。……だから、君がどれほど自分を汚そうとしても、僕の目には世界で一番清らかな女性にしか映らない」
「……アリス様。ずるいですわ。そんなこと言われたら、私……」
「それにね、ルルナ。君が僕を捨てようとするたびに、僕は少しだけ愉しかったんだよ」
「……はい?」
アリスティアの唇が、怪しく吊り上がった。
いつもの、あの「独占欲の塊」としての王子の顔が戻ってくる。
「君が必死に知恵を絞って、僕に嫌われようと画策する。その姿は、誰よりも僕のことを考えてくれている証拠だ。……僕を捨てるために、僕のことばかり考えている君。……ああ、なんて贅沢な独占なんだろうってね」
「……やっぱり変態ですわ。感動を返してくださいまし!」
「ははは! 君にそう言われるのが、一番の褒め言葉だよ」
アリスティアはルルナを抱き寄せ、その髪に深く顔を埋めた。
「魔力が開花しないなんて、些細なことだ。もし開花しなくても、僕が一生、君を守る魔法を使い続ける。……でも、僕は知っているよ。君の本当の力は、誰かを守りたいと願った時にこそ、真実の姿を見
王宮へ向かう馬車の中。ルルナは、隣に座るアリスティアの端正な横顔を盗み見た。
先ほど別邸で交わした口づけの余韻がまだ残っており、視線を合わせるだけで心臓が跳ねる。
けれど、彼女にはどうしても聞かなければならないことがあった。
「君は、僕が君の『悪役令嬢ごっこ』を単なる遊びだと思っていたのかい?」
アリスティアは窓の外から視線を戻し、ルルナの手を優しく引き寄せた。
その瞳は、いつもの狂信的な輝きではなく、遠い過去を懐かしむような穏やかな光を宿している。
「……君は覚えていないかもしれないけれど。十年ほど前、まだ僕たちが子供だった頃、王宮の裏庭で泣いていた僕を見つけた女の子がいたんだ」
「え……?」
「母上を亡くしたばかりで、王族として『泣くことは許されない』と厳しく育てられていた僕に、その子は言ったんだ。『泣きたい時は、私が代わりに高笑いをしてあげますわ! そうすれば、あなたの泣き声なんて誰にも聞こえませんもの!』ってね」
ルルナの脳裏に、古い記憶の断片がフラッシュバックした。
小さな男の子の横で、泥だらけになりながら、必死に「オーッホッホ!」と叫んでいた幼い自分。
「……あ。あの時の、ひょろひょろだった泣き虫な男の子……」
「……ひょろひょろ。……まあ、当時はそうだったかもしれないね」
アリスティアは苦笑しながら、ルルナの手を強く握りしめた。
「君はあの日からずっと、僕にとっての『盾』だったんだ。僕が弱さを見せられない場所で、君はあえて騒がしく振る舞い、僕への注目を逸らしてくれた。……今回の『悪役令嬢』だってそうだ。君は自分の魔力がないことを理由に、僕が『無能な婚約者を選んだ愚かな王子』と叩かれないよう、自分から嫌われ者になろうとしたんだろう?」
「……っ」
ルルナは言葉を詰まらせた。
王子の真意。それは、ルルナが必死に隠してきた「自己犠牲」のすべてを、彼は最初から理解し、感謝していたということだった。
「ルルナ。僕は君を、魔力があるから愛しているんじゃない。君が僕のために、自分を投げ打ってまで『盾』になろうとしてくれる、その魂の気高さに惚れているんだ。……だから、君がどれほど自分を汚そうとしても、僕の目には世界で一番清らかな女性にしか映らない」
「……アリス様。ずるいですわ。そんなこと言われたら、私……」
「それにね、ルルナ。君が僕を捨てようとするたびに、僕は少しだけ愉しかったんだよ」
「……はい?」
アリスティアの唇が、怪しく吊り上がった。
いつもの、あの「独占欲の塊」としての王子の顔が戻ってくる。
「君が必死に知恵を絞って、僕に嫌われようと画策する。その姿は、誰よりも僕のことを考えてくれている証拠だ。……僕を捨てるために、僕のことばかり考えている君。……ああ、なんて贅沢な独占なんだろうってね」
「……やっぱり変態ですわ。感動を返してくださいまし!」
「ははは! 君にそう言われるのが、一番の褒め言葉だよ」
アリスティアはルルナを抱き寄せ、その髪に深く顔を埋めた。
「魔力が開花しないなんて、些細なことだ。もし開花しなくても、僕が一生、君を守る魔法を使い続ける。……でも、僕は知っているよ。君の本当の力は、誰かを守りたいと願った時にこそ、真実の姿を見
2
あなたにおすすめの小説
断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。
水上
恋愛
リリア・アシュベリーは婚約者である第二王子ジェラルドと彼の隣にいるイザベラ・ローズによって、断罪されようとしていた。
しかし、その場に現れた辺境伯アルヴィス・グレンデルのおかげで、窮地を脱することができた。
さらに……。
「冤罪は晴らした。だが、ここの空気は知性が欠乏していて息苦しい。行くぞ、リリア。君のような希少な検体を、こんな場所に放置しておくわけにはいかない」
その手は、ジェラルドが一度も握ってくれなかったほど力強く、リリアの手首を引いた。
こうして、成り行きで彼に連れ去られたリリア。
その結果、新たな運命の歯車が動き始めたのだった。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~
阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」
婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。
けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
愛しいあなたは竜の番
さくたろう
恋愛
前世で無惨に処刑された記憶を持つ少女フィオナは、今世では幼い頃から番である竜族の王に保護されて塔の中で大切に育てられていた。
16歳のある日、敵国の英雄ルイが塔を襲撃しにきたが、なんとフィオナは彼に一目惚れをしてしまう。フィオナを人質にするために外へと連れ出したルイも、次第に彼女に離れがたい想いを感じ始め徐々に惹かれていく。
竜人の番として育てられた少女が、竜を憎む青年と恋に落ちる物語。
※小説家になろう様に公開したものを一部省略して投稿する予定です。
※全58話、一気に更新します。ご了承ください。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
月蝕の令嬢 〜妹の偽りの光を暴き、夜の王に溺愛される〜 嘘つきの妹に成敗を、ざまあ
しょくぱん
恋愛
「汚らわしいその腕で、僕のセリナに触れるな!」
公爵令嬢エレナは、生まれつき「不浄の影」を持つとして家族から虐げられてきた。 実態は、妹セリナが放つ「光の魔法」が生む猛毒を、エレナが身代わりとなって吸い取っていただけ。 しかし、妹の暴走事故を自らの腕を焼いて防いだ日、エレナは「聖女である妹を呪った」と冤罪をかけられる。
婚約者である第一王子に婚約破棄され、実家を追放され、魔物が巣食う「奈落」へと突き落とされたエレナ。 死を覚悟した彼女を拾ったのは、夜の国を統べる伝説の龍神・ゼノスだった。
「これを不浄と言うのか? 私には、世界で最も美しい星の楔に見えるが」
彼に口づけで癒やされたエレナの腕からは炭化が剥がれ落ち、美しい「星の紋章」が輝きだす。 実はエレナの力こそが、世界を再生させる唯一の「浄化」だったのだ。
龍神の番(つがい)として溺愛され、美しく覚醒していくエレナ。 一方、彼女を捨てた母国では、毒の吸い取り役がいなくなったことで妹の「光」が暴走。 大地は腐り、人々は倒れ、国は滅亡の危機に瀕していく。
「今さら『戻ってきて毒を吸ってくれ』ですって? お断りです。私は夫様と幸せになりますので」
これは、虐げられた影の令嬢が真の愛を知り、偽りの光に溺れた妹と国が自滅していくのを高みの見物で眺める、大逆転の物語。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました
由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。
このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。
「――だったら、その前に稼げばいいわ!」
前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。
コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。
そんなある日、店に一人の青年が現れる。
落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。
しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!?
破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。
これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む
ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる