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「……ちょっと、アリス様! これ、想像の五倍くらい大きくありませんこと!?」
北の森の入り口。馬車から降り立ったルルナを待ち受けていたのは、天を突くほどの巨躯を誇る、漆黒の毛並みに覆われた魔獣『カオス・ボア』だった。
地響きのような唸り声が上がるたび、周囲の木々がなぎ倒され、精鋭の騎士団ですら防戦一方となっている。
「ああ、確かに少し育ちすぎだね。でも大丈夫だよルルナ。僕の視界には、恐怖に震える君の可憐な姿しか映っていないから」
アリスティアは、戦場とは思えない優雅な手つきで、腰の聖剣を引き抜いた。
その刀身が眩い光を放ち、周囲の闇を切り裂いていく。
「見惚れている場合ではありませんわ! ほら、あちらの方々がボロボロですわよ! 早く助けて差し上げて!」
「分かっているよ。カイル、右翼の救護を。僕は正面からあの子を黙らせてくる。……ルルナ、そこで見ていて。君に僕の格好良いところを焼き付けてほしいんだ」
アリスティアはルルナの額に軽く口づけを落とすと、重力を無視したような速さで魔獣の懐へと飛び込んだ。
(……早すぎますわ! というか、この状況でキスなんて、余裕がありすぎますわよ!)
ルルナは顔を赤らめながらも、必死で戦況を見守った。
アリスティアの剣が閃くたび、魔獣の強固な皮膚が切り裂かれ、光の粒子が舞い上がる。
まさに「英雄」そのものの姿だった。
しかし、魔獣もさるもの。
傷を負うことでさらに凶暴性を増し、口からどす黒い魔力の塊を吐き出し始めた。
「……っ、危ないですわ!」
ルルナは思わず叫んだ。
魔力の塊が、空中でいくつにも分裂し、騎士団の防衛線を突き破ってこちらへ飛んでくる。
騎士たちが盾を構えるが、その威力は凄まじく、弾け飛んだ衝撃波がルルナの元まで押し寄せた。
「ひゃっ!?」
ルルナは風圧に煽られ、尻餅をついてしまう。
その時、彼女の足元に、一頭の小さな魔獣の子供――親とはぐれたのか、怯えた様子で丸まっている個体が目に入った。
「……あら。あなた、こんなところで何をしていますの?」
ルルナは無意識に手を伸ばした。
危険な戦場。本来なら逃げるべき場面だが、彼女の中の「放っておけない」性分が、恐怖を上回った。
(いけませんわ、ルルナ。ここで優しくしたら、また聖女だなんて言われてしまいますわよ! ……そうですわ、これこそ悪役令嬢としての見せ場!)
ルルナは立ち上がり、ドレスの汚れをパッパとはたくと、扇子をバサリと広げた。
そして、周囲の騎士たちが驚くほどの高飛車な声を張り上げる。
「オーッホッホッホ! 見なさい、この見苦しい獣の子供を! 私の美しいドレスを汚そうなんて、百万年早いですわ! さあ、さっさと私の影に隠れて、その薄汚れた体を小さく丸めておきなさいな!」
ルルナはあえて傲慢な口調で言い放ち、魔獣の子供を背に隠すようにして立ちはだかった。
その瞬間、彼女の体から、あの「漆黒の魔力」がドロリと溢れ出した。
「お、お嬢様!? 危ないですぞ!」
離れた場所で指揮を執っていたセバスが叫ぶ。
巨大な親の魔獣が、自分の子供を「奪われた」と勘違いしたのか、ルルナに向けて怒りの咆哮を上げた。
(ひっ……!? 怖い、怖すぎますわ! でも、ここで逃げたら悪役令嬢の名が廃るというものですわ!)
ルルナはガクガクと震える膝を必死に抑え、魔獣を睨みつけた。
「何を見ていますの、このデブ猪! 私のような高貴な女にガンをつけるなんて、不敬極まりありませんわよ! さあ、アリス様にこっぴどくお仕置きされる前に、さっさとその不細工な顔を引っ込めなさい!」
ルルナが扇子を振り下ろした瞬間。
彼女の影が、意思を持ったかのように巨大化し、魔獣の足を地面へと縫い付けた。
「……え?」
それは、意識して使った魔法ではなかった。
ただ、目の前の存在を「屈服させたい(追い払いたい)」という彼女の強烈な意志が、眠っていた力を引き出したのだ。
「ルルナ……!?」
魔獣の首を跳ねようとしていたアリスティアが、驚愕の表情で振り返る。
彼が見たのは、漆黒の帳を背負い、凛として立ち尽くす「悪の女王」のような婚約者の姿だった。
「……ああ、なんてことだ。ルルナ、君は戦場ですら、僕の心を支配しようというのかい?」
アリスティアは、戦いの最中だというのに、惚気るような溜息を漏らした。
「見てごらん。魔獣が、君の威圧感に怯えて動けなくなっている。……君のその『悪逆非道』なまでの美しさに、僕だけじゃなく獣までもが跪いてしまったね」
「……はぁ!? 褒めている場合ではありませんわ! 早く、早くこれをどうにかしてくださいまし! もう、魔力が、限界なんですのよーっ!」
ルルナの叫びと共に、縫い付けていた影がパリンと音を立てて砕け散った。
自由になった魔獣が、最後の一撃を加えようとルルナに襲いかかる。
「ルルナ――ッ!」
アリスティアの剣が閃くのと、ルルナの胸の奥でさらなる「何か」が弾けるのは、ほぼ同時だった。
北の森の入り口。馬車から降り立ったルルナを待ち受けていたのは、天を突くほどの巨躯を誇る、漆黒の毛並みに覆われた魔獣『カオス・ボア』だった。
地響きのような唸り声が上がるたび、周囲の木々がなぎ倒され、精鋭の騎士団ですら防戦一方となっている。
「ああ、確かに少し育ちすぎだね。でも大丈夫だよルルナ。僕の視界には、恐怖に震える君の可憐な姿しか映っていないから」
アリスティアは、戦場とは思えない優雅な手つきで、腰の聖剣を引き抜いた。
その刀身が眩い光を放ち、周囲の闇を切り裂いていく。
「見惚れている場合ではありませんわ! ほら、あちらの方々がボロボロですわよ! 早く助けて差し上げて!」
「分かっているよ。カイル、右翼の救護を。僕は正面からあの子を黙らせてくる。……ルルナ、そこで見ていて。君に僕の格好良いところを焼き付けてほしいんだ」
アリスティアはルルナの額に軽く口づけを落とすと、重力を無視したような速さで魔獣の懐へと飛び込んだ。
(……早すぎますわ! というか、この状況でキスなんて、余裕がありすぎますわよ!)
ルルナは顔を赤らめながらも、必死で戦況を見守った。
アリスティアの剣が閃くたび、魔獣の強固な皮膚が切り裂かれ、光の粒子が舞い上がる。
まさに「英雄」そのものの姿だった。
しかし、魔獣もさるもの。
傷を負うことでさらに凶暴性を増し、口からどす黒い魔力の塊を吐き出し始めた。
「……っ、危ないですわ!」
ルルナは思わず叫んだ。
魔力の塊が、空中でいくつにも分裂し、騎士団の防衛線を突き破ってこちらへ飛んでくる。
騎士たちが盾を構えるが、その威力は凄まじく、弾け飛んだ衝撃波がルルナの元まで押し寄せた。
「ひゃっ!?」
ルルナは風圧に煽られ、尻餅をついてしまう。
その時、彼女の足元に、一頭の小さな魔獣の子供――親とはぐれたのか、怯えた様子で丸まっている個体が目に入った。
「……あら。あなた、こんなところで何をしていますの?」
ルルナは無意識に手を伸ばした。
危険な戦場。本来なら逃げるべき場面だが、彼女の中の「放っておけない」性分が、恐怖を上回った。
(いけませんわ、ルルナ。ここで優しくしたら、また聖女だなんて言われてしまいますわよ! ……そうですわ、これこそ悪役令嬢としての見せ場!)
ルルナは立ち上がり、ドレスの汚れをパッパとはたくと、扇子をバサリと広げた。
そして、周囲の騎士たちが驚くほどの高飛車な声を張り上げる。
「オーッホッホッホ! 見なさい、この見苦しい獣の子供を! 私の美しいドレスを汚そうなんて、百万年早いですわ! さあ、さっさと私の影に隠れて、その薄汚れた体を小さく丸めておきなさいな!」
ルルナはあえて傲慢な口調で言い放ち、魔獣の子供を背に隠すようにして立ちはだかった。
その瞬間、彼女の体から、あの「漆黒の魔力」がドロリと溢れ出した。
「お、お嬢様!? 危ないですぞ!」
離れた場所で指揮を執っていたセバスが叫ぶ。
巨大な親の魔獣が、自分の子供を「奪われた」と勘違いしたのか、ルルナに向けて怒りの咆哮を上げた。
(ひっ……!? 怖い、怖すぎますわ! でも、ここで逃げたら悪役令嬢の名が廃るというものですわ!)
ルルナはガクガクと震える膝を必死に抑え、魔獣を睨みつけた。
「何を見ていますの、このデブ猪! 私のような高貴な女にガンをつけるなんて、不敬極まりありませんわよ! さあ、アリス様にこっぴどくお仕置きされる前に、さっさとその不細工な顔を引っ込めなさい!」
ルルナが扇子を振り下ろした瞬間。
彼女の影が、意思を持ったかのように巨大化し、魔獣の足を地面へと縫い付けた。
「……え?」
それは、意識して使った魔法ではなかった。
ただ、目の前の存在を「屈服させたい(追い払いたい)」という彼女の強烈な意志が、眠っていた力を引き出したのだ。
「ルルナ……!?」
魔獣の首を跳ねようとしていたアリスティアが、驚愕の表情で振り返る。
彼が見たのは、漆黒の帳を背負い、凛として立ち尽くす「悪の女王」のような婚約者の姿だった。
「……ああ、なんてことだ。ルルナ、君は戦場ですら、僕の心を支配しようというのかい?」
アリスティアは、戦いの最中だというのに、惚気るような溜息を漏らした。
「見てごらん。魔獣が、君の威圧感に怯えて動けなくなっている。……君のその『悪逆非道』なまでの美しさに、僕だけじゃなく獣までもが跪いてしまったね」
「……はぁ!? 褒めている場合ではありませんわ! 早く、早くこれをどうにかしてくださいまし! もう、魔力が、限界なんですのよーっ!」
ルルナの叫びと共に、縫い付けていた影がパリンと音を立てて砕け散った。
自由になった魔獣が、最後の一撃を加えようとルルナに襲いかかる。
「ルルナ――ッ!」
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