婚約破棄、歓迎~自称聖女を返品不可で引き取って~

萩月

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翌朝、空が白み始めたばかりの早朝。

アークライト公爵家の裏門には、異様な威圧感を放つ一台の馬車が停まっていた。

漆黒に塗られた車体。

装飾の一切を排した無骨なデザイン。

そして、それを牽くのは軍馬のように逞しい四頭の黒馬。

どう見ても貴族の送迎用ではない。

護送車か、あるいは戦車だ。

「……これに乗るの?」

私が旅装束(動きやすさ重視のパンツスタイル)で尋ねると、御者台に立っていた強面の兵士がビシッと敬礼した。

「ハッ! 辺境伯軍、特別仕様の強襲用装甲馬車であります! 矢が刺さっても、岩が落ちてきても、ドラゴンのブレスでも(多少なら)耐えられます!」

「耐えなくていいわよ、そんな状況」

私は苦笑いしながら、見送りに来た父を振り返った。

父はハンカチを目元に押し当て、グスグスと鼻を鳴らしている。

「うぅ……ダーリよ。本当に行ってしまうのか」

「ええ、お父様。ここにいたら、いつあの『お花畑王子』が襲来するか分かりませんから」

「確かに今朝も、王宮の方角から『ダーリ、君の愛の深さは分かったから戻っておいでー!』という謎の叫び声が風に乗って聞こえた気がする」

「恐怖ですね。……では、行ってまいります」

「うむ。達者でな。……カニ、忘れるなよ?」

「はいはい」

私たちはハグを交わし、私は「強襲用装甲馬車」へと乗り込んだ。

車内は外見通りの広さだったが、内装は意外にも快適だった。

座席にはふかふかの毛皮が敷き詰められ、衝撃吸収用のクッションも完備されている。

そして、向かいの席には――。

「……おはよう」

巨大な石像のように、オルグレン辺境伯が鎮座していた。

車内が狭く感じるのは、彼のせいだろうか。

「おはようございます、閣下。……いえ、ボス」

「ボス?」

「ええ、今日から私の雇い主ですから。よろしくお願いしますわ」

私がニッコリ笑うと、彼は少し居心地悪そうに視線を逸らし、「うむ」と短く唸った。

隣には侍女のマリーも座っているが、彼女はオルグレン様の迫力に怯えて、小動物のように縮こまっている。

「出すぞ」

オルグレン様が窓を叩いて合図を送ると、馬車が動き出した。

ゴトトトト……と重低音を響かせながら、私たちは王都の石畳を進んでいく。

流れる景色。

見慣れた街並みが、少しずつ後ろへと遠ざかっていく。

(さようなら、私の青春を搾取した王都)

(さようなら、徹夜と胃痛の日々)

感傷に浸ろうとした、その時だった。

「――待ちたまえ!!」

馬車の後方から、やけに響く声が聞こえてきた。

窓から顔を出すと、そこには信じられない光景があった。

白馬に跨り、マントをなびかせたギルバート殿下が、全力疾走で追いかけてきているではないか。

しかも、なぜかバラの花束を片手に。

「ダーリ! 行くな! 僕が悪かった! 君のそのツンデレな態度は、僕の気を引くためだったのだろう!?」

馬と並走しながら、殿下が叫ぶ。

朝の街の人々が、「なんだあれ」「撮影か?」と指差している。

「……敵襲か?」

オルグレン様が腰の剣に手をかけた。

「いえ、ただの騒音ゴミです」

私は即答し、御者台に向かって声を張り上げた。

「御者さん! 速度を上げて! 振り切って!」

「ハッ! フルスロットルであります!」

御者が鞭を入れる。

強襲用装甲馬車が、本来の性能を発揮し始めた。

グンッ! と加速Gがかかる。

「ちょ、待っ……ダーリ! 話を聞いてくれ! 慰謝料は払ったじゃないか! これ以上何を……ぶべらっ!?」

加速した馬車が巻き上げた砂煙をモロに浴びて、殿下が盛大にむせ返る姿が見えた。

そして、あっという間に豆粒のような大きさになり、やがて視界から消えた。

「……ふぅ」

私は窓を閉め、深く息を吐いた。

「危ないところでした」

「……知り合いか?」

オルグレン様が真顔で聞いてくる。

「いえ、知らない人です。きっと新手の物乞いでしょう」

「そうか。王都は治安が悪いな」

「ええ、本当に(頭の)治安が悪いですわ」

こうして、私たちは無事に(?)王都を脱出した。

馬車は街道を北へとひた走る。

しばらくすると、オルグレン様がゴソゴソと足元の木箱を開け始めた。

中から取り出したのは、竹の水筒と、包み紙に入った何か。

「……食うか」

「あ、ありがとうございます」

差し出されたのは、分厚いサンドイッチだった。

中身はローストビーフとチーズ。

「朝食がまだだろうと思ってな。……俺が作った」

「えっ!?」

私は思わずサンドイッチと彼の顔を交互に見た。

「閣下が、ですか? この、繊細なサンドイッチを?」

「……独身生活が長いと、料理くらいは覚える。毒は入っていない」

「い、いえ、疑っているわけでは! いただきます」

一口かじる。

パンは柔らかく、肉の焼き加減も絶妙。マスタードが効いていて、驚くほど美味しい。

「……美味しいです。閣下、お料理お上手なんですね」

「……切って挟むだけだ」

彼は照れくさそうに顔を背け、自分も大きな口でサンドイッチを頬張り始めた。

マリーにも配られ、車内には和やかなモグモグタイムが訪れる。

「あの、閣下」

「ん」

「これから北へ向かうわけですが、到着までどれくらいかかりますか?」

「通常なら十日。だが、この馬車なら五日で着く」

「五日……結構かかりますね」

「退屈か?」

「いえ、書類仕事の準備ができますから。……ところで、一つ気になっていたのですが」

私は、彼の隣に置いてある巨大な毛皮の塊を指差した。

さっきから、時々ピクピク動いているような気がするのだ。

「それは……?」

オルグレン様は「あ」という顔をして、その毛皮を膝の上に乗せた。

「……忘れていた。紹介しよう」

彼が毛皮をめくると、そこから茶色いモフモフした顔がひょっこりと現れた。

つぶらな瞳。

丸い耳。

「クマ……のぬいぐるみ?」

「いや、本物だ」

「はい?」

「森で拾った。名前はポチだ」

「ポチ!?」

子グマだった。

生後数ヶ月と思われる、ぬいぐるみのような子グマが、オルグレン様の膝の上で「クゥ~」とあくびをした。

「……犬みたいな名前ですね」

「拾った時は犬だと思ったんだ。育ててみたら、だんだん大きくなって、鳴き声も『ワン』じゃなくて『ガウ』になった」

「気づくでしょう普通!」

私は思わずツッコミを入れた。

オルグレン様は真剣な顔でポチの頭を撫でている。

その巨大な手で撫でられると、子グマが潰れてしまいそうだが、ポチは気持ちよさそうに目を細めていた。

「こいつも連れて行く。……事務室に置いておいてもいいか?」

「え、ええと……書類を食べたりしませんか?」

「躾(しつけ)はしてある。あと、冬は湯たんぽ代わりになる」

「湯たんぽ(物理)……」

コワモテの辺境伯と、膝上の子グマ。

そして手作りサンドイッチ。

この人の周りには、見た目とのギャップがありすぎる。

「……ふふっ」

笑いが込み上げてきた。

「なんだ、おかしいか」

「いえ、なんだか……北での生活が楽しみになってきまして」

私は正直に言った。

ギルバート殿下との生活では、常に神経を尖らせ、完璧を求められてきた。

でも、この人のそばなら、肩の力を抜いて生きられるかもしれない。

「そうか。……それはよかった」

オルグレン様は、また少しだけ目を細めた。

馬車は街道を北へ北へと進む。

窓の外の景色は、徐々に緑豊かな平原から、針葉樹の多い荒涼とした大地へと変わっていく。

風が冷たくなっていくけれど、心は不思議と温かかった。

こうして私の、波乱含みの「辺境お仕事ライフ」への旅路が始まったのだった。

まずは、このクマ(飼い主とペットの両方)と仲良くなるところから始めよう。

私はポチの頭をそっと撫でながら、新しい日々に思いを馳せた。
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