婚約破棄、歓迎~自称聖女を返品不可で引き取って~

萩月

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王都への凱旋は、ある意味で伝説となった。

先頭を行くのは、私の父が手配したアークライト公爵家の私兵団。
それに続くのは、近衛騎士団に厳重に警護(という名の包囲)された、鉄格子付きの護送馬車。
その中からは、「ここから出せ! 僕は王太子だぞ! トイレに行きたい!」という情けない叫び声が響いている。

そして、殿(しんがり)を務めるのが、私たちを乗せた漆黒の「強襲用装甲馬車」。
それを牽引するのは、筋肉隆々の北方の黒馬たち。

「……見ろ、あれが『北の悪魔』の馬車か?」
「なんて禍々しいんだ……」
「でも、窓から見えた令嬢、すごく綺麗じゃなかった?」

沿道の市民たちが囁き合っている。
私は窓を開け、優雅に手を振った。

「ごきげんよう、皆様。平和な王都に戻ってまいりましたわ」

私の笑顔に、市民たちがどよめく。
かつて「悪役令嬢」として恐れられていた私の評価が、今や「王太子の暴走を止めていた有能な元婚約者」へと変わりつつあるのを感じる。
噂とは、操作するものである。

「……ダーリ。閉めろ。見世物じゃない」

向かいの席で、オルグレン様が不機嫌そうに腕を組んでいる。
人混みが嫌いな彼は、王都の喧騒に早くもストレスを感じているようだ。

「我慢してください、閣下。これは『宣伝』です」

「宣伝?」

「ええ。私たちが『勝者』として凱旋したことを、視覚的に周知させるのです。……ああ、ほら見てください。ギルバート殿下がハンカチを噛んで悔しがっていますわ」

前の馬車を見ると、鉄格子にしがみつく殿下の顔が見えた。
実にいい気味だ。

***

公爵邸に到着すると、父、アークライト公爵が涙を流して出迎えてくれた。

「おお、ダーリ! 無事だったか! よくぞ帰ってきてくれた!」

「ただいま戻りました、お父様。……少し、お痩せになりました?」

「ああ。お前がいなくなってから、胃薬の消費量が三倍になってな。……それに、陛下からの呼び出しも頻繁で……」

父はげっそりとした顔で言ったが、私の後ろに立つ巨体を見て、さらに顔を引きつらせた。

「そ、そして……そちらが……」

「お初にお目にかかる。……いや、以前、予算委員会で睨み合ったことがあったか」

オルグレン様が一歩前に出る。
父が「ひぃっ」と後ずさる。

「オルグレン辺境伯だ。……娘さんを、お借りしている」

「お、お借り……?」

「ああ。非常に優秀な事務官だ。……返さんぞ」

オルグレン様が低い声で威圧すると、父はコクコクと頷いた。

「も、もちろん! 娘が選んだ道なら、父は応援するのみです! ……どうぞ、お入りください! 最高級の茶葉とお菓子を用意してあります!」

父の現金な態度に、私は苦笑した。

その夜。
王宮からの使者が、一通の封書を届けてきた。

金色の箔押しがされた、最高級の招待状。

『――ギルバート王太子殿下、ならびにダーリ・アークライト嬢の件に関する【査問舞踏会】への招待状』

「……査問舞踏会?」

私が眉をひそめると、父が説明してくれた。

「陛下が考案された苦肉の策だ。ただの『裁判』では国民の関心が得られんし、暗い話題になる。そこで、貴族たちを集めた舞踏会の場で、公開処刑……もとい、公開尋問を行うことにしたらしい」

「なるほど。ショーとして見せるわけですね」

「うむ。日時は明後日の夜。場所は王城の大ホール。……全貴族強制参加だ」

私は招待状を指で弾いた。
これは、ただのパーティではない。
戦場だ。

ギルバート殿下派の残党、中立を決め込む日和見貴族、そして私の失脚を願う敵対勢力。
それら全ての前で、白黒をつけなければならない。

「……オルグレン様」

「なんだ」

ソファでポチ(子グマ)にクッキーを与えていた閣下が顔を上げる。

「明後日の夜、ダンスはお得意ですか?」

「……は?」

オルグレン様の動きが止まった。

「舞踏会だぞ? 俺が踊るのか?」

「当然です。私のパートナーとして」

「……無理だ」

彼は即答した。

「俺は剣なら振れるが、ダンスなんぞ踊ったことがない。足を踏む自信しかない」

「大丈夫です。私がリードしますから(物理的に)」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……。あのキラキラした場所が苦手なんだ。香水の匂いと、上辺だけの会話と、値踏みするような視線。……吐き気がする」

彼は心底嫌そうに顔をしかめた。
北の孤高の狼にとって、王都の社交界は泥沼よりも居心地が悪いのだろう。

「分かります。私も嫌いです」

私は彼の隣に座った。

「でも、これは最後の戦いです。ここで私たちが圧倒的な『格』を見せつければ、もう誰も文句は言えなくなります。……ギルバート殿下も、二度と私に関わろうとしなくなるでしょう」

「……あいつを、黙らせられるか?」

「ええ。完全に、再起不能なまでに」

「……ならば、やる」

オルグレン様は覚悟を決めたように頷いた。
単純で助かる。

「ただし、条件がある」

「なんでしょう?」

「……俺の服は、お前が選べ。あの窮屈な礼服は着たくない」

「お任せください。閣下の魅力を最大限に引き出しつつ、動きやすい最高の衣装をご用意しますわ」

私は立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。

「お父様! 王都一番の仕立て屋と、美容師と、靴職人を呼んでちょうだい! 金に糸目はつけません!」

「承知した! アークライト家の財力を総動員しよう!」

父もノリノリだ。

私はオルグレン様を振り返り、宣言した。

「覚悟してくださいね、閣下。……明後日の夜、貴方をこの国で一番の『いい男』に仕立て上げますから」

「……お手柔らかに頼む」

オルグレン様が引きつった顔で答える。

こうして、「野獣改造計画」が始まった。
素材は最高だ。
身長190センチ超、鍛え上げられた肉体、整った(けど怖い)顔立ち。
磨けば光るどころか、光りすぎて目が潰れるレベルの原石である。

(ふふふ……楽しみだわ。王都の令嬢たちが、腰を抜かす顔が目に浮かぶようだわ!)

私はデザイナーに指示を飛ばしながら、頭の中で完璧なコーディネートを組み立て始めた。
ギルバート殿下?
ああ、そういえばそんな人もいましたね。
私の頭の中はもう、目の前の「推し(上司)」をどうプロデュースするかで一杯だった。
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