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音楽が流れる中、私たちはホールの中央で踊り出した。
「……ダーリ、足。踏んでないか?」
「大丈夫です。踏まれたら、私がヒールで踏み返しますので」
「……それは怖い」
オルグレン様の動きは、まるで油の切れたブリキのおもちゃのようにぎこちなかった。
しかし、彼自身の圧倒的な体格と美貌、そして私の完璧なリード(という名の強引な誘導)によって、周囲には「重厚で力強いダンス」に見えているようだった。
「きゃあぁぁ! なんて男らしいリードなの!」
「ダーリ様を見つめるあの熱い瞳……! あれは本物の愛よ!」
周囲の令嬢たちが勝手な解釈をして盛り上がっている。
実際には、彼は私の足元を見ようとして必死なだけなのだが。
一曲が終わり、私たちが優雅にお辞儀をすると、会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「やった……! 踏まなかったぞ!」
オルグレン様が子供のように目を輝かせて小声で喜ぶ。
私はそっと彼の手を握り返した。
「完璧でしたわ、閣下。……さて、次はお待ちかねの『余興』の時間です」
私が視線を向けた先。
そこには、顔を真っ赤にして震えているギルバート殿下がいた。
彼は拍手の音がかき消されるほどの大声で叫んだ。
「――茶番はそこまでだ!!」
会場が静まり返る。
殿下はツカツカと私たちに歩み寄ってきた。
その後ろには、まだ少しオルグレン様に未練がありそうなミナもついている。
「ダーリ! そしてオルグレン辺境伯! よくも神聖な舞踏会を私物化してくれたな!」
殿下は私を睨みつけた。
「分かっているぞ、ダーリ。この男を飾り立て、これ見よがしにイチャついて見せたのは……すべて僕への当てつけだろう?」
「……はい?」
「僕の嫉妬を煽り、気を引こうという魂胆が見え見えだ! まったく、君という女はどこまでいじらしいんだ!」
殿下は呆れたように首を振り、そして「やれやれ」といった顔で手を差し出した。
「いいだろう。君のその涙ぐましい努力に免じて、僕は寛大な心でチャンスを与えてやる」
「チャンス、でございますか?」
「そうだ! 今ここで土下座して謝罪し、ミナの靴を舐めるなら……婚約破棄を『白紙』に戻してやってもいいぞ!」
会場中がざわついた。
「えっ、まだそんなこと言ってるの?」「空気読めなさすぎない?」という引き気味の声が聞こえるが、殿下の耳には届いていないらしい。
「さあ、どうだ! 嬉しいだろう! 王太子の婚約者に戻れるんだぞ!」
殿下は勝利を確信した笑顔を浮かべている。
私は……。
「……ぷっ」
吹き出した。
「あははははは! 傑作ですわ! 殿下、貴方様は本当に期待を裏切りませんね!」
私はお腹を抱えて笑った後、スッと表情を消した。
冷徹な、絶対零度の瞳で彼を見据える。
「……白紙に戻す? 誰が? 貴方様が? 寝言は寝室で仰ってください」
「な、なんだと……?」
「いい機会ですわ。この場の皆様に、真実をお伝えしましょう」
私は近くにいた楽団員から、拡声用の魔道具(マイク)を奪い取った。
スイッチを入れる。
キーン、という音が会場に響き、全員の注目が集まる。
「テステス。……あー、本日はお日柄もよく。アークライト公爵家長女、ダーリでございます」
私の声が、大ホール中に朗々と響き渡る。
「皆様、本日の舞踏会の趣旨をご存じでしょうか? 『査問』です。王太子殿下が引き起こした数々の不祥事と、北の辺境伯への不当な扱いについての、公開裁判でございます」
「な、なにを勝手なことを!」
殿下が止めようとするが、オルグレン様が一歩前に出て壁になり、彼を威圧して動けなくする。
「しかし! ただ断罪するだけでは面白くありません。そこで、私は殿下に『最後のチャンス』を差し上げたいと思います」
私はニッコリと微笑み、壇上の国王陛下に向かって一礼した。
「陛下。許可をいただけますか? これより私が提示する『クイズ』に、殿下が正解できれば……私は大人しく王宮に戻りましょう」
「おお、そうか! 許可する! やってくれ!」
国王陛下が食い気味に許可を出した。
陛下も分かっているのだ。
息子が絶対に正解できないことを。
「クイズだと? バカにするな! 僕は王太子だぞ! どんな難問でも解いてみせる!」
殿下が自信満々に胸を叩く。
「よろしい。では第一問」
私は指を一本立てた。
「我が国の年間国家予算における、王家費の割合は何パーセントでしょう? 小数点以下まで正確にお答えください」
「へ?」
殿下が固まった。
「え、えーと……半分くらい?」
「ブブーッ! 不正解です。正解は『5.4%』。……ちなみに、殿下が先月使い込んだ『黄金の自像制作費』だけで、その0.1%を占めております」
会場から「うわぁ……」というドン引きの声が上がる。
「だ、だからなんだ! 数字など官僚の仕事だ!」
「では第二問。隣国ガルド帝国のシュトロハイム大使が、最も嫌う『飲み物』と『話題』はなんでしょう?」
「し、知るかそんなこと! 紅茶と……天気の話とかか?」
「ブブーッ! 正解は『ぬるい紅茶』と『毛髪の話題(カツラだから)』です。……殿下は先日、その両方を踏み抜いて大使を激怒させましたね?」
「えっ、あれカツラだったの!?」
殿下が墓穴を掘った。
会場の貴族たちが「ああ、あの大使激怒事件の犯人はやっぱり……」と納得の視線を送る。
「では、最終問題です」
私はマイクを握り直し、ゆっくりと、会場の隅々まで聞こえるように告げた。
「この十年間。貴方様がやらかしたミスを裏で処理し、計算間違いを修正し、外交の根回しをし、貴方様の『王太子としての対面』を保ってきたのは……一体、誰でしょう?」
静寂。
誰もが答えを知っている。
しかし、当の本人だけが、脂汗を流して泳いだ目をキョロキョロさせている。
「そ、それは……僕の実力と……あと、ミナの愛……?」
「……ハァ」
私は深いため息をついた。
マイクの電源を切る。
「……残念です、殿下。全問不正解」
私はオルグレン様の方へ振り返り、肩をすくめた。
「閣下。どうやらこの国の王太子様は、ご自分の『お尻の拭き方』もご存じないようですわ」
「……哀れだな」
オルグレン様が、心底軽蔑した眼差しで殿下を見下ろす。
「皆様! お分かりいただけましたか!?」
私は再びマイクを持ち、高らかに宣言した。
「これが! 我らが王太子殿下の実態です! 無知、無能、そして無責任! こんな方に国を任せられますか!? 私は嫌です! 絶対にお断りです!」
会場中から、割れんばかりの拍手と「そうだそうだ!」「よく言った!」という歓声が上がった。
それは、私への非難ではなく、長年このバカ王子に振り回されてきた貴族たちの、魂の叫びだった。
「な、なんなんだこれは……! やめろ! 僕を誰だと思っている!」
孤立無援。
四面楚歌。
殿下は青ざめ、後ずさる。
しかし、私の攻撃はまだ終わらない。
精神的に追い詰めた後は、トドメの一撃が必要だ。
「さあ、ここからが本番ですわ。……ミナ様、出番ですよ?」
私は、呆然と立ち尽くす聖女(自称)に水を向けた。
「えっ、私?」
「貴女の出番です。……いつまで黙っているのですか? あの『秘密』を」
「ひ、秘密……?」
私はニヤリと笑った。
この日のために、北の城でミナを尋問(おやつを与えて聞き出しただけ)して手に入れた、爆弾ネタがあるのだ。
「さあ、皆様に教えて差し上げなさい。……殿下が夜な夜な、貴女に何を語っていたのかを」
「……ダーリ、足。踏んでないか?」
「大丈夫です。踏まれたら、私がヒールで踏み返しますので」
「……それは怖い」
オルグレン様の動きは、まるで油の切れたブリキのおもちゃのようにぎこちなかった。
しかし、彼自身の圧倒的な体格と美貌、そして私の完璧なリード(という名の強引な誘導)によって、周囲には「重厚で力強いダンス」に見えているようだった。
「きゃあぁぁ! なんて男らしいリードなの!」
「ダーリ様を見つめるあの熱い瞳……! あれは本物の愛よ!」
周囲の令嬢たちが勝手な解釈をして盛り上がっている。
実際には、彼は私の足元を見ようとして必死なだけなのだが。
一曲が終わり、私たちが優雅にお辞儀をすると、会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「やった……! 踏まなかったぞ!」
オルグレン様が子供のように目を輝かせて小声で喜ぶ。
私はそっと彼の手を握り返した。
「完璧でしたわ、閣下。……さて、次はお待ちかねの『余興』の時間です」
私が視線を向けた先。
そこには、顔を真っ赤にして震えているギルバート殿下がいた。
彼は拍手の音がかき消されるほどの大声で叫んだ。
「――茶番はそこまでだ!!」
会場が静まり返る。
殿下はツカツカと私たちに歩み寄ってきた。
その後ろには、まだ少しオルグレン様に未練がありそうなミナもついている。
「ダーリ! そしてオルグレン辺境伯! よくも神聖な舞踏会を私物化してくれたな!」
殿下は私を睨みつけた。
「分かっているぞ、ダーリ。この男を飾り立て、これ見よがしにイチャついて見せたのは……すべて僕への当てつけだろう?」
「……はい?」
「僕の嫉妬を煽り、気を引こうという魂胆が見え見えだ! まったく、君という女はどこまでいじらしいんだ!」
殿下は呆れたように首を振り、そして「やれやれ」といった顔で手を差し出した。
「いいだろう。君のその涙ぐましい努力に免じて、僕は寛大な心でチャンスを与えてやる」
「チャンス、でございますか?」
「そうだ! 今ここで土下座して謝罪し、ミナの靴を舐めるなら……婚約破棄を『白紙』に戻してやってもいいぞ!」
会場中がざわついた。
「えっ、まだそんなこと言ってるの?」「空気読めなさすぎない?」という引き気味の声が聞こえるが、殿下の耳には届いていないらしい。
「さあ、どうだ! 嬉しいだろう! 王太子の婚約者に戻れるんだぞ!」
殿下は勝利を確信した笑顔を浮かべている。
私は……。
「……ぷっ」
吹き出した。
「あははははは! 傑作ですわ! 殿下、貴方様は本当に期待を裏切りませんね!」
私はお腹を抱えて笑った後、スッと表情を消した。
冷徹な、絶対零度の瞳で彼を見据える。
「……白紙に戻す? 誰が? 貴方様が? 寝言は寝室で仰ってください」
「な、なんだと……?」
「いい機会ですわ。この場の皆様に、真実をお伝えしましょう」
私は近くにいた楽団員から、拡声用の魔道具(マイク)を奪い取った。
スイッチを入れる。
キーン、という音が会場に響き、全員の注目が集まる。
「テステス。……あー、本日はお日柄もよく。アークライト公爵家長女、ダーリでございます」
私の声が、大ホール中に朗々と響き渡る。
「皆様、本日の舞踏会の趣旨をご存じでしょうか? 『査問』です。王太子殿下が引き起こした数々の不祥事と、北の辺境伯への不当な扱いについての、公開裁判でございます」
「な、なにを勝手なことを!」
殿下が止めようとするが、オルグレン様が一歩前に出て壁になり、彼を威圧して動けなくする。
「しかし! ただ断罪するだけでは面白くありません。そこで、私は殿下に『最後のチャンス』を差し上げたいと思います」
私はニッコリと微笑み、壇上の国王陛下に向かって一礼した。
「陛下。許可をいただけますか? これより私が提示する『クイズ』に、殿下が正解できれば……私は大人しく王宮に戻りましょう」
「おお、そうか! 許可する! やってくれ!」
国王陛下が食い気味に許可を出した。
陛下も分かっているのだ。
息子が絶対に正解できないことを。
「クイズだと? バカにするな! 僕は王太子だぞ! どんな難問でも解いてみせる!」
殿下が自信満々に胸を叩く。
「よろしい。では第一問」
私は指を一本立てた。
「我が国の年間国家予算における、王家費の割合は何パーセントでしょう? 小数点以下まで正確にお答えください」
「へ?」
殿下が固まった。
「え、えーと……半分くらい?」
「ブブーッ! 不正解です。正解は『5.4%』。……ちなみに、殿下が先月使い込んだ『黄金の自像制作費』だけで、その0.1%を占めております」
会場から「うわぁ……」というドン引きの声が上がる。
「だ、だからなんだ! 数字など官僚の仕事だ!」
「では第二問。隣国ガルド帝国のシュトロハイム大使が、最も嫌う『飲み物』と『話題』はなんでしょう?」
「し、知るかそんなこと! 紅茶と……天気の話とかか?」
「ブブーッ! 正解は『ぬるい紅茶』と『毛髪の話題(カツラだから)』です。……殿下は先日、その両方を踏み抜いて大使を激怒させましたね?」
「えっ、あれカツラだったの!?」
殿下が墓穴を掘った。
会場の貴族たちが「ああ、あの大使激怒事件の犯人はやっぱり……」と納得の視線を送る。
「では、最終問題です」
私はマイクを握り直し、ゆっくりと、会場の隅々まで聞こえるように告げた。
「この十年間。貴方様がやらかしたミスを裏で処理し、計算間違いを修正し、外交の根回しをし、貴方様の『王太子としての対面』を保ってきたのは……一体、誰でしょう?」
静寂。
誰もが答えを知っている。
しかし、当の本人だけが、脂汗を流して泳いだ目をキョロキョロさせている。
「そ、それは……僕の実力と……あと、ミナの愛……?」
「……ハァ」
私は深いため息をついた。
マイクの電源を切る。
「……残念です、殿下。全問不正解」
私はオルグレン様の方へ振り返り、肩をすくめた。
「閣下。どうやらこの国の王太子様は、ご自分の『お尻の拭き方』もご存じないようですわ」
「……哀れだな」
オルグレン様が、心底軽蔑した眼差しで殿下を見下ろす。
「皆様! お分かりいただけましたか!?」
私は再びマイクを持ち、高らかに宣言した。
「これが! 我らが王太子殿下の実態です! 無知、無能、そして無責任! こんな方に国を任せられますか!? 私は嫌です! 絶対にお断りです!」
会場中から、割れんばかりの拍手と「そうだそうだ!」「よく言った!」という歓声が上がった。
それは、私への非難ではなく、長年このバカ王子に振り回されてきた貴族たちの、魂の叫びだった。
「な、なんなんだこれは……! やめろ! 僕を誰だと思っている!」
孤立無援。
四面楚歌。
殿下は青ざめ、後ずさる。
しかし、私の攻撃はまだ終わらない。
精神的に追い詰めた後は、トドメの一撃が必要だ。
「さあ、ここからが本番ですわ。……ミナ様、出番ですよ?」
私は、呆然と立ち尽くす聖女(自称)に水を向けた。
「えっ、私?」
「貴女の出番です。……いつまで黙っているのですか? あの『秘密』を」
「ひ、秘密……?」
私はニヤリと笑った。
この日のために、北の城でミナを尋問(おやつを与えて聞き出しただけ)して手に入れた、爆弾ネタがあるのだ。
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