婚約破棄、歓迎~自称聖女を返品不可で引き取って~

萩月

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「えっ、言っちゃっていいんですかぁ?」

ミナはキョトンとした顔で私を見た。
その目は「秘密を暴露する」という緊張感など微塵もなく、むしろ「面白い話があるから聞いて!」という女子会ノリに近い。

「ええ、構いませんわ。殿下の『愛の深さ』を、皆様に証明して差し上げるのです」

私が優しく誘導すると、ミナはパァッと顔を輝かせた。

「そうですよね! ギルバート様がいかに私のことを考えてくれているか、自慢したかったんですぅ!」

ミナはマイク(私が持っていたのを奪い取った)を両手で握りしめ、会場の貴族たちに向かって叫んだ。

「聞いてください皆さん! ギルバート様ってば、すごーく太っ腹なんですよぉ!」

「お、おいミナ! やめろ! 余計なことを言うな!」

ギルバート殿下が慌てて止めようとするが、オルグレン様がスッと足を出し、殿下の行く手を阻む(ついでに少し踏む)。
「ぐえっ!」と殿下が転ぶ間に、ミナの独演会が始まった。

「あのね、ギルバート様、『王宮の予算は僕のお財布だ』って言うんです! かっこいいですよねぇ!」

会場が静まり返った。
シン……という音が聞こえそうなほどの静寂。
国王陛下の顔色が、赤から青、そして白へと変わっていく。

「でねでね、先月も『洪水の対策予算が余ってるから、ミナのための別荘を建てよう』って言ってくれてぇ! なんと、黄金のミナちゃん像付きのお城を設計中なんですぅ!」

「ぶふっ!」

誰かが吹き出した。
続いて、どよめきが広がる。

「洪水対策予算を……?」
「横領だ……完全に横領だぞ……」
「しかも黄金の像って……センスが悪すぎる……」

しかし、ミナは止まらない。
彼女にとって、これは「彼氏がこんなに尽くしてくれる」というノロケ話なのだ。

「それにぃ、外交機密費? とかいうのも使って、私のドレスを100着も買ってくれたんですよぉ! 『どうせバレないし、バレてもダーリが帳尻合わせるから大丈夫』って!」

私の名前が出た。
会場の視線が、同情と尊敬を込めて私に集まる。
私は扇子で顔を仰ぎながら、「やれやれ」と肩をすくめてみせた。

「やめろぉぉぉ! ミナ、口を縫い合わせるぞぉぉぉ!」

殿下が這いつくばりながら叫ぶが、ミナはさらに爆弾を投下した。

「あ、そうだ! 一番すごい秘密、言っちゃいますね!」

ミナは声を潜め……るふりをして、マイクの音量を最大にした。

「ギルバート様ね、『父上(国王陛下)はうるさいから、そろそろ引退してもらおうかな』って言ってたんですぅ! 隣の国の皇帝に『国境の砦を譲るから、僕を王にしてくれ』って手紙を書いてましたぁ! すごくないですかぁ!?」

ドッカン。

比喩ではなく、会場の空気が爆発したかのような衝撃が走った。
横領までは笑い話(笑えないが)で済んだかもしれない。
だが、「国土割譲」と「外患誘致」、そして「クーデター計画」。
これは、完全にアウトだ。

「……き、貴様ぁぁぁぁぁ!!!!」

壇上の国王陛下が、咆哮した。
その怒りは、城のガラスを全て割りそうなほどのエネルギーに満ちていた。

「よ、横領のみならず、売国だとぉぉぉ!? このバカ息子がぁぁぁ!!」

「ち、違うんです父上! あれは冗談で! ポエムの一種で!」

殿下が必死に言い訳をするが、もう遅い。
ミナが不思議そうに首をかしげる。

「あれぇ? なんで怒ってるんですかぁ? ギルバート様、『王になったら毎日パーティしようね』って約束してくれたのにぃ」

「ミナ、君は……君は本当にバカなのかぁぁぁ!!」

殿下が絶叫した。

「ひどい! バカって言いましたね! もう知りません! やっぱりオルグレン様の方がいいですぅ!」

ミナはプイッとそっぽを向き、再びオルグレン様に秋波を送ろうとしたが、閣下は「汚いものを見る目」で完全に無視していた。

「……衛兵!! 捕らえろ!!」

国王陛下の命令が下った。

「はっ!!」

待機していた近衛騎士たちが、雪崩を打って殿下を取り囲む。

「待って! 離せ! 僕は王太子だぞ! 未来の王だぞ!」

「黙れ! 貴様ごときに継がせる国などないわ!」

陛下が杖を投げつけ、殿下の額にクリーンヒットした。
「あべしっ」という情けない声を上げて、殿下は白目を剥いた。

会場中から、失笑が漏れる。
いや、失笑ではない。
爆笑だ。

「あははは! なんだあの様は!」
「傑作だ! 自爆もいいところだな!」
「スッキリした! これで我が国も安泰だ!」

貴族たちは腹を抱えて笑っている。
長年の鬱憤が、この喜劇的な幕切れによって晴らされたのだ。

私はマイクを置き、ゆっくりと拍手をした。

「……素晴らしいショーでしたわ、殿下、ミナ様。これぞ『破滅へのロンド』ですわね」

連行されていく殿下とすれ違いざま、私は小声で囁いた。

「……慰謝料、追加で請求させていただきますわね。『精神的苦痛(笑いすぎによる腹筋崩壊)』の分として」

「だ、ダーリィィィ……!!」

殿下の悲痛な叫び声は、重い扉の向こうへと消えていった。

そして、取り残されたミナは。

「えっ、ギルバート様、連れて行かれちゃいましたけど……お食事はまだですかぁ?」

まだ状況が理解できていない様子で、キョロキョロしている。
ある意味、最強のメンタルかもしれない。

「ミナ嬢」

オルグレン様が、冷たく声をかけた。

「……お前も行け。共犯だ」

「えっ? 私も? やだぁ、オルグレン様とダンスしたいですぅ!」

「連れて行け」

オルグレン様が顎でしゃくると、兵士たちがミナの両脇を抱えた。

「いやぁぁぁ! 離してぇぇ! 私の玉の輿計画がぁぁぁ! せめてカニ! カニだけでも食べさせてぇぇ!」

ズリズリと引きずられていくピンク色の塊。
その姿が消えると、会場には清々しい空気が戻った。

「……終わったな」

オルグレン様が、ふぅと息を吐いた。

「ええ。完全決着です」

私は彼を見上げ、微笑んだ。

「お疲れ様でした、閣下。……これで、誰にも邪魔されず、北へ帰れますわ」

「……ああ」

オルグレン様は、少しだけ口角を上げた。
そして、私の手をそっと握り直した。

「……帰ろう。俺たちの城へ」

会場からは、私たちを祝福するかのような、温かい拍手が送られていた。
それは「悪役令嬢」と「野獣」への喝采であり、新しい時代の幕開けを告げる音でもあった。
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