断罪されているはずが、なぜか殿下が追いかけてくる

萩月

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「……いいかカイル、種まきとは『祈り』だ。一粒一粒に、この燃え上がる情熱を込めて土に託す。そうすれば、トウガラシは応えてくれる。真っ赤な殺意を持ってな!」

 アルメリア領、新しく開墾されたばかりの広大な大地。
 第一王子シリウス殿下が、泥だらけの指先で小さな種を掲げ、まるで国宝でも扱うかのような神聖な面持ちで語り始めました。
 彼の背後には、等間隔に並べられた畝(うね)がどこまでも続いています。

「兄上、相変わらず非論理的ですね。種まきとは『計算』ですよ。土壌の温度、深さ、そして隣り合う株との競合をミリ単位で制御する。情熱でトウガラシが赤くなるなら、今頃この領地は燃え落ちています」

 第二王子カイル殿下は、自作の「自動等間隔種まき補助定規」を手に、冷徹な手つきで作業を進めていました。
 彼は泥にまみれることを厭わなくなりつつも、作業の正確性だけは一歩も譲る気がありません。

「あらあら、お二人とも。口を動かす暇があったら、手を動かしてくださいませ。今日のノルマが終わらなければ、夕食の『超激辛坦々麺・極(きわみ)』はお預けですわよ」

 私は日傘を差し、優雅に……かつ容赦なく、二人の王子に号令をかけました。
 手には、冷たく冷やしたトウガラシ茶。
 この灼熱の太陽の下で、汗を流しながら地獄のような辛味を食す。それこそが、アルメリア領における至高の贅沢なのです。

「なっ、『坦々麺・極』だと……!? あの、胡麻の濃厚なコクの裏に、針で刺すような痛みが潜んでいるという、あの伝説の試作料理か!」

「……昨日の分析によれば、あの麺の辛味成分は通常の三倍。完食するには、強靭な精神力と、適切な水分補給のシミュレーションが不可欠……。絶対に逃すわけにはいかない……!」

 二人の王子が、同時に凄まじいスピードで種を植え始めました。
 
 情熱のシリウス、理論のカイル。
 かつて王宮で「完璧な王子たち」として崇められていた二人は、今や「坦々麺」というニンジンをぶら下げられた、世界一高貴な労働力と化していました。

「……お嬢様。……申し上げにくいのですが、あちらから怪しげな集団が近づいてきております」

 執事が、少し困ったような顔で報告に来ました。
 見れば、畑の向こう側の街道から、立派な紋章を掲げた馬車の列がやってくるではありませんか。
 それは、近隣の領地を治める領主たちの視察団でした。

「おや、あの方は……隣領のバルザック伯爵ではありませんか。保守的で、確か『野菜などは平民が育てるものだ』と公言していらしたはずですが」

「そのようです。……どうやら、殿下たちがこちらに居座っているという噂を聞きつけて、王宮へのおべっか使いの材料を探しに来たのでしょうね」

 私は、手に持っていたトウガラシ茶を一口飲み、不敵に微笑みました。
 
 保守的な貴族たち。彼らにとって、泥にまみれて働く王子の姿は、衝撃を超えてスキャンダルそのものでしょう。
 しかし、それが私の経営する「激辛ビジネス」の宣伝になるのなら、利用しない手はありません。

「おーっほっほ! 皆様、ようこそアルメリア領へ! あいにく、今は『国家的重要プロジェクト』の真っ最中ですので、お構いもできませんが!」

 私が大声で呼びかけると、馬車から降りてきた伯爵たちが、絶句した様子で固まりました。
 彼らの視線の先には、腰まで泥に浸かりながら「この種は私の魂だ!」と叫んでいるシリウス殿下の姿があります。

「……な、ななな、何たることだ……! シリウス殿下!? それにカイル殿下まで!? 貴方様方は一体、何という無様な真似を……!」

 バルザック伯爵が、ハンカチで顔の汗を拭いながら絶叫しました。

「無様だと? 伯爵、貴様にはこの大地の鼓動が聞こえないのか! この小さな種が、いずれ多くの人々に『痛み』と『悦び』を与える……。これこそが、王のなすべき真の救済ではないか!」

 シリウス殿下が、泥だらけの手で伯爵の肩をガシッと掴みました。
 高級な絹の衣装に、鮮やかな泥の紋章が刻まれます。

「ひ、ひぃっ! で、殿下、お気を確かに! きっとこの悪役令嬢……いえ、ロザリア様に、恐ろしい呪いでもかけられたのでしょう! 今すぐ我らが王都へ……!」

「呪い? 心外ですね、伯爵」

 カイル殿下が、泥を拭った眼鏡をキラリと光らせて歩み寄りました。

「これは呪いではなく『最適化』です。貴方は、自分が毎日食べている食事が、どれほど非効率で退屈なものか理解していますか? 私たちは今、国民の味覚を根底から再定義する、革命的スパイスの量産体制を整えているのです」

「さ、再定義……? 革命……?」

 伯爵たちは、二人の王子の放つ、狂気……いえ、圧倒的な「熱量」に圧されて後退りしました。
 
「伯爵。せっかくですから、体験していかれませんか? 我が領の誇る、トウガラシの洗礼を」

 私は、執事に用意させていた「特製トウガラシ・クッキー」を差し出しました。
 見た目は、何の変哲もない、美味しそうなバタークッキーです。
 ただし、生地にはハバネロの粉末がこれでもかと練り込まれています。

「……ふん、クッキーか。まあ、殿下たちがそこまでおっしゃるなら、付き合わんこともない。……どれ」

 伯爵が、疑わしげにクッキーを一口齧りました。
 
 一秒。
 二秒。
 三秒。

「…………ぐ、ぐわあああああああ!! 火だ! 口の中に火炎放射器が突っ込まれたような衝撃だ!! 毒だ、毒を盛られた!!」

「落ち着いてください、伯爵。それは毒ではなく『アルメリアの歓迎』ですわ。ほら、二口目。二口目を食べれば、今度は鼻に抜ける爽やかな香りと、脳を突き抜けるエンドルフィンを感じるはずです」

「誰が食うか、こんな殺人兵器を!! ……はぁ、はぁ、……あ、あれ? ……でも、何だ、この後味……。……もう一枚、……もう一枚だけ、確認のために……」

 伯爵の手が、震えながらも次のクッキーへと伸びました。
 
 これです。これこそが、私のトウガラシが持つ「抗いがたい魔力」。
 
 数分後、視察に来たはずの伯爵たちは、揃って地面に蹲りながら、「辛い、死ぬ、……だが、もう一枚」と、奇妙な呪文を唱えながらクッキーを貪っていました。

「……よし、契約成立ですね。伯爵、来期の流通ルートの半分、アルメリア・トウガラシ専用に空けておいていただけますわね?」

「……うぅ。……わ、わかった。……この衝撃を、我が領の民にも伝えないわけにはいかん……。……水……水をくれ……」

 私は満足げに頷き、カイル殿下の方を向きました。

「カイル殿下。見ました? これが『暴力的なマーケティング』ですわ」

「……非論理的ですが、極めて効果的ですね。……兄上、負けていられませんよ。今のうちに全ての種を植え終えなければ、市場を奪われます」

「わかっている! バルザックごときに、私の情熱の結晶を独り占めさせてたまるか!」

 二人の王子は、さらにギアを上げて、泥の中に種を叩き込み始めました。
 
 
 婚約破棄から始まったはずの物語は、いつの間にか「国家規模の激辛プロジェクト」へと成長していました。
 
 私の静かな隠居生活?
 そんなものは、トウガラシの種と一緒に、とっくの昔に土の中に埋めてしまいましたわ。
 
 だって、この世界を真っ赤に染め上げる方が、ずっとずっと、楽しそうですもの。
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