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「……それで? 我が国の誇る第一王子がミルクの樽にダイブし、王都の広場がトウガラシの粉末で視界不良になった件について、何か弁明はあるかな?」
収穫祭の熱狂から一夜明けた、王宮の謁見の間。
玉座に深く腰掛けた国王陛下は、手元の激辛トウガラシ・ジャーキーを噛み締めながら、低く重厚な声で問いかけました。
その視線の先には、昨夜のダンスで皮膚が軽く炎症を起こし、全身を包帯でぐるぐる巻きにされたシリウス殿下の姿があります。
「……父上。弁明の余地もございません。あれは、私の情熱が物理的な熱量を超越してしまった結果なのです。……ですが、後悔はしておりません!」
シリウス殿下は、包帯の間から目を輝かせて言い切りました。
隣ではカイル殿下が、汚染された広場の清掃費用と、トウガラシによる経済波及効果を天秤にかけた分厚い報告書を掲げています。
「陛下、昨夜の混乱による損害は、収穫祭の売上および今後の観光収入によって、概ね三日で回収可能です。……むしろ、王都の清掃にあたった平民たちが『刺激が足りない』とボイコットを始めたことの方が問題かと」
「レオナルトは、騎士団全員に『激辛ステップ』を叩き込んで、筋肉痛で動けなくしておりますわよ」
私が補足すると、陛下はジャーキーを飲み込み、ふぅ、と長い溜息をつきました。
「……怒っているのではない。……ただ、これほどまでの『熱』が我が国に満ちたのは、建国以来初めてのことだ。……ロザリア、お前を激辛産業省の大臣にしたのは正解だったようだな」
「お褒めに預かり光栄ですわ、陛下。……で、本日の呼び出しは、その……叱責ではなく、別の件ですのね?」
陛下は、ニヤリと不敵に笑いました。
その笑みは、単なる一国の王のものではなく、したたかな商人のそれでした。
「ああ。……実は、お隣の『スパイス王国』から親書が届いた。……我が国が、王族を挙げて未知の赤い果実を栽培し、国民が狂喜乱舞しているという噂を聞きつけたらしい」
「スパイス王国……。大陸で最も多種多様な香辛料を扱い、その貿易で莫大な富を築いている国ですわね」
私の言葉に、カイル殿下の眼鏡がキラリと光りました。
「……あそこは、食文化の頂点を自負する国。……我が国のトウガラシを『野蛮な刺激物』だと侮っているフシがありましたが、収穫祭の噂で焦り始めたのでしょう」
「その通りだ。……彼らは、こう提案してきた。『我が国の最高級スパイスと、貴国のトウガラシ。どちらが真に人を熱狂させるか、勝負をしようではないか』とな」
陛下は、赤い封蝋がされた手紙をテーブルに放り出しました。
「勝負! いいでしょう! 我がアルメリア産トウガラシの前に、敵など存在しませんわ!」
「ロザリア、待て! これは単なる料理対決ではない。……国交を賭けた外交戦だ。もし敗れれば、トウガラシの輸出には高い関税をかけられ、我が国の『激辛立国』の夢は潰える」
シリウス殿下が、包帯を震わせて警告しました。
しかし、陛下は首を振りました。
「逆もまた然りだ。……もし勝てば、スパイス王国全域にトウガラシの販売拠点を置くことができる。……ロザリア。お前に、この外交任務を任せたい。……条件は一つだ。……向こうの王族を、味覚のどん底……いや、頂点に叩き落としてこい!」
「……喜んでお引き受けいたしますわ、陛下! お隣の国を、アルメリア・レッドで染め上げて差し上げます!」
「よし! では、特使としてシリウス、カイル、レオナルトの三名を同行させる。……シリウス、その包帯は出発までに解いておけよ」
「はっ、父上! 馬車の中でもスクワットを欠かさず、万全の体勢で臨みます!」
「兄上、馬車の中で動くと揺れて計算が狂うのでやめてください。……ロザリア様。……これは、私たちの『トウガラシ帝国』を大陸全土に広げる最大のチャンスですね」
カイル殿下の瞳には、すでにスパイス王国の市場占有率のグラフが映っているようです。
「レオナルトも、トウガラシ神輿をもう一台作ると張り切っておりますわよ。……陛下、期待していてください。……帰る頃には、スパイス王国の国王陛下も、朝食は激辛カレー一択になっているはずですわ!」
「ふはは! 楽しみだ! ……あ、ロザリア。……行く前に、そのジャーキーのストックを置いていってくれ。……これが無いと、国務に集中できんのだ」
陛下が情けない顔で手を伸ばしてきました。
どうやら、この国の最高権力者は、すでに私のトウガラシなしでは生きられない体になっているようです。
こうして、私たちは次なる戦場、スパイス王国へと向かうことになりました。
婚約破棄をされたあの夜。
私は、自分の領地のことだけで精一杯でした。
それが今や、王国の王子たちを従え、国家の威信を賭けて他国の味覚を侵略しに行く。
「……ふふ。悪役令嬢としてのキャリアが、ついに国際規模になってしまいましたわね」
私は、馬車の窓から見える真っ赤な畑に向かって、誇らしげに微笑みました。
スパイス王国の皆様。
覚悟してください。
世界一辛い特使が、今からそちらへ伺いますわよ!
収穫祭の熱狂から一夜明けた、王宮の謁見の間。
玉座に深く腰掛けた国王陛下は、手元の激辛トウガラシ・ジャーキーを噛み締めながら、低く重厚な声で問いかけました。
その視線の先には、昨夜のダンスで皮膚が軽く炎症を起こし、全身を包帯でぐるぐる巻きにされたシリウス殿下の姿があります。
「……父上。弁明の余地もございません。あれは、私の情熱が物理的な熱量を超越してしまった結果なのです。……ですが、後悔はしておりません!」
シリウス殿下は、包帯の間から目を輝かせて言い切りました。
隣ではカイル殿下が、汚染された広場の清掃費用と、トウガラシによる経済波及効果を天秤にかけた分厚い報告書を掲げています。
「陛下、昨夜の混乱による損害は、収穫祭の売上および今後の観光収入によって、概ね三日で回収可能です。……むしろ、王都の清掃にあたった平民たちが『刺激が足りない』とボイコットを始めたことの方が問題かと」
「レオナルトは、騎士団全員に『激辛ステップ』を叩き込んで、筋肉痛で動けなくしておりますわよ」
私が補足すると、陛下はジャーキーを飲み込み、ふぅ、と長い溜息をつきました。
「……怒っているのではない。……ただ、これほどまでの『熱』が我が国に満ちたのは、建国以来初めてのことだ。……ロザリア、お前を激辛産業省の大臣にしたのは正解だったようだな」
「お褒めに預かり光栄ですわ、陛下。……で、本日の呼び出しは、その……叱責ではなく、別の件ですのね?」
陛下は、ニヤリと不敵に笑いました。
その笑みは、単なる一国の王のものではなく、したたかな商人のそれでした。
「ああ。……実は、お隣の『スパイス王国』から親書が届いた。……我が国が、王族を挙げて未知の赤い果実を栽培し、国民が狂喜乱舞しているという噂を聞きつけたらしい」
「スパイス王国……。大陸で最も多種多様な香辛料を扱い、その貿易で莫大な富を築いている国ですわね」
私の言葉に、カイル殿下の眼鏡がキラリと光りました。
「……あそこは、食文化の頂点を自負する国。……我が国のトウガラシを『野蛮な刺激物』だと侮っているフシがありましたが、収穫祭の噂で焦り始めたのでしょう」
「その通りだ。……彼らは、こう提案してきた。『我が国の最高級スパイスと、貴国のトウガラシ。どちらが真に人を熱狂させるか、勝負をしようではないか』とな」
陛下は、赤い封蝋がされた手紙をテーブルに放り出しました。
「勝負! いいでしょう! 我がアルメリア産トウガラシの前に、敵など存在しませんわ!」
「ロザリア、待て! これは単なる料理対決ではない。……国交を賭けた外交戦だ。もし敗れれば、トウガラシの輸出には高い関税をかけられ、我が国の『激辛立国』の夢は潰える」
シリウス殿下が、包帯を震わせて警告しました。
しかし、陛下は首を振りました。
「逆もまた然りだ。……もし勝てば、スパイス王国全域にトウガラシの販売拠点を置くことができる。……ロザリア。お前に、この外交任務を任せたい。……条件は一つだ。……向こうの王族を、味覚のどん底……いや、頂点に叩き落としてこい!」
「……喜んでお引き受けいたしますわ、陛下! お隣の国を、アルメリア・レッドで染め上げて差し上げます!」
「よし! では、特使としてシリウス、カイル、レオナルトの三名を同行させる。……シリウス、その包帯は出発までに解いておけよ」
「はっ、父上! 馬車の中でもスクワットを欠かさず、万全の体勢で臨みます!」
「兄上、馬車の中で動くと揺れて計算が狂うのでやめてください。……ロザリア様。……これは、私たちの『トウガラシ帝国』を大陸全土に広げる最大のチャンスですね」
カイル殿下の瞳には、すでにスパイス王国の市場占有率のグラフが映っているようです。
「レオナルトも、トウガラシ神輿をもう一台作ると張り切っておりますわよ。……陛下、期待していてください。……帰る頃には、スパイス王国の国王陛下も、朝食は激辛カレー一択になっているはずですわ!」
「ふはは! 楽しみだ! ……あ、ロザリア。……行く前に、そのジャーキーのストックを置いていってくれ。……これが無いと、国務に集中できんのだ」
陛下が情けない顔で手を伸ばしてきました。
どうやら、この国の最高権力者は、すでに私のトウガラシなしでは生きられない体になっているようです。
こうして、私たちは次なる戦場、スパイス王国へと向かうことになりました。
婚約破棄をされたあの夜。
私は、自分の領地のことだけで精一杯でした。
それが今や、王国の王子たちを従え、国家の威信を賭けて他国の味覚を侵略しに行く。
「……ふふ。悪役令嬢としてのキャリアが、ついに国際規模になってしまいましたわね」
私は、馬車の窓から見える真っ赤な畑に向かって、誇らしげに微笑みました。
スパイス王国の皆様。
覚悟してください。
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