26 / 28
26
しおりを挟む
「……ただいま戻りましたわ、陛下! スパイス王国を、一粒残らず真っ赤に染め上げてまいりました!」
王宮の広間に、私の快活な声が響き渡りました。
スパイス王国での外交任務を終え、意気揚々と帰国した私を待っていたのは、以前よりもさらに激辛の香りに包まれた我が国の王宮でした。
しかし、玉座の前に立つ私を見る視線の中には、歓迎の色だけではない、冷ややかなものが混じっています。
「よく戻った、ロザリア! スパイス王国の国王が、朝食にトウガラシの味噌汁を始めたという親書を受け取ったぞ! お前は我が国の誇りだ!」
国王陛下は、すでに手に持った『激辛トウガラシ・ナッツ』を口に放り込みながら、満面の笑みで私を迎えました。
その隣で、包帯が取れて筋肉の艶がさらに増したシリウス殿下が、誇らしげに胸を張ります。
「父上! ロザリアの活躍は凄まじいものでした! 今やあちらの国では、結婚式の引き出物にハバネロの苗を贈るのが流行しているほどです!」
「……しかし、陛下。そんな野蛮な外交が、果たして我が国の品格を保っていると言えるのでしょうか」
広間の隅から、氷のように冷たく、そしてどこか古臭い香水の匂いを漂わせた声が響きました。
現れたのは、保守派貴族の筆頭にして『バラ派』の重鎮、ローズガルテン公爵。
彼はトウガラシによる『赤い革命』を快く思わず、あくまで伝統的なバラの美しさと優雅さを重んじる、頑固一徹な老人です。
「公爵、またその話ですか。見てください、この活気溢れる王都を。国民の血行は良くなり、冬の病も激減したのですよ?」
「カイル殿下、数字や効率だけが国の豊かさではありません。……ロザリア嬢。貴女が婚約破棄をされた際、私は同情すら覚えましたが、まさかその腹いせに国中を刺激物で汚染するとは。……伝統あるバラ園をトウガラシ畑に変えた罪、万死に値します」
ローズガルテン公爵が杖を叩くと、背後に控えていた『バラ派』の令嬢や令息たちが一斉に頷きました。
彼らは、優雅なティータイムに激辛カレーパンが入り込むことを、何よりも恐れているのです。
「あら、公爵。汚染だなんて心外ですわ。私はただ、退屈で眠りそうだったこの国に『熱』を注入しただけですわよ。……バラがそんなにお好きなら、バラの香りとトウガラシの辛味を融合させた『ローズ・デス・ジャム』でも開発して差し上げましょうか?」
「ふん、そんな冒涜的な提案、聞く耳も持たん! 陛下、私は提案いたします! 来週の建国記念式典において、トウガラシの展示を一切禁じ、再びバラを国花として称えることを! もしトウガラシがそれほど素晴らしいと言うのなら、我ら伝統を重んじる者が納得するだけの『気品』を見せていただきたい!」
公爵の言葉に、陛下は困ったようにジャーキーを噛み締めました。
伝統派の支持を失うのは、王家としても避けたいところでしょう。
「……ロザリア、どうする。公爵を納得させるだけの『気品ある激辛』、お前には用意できるか?」
「陛下。……ふふ、お任せくださいませ。公爵がそこまでおっしゃるなら、受けて立ちますわ。……来週の式典、私は『バラ派』の皆様が、自分たちの愛したバラを忘れてトウガラシを崇めるようになるほどの、究極の芸術を披露させていただきますわ!」
「何を言うか! 我らがバラの気品を忘れるはずがなかろう!」
公爵は鼻で笑い、広間を去っていきました。
私はその背中を見送りながら、リリア様と顔を見合わせて不敵に微笑みました。
「……リリア様。例の『秘密の配合』、準備はよろしいかしら?」
「もちろんですわ、ロザリア様! バラのエキスを極限まで濃縮し、そこに新種の『クリスタル・ジョロキア』を融合させた、見た目は透明、中身は爆弾の……あの香水ですわね?」
「ええ。……香りで酔わせ、味で断罪する。……建国記念式典を、バラの香りが漂う地獄に変えて差し上げましょう」
シリウス殿下が、不安そうに私の顔を覗き込んできました。
「ロザリア、あまりやりすぎるなよ? 公爵は心臓があまり強くないのだからな」
「大丈夫ですわ、殿下。……一度その心臓をバクバクさせて差し上げれば、公爵も若返ってトウガラシ神輿を担ぎたくなりますわよ、きっと!」
「……それはそれで見てみたい気がするが、やはり恐ろしい女だ、貴様は」
婚約破棄から始まった私の物語。
ついに国内の最終勢力、保守派との全面対決が幕を開けました。
バラの優雅さを、トウガラシの情熱が飲み込むのか。
あるいは、新たな『激辛の気品』が誕生するのか。
「……さて。公爵様の真っ白な髭を、刺激で真っ赤に染め上げて差し上げましょうかしら?」
私は、手に持った新作のトウガラシの実を、愛おしそうに眺めるのでした。
王宮の広間に、私の快活な声が響き渡りました。
スパイス王国での外交任務を終え、意気揚々と帰国した私を待っていたのは、以前よりもさらに激辛の香りに包まれた我が国の王宮でした。
しかし、玉座の前に立つ私を見る視線の中には、歓迎の色だけではない、冷ややかなものが混じっています。
「よく戻った、ロザリア! スパイス王国の国王が、朝食にトウガラシの味噌汁を始めたという親書を受け取ったぞ! お前は我が国の誇りだ!」
国王陛下は、すでに手に持った『激辛トウガラシ・ナッツ』を口に放り込みながら、満面の笑みで私を迎えました。
その隣で、包帯が取れて筋肉の艶がさらに増したシリウス殿下が、誇らしげに胸を張ります。
「父上! ロザリアの活躍は凄まじいものでした! 今やあちらの国では、結婚式の引き出物にハバネロの苗を贈るのが流行しているほどです!」
「……しかし、陛下。そんな野蛮な外交が、果たして我が国の品格を保っていると言えるのでしょうか」
広間の隅から、氷のように冷たく、そしてどこか古臭い香水の匂いを漂わせた声が響きました。
現れたのは、保守派貴族の筆頭にして『バラ派』の重鎮、ローズガルテン公爵。
彼はトウガラシによる『赤い革命』を快く思わず、あくまで伝統的なバラの美しさと優雅さを重んじる、頑固一徹な老人です。
「公爵、またその話ですか。見てください、この活気溢れる王都を。国民の血行は良くなり、冬の病も激減したのですよ?」
「カイル殿下、数字や効率だけが国の豊かさではありません。……ロザリア嬢。貴女が婚約破棄をされた際、私は同情すら覚えましたが、まさかその腹いせに国中を刺激物で汚染するとは。……伝統あるバラ園をトウガラシ畑に変えた罪、万死に値します」
ローズガルテン公爵が杖を叩くと、背後に控えていた『バラ派』の令嬢や令息たちが一斉に頷きました。
彼らは、優雅なティータイムに激辛カレーパンが入り込むことを、何よりも恐れているのです。
「あら、公爵。汚染だなんて心外ですわ。私はただ、退屈で眠りそうだったこの国に『熱』を注入しただけですわよ。……バラがそんなにお好きなら、バラの香りとトウガラシの辛味を融合させた『ローズ・デス・ジャム』でも開発して差し上げましょうか?」
「ふん、そんな冒涜的な提案、聞く耳も持たん! 陛下、私は提案いたします! 来週の建国記念式典において、トウガラシの展示を一切禁じ、再びバラを国花として称えることを! もしトウガラシがそれほど素晴らしいと言うのなら、我ら伝統を重んじる者が納得するだけの『気品』を見せていただきたい!」
公爵の言葉に、陛下は困ったようにジャーキーを噛み締めました。
伝統派の支持を失うのは、王家としても避けたいところでしょう。
「……ロザリア、どうする。公爵を納得させるだけの『気品ある激辛』、お前には用意できるか?」
「陛下。……ふふ、お任せくださいませ。公爵がそこまでおっしゃるなら、受けて立ちますわ。……来週の式典、私は『バラ派』の皆様が、自分たちの愛したバラを忘れてトウガラシを崇めるようになるほどの、究極の芸術を披露させていただきますわ!」
「何を言うか! 我らがバラの気品を忘れるはずがなかろう!」
公爵は鼻で笑い、広間を去っていきました。
私はその背中を見送りながら、リリア様と顔を見合わせて不敵に微笑みました。
「……リリア様。例の『秘密の配合』、準備はよろしいかしら?」
「もちろんですわ、ロザリア様! バラのエキスを極限まで濃縮し、そこに新種の『クリスタル・ジョロキア』を融合させた、見た目は透明、中身は爆弾の……あの香水ですわね?」
「ええ。……香りで酔わせ、味で断罪する。……建国記念式典を、バラの香りが漂う地獄に変えて差し上げましょう」
シリウス殿下が、不安そうに私の顔を覗き込んできました。
「ロザリア、あまりやりすぎるなよ? 公爵は心臓があまり強くないのだからな」
「大丈夫ですわ、殿下。……一度その心臓をバクバクさせて差し上げれば、公爵も若返ってトウガラシ神輿を担ぎたくなりますわよ、きっと!」
「……それはそれで見てみたい気がするが、やはり恐ろしい女だ、貴様は」
婚約破棄から始まった私の物語。
ついに国内の最終勢力、保守派との全面対決が幕を開けました。
バラの優雅さを、トウガラシの情熱が飲み込むのか。
あるいは、新たな『激辛の気品』が誕生するのか。
「……さて。公爵様の真っ白な髭を、刺激で真っ赤に染め上げて差し上げましょうかしら?」
私は、手に持った新作のトウガラシの実を、愛おしそうに眺めるのでした。
0
あなたにおすすめの小説
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
はい!喜んで!
みおな
恋愛
伯爵令嬢のシリルは、婚約者から婚約破棄を告げられる。
時を同じくして、侯爵令嬢のリエルも、婚約者から婚約破棄を告げられる。
彼女たちはにっこりと微笑んで答えた。
「はい。喜んで」
断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜
白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。
私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。
けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?
関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。
竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。
『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』
❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。
*乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。
*表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。
*いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。
*他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる