断罪されているはずが、なぜか殿下が追いかけてくる

萩月

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「……ただいま戻りましたわ、陛下! スパイス王国を、一粒残らず真っ赤に染め上げてまいりました!」

 王宮の広間に、私の快活な声が響き渡りました。
 スパイス王国での外交任務を終え、意気揚々と帰国した私を待っていたのは、以前よりもさらに激辛の香りに包まれた我が国の王宮でした。
 しかし、玉座の前に立つ私を見る視線の中には、歓迎の色だけではない、冷ややかなものが混じっています。

「よく戻った、ロザリア! スパイス王国の国王が、朝食にトウガラシの味噌汁を始めたという親書を受け取ったぞ! お前は我が国の誇りだ!」

 国王陛下は、すでに手に持った『激辛トウガラシ・ナッツ』を口に放り込みながら、満面の笑みで私を迎えました。
 その隣で、包帯が取れて筋肉の艶がさらに増したシリウス殿下が、誇らしげに胸を張ります。

「父上! ロザリアの活躍は凄まじいものでした! 今やあちらの国では、結婚式の引き出物にハバネロの苗を贈るのが流行しているほどです!」

「……しかし、陛下。そんな野蛮な外交が、果たして我が国の品格を保っていると言えるのでしょうか」

 広間の隅から、氷のように冷たく、そしてどこか古臭い香水の匂いを漂わせた声が響きました。
 現れたのは、保守派貴族の筆頭にして『バラ派』の重鎮、ローズガルテン公爵。
 彼はトウガラシによる『赤い革命』を快く思わず、あくまで伝統的なバラの美しさと優雅さを重んじる、頑固一徹な老人です。

「公爵、またその話ですか。見てください、この活気溢れる王都を。国民の血行は良くなり、冬の病も激減したのですよ?」

「カイル殿下、数字や効率だけが国の豊かさではありません。……ロザリア嬢。貴女が婚約破棄をされた際、私は同情すら覚えましたが、まさかその腹いせに国中を刺激物で汚染するとは。……伝統あるバラ園をトウガラシ畑に変えた罪、万死に値します」

 ローズガルテン公爵が杖を叩くと、背後に控えていた『バラ派』の令嬢や令息たちが一斉に頷きました。
 彼らは、優雅なティータイムに激辛カレーパンが入り込むことを、何よりも恐れているのです。

「あら、公爵。汚染だなんて心外ですわ。私はただ、退屈で眠りそうだったこの国に『熱』を注入しただけですわよ。……バラがそんなにお好きなら、バラの香りとトウガラシの辛味を融合させた『ローズ・デス・ジャム』でも開発して差し上げましょうか?」

「ふん、そんな冒涜的な提案、聞く耳も持たん! 陛下、私は提案いたします! 来週の建国記念式典において、トウガラシの展示を一切禁じ、再びバラを国花として称えることを! もしトウガラシがそれほど素晴らしいと言うのなら、我ら伝統を重んじる者が納得するだけの『気品』を見せていただきたい!」

 公爵の言葉に、陛下は困ったようにジャーキーを噛み締めました。
 伝統派の支持を失うのは、王家としても避けたいところでしょう。

「……ロザリア、どうする。公爵を納得させるだけの『気品ある激辛』、お前には用意できるか?」

「陛下。……ふふ、お任せくださいませ。公爵がそこまでおっしゃるなら、受けて立ちますわ。……来週の式典、私は『バラ派』の皆様が、自分たちの愛したバラを忘れてトウガラシを崇めるようになるほどの、究極の芸術を披露させていただきますわ!」

「何を言うか! 我らがバラの気品を忘れるはずがなかろう!」

 公爵は鼻で笑い、広間を去っていきました。
 私はその背中を見送りながら、リリア様と顔を見合わせて不敵に微笑みました。

「……リリア様。例の『秘密の配合』、準備はよろしいかしら?」

「もちろんですわ、ロザリア様! バラのエキスを極限まで濃縮し、そこに新種の『クリスタル・ジョロキア』を融合させた、見た目は透明、中身は爆弾の……あの香水ですわね?」

「ええ。……香りで酔わせ、味で断罪する。……建国記念式典を、バラの香りが漂う地獄に変えて差し上げましょう」

 シリウス殿下が、不安そうに私の顔を覗き込んできました。

「ロザリア、あまりやりすぎるなよ? 公爵は心臓があまり強くないのだからな」

「大丈夫ですわ、殿下。……一度その心臓をバクバクさせて差し上げれば、公爵も若返ってトウガラシ神輿を担ぎたくなりますわよ、きっと!」

「……それはそれで見てみたい気がするが、やはり恐ろしい女だ、貴様は」

 
 婚約破棄から始まった私の物語。
 ついに国内の最終勢力、保守派との全面対決が幕を開けました。
 
 バラの優雅さを、トウガラシの情熱が飲み込むのか。
 あるいは、新たな『激辛の気品』が誕生するのか。

「……さて。公爵様の真っ白な髭を、刺激で真っ赤に染め上げて差し上げましょうかしら?」

 私は、手に持った新作のトウガラシの実を、愛おしそうに眺めるのでした。
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