自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

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遊亀の怪我は思ったよりもひどかったのでした。

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 薬師くすしに再び診て貰った遊亀ゆうきは、腕の痛み以外にあった違和感を説明する。



「あの……足の甲が、ずきずきしています。普通に打ったのよりも痛いです。倒れた時に、何かバキッて……そんな感じがしました」
「どちらの足ですか?」
「こちらです」



 示すと、数ヵ所触る。



「いたたた!」
「……ここも骨折ですね。腫れてますし……」
「ガーン! 骨が弱っている……もう三十路のせいですか!」



 必死に訴える童顔の遊亀に、傍に控えていたさきと安成やすなりと3人が噴き出す。



「な、なぁぁー! 皆笑うけど、骨に必要な物ってあるんだよ~! 魚の骨とか!」
「魚の骨?」
「そうそう。うちは魚好きやけど、大きな魚は独り暮らしやけん買わん。けど、ヤズとかな~。大好物やけんうて、半身は刺身。半身はこってりやけん、あっさりと醤油で煮付けや。生姜しょうがで臭い消したらおいしいし。他にも~! ホウタレイワシの骨なんか、網に干して、火で炙ってボリボリとか、魚はさばの味噌煮、醤油煮。いわしも~! 魚好きや~!」
「……?」
「あ、違う違う。魚嫌いが多いんよ。うちの回り。鯛は骨が多くて嫌い。他にも野菜嫌い、肉嫌い。我が儘いっとっても、意味ないのになぁ。折角、命を戴くんやけん……ヤズや大きくなったハマチやぶりなんか身だけじゃなくあらを、大根と炊いて食べな……お魚さんに悪いわ」



 にっこり笑う。



「余ったら塩漬け。れ……むろがあって、その間は魚尽くしやけど、戴けるだけありがたい……って、イタイイタイ!」
「足の固定です。ご注意を」



 再びぐるぐるまきにされた遊亀は、休ませられる。



「今度はちゃんと傍におりますので、ご安心下さい」
「えぇぇ~? 安成君と? うーん。さきちゃんとがいいなぁ」
「我が儘言わないで下さい。大祝職様おおほうりしょくさま……お父上の安用やすもち様と、上の兄上の安舍やすおく様からのご命令です。体を休められますようにと」
「えっと……鶴姫のお父さんとお兄ちゃんか! 年は……近いんかな……」



 ビクビクしている遊亀に、



「いえ、安舍様は鶴姫様よりも17……程でしょうか、年が上ですわ。大祝職様は、もうすぐ職を辞されると」
「え? お年?」
「いえ……」
「酷いね。鶴は。父を年寄扱いするのかな?」



 姿を見せたのは、16、7の娘を持っているには、少々おじさまの男性と、三十路半ばの青年。



「大祝職様……」



 さきと安成が頭を下げる。



「大丈夫だったかな?」



 顔を寄せる安用。

 青い顔の女性が身を起こしている。
 しかし、ニッコリと、



「大丈夫ですわ。父上。鶴は、負けません」
「強がりを。安舍、さき、安成以外は下がりなさい」
「はい」



医師たちも下がっていく。



「本当に……安房やすふさは、女子のそなたにここまで……むごいことを……」



 安用の声に、



「ありがとうございます。父上。でも……弱虫な……私が……情けないです。ご存知なのでしょう? 父上も、兄上も」



遊亀は二人を見つめる。

 何かを全て拒絶され、奪い取られた……残骸。
 哀しげで淋しげで、虚しさと苦しみとに満ちていた。



「……本当の鶴姫は、強く父上に武術と兵法を習っていたと……私はそんな力はありません。ただ……」



 涙が伝う。



「あるのは……中途半端です。学問も裁縫も。武術は全くできません。ただ……私は、働いて働いて……働いて得た物を、家にいれて、親に言われて借りたお金を返す為に、バイト……幾つも仕事を掛け持ちして……離れた場所にあった仕事場に移動する為に、あちこちあの乗り物で移動して、食事のお店や市場のような所で売り子をして、必死に……生きてきただけです。兄弟たちには算術でお金の貸し借りをするお店に、大工と言った仕事を専門に……それもできない」



 涙を、さきがぬぐう。



「こんな私に、父上と兄上は……何をお望みですか? 安成君やさきちゃんに聞いたと思いますが、私は本当の年は29です。兄上とさほど変わられていないのではありませんか?」
「……では、鶴……確か、名前は……」
「遊亀、遊ぶ亀と書きます」
「では、遊亀」



 安用は頭を撫でる。



「そなたは見つけるが良い。何も出来ない、中途半端だと嘆くなら、楽しみなさい」
「まぁ、兄さんもいるから、気にせずにいなさい」
「……楽しむ……?」



 考え込む遊亀に、くすっと笑う。



「名前は遊ぶ亀と言うのんびりしたものなのに、生真面目な子だね。君は。ここにいて、皆といてご覧。それだけで良いと思うよ?」
「一緒にいて?」



 う~ん……

考えて、



「元気になったら着物の仕立てとか、手伝えることがあれば。お手伝いします……」



その一言に、ぷっと噴き出す。



「な、何ですか?」
「それじゃぁ『遊ぶ』じゃなくて『生真面目』だよ」



 クスクス笑う安舍は、



「亀みたいに日差しでのんびりまどろむ姿じゃないね。忙しなく動き回る鶴だ。今日から『真鶴まつる』とでも呼びましょうか、父上」
「それも良いね。表では『真鶴』と呼ぼう。良いかい? 真鶴? ここの屋敷では遊亀。お前は私の娘、安舍の妹だよ。それなりに……元気になり次第努力をしなさい。聞いていたけれど、中途半端ではなく、出来ない子でもない。賢い子だ」



帰っていった二人を見送り……、



「……鶴姫、怒らないかな……?」



呟きつつ、目を閉じて眠り始めた遊亀に、さきと安成は、



「『真鶴』さま……」
「……『たてまつる』……という意味ですよね……」



目を伏せる。



「つまり……」



 言葉を失う安成に、



「何を言っているのかなぁ?」
「安舍様!」
「しー! 安心して眠ってるんだから……」



嗜める。



「小さい声で。真鶴は、奉る意味だけれど、手出しをするなと言う牽制だよ。手出しをしてみろ。後ろには私と父がいるという意味。それに……」



 にやっと安舍は安成を見る。



「大丈夫かねぇ……安成? 真鶴に『安成君』……お子さま扱いだよ?」
「安舍様!」



 何でばれた!

と言いたげに、振り返る。



「大丈夫? 真鶴に振られたら、相手見つかるのかい?」
「安舍様!」
「君の両親も、孫の顔はみたいだろうに……」
「諦めてます!」
「それもそれで不憫だね……」



 心底不憫がられ、悔しげに言い返した。



「努力します!」
「頼むよ。父も孫が見たいだろうからね」



 ニッと笑いながら、今度こそ去っていったのだった。 
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