自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

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必死に隠そうとする嫁を抱き締める両親です。

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 安舍やすおくは、武器を穿き、鎧を着込む。
 今回は実の弟も関わっている、この地を飲み込もうとする大事な戦いである。
 負ける訳には行かない。

「貴方様……」
「さき。ここは構わない。父上……大祝職おおほうりしょく様の元にいなさい」
「いえ、大祝職様が貴方様とと……」
「……全く父上は」

 苦笑する。
 父は存在も大きく、強く……背中を追いかけているのに全く追い付けない。

「それに、貴方様……遊亀ゆうきは大丈夫でしょうか?」

 心配そうに囁く。

「両親がおりますが、父は目が悪く、母一人で遊亀と父をと言うのは難しいでしょう?」
「……そうだね。大祝職様にお願いして、こちらに3人を匿おう」
「でも、遊亀は頑固ですし……」
「そう言えば……遊亀は、この社の宝物を見たいといっていたね。我らにも解らないものが、遊亀なら解ると思う」
安成やすなり放置でのめり込みそうですわね」

 夫婦はプッと吹き出す。

「……さきも嫁いで日はないのに、本当に済まない……」
「いいえ。私は越智家から嫁いだ、この家の者ですわ。貴方様の妻です。それを忘れることはありません」

 戦いの前に、女人に触れては穢(けが)れとなると言われている。
 その為、さきは正座をし夫を見上げる。

「私は、貴方様とお父様、そして頼りないかもしれませんが、安成の……遊亀が成長させてくれたあの子を信じております。こちらでお待ちしております」
「……あぁ。待っていてくれ。行って参る」

 出ていく夫を見送り、涙を隠すとすぐに、義父の元に向かう。
 戦場には出ないものの、勝利を祈る為に身を清めていた。

 出てくるのを待ち、

「大祝職様。遊亀……いえ、真鶴まつる様ですが……」
「さき。妹に様は要らないよ。そして、真鶴はお前の両親と共に、こちらに」
「あ、ご存知でしたか……」
「いや、真鶴が又、危険に首を突っ込むのではないかと心配でね。さきも無茶はいけないよ。すぐに使いを送りなさい」
「ありがとうございます!大祝職様」

頭を下げる。

「お礼など……真鶴の実家はここ。私の娘に戻ってくるなとは言わないよ。あの子は他の子とはずれている子だから、喜んで来るといいけれどね」
「旦那様は……宝物を見せると言ったら、安成を放置してくるだろうと……」
「あはは。それはそうだね。さきもそうだけれど、真鶴は化粧や着飾ると言うことよりも、他のことを大事にする。良いことだよ。では、思い詰めることはないよ」

 安用やすもちは微笑むと、近くにいた者に二言三言告げると歩いていった。



 さほど時をおかず、社から使いが訪れる。
 安成はすでに出ており、安成の両親が迎える。

「ようこそ、お越し下さいました」
「真鶴様は……?」
「安成を送り出してから、奥に」
「……そうでしたか。大祝職様より、真鶴様と亀松かめまつ様、浪子なみこ様に、社にとのことでございます」
「わしら……いえ、私達をでしょうか?」

 亀松は問いかける。

「はい。実は、大祝職様が社に奉納されている宝物を整理して、書面に書き残しておこうと思っておられるそうでございます。ですが、詳しい者もおりませんし、宝物ゆえ気軽に触れることも出来ませぬ。真鶴様は大祝職様のお子。宝物に触れるのに問題はないと……」
「解りました。すぐに社に向かいます。本当に大祝職様にはありがたいことです」



 礼を伝え、浪子は夫と共に遊亀を探しに行く。

「どこに言ったんやろか?」
「奥やろ……こっちやな。遊亀よぅ。入るで?」
「あ、お父さん、お母さん!」

 引き戸を開けると、夫の脱いで置いていった着物を畳みながら、ボロボロと涙を流す遊亀。

「遊亀……」
「ご、ごめんなさい……わ、解ってはいるんです……でも……こんなに見送ることが……ついていけない自分が辛いなんて……」

 思わなかった……。

 夫の着物を抱き締め泣きじゃくる。

「大丈夫だと、信じていても……でも、私は……あんなことを……残酷な宣告を軽々しく……」
「遊亀よぅ?」

 本人いわく運動苦手で、海は泳げません!と胸を張る嫁は、つわりがひどく痩せ細ってしまったが、抱き締める。

「戦いは……いさかいは、人間がもたらした害悪や、そして、それがあってこそ人間や。男も女も、仲ようしたいおもても、自分の有利にいかんかったら喧嘩やのうて、武器を握る。本当はこの大山積神おおやまつみのかみさんは、山の神であり、ここにおると言うことは海の神。やけど、この神さんも解っとると思うけど、天孫降臨てんそんこうりんの時には、瓊瓊杵命ににぎのみこと木花咲耶姫このはなさくやひめと共に磐長姫いわながひめを嫁がせた。でも、瓊瓊杵命は磐長姫を送り返した」
「木花咲耶姫は美しさの象徴、磐長姫は石のように長命でありますように……」
「そうや。不快やったろな。可愛い娘を、瓊瓊杵命の将来を祈って送り出したのに……」

 頭を撫でる。

「隠れて泣かんでええんぞ?遊亀。泣いてもかまん。それよりも、わしらもおるんを忘れるんやない。わしらは家族や」
「な、情けないと……それに、笑って見送ることが……絶対に出来ない……武家の嫁が……」
「そら、遊亀は知らんやろ。それに、浪子もさきも同じや。泣きよった。でもそれが悪い訳やない。遊亀は安成を案じとる。それに、安成と一緒にいった者も心配しとる……それのどこが悪い」
「……お父さん……」
「あぁ、そうや。お社から使いが来た。大祝職様がお社の宝物について確認したい言うて、遊亀に手伝って欲しいそうや。一緒に行くで」

 目を丸くする。

「宝物?今ですか?」
「前々からしたいとは聞いたことがあるわ。今は戦い。でも、火事場泥棒はおるもんや。遊亀に管理と確認をして欲しいんやろう。行こうや」
「支度は簡単に済ませようかね。遊亀」

 浪子も頬を撫で微笑む。

「父ちゃんと母ちゃんと3人で行くかね?」
「……お母さん……はいっ!」

 浪子と遊亀は荷物をまとめ、屋敷に残る者に頼み、数人の護衛と共にお社に向かったのだった。



 出迎えたさきは、遊亀を抱き締め微笑む。

「目が赤いわ。真鶴。笑いましょう」
「さきちゃん……」
「お父さんもお母さんも……こちらに」

 家族は安全な安用と安舍の住まいの方に歩き出したのだった。
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