自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

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一方、ヘタレ亭主は……。

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 本来ならば弟が総大将として出陣するはずだった戦いに、安舍やすおくが姿を見せた。

「安舍さま!」

 微笑む安舍は馬を降りると、

「今回の戦いは、負ける要素がない。安房やすふさ大祝おおほうりの名を捨て、大山積神おおやまつみのかみを敬わぬ者!そして、保房に付く者も切り捨てよ!」
「ですが……」

安舍の妻になったばかりのさきの元夫のことがある。

「私の妻は、すでに前の婚家から追い出され5年。大山積神より許しは得ている!そして、越智安成おちやすなりは妻の弟であり、妹の夫。問題ない。そして大山積神を信じよう!」
「はっ!」
「では安成。そなたには一軍を預ける。一軍を率いてこそ武将。真鶴まつるの夫としてだけでなく、そなたを信じているぞ」
「はっ!越智安成。越智家の者として、そして大山積神より託された命を成し遂げましょう!」

 頭を下げる。
 そして、遊亀ゆうきと出会うまでは罵られていたものの、キリッとした眼差しで周囲を見回す。

「越智安成。今までの無様な戦はせぬ!大山積神や大祝職さまに恥を見せぬ。皆も過去の腑甲斐無かった私を笑うことはいいが、今の私を見て欲しい!」
「鶴姫の婿だからと……」

 苦々しい顔の同年代の青年に、バッサリと言い切る。

「鶴は嫁だが、そのことで威張っても意味がない!私は逆に威張ってみたところで、どんな利がある?今ですら腑甲斐無い……あの父に及ばぬ、船も操れぬ優男がと言われていることを、自分自身が理解している。それを恥だと思っているのに、今度は嫁が鶴だからと言ってみろ。今以上に恥をかく。ついでに嫁に、尺八を作るんだと用意している竹でぶん殴られる。『呆けがぁぁ!努力もせんもんが、何を考えとんじゃ!』と」

 周囲は真顔の安成の言葉に引く。
 尺八の竹は、先端に向かう程節の幅が狭くなり、かなりの凶器になるはずである。
 本当に困り果てたようにため息をつく安成に、安舍は笑い始める。

「あははは!真鶴もやるな」
「安舍さま。それでなくても、凄まじすぎる笛や尺八の音で、父が悶絶してますよ。まだ、琴を弾いていると楽しそうですが」

 苦笑する。

「それに、両親が楽しそうです。笑い声が響く屋敷は良いですね」
「では、戻ってこられるように、行くか」
「はっ!無様な様を見せたら、本気で嫁に殴られます。両親にも嘆かれます。生き抜くために頑張ります」

 安成は胸元、遊亀が渡してくれたものをお守りのように触れたのだった。



 出陣前、安成が身支度を整えていると、遊亀が姿を見せた。

「大丈夫か?遊亀」

 身を清める為、出陣前には女性に触れることはできない。
 戦場の身支度も、部下や側近が行う。
 その為、遊亀は義父の亀松かめまつと共にやって来たのだった。

「父上も……何か?」
「少し話をしたい。良いか?」
「はい。皆、少し下がってくれ」

 下がったのを確認した安成は、

「父上、遊亀?」
「……遊亀からは渡せんから、わしがお前に渡す。これは、何かあった時の、お守りやと思え」
「守り刀は身に帯びております。それに……」
「遊亀からや。これは、わしも困ったことがあった。簡単に確認できるそうや。遊亀に説明して貰え」

 安成は父から受け取ったものと遊亀を見る。

「安成君。それは本当は今、まだないからくりや……うちが、こっちに来た時に持ってきたもんや。財産の代わりに受け取った安物やけど、まだ使えるけん、それを身に付けておいきや」
「何の為に?」
「安成君は阿呆やけん、紙に書いて中に納めといたわ。その上の、小さい凹みを下げると蓋が開く。二つの使い方を書いておいたわ。何かあった時によう見とき。それと、上の出っ張りはカチカチ音がして動かんなるまで、なるべく毎日巻くんで?方向は上に矢印がうっすら彫られとるやろ?」
「あ、あるなぁ……」

 確認する。

「余り役に立たんかもしれん。でも、ないよりましや……時代を歪めた言うて……言われても、うちは本望や」

 声が湿るのに気がつき、顔をあげると、うるうると瞳を潤ませた遊亀がいる。

「大丈夫や。遊亀。何かはある程度聞いとるさかいに、わしらも同罪や。やけどな?遊亀は大山積神さんの娘や。大山積神さんは山の神であり海の神……そして娘である……」
「うちは磐長姫いわながひめやろか?」
「何をいよるんぞ。磐長姫は岩のように長く生きるようにと言われただけあって……賢い姫や。瓊瓊杵命ににぎのみことは磐長姫の本当に素晴しさを知らんかった。短命になったんもそのせいや……。美人は三日で飽きる。遊亀は一生家の娘や」

 父が遊亀の頭を撫でるのを羨ましく思いつつ、

「遊亀。泣かんで待っとり。これは身に付けて行くわ。これで、誰にも負ける気はせんわ……あ、遊亀には勝てんなぁ」
「安成は、本当に遊亀の尻に敷かれとるなぁ」
「お父さんは良いですけど、安成君頼りなくて」
「こらっ!遊亀」

 遊亀をにらむものの、廊下に正座をした浪子なみこが、

「安成。気を緩めてはならぬと言っているでしょう。早く支度がすみ次第、向かいなさい。ここには母がおる。気にせず戦に勝ち抜きなさい」
「はっ!では、母上、父上、遊亀……必ず戻る」

 渡された小型のからくりを胸元に納め、出てきたのだった。



 戦いはまだ始まったばかり……。
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