自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

文字の大きさ
29 / 30

遊亀は強制静養です。

しおりを挟む
 安用やすもちは周囲の制止をふりきり、娘を抱き上げる。

「宝物庫は封じよ!護衛を割くように!」
大祝職おおほうりしょく様!姫様とはいえ……」
「黙れ!娘を連れていくのだ!」
「大祝職様。真鶴まつる様の手にある……」
「いや。そのまま行こう。さきも浪子なみこ亀松かめまつも」

 さきの問いかけに、牡丹唐草文兵庫鎖太刀拵ぼたんからくさもんひょうごくさりだちこしらえを抱き締めたままの娘を見る。

「多分、身体には悪くないと思うが、疲れたのだろう。休ませてやらねば……」
薬師くすしは早めに参りますわ」

 安用は遊亀の部屋に向かうと、侍女たちが準備した床に横たえる。

「真鶴?その太刀は大丈夫だから離しなさい」

 手から離そうとするが、しっかりと抱き締めている。

「真鶴……?大丈夫だよ。手を離しなさい」
「……や、す……おく、船を西に向けよ。我らには大山積神おおやまつみのかみのみならず、天照大神あまてらすおおみかみの加護がある。行け」
「……!」

 ポツンと呟いた言葉に安用や亀松、浪子は息を飲む。

「負けぬ。勝たずともよい。この島に、安舍やすおくと言う大祝の後継者があることを、解らせるので良い。勝ち急げば、逆に窮鼠噛猫きゅうそねこをかむことになろう」
「……遊亀?」
「生き抜けば良い!死に急ぐではない……大山積神もそう思っておられよう」

 ゆっくりと身を起こし、安用を見る。
 瞳が、揺れる遊亀のものではなく、哀しみに満ちているが、優しげなもの……。

「……我は……鶴ではない……。鶴の身体を一時借り受けておる。父の身許に参っており、頼まれて父の言葉を伝えたのです。父を……よろしく頼みます……」

 頭を下げると、安用に微笑む。

「……私は妹を呪ってはおりません……自らを呪い、憎み、逃げ、身を投げたのです……。赦されぬと思っておりました。そして……父上にお会いできるとは思いませんでした。そなた達のお陰です。ありがとう……」

 ありがとうをもう一度繰り返し、ぐったりとする。

「遊亀!」
「浪子。多分……大丈夫だろう。もしかしたら、真鶴は憑坐よりましかもしれぬ」
「憑坐?先程のは……」
「この社の大山積神には5はしらのお子がおられる」

 安用は、牡丹唐草文兵庫鎖太刀拵を遊亀の手から外し、枕元に置く。

「天照大神の孫の瓊瓊杵尊ににぎのみことの妃、木花咲耶姫このがなさくやひめ素盞嗚尊すさのおのみことの妃、櫛名田姫くしなだひめの両親の手名椎てなづち足名椎あしなづち。素盞嗚命と櫛名田姫のお子、八島士奴美神やしまじぬみのかみの妃の木花知流姫このはなちるひめ、そして、磐長姫いわながひめ
「磐長姫ですか?木之花咲耶姫を呪い、寿命を縮めたと……」

 浪子は代々の家系もあり、神話を理解している。

「その伝説はあるけれど、磐長姫は自らの顔を見て、嘆き悲しんで鏡を投げつけたと言う伝説や、自ら命を絶ったと言う伝説、木花知流姫と名前を改め、嫁いだと言うものがあるのだよ」
「……そんな伝説があったんですか!勉強不足です!残念!」

 遊亀の声が響く。

「それに、体がだるいし、重いし、頭がぐらぐら……します」
「寝てなさい!それに、泣いて……私が叩いたからかな?痛かったね!」

 おろおろとする安用に、遊亀は首を振る。

「泣いているのは……磐長姫様です。一番辛い思いをしているのは……」
「何か感じたのかな?」
「あの時……送り返された時、本当に悲しかったけれど、木之花咲耶姫には本当に幸せになって欲しかった。それ以外は思っていなかった。でも、周囲に呪いをかけたと言われて、命を絶って……自分はどうしていたのだろうと、でも、あの方は悪くないのに……運命と言うのは残酷ですね……」

 ポロポロと流す。

「お腹の子供に幸せになってねと……言ってくれました……お父様。お兄様に、伝えて下さい。神の加護はこちらにありと!」
「解った。真鶴……遊亀。そなたは眠っていなさい。いいね?」
「はい」

  遊亀は目を閉ざし、すぅっと寝入る。

「……身ごもっていると言うのに神をおろした……真鶴は神に使わされたのかも知れぬ。……本人は知らぬうちに、この地で身を清め、憑坐としての力をつけたと言うことなのだろう……」
「大祝職様!」
「隠そう。この時代に神を下ろす憑坐だと周囲に知られると、この子に苦しみを与えることになる。この子は私の子。越智家に嫁いだ者……」
「はい。よろしくお願い致します」

 遊亀を囲み、4人は静かに頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...