自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

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遊亀の呟き

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「自分が、大伯母さんやお祖母ちゃんと同じ思いするなんて思わなかった」

 船が遠くなるのを見送りながら、遊亀ゆうきは呟く。

「大伯母さま?」
「……祖母のお姉さん。旦那さんが戦場に行ったの。でも、亡くなったの」
「……そうだったのね」
「祈るしか出来ないのが辛いね……さきちゃんは?」
「……戻ってくれると信じてるから……。この子も、そう思ってるわ」

 お腹を撫でる。
 そして同じように、遊亀のお腹を撫でた。

「それに貴女も。大丈夫よ。あの子はやれる子よ。信じて頂戴」
「……そうだよね。じゃぁ、さきちゃん。帰ろう」

 二人は歩き出す。
 護衛を付けていた為、すぐに社に着く。

「お帰り。余りうろうろせられん」

 浪子なみこが心配げに姿を見せる。

「お父さんも心配しとるわ。本当に、自分の体を心配せんかね。一人の体じゃないんで?」
「ごめんなさい。お母さん」
「心配で……つい」
「大丈夫や。それよりも遊亀?大祝職おおほうりしょく様に、預かったのだけどね?」

 渡されたのは、書簡と鍵である。

「これを渡せば解るて」
「はい。お預かりします」
「遊亀?一人で大丈夫?」
「あ、さきちゃん。一緒にいってくれるかな?」

 首を傾ける。

「私は色々持っていくものがあって、確認したいんよ」
「わしもいくぞ?浪子もな?」

 亀松かめまつが答える。
 4人は移動し、唯一宝物の保管されている場所を知っている浪子に、案内され向かった先には、

「ちょ、ちょっと待って……!」

遊亀は息を飲む。
 鍵を預かっているのは自分達であり、多分現実世界で言うスペアも父の安用やすもちしか持っていないはず……それなのに、頑丈な鍵が壊され、扉が透いている。

「さきちゃん!すぐに近くの誰かを!そして、お父さんとお母さんはお父様に!」
「それはいかん!さき!あてらはここにおる。さきが呼んでこい!戻ってくるな!えぇか?」

 小声の遊亀と亀松の声に、さきは頷き、足を忍ばせ去っていく。

「遊亀……」
「大丈夫です。お父さん、そしてお母さんは後ろを注意しながら来て下さい」

 ゆっくりと足を忍ばせ扉に近づくと、中から、

「向こうに何を手土産に抜けようか?この時間なら、この島も手薄。がっぽりと財宝を持ち出せるぞ!」
「と言っても、古びた鎧ばかり。使えても錆びた刀で、これのどこがお宝です?」
「一応、九郎判官くろうはんがんや鎌倉の征夷大将軍せいいたいしょうぐんの鎧一式や武器などもあるらしいが……どれがどれか解らん……」

と言いつつ、ぶつけるか蹴るかした音に、

「国宝!九郎判官の鎧は赤絲威鎧大袖付あかいとおどしよろいおおそでつき!貴重な一式ですよ!鎌倉の紫綾威鎧大袖付むらさきあやおどしよろいおおそでつきも同様!そんなに乱暴に扱わないで戴けませんか!」

重たい扉を少し開き、遊亀は滑り込んだ。

真鶴まつる!」

 亀松と浪子の前に扉は閉ざされ、開けようとするが開かなくなる。
 遊亀が内側で何かをしたらしいが、二人は妊婦の嫁のその行為に真っ青になる。



 扉の奥では、安房やすふさと、さきの元夫が遊亀を見て焦る。

「貴様!鶴の偽物が!」
「偽物も何も、安房殿?出陣しなかったこの事で、貴方は大祝の家を放逐されております。そんな貴方が、ここにいる……社に奉納された国宝を盗もうとする!神に背く行いをするのですか?貴方に大祝の名の意味を、理解することは出来ないのですか?」

 ゆっくりと動きながら、ふと横を見ると、牡丹唐草文兵庫鎖太刀拵ぼたんからくさもんひょうごくさりだちこしらえを見つけ、

「うひゃぁぁ!護良親王もりながしんのうの兵庫鎖太刀!国宝!」
「何だと!その太刀がか!寄越せ!」
「護良親王、ごめんなさい!」

 近づいてくる男に、鞘は抜かず、そのままドンッ!と鳩尾を突いた。
 飛びかかる安房には、重さを利用し振り下ろす。
 遊亀が鳩尾を突いた太刀は重さがあり、完全に骨が折れた。
 そして頭を殴られた安房は出血し、目を回す。

「あぁぁ……本当に、申し訳ございません。護良親王!傷がついていたら、私のせいです……」

 涙ぐみながら謝罪する。

が、本人は後生国宝になる宝物で頭が一杯だが、胸を押さえ苦しむ男と、気絶した男。
 そして、ドンドンと背後を叩く音と共に、

「遊亀!開けんか!」

と亀松の必死の声が響く。

「はい!」

 引き戸に細工をしておいた遊亀はそれを注意深く蹴り、開けられるようにする。
 雪崩れ込んできた神に仕える禰宜ねぎ見習いたちや、警護の者が、太刀を抱き締めている遊亀に、うずくまる二人に唖然とする。

「つ、鶴姫さま……」
「あ、ごめんなさい!こ、この、牡丹唐草文兵庫鎖太刀で思いっきり、鳩尾を突いて、その後振りかぶって叩きつけたんです!あぁぁ……護良親王の奉納された国宝に、私は何てことを……でも、棒もなかったですし、あ、あそこに武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいが奉納したと言う薙刀なぎなたがありました!あっちにすれば……まだ重文だったので……あぁ、それでも……血が出るとは思わなかったです。兵庫鎖太刀が汚れてませんか?」

 必死の形相で太刀を確認する姿に、亀松は、

「こら!真鶴!お前は何をするんや!」
「あっ!お父さん、無事ですか?」
「無事も何も、お前が自分だけ入って、わしらを入れんようにしたやろうが!」
「だって、お父さん!ここ、閉じ込められんのです。外から。内側に入らな無理やったし……それに、貴重なこの社の、国の宝を無造作に扱われたくなかったんです!」

妊婦が太刀を抱き、必死に訴える。

「それに、あぁぁ……私の大好きな鎧が……無知程愚かで、害悪はありません!成敗!」
「やめなさい」

 亀松の後ろから姿を見せたのは、安用やすもちである。
 遊亀に近づいた安用は、パーンと頬を叩く。
 呆然とする遊亀に、安用は、

「真鶴!父はお前に何をしろと伝えたか?」
「こ、この宝物庫の中の物を確認して欲しいと……言われました」
「だね?だが、これはどう言うことだ?」
「あ、兄上を殴り付け、もう一人は鳩尾に柄の先で突きました……」

痩せた華奢な妊婦の無謀な攻撃に、周囲は絶句する。

「だ、だって、だって……安房兄上が!ここにある宝物を……昔の方がこの社に祈り願った思いを、踏みにじろうとしたのです!それに、安舍やすおく兄上が、安成やすなり君が出陣していったのに!笑って、手薄になったから盗んで献上するって……笑って、笑って……」

 わぁぁぁ!

激しく泣きじゃくる。

「何で笑えるの?何で平和を祈らないの?それにどうして……うちは無力なんやろ……うちが、本物の『鶴姫』やったら、戦場にたつなり出来た!きっと大山積神おおやまつみのかみ様も認めてくれた!私がもっと強かったら!弱いから、知識を磨いてしか、お父様やお父さん、お母さん、安舍兄上のお役に立てない!」
「真鶴!大山積神は、お前を認めている!私の娘を認めぬはずがない!それに、何故私が頬を叩いたか、解らぬのだ?」
「安房兄上を……」
「私には、安舍と真鶴しか子供はおらぬ」

 捕らえられ連行されようとした安房は、ビクッと肩を震わせる。

「安房というものは、我が子にあらず!社の奥、宝物庫に侵入したとがにて、重き罪を与える!一度は温情を与えたが、もう許すことはない」

 我が子に目を向けることなく、遊亀を見つめる。

「真鶴。前も言ったが、お前は私の娘。何の負い目もない。そなたがそなたであればよい。武器を持たずともよい。辛いことを我慢せずともよい。私はそなたの父。我儘も言いなさい。周囲を守らねばと思い詰めてはいけない。そなたは笑っていなさい。辛ければ辛い、哀しい、嬉しい、楽しい……そう生きなさい。亀松も浪子ももう一人の父と母。甘えてやらねば、私と同じで寂しがるぞ?」

 手が伸びてそっと抱き締める。

「お父様……」
「何だい?」
「……真鶴は、お父様の娘で、幸せです」

 腕の中で声が響く。
 兵庫鎖太刀を抱いている為、安用の胸に頬をすりよせる。

「私も、そなたの父で幸せだとも……」
「お父様……ありがとう……」

 声が途切れ、遊亀の体がくずおれる。
 安用は支えつつ、

「真鶴!誰か!薬師くすしを!」

と声をあげたのだった。
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