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第二章……帰還後、生きる意味を探す
65……fünf und sechzig(フュンフウントゼヒツィヒ)……旅行
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「わぁぁ……」
車で走る景色は、初めて見るところ。
それに、海は凪いでいて、遠くの島までよく見える。
「綺麗ですね。空と海の境に、船や島」
「こちらが西になるからね、今日は眩しいけれど、夕方になったら日が落ちて、その夕日も綺麗だよ」
雅臣が説明する。
「嬉しいです。一杯、綺麗です」
瞬ははしゃいでいるが、うとうと眠っている叔父を気遣って小声である。
「瞬ちゃん。一応、兄ちゃんには睡眠導入剤処方してるから、はしゃいでかまんよ?」
「エェェェ? す、睡眠導入剤?」
「元々、蛍姉ちゃんとか数人以外の前では昼寝もせん。寝よっても、人の気配に気がつくと起きる。小さい時からのこともあって、無理なんよ。前から不眠気味やったけん、処方しとる。変なもんは飲んどらせん。安心しい」
「そ、そうなんですか。祐也叔父さん……あれ? 余りお父さんと似てないと思ったのに、眉間のシワ……とか、考え込んでる顔とか、笑顔も似てる……」
じーっと覗き込み、そしてニコニコと笑う。
「祐也叔父さんのこと、睛ちゃん大ファンなんですよ。日向先生や糺先生もファンなんですけど、睛ちゃん、糺先生の本、英訳の祐也叔父さんのを読んでたんです。初期のを読んで、そして『凄い!』って。お父さんが元々読書好きで、買って読んだ本を睛ちゃんが読んでたんです。分からない単語は辞書引いて。で、お母さんが『この本は原作は日本の先生よ。買ってあげるから、そんなに熱が出るまで読まないのよ!』って。でも買って貰って読んでも、糺先生の本も好きだけど、祐也叔父さんの訳も好きって自分の本棚に並べてるんです。糺先生や日向先生は時々イベントに出るでしょう? サインに並ぶけれど、祐也叔父さんはサイン会とか滅多に出ないでしょう? サイン欲しいなぁって」
「祐也さんファン……」
「あ、睛ちゃんは、声優さんは那岐お兄ちゃんが好きだって言ってました。瞳ちゃんは、尾形未布留さんのファンだそうです」
「未布留のファン……」
「はい、アーサー王伝説のヴィヴィアン・マーキュリーさんが演じたグィネヴィア王妃の清楚さと美しさ、苦悩を言葉だけで伝えられる声優って凄い! って確か、雅臣さんのランスロットとトリスタン役の直之さんの声で続編が出たら、未布留さんの為だけに限定DVD買ったそうです」
はっと思い出したように、見上げる。
「あの……瞳ちゃん、会うことは無理だって分かってるみたいですが、サイン貰ったり出来ませんか? 図々しいのは分かってるのです。でも、睛ちゃんは叔父さん以外のサイン貰ってて、瞳ちゃんにはないので……」
「うっ……未布留……聞いてみる」
瞬のうるうる目に屈して電話する。
未布留にお願いすると、未布留と直之夫婦の子供達のお守りや、買い物の手伝いなどなどを頼まれることもあり、悩んだのだが、電話をかけることにした。
3コールで電話が繋がったのは、直之である。
「あ、もしもし、直之さん。おはようございます」
「おい、こら~。臣! 俺は昨日アフレコ、夜中の3時までだったんだよ!」
「すみません~分かってましたが、かけました」
「悪いと思ってねぇじゃねぇか! こちとら……あ、未布留」
「もしもし? 臣? おっはよう!」
横から聞こえる声に、瞬はキョトンとする。
「おはよう。未布留」
「今日、今、どこ? 臣は何でも出来るから良いけど、那岐やほら! 茜ちゃんが妊娠中の光流を呼んで、お食事でもしようと思って。茜ちゃんはちょっと痩せてたじゃない? 今はつわりが酷いと思うのよ。だから、招待しようと思って」
「あ、俺と那岐は那岐の実家に帰省中。光流と茜お願い。それともう一つお願いがあって……」
「お願い? 嫌よ。那岐はましだったけど、昔の光流はそれはそれは手がかかって、赤ん坊抱えた私には、臣に赤ん坊預けて、しばき倒すしか出来なかったもの」
雅臣は遠い目をする。
今はやんちゃはやめたが、入校当初の光流は本当に手に負えなかった。
上司に丸投げされ、雅臣がつきっきりで、それでも言うことを聞かない時に、ちょうど練習場に来ていた妊娠中の未布留にしばき倒された後、未布留が切迫早産となり、直之がキレた。
数日、直之に絞められ、大人しくなったのである。
「えっとね、違うよ。ほら、瞬ちゃん今一時退院で、一緒に那岐の実家に向かってるんだけど、瞬ちゃんのお姉さんの瞳ちゃんが、未布留のファンなんだって。今度会いたいって、それかサイン欲しいってダメかな?」
「うーん、普通のファンには会わないけど、良いわよ。瞬ちゃんのお見舞いにも行きたかったし……ねぇ? なおくん。良い加減に起きないと、プロレス技やるわよ!」
「ぎゃぁぁぁ! もうちょっと寝たかった……」
「子供達の生活時間となるべく合わせなさい! それでなくても忙しいのに! あ、それじゃぁ、そろそろ来るからじゃぁね!」
未布留は電話を切る。
「あれ? 直之さんと未布留さん……」
「あぁ、一応、公式にはそれぞれ別の一般人と結婚してるってことになってるけど、二人結婚してるんだよ。俺のマンションの階が違うんだけど」
「そうなんですか。仲良しなんですね」
「光流も同じマンションだよ。セキュリティーがしっかりしてるから。那岐だけ近くの別のマンション」
雅臣は説明する。
「そういえば、祐次はん。祐也はんはどないしたんですのん?」
雅臣の隣の櫻子が、ひ孫が生まれるとは思えぬナチュラルメイクで、問いかける。
「過労ですね。それに、お会いしましたか?」
「お会い?」
「実は、別の二台の車に別れているのですが、瞬ちゃんの家族も一緒なんです」
「あぁ、かいらしいワンピースのお嬢さんがおりましたなぁ。姉妹ですのん?」
「いえ、この瞬ちゃんの5歳上の双子のお姉さんですよ。ショートのキリッとした顔立ちの方が瞳という字を書いて瞳さん。長い髪で、垂れ目の大人しい子が『画竜点睛を欠く』の睛で、睛さん」
「まぁまぁまぁ……瞬ちゃんの……かいらしいべっぴんはんのお子らやなぁ」
櫻子は微笑む。
「所で、瞬ちゃんのその手は?」
「実は……声優仲間に……」
雅臣は口籠る。
そして、祐次が、
「あの、例のゲームのイベントでの窃盗事件です。犯人は雅臣のロッカーの鍵を壊して総額300万円相当のものを盗み、丁度その部屋に来た瞬ちゃんを襲ったんです」
「何やて! そんな、こがいな目に……」
「観月が弁護人になって、裁判に代わりに出廷することになってるんですよ。瞬ちゃんは未成年ですし、瞬ちゃんも知っていますが、傷がかなり酷くて、この辺りにも傷があり、両腕に切り傷、両掌も傷が深くて傷が一回癒えた後、神経や筋の様子の確認にダメなら手術と、それからはリハビリです。腕や手、指の筋力も傷の治療を優先しているので衰えているし、ずっと入院も辛いと思って」
「あの。大丈夫ですよ。お父さんとお母さん、お姉ちゃん達に、雅臣さんや那岐お兄ちゃんが来てくれるんです。で、宿題も見てくれるし……那岐お兄ちゃんのバイトも一緒にしてるんです」
「那岐のバイト?」
雅臣の問いかけに、
あっ!
と両手で口を覆い、悲鳴を上げた。
「痛い! 雅臣さん、痛い~!」
「あぁぁ! 瞬ちゃん! 手を離して!」
「臣! 痛み止め! 水はあるな?」
傷だらけの手を触れず、ただ痛み止めを受け取り、ペットボトルのキャップを外して飲ませる。
「ご、ごめんなさい……騒いじゃって……」
流石に痛みが激しいので涙が止まらなくなり、しゃくり上げる。
瞬をそっと抱き上げ、横抱きにして座らせしばらくあやしていると、ぐったりする瞬によしよしと頭を撫でる。
「大丈夫だよ。それより那岐と何を?」
「……ふえっ、えと、翻訳のお仕事してるから……女性の喋り方を訳す時、どうすれば良いかなって……だから、一緒に考えてるの。普通に訳すより、ここに言葉を足しても良いかなとか……ごめんなさい、お兄ちゃんの邪魔してるかなぁ……」
「それは大丈夫だけど、大丈夫?」
「えと……ちょっと痛いのと疲れたかなぁ……雅臣さんちょっとお休みするね」
こてっ
雅臣にもたれかかり、そのまますやすや眠ってしまう。
「那岐は怒るなよ」
「怒らないよ。と言うか、何で、那岐はお兄ちゃん……俺はさん付け……」
「嫉妬深いの引かれるぞ~」
「うるさいよ。祐次」
雅臣は睨む。
「べっぴんはんやなぁ……本当に怪我をさせたもんが許せへんなぁ」
「両手がこれなので、歩いて倒れたり、どこかにぶつかっても縫ってる傷が悪化するので車椅子なんですよ。手のひらだけでも良くなれば……でも一番重い傷なんですよ」
祐次がため息をつく。
「指先だけでも動かせたら、スマホかタブレット操作出来るんですが、それも痛みで無理で、筋肉が衰えてるのを見るのが可哀想で……最初の体重より落ちてるんですよ」
「そうなん? 痩せとるなぁとおもたけど……」
「そんなに元ががっしりしてたりとかはないです。小柄で……」
「お前が説明すんな。分かっとるわ」
祐次に突っ込まれるが雅臣は、
「……本当に……何で、あの女、俺の時計とかなんか盗んでも良かったんだ。瞬ちゃんにこんな目に遭わせたことだけは、絶対許さない」
嘆く。
「本当に、本当に……折角見つかったのに……」
「お前がそんな顔するとは思わんかったわ」
「面白がるなよ」
「そんな訳ないだろ。俺、これでも医者だぞ」
祐次は睨む。
「それに、女の子を傷つける者は容赦なくぶん殴れ! がうちの母親の心得。でも父さんも言う通り、俺も父さんも競技に出てるから拳はあげられん。祐也兄ちゃんは、大丈夫やけどな」
「はっ? えっ? 祐也さんもあれこれやってて強いって聞いたけど……」
「うちの父さんと、朔夜伯父さんが話し合って、祐也兄ちゃんには武道の基礎だけ教えて、ある程度まで教えたら辞めさせて、ボランティアとか他の事をさせたんだって。武道を教え込んだら、昔の事件の心的外傷後ストレス障害……PTSDが蘇る可能性が高いって。でも、生まれつき兄ちゃん武道の才能あったんやろ。うちの母さん方……朔夜伯父さんの親も先祖もそう言う家系だったから」
「……祐也さんが早く元気になると良いな」
「あぁ。まぁ、安静にしとけば良いわ」
車はゆっくりと山に入っていった。
車で走る景色は、初めて見るところ。
それに、海は凪いでいて、遠くの島までよく見える。
「綺麗ですね。空と海の境に、船や島」
「こちらが西になるからね、今日は眩しいけれど、夕方になったら日が落ちて、その夕日も綺麗だよ」
雅臣が説明する。
「嬉しいです。一杯、綺麗です」
瞬ははしゃいでいるが、うとうと眠っている叔父を気遣って小声である。
「瞬ちゃん。一応、兄ちゃんには睡眠導入剤処方してるから、はしゃいでかまんよ?」
「エェェェ? す、睡眠導入剤?」
「元々、蛍姉ちゃんとか数人以外の前では昼寝もせん。寝よっても、人の気配に気がつくと起きる。小さい時からのこともあって、無理なんよ。前から不眠気味やったけん、処方しとる。変なもんは飲んどらせん。安心しい」
「そ、そうなんですか。祐也叔父さん……あれ? 余りお父さんと似てないと思ったのに、眉間のシワ……とか、考え込んでる顔とか、笑顔も似てる……」
じーっと覗き込み、そしてニコニコと笑う。
「祐也叔父さんのこと、睛ちゃん大ファンなんですよ。日向先生や糺先生もファンなんですけど、睛ちゃん、糺先生の本、英訳の祐也叔父さんのを読んでたんです。初期のを読んで、そして『凄い!』って。お父さんが元々読書好きで、買って読んだ本を睛ちゃんが読んでたんです。分からない単語は辞書引いて。で、お母さんが『この本は原作は日本の先生よ。買ってあげるから、そんなに熱が出るまで読まないのよ!』って。でも買って貰って読んでも、糺先生の本も好きだけど、祐也叔父さんの訳も好きって自分の本棚に並べてるんです。糺先生や日向先生は時々イベントに出るでしょう? サインに並ぶけれど、祐也叔父さんはサイン会とか滅多に出ないでしょう? サイン欲しいなぁって」
「祐也さんファン……」
「あ、睛ちゃんは、声優さんは那岐お兄ちゃんが好きだって言ってました。瞳ちゃんは、尾形未布留さんのファンだそうです」
「未布留のファン……」
「はい、アーサー王伝説のヴィヴィアン・マーキュリーさんが演じたグィネヴィア王妃の清楚さと美しさ、苦悩を言葉だけで伝えられる声優って凄い! って確か、雅臣さんのランスロットとトリスタン役の直之さんの声で続編が出たら、未布留さんの為だけに限定DVD買ったそうです」
はっと思い出したように、見上げる。
「あの……瞳ちゃん、会うことは無理だって分かってるみたいですが、サイン貰ったり出来ませんか? 図々しいのは分かってるのです。でも、睛ちゃんは叔父さん以外のサイン貰ってて、瞳ちゃんにはないので……」
「うっ……未布留……聞いてみる」
瞬のうるうる目に屈して電話する。
未布留にお願いすると、未布留と直之夫婦の子供達のお守りや、買い物の手伝いなどなどを頼まれることもあり、悩んだのだが、電話をかけることにした。
3コールで電話が繋がったのは、直之である。
「あ、もしもし、直之さん。おはようございます」
「おい、こら~。臣! 俺は昨日アフレコ、夜中の3時までだったんだよ!」
「すみません~分かってましたが、かけました」
「悪いと思ってねぇじゃねぇか! こちとら……あ、未布留」
「もしもし? 臣? おっはよう!」
横から聞こえる声に、瞬はキョトンとする。
「おはよう。未布留」
「今日、今、どこ? 臣は何でも出来るから良いけど、那岐やほら! 茜ちゃんが妊娠中の光流を呼んで、お食事でもしようと思って。茜ちゃんはちょっと痩せてたじゃない? 今はつわりが酷いと思うのよ。だから、招待しようと思って」
「あ、俺と那岐は那岐の実家に帰省中。光流と茜お願い。それともう一つお願いがあって……」
「お願い? 嫌よ。那岐はましだったけど、昔の光流はそれはそれは手がかかって、赤ん坊抱えた私には、臣に赤ん坊預けて、しばき倒すしか出来なかったもの」
雅臣は遠い目をする。
今はやんちゃはやめたが、入校当初の光流は本当に手に負えなかった。
上司に丸投げされ、雅臣がつきっきりで、それでも言うことを聞かない時に、ちょうど練習場に来ていた妊娠中の未布留にしばき倒された後、未布留が切迫早産となり、直之がキレた。
数日、直之に絞められ、大人しくなったのである。
「えっとね、違うよ。ほら、瞬ちゃん今一時退院で、一緒に那岐の実家に向かってるんだけど、瞬ちゃんのお姉さんの瞳ちゃんが、未布留のファンなんだって。今度会いたいって、それかサイン欲しいってダメかな?」
「うーん、普通のファンには会わないけど、良いわよ。瞬ちゃんのお見舞いにも行きたかったし……ねぇ? なおくん。良い加減に起きないと、プロレス技やるわよ!」
「ぎゃぁぁぁ! もうちょっと寝たかった……」
「子供達の生活時間となるべく合わせなさい! それでなくても忙しいのに! あ、それじゃぁ、そろそろ来るからじゃぁね!」
未布留は電話を切る。
「あれ? 直之さんと未布留さん……」
「あぁ、一応、公式にはそれぞれ別の一般人と結婚してるってことになってるけど、二人結婚してるんだよ。俺のマンションの階が違うんだけど」
「そうなんですか。仲良しなんですね」
「光流も同じマンションだよ。セキュリティーがしっかりしてるから。那岐だけ近くの別のマンション」
雅臣は説明する。
「そういえば、祐次はん。祐也はんはどないしたんですのん?」
雅臣の隣の櫻子が、ひ孫が生まれるとは思えぬナチュラルメイクで、問いかける。
「過労ですね。それに、お会いしましたか?」
「お会い?」
「実は、別の二台の車に別れているのですが、瞬ちゃんの家族も一緒なんです」
「あぁ、かいらしいワンピースのお嬢さんがおりましたなぁ。姉妹ですのん?」
「いえ、この瞬ちゃんの5歳上の双子のお姉さんですよ。ショートのキリッとした顔立ちの方が瞳という字を書いて瞳さん。長い髪で、垂れ目の大人しい子が『画竜点睛を欠く』の睛で、睛さん」
「まぁまぁまぁ……瞬ちゃんの……かいらしいべっぴんはんのお子らやなぁ」
櫻子は微笑む。
「所で、瞬ちゃんのその手は?」
「実は……声優仲間に……」
雅臣は口籠る。
そして、祐次が、
「あの、例のゲームのイベントでの窃盗事件です。犯人は雅臣のロッカーの鍵を壊して総額300万円相当のものを盗み、丁度その部屋に来た瞬ちゃんを襲ったんです」
「何やて! そんな、こがいな目に……」
「観月が弁護人になって、裁判に代わりに出廷することになってるんですよ。瞬ちゃんは未成年ですし、瞬ちゃんも知っていますが、傷がかなり酷くて、この辺りにも傷があり、両腕に切り傷、両掌も傷が深くて傷が一回癒えた後、神経や筋の様子の確認にダメなら手術と、それからはリハビリです。腕や手、指の筋力も傷の治療を優先しているので衰えているし、ずっと入院も辛いと思って」
「あの。大丈夫ですよ。お父さんとお母さん、お姉ちゃん達に、雅臣さんや那岐お兄ちゃんが来てくれるんです。で、宿題も見てくれるし……那岐お兄ちゃんのバイトも一緒にしてるんです」
「那岐のバイト?」
雅臣の問いかけに、
あっ!
と両手で口を覆い、悲鳴を上げた。
「痛い! 雅臣さん、痛い~!」
「あぁぁ! 瞬ちゃん! 手を離して!」
「臣! 痛み止め! 水はあるな?」
傷だらけの手を触れず、ただ痛み止めを受け取り、ペットボトルのキャップを外して飲ませる。
「ご、ごめんなさい……騒いじゃって……」
流石に痛みが激しいので涙が止まらなくなり、しゃくり上げる。
瞬をそっと抱き上げ、横抱きにして座らせしばらくあやしていると、ぐったりする瞬によしよしと頭を撫でる。
「大丈夫だよ。それより那岐と何を?」
「……ふえっ、えと、翻訳のお仕事してるから……女性の喋り方を訳す時、どうすれば良いかなって……だから、一緒に考えてるの。普通に訳すより、ここに言葉を足しても良いかなとか……ごめんなさい、お兄ちゃんの邪魔してるかなぁ……」
「それは大丈夫だけど、大丈夫?」
「えと……ちょっと痛いのと疲れたかなぁ……雅臣さんちょっとお休みするね」
こてっ
雅臣にもたれかかり、そのまますやすや眠ってしまう。
「那岐は怒るなよ」
「怒らないよ。と言うか、何で、那岐はお兄ちゃん……俺はさん付け……」
「嫉妬深いの引かれるぞ~」
「うるさいよ。祐次」
雅臣は睨む。
「べっぴんはんやなぁ……本当に怪我をさせたもんが許せへんなぁ」
「両手がこれなので、歩いて倒れたり、どこかにぶつかっても縫ってる傷が悪化するので車椅子なんですよ。手のひらだけでも良くなれば……でも一番重い傷なんですよ」
祐次がため息をつく。
「指先だけでも動かせたら、スマホかタブレット操作出来るんですが、それも痛みで無理で、筋肉が衰えてるのを見るのが可哀想で……最初の体重より落ちてるんですよ」
「そうなん? 痩せとるなぁとおもたけど……」
「そんなに元ががっしりしてたりとかはないです。小柄で……」
「お前が説明すんな。分かっとるわ」
祐次に突っ込まれるが雅臣は、
「……本当に……何で、あの女、俺の時計とかなんか盗んでも良かったんだ。瞬ちゃんにこんな目に遭わせたことだけは、絶対許さない」
嘆く。
「本当に、本当に……折角見つかったのに……」
「お前がそんな顔するとは思わんかったわ」
「面白がるなよ」
「そんな訳ないだろ。俺、これでも医者だぞ」
祐次は睨む。
「それに、女の子を傷つける者は容赦なくぶん殴れ! がうちの母親の心得。でも父さんも言う通り、俺も父さんも競技に出てるから拳はあげられん。祐也兄ちゃんは、大丈夫やけどな」
「はっ? えっ? 祐也さんもあれこれやってて強いって聞いたけど……」
「うちの父さんと、朔夜伯父さんが話し合って、祐也兄ちゃんには武道の基礎だけ教えて、ある程度まで教えたら辞めさせて、ボランティアとか他の事をさせたんだって。武道を教え込んだら、昔の事件の心的外傷後ストレス障害……PTSDが蘇る可能性が高いって。でも、生まれつき兄ちゃん武道の才能あったんやろ。うちの母さん方……朔夜伯父さんの親も先祖もそう言う家系だったから」
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