旦那さまはいくらでも愛を受け入れる余裕があるようです?〜奥方様の愛は重すぎます!〜

刹那玻璃

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奥方様の愛は重すぎます!〜乳兄弟は疲れてる〜

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 はぁぁ……なんで自分がこんな格好をしているんだか……。

面白そうに仮装する幼なじみが後ろに立っている状況に、俺はため息をついた。



 今自分……カールは、乳兄弟のジークヴァルトが婿に入った公爵家の別邸にいる。
 本邸は隣にあるのだが、そちらには奴の義父母が住んでいる。
 この屋敷には、奴の可愛い嫁がいる。
 公爵家の末娘だ。

 俺の母は、ジークヴァルトの母の従姉妹。
 同時期に生まれたし、一緒に育った。
 次男だったジークヴァルトは爵位を持てなかったし、俺も一般の家だから、二人で騎士になることにした。
 騎士になれば、国が貴族社会でも一応実力主義の世界に身を置ける。
 二人で……と言うか、不器用な俺より、ジークヴァルトは天職だったはずだった。
 なのに、23歳であの事件に巻き込まれるとは思わなかった。



 その日俺たちは、王宮の裏手にある騎士団の訓練施設から、待機場所に戻る途中だった。
 一応武器は携帯していたが、2時間あまりの練習の後シャワーを浴び気を抜いていたのは否めない。
 だが……、

「姫様の恨み!」

甲高い声が、小道に並ぶ木立の中から聞こえてくるとは思わなかった。
 左斜め前をスタスタ脇目も振らず歩いていたジークヴァルトにぶつかっていく影に、後ろを歩いていた同僚と俺は反応が遅れた。

「えっ……?」
「姫様を娶っておきながら、浮気するなんて!」

 何を言ってるんだ?

俺たちは目を見開きよろめくジークヴァルトに手を伸ばす。

 ジークヴァルトは左利きだ。
 だから、ほとんど左脇に剣を下げる騎士の中で右に下げている。
 その剣を握る利き手側を襲われたのだ。

「おい! ジークヴァルト!」

 女が赤く光るものを空に翳(かざ)した。

 バッ……!

血飛沫を浴びながら、女はもう一度ジークヴァルトを襲ったのだった。

「ジークヴァルト!」

 仲間たちが女からナイフを奪い、身体を押さえ込む。
 俺は小柄なジークヴァルトに駆け寄り、血が流れる腕と脇腹を確認する。

「誰か……誰か! 医師を! 医師を呼べ!」

 ベルトを外し、止血しつつ叫ぶ。

「それに、タオル貸せ! 血を止めないと!」
「大丈夫……歩く。立た、せて……」

 右手をゆっくりと持ち上げる。

「馬鹿! 歩けるか!」
「だ……」

 宙をかいた指が、力なく落ちた。
 成人してるにしては童顔の……いや、商家の娘だったが、その美貌で男爵の正妻になった叔母にそっくりな美少女のような顔が青く、白く……。

「ジークヴァルト!」

俺は呼びかけた。



 すぐに医師のもとに運んだ。
 だがすぐに目を開けることも、あの小憎らしい返事は聞けなかった。
 ジークヴァルトは大量に出血したことでしばらくの間生死の境を彷徨った上、懇切丁寧にべったりと塗られていた毒はその身体を蝕み、ついでに刺された場所も悪かったのか、左手が動かなくなっていた。

 この事件はしばらく伏せられていた。
 王女の醜聞だからである。
 当初、王家と公爵家で内々に処理したかったらしいが、ジークヴァルトを襲った女は王女の侍女の一人で、捕まった後自殺未遂をした。
 女は追及の言葉に、王女の夫を殺すつもりだったのだと言った。

 しかし、ジークヴァルトは王女の夫ではない。
 なら何故間違ったか……運が悪いことに、ジークヴァルトは淡い銀の髪をしていた。
 その色は日の光を跳ね返すと、濃い色の髪をした騎士たちの中で目立つ。
 そして、そっくりな髪の騎士はもう一人……王女の夫も持っていたのだ。



 利き手が動かなくなったのだ、騎士ではいられない。
 後遺症も残ったらしく、人前では平気そうにしていたが、意識が戻る間に伸びた爪が拳を握りしめたことで皮膚を傷つけていたり、物を投げたあともあった。
 だが、懸命にペンを握り、右手で下手ではあるものの文字を書くようになっていた。
 しかし、美しい過去の文字とは比べ物にならない、ミミズもここまで酷い文字ではないひっかき傷のような文字に、

「あぁぁ……手紙も書けない」

口惜しげに呻いたジークヴァルト。

「はっ? おばさんにか?」
「違うよ。彼女」
「うえ? お前、彼女いたのか?」
「……うーん。これになる前に、紹介されてたの。お見合い? 婿養子にって」

 見合い?
 婿養子?

驚く。
 ジークヴァルトはおろか、男爵からも両親からも聞いていなかったのだ。

「初耳だぞ?」
「うん。一等低い確率だったし。向こう、公爵家のお姫様だから」
「侯爵家?」
「ううん。公爵家。先代国王の弟大公の孫娘」

 昔習った家系図を辿るが、先代大公の女孫……たどり着かない。

「お前馬鹿? 男の家系図じゃないよ。大公には娘がいて、その姫は公爵家に嫁いているんだよ。公爵家には息子二人と娘がいるけど、息子は側室腹。正室の子供である大公の血筋はケイトリン姫のみ」
「ケイトリン姫……うぇぇぇ! お前を傷つけたゲートルード王女の旦那のレスラート卿の妹?」

 レスラートは俺たちの二つ上の男だが、俺たちのように生きる為にがむしゃらに腕を磨かなくても大丈夫な貴族のボンボンである。
 一応長男で、20歳の弟と末の16歳のケイトリン嬢の三兄妹。
 弟はすでに伯爵位を与えられ、こちらは官僚として地道に働いている。
 ケイトリンは王室に近い令嬢としてデビュタントを済ませ、数年前から嫁いで行く王女の代わりに王都の近くに出向いては視察などを行なっていた。
 俺たちの騎士団も警備につくことも多く、執務中はキリッとしているものの、それが終わり大好きなお菓子を見てはへにゃっと表情を緩ませたり、庭師の飼っている犬が産んだ子犬を見ては目を輝かせていたのを覚えている。
 傲慢なところのあるゲートルード王女たちに比べ、まだ幼いが素直で可愛らしいと人気が高い。

「貴族の子息でも狙ってる奴、多いだろ?」
「うん。だから僕は一番確率低かったんだよ。それに、姫が普通の騎士の嫁って、絶対ありえないから……でも、手紙だけは贈ってたんだよ」

 うっすらと頬を赤くする。

「返事を下さるしね。姉さんに頼んで、姫が好きそうな小説とか聞いて、買いに行って……とか」
「うわっ、お前が絶対しなさそう」
「したんだよ! 悪いか?」

 食ってかかる。

「手紙も書けないな……公爵閣下には言えないし……」
「俺が書こうか? お前、自分の名前で精一杯だろ?」
「カールの文字汚い」
「代筆だって書いておけばいいだろ」
「……うぅぅ……」

 不満そうだが、頷く。
 そして、代筆をしたが、

「絶対、姫には怪我したって書くな!」

と言う文句や、

「絶対代筆って書くように!」

と言うクレームを受け流すことはできなかったので、一応、

『今事情があり、ペンを取れませんので、代わりに同僚に頼んでいます』

と付け加えておいた。
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