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その後……辺境の医術師の話と《蘇芳プロジェクト》
その後《辺境の医師のその後編1》
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《元父目線》
俺(ディ)……アンディール・ラズラエラル
ネネ……七聆
イオ……セディ
レイ……ミリア
~*~~*~~*~
俺は、久しぶりに王都の西にあるカズールに向かった。
一応理由があり、12歳になった長男イオが騎士になりたいと言い、騎士の館で試験を受けるのと、俺……正式名はディと名乗っている……は、術師、医師としての定期試験だ。
アンディールという呼称には反応しない。
母方の曽祖父に言霊……魂の宿った本質を奪われたからだ。
ラズラエラルという名前は一応奪われることはなかったが、俺が無意識に拒絶反応を持つようになった。
一度奪われたものを、もう一度奪われるのではないかという恐怖以上に、自分が醜く腐っているように思えた。
あの焼け付くような後悔と、胸をかきむしりたくなるような……それから逃げたかった。
だから、ただのディとして生きることにした。
昔は、術師の家だったので当たり前のように試験を受けていたものの、はっきりいえばいい環境でダラダラできていた。
でも、家を追放された俺にあるのは、取り上げられなかった知識くらいだ。
あ、あと、なんだかんだ言いながら可愛がってくれる幼なじみ。
今更思うと、本当に甘い。
もう親父とも呼べない父も何かしら、送ってくる。
服とか下着とか、丈夫で暑さと水が少なくても生きる木の苗、時々何故か種だ。
鑑定術で調べてみると、珍しく貴重な穀物の種で、上司に頼み込み、試行錯誤して収穫、来季用のを残して残りを地域の人に配った。
感謝されて、お礼にパンをもらった。
料理できない家族なので、ありがたい。
それ以上にありがたいのは、娯楽の少ないこの地域に、定期的に寄贈品が届く。
お金じゃない。
生活用品と、ちょっとしたものだ。
一応、ここは岩山とその周りは砂漠に囲まれた地域だ。
鉱山もある。
でも、水が少なく、食糧も北の都市部に比べて貧しいと言える。
この地域の辺境伯の立場にあるファルト家が何の対策も取らなかった訳ではなく、支援を続けたり、食糧を育てられないかとさまざま行っていたようだ。
だが、周囲に遮るものがないということは風が強く、温度も高いこの地域では、土の加護が薄い。
暑さもあるので水も蒸発し、ますます加護が薄くなる。
人も減り、鉱山も暑さや水の少ない地域には集まらず、人も寄り付かない。
過疎が始まり、人は住みやすく水の流れる北の都市部に流れていく。
そして、そういう地域に集まるのは、一攫千金を狙う者か、地下にひそみ何かを企む者。
貧富の差を何とかできればと、常々話し合ってきたのはファルト家や王族などのトップ。
時々、国王陛下やその双子の弟である王弟殿下、親父もあれこれやっていたし、潜入捜査をしていた親戚も先輩もいたらしい。
結構命懸けで、何度も死にかけた人がいるそうだ。
それすら、ここに来てから知った俺はなんて馬鹿だったのか……。
そして、今ここで感じているのは、読み書き計算のできる人間が少ないこと。
ここに来た時、指で数を数える人がいたのを知った瞬間の衝撃を思い出す。
言葉も訛りや地域の表現法があって、しばらく身振り手振りを使ってやり取りをしたことも、今では思い出だ。
騎士団のメンバーのような別の地域から来た人間が、休み時間や巡回とめい打つ近所の人とのおしゃべりの時間、希望する人に自分の名前くらいは教えていると言っていた。
そこで、教師や先生なんて雇えないことを知った俺は、団長や先輩たちに相談してみたこと……この診療所に待合室を作ってほしいと。
そして、待合室には重要書類とかではなく、書き損じで廃棄予定の紙や、もうすぐインクが切れるペンを置いて、自由に使ってもらうことにした。
ペンはインクを詰め替える必要があるので、使い切ったら受付の人間に渡してもらう。
紙はいるようなら、持って帰っていいことにする。
待合室では子供が落書きしたり、診察を待つ人の間で文字を教え合ったり、何処かから……まぁ、先輩たちがいらなくなった雑誌とか、昔読んでいた本を貰ってくる。
そうしていたら結構、待合室が手狭になり、入り口に屋根をつけて、テラスみたいにして、そこにも椅子とテーブルを置いた。
すると、そこに近所のじいちゃんばあちゃんが過ごすようになり、診察室に本棚が作られていて、何故か小さい図書館になってしまった。
ちょっと待て。
貸出とか俺は手が回らない!
ネネは無理だ!
と再び相談したら、騎士団の副団長が隣の空き家を改装して図書館をオープンさせ、そこに騎士団員を交代で常駐させると言い出した。
『どうせ、団長が仕事をサボってここで時間潰してるんだから、とっ捕まえるのに楽だから』
と宣った副団長の笑顔の裏のブリザードに、背筋が凍る思いがした。
でも図書館なんて本が集まらないだろう? と心配したら、とある方から本棚と本と、椅子が寄贈されたという。
本なんかは、昔の雑誌とか、観光地図とかもあったり、古い辞書や図鑑、子供用の絵本もあった。
昔ならすぐに捨ててたやつだ。
しかも、あれ? みたことあるのが多いと思ったら、俺や幼なじみの過去の名前の入った絵本もあった……マジか……。
それ以外にも、大量のメモ帳とかクレヨンのようなものまで一緒に届き……いつのまにか、保育園のような場所にもなっていた。
騎士の先輩方では回りきらないので、近所の手持ち無沙汰なじいちゃんたちと、二人の若い地域の子供が手伝うようになった。
二人は兄妹で、鉱山で働くにはまだ幼く力はないものの、父親は亡くなり母親は病気で貧しい家だった。
近所の家で洗濯や炊事を手伝ってはご飯を分けてもらったり、騎士団の掃除をしてお小遣いをもらったりしていたのを、副団長が正式にスカウトした。
交代で本の片付けや子供たちの世話、じいちゃんたちの話し相手……ついでに診療所の掃除や洗濯までしてくれる。
診療所までやってもらうのはあまりにも申し訳なく、俺からお小遣いを渡そうとしたが断られ、代わりに母親の治療を受け持ち、イオと遊んでもらうことにした。
そして、しょっちゅうあちこちから送られて来る本の中で、欲しいものがあったら持っていっていいというと、喜んで持って帰ってくれた。
半年くらいして、図書館や待合室がある程度地域に浸透してくるようになった頃、イオの欲しがっていた辞書とか筆記用具、教科書が届いた。
団長が会議で呼び出され、その後抱えてきた荷物に入っていたものだ。
イオ用とは書いていなかったが、イオが騎士団のお手伝いをしに行った後、隠すように持って帰ってきた。
そして、どのような内容が書いてあるのか二人で一緒に見ていると、ページの間からストーンと落ちたもの。
装丁が甘いのか?
と慌てて拾い上げると、
《お小遣いにしなさい》
と書かれた封筒だった。
しかも、次から次に10通ほど挟んであった。
……書いてある文字が、父、母、祖父母、伯父たちの文字……。
《元気で過ごしなさい》
《薬草やポーションがいるようなら、伝えなさい》
《勉強を頑張りなさい》
《夢があるそうだが、応援しているよ》
《具合が悪くなったら、必ず連絡しなさい》
あぁ、こんなに優しい人たちを悲しませてきたのかと、心苦しい。
俺とイオは話し合って、イオと俺しか開くことをしない辞書と参考書に挟んでおいた。
本を読まない……特に古いボロボロの辞書なんて、ネネもレイも触ることもないだろう。
イオは俺が定期的に渡している、昔に比べたらわずかなお小遣いに全然手をつけなかった。
もらった封筒も開けようとしなかった。
代わりに騎士団にほぼ毎日通い、団長や他の先輩方に勉強を教わり、その合間に水汲みや廊下掃除、荷物整理とお手伝いをしたお駄賃を貯めてノートを買い、日記をつけた。
その日記がたまると、団長の元に持っていきたいと言う。
団長に頼んで、俺の親父……つまりイオの祖父の元に送って欲しいのだという。
団長の元に連れて行き、日記を送ってもらうように頼んで、10日あまり……。
再び王都に呼び出された団長が、何かを持って帰った。
イオの新しい日記帳や、俺が普段持ち歩く日誌サイズにまで大きさ変化するブックカバー2冊だと言う。
それが、さりげーに高級なカバーだった。
触らないとわからない結構恐ろしい希少ドラゴンの皮でできた代物で隠し空間つきという……まぁ、あの親父か、ちぃ兄の子供が作ったものだろう……。
一応、そのドラゴンは昔、親父が国王陛下たちと遊びに行った先で、
「貴重な絶滅危惧種の生き物だけを食べる……種類上は、トカゲのでかいやつだけど、毒吐いて、その毒が希少植物を腐らせるから、幸矢が一撃で昇天させた~」
「だって、傷つけたら毒吐くか~地面に血を流したら環境破壊しそうじゃん」
「首叩っ斬って、そこ焼き切るなんて、力技だね~」
「その首を、瞬間冷凍した彗には敵わないよ」
と、のどかに物騒な話してたような気がする。
ちなみにとってきたその毒持ちドラゴンの有毒な血を抜き、毒薬を作り、そこから解毒剤を作ったそうだ。
残った肉は何かに使ったらしいが、牙や爪は魔石に加工しただけでなく、皮はなめし、ついでに親父が魔法効果をつけてみるんだと言っていたのだが、皮にも空間魔法をつけることに成功させたらしい。
見た目は迷彩色で可愛げがないのも逆にいいようだ。
その後、封筒はその隠し場所に入れて、俺とイオが持ち歩いている。
そして、4年経った俺は、イオとカズールに出かけたのだった。
ギャンギャンと叫ぶ二人は放置。
俺は収納に壊れたりしてはいけないものや、書類、イオの勉強道具と身の回りのものを詰めて旅立った。
使いすぎないように、先輩に生活費を預けておいた……優しいな、俺。
俺はある程度研修と試験をこなしたら帰るが、イオは基本テスト……自分の名前が書けるか、返事ができるか、挨拶ができるか、身体測定とジョギングや特技の実技をみてもらい、その後騎士の館に入学して騎士としての基本訓練やマナーレッスン、勉強にと励むことになるだろう。
ほとんど落とされることはないものの、あまりに態度が悪かったり、体調が悪いとか、体が弱いという場合は落とされるらしい。
イオは昔の俺より賢いし、4年間懸命に頑張ってきた。
大丈夫だと信じている。
「ねぇ、父さん。僕、術師にもなりたいんだけど、実技、水と土の術だけで大丈夫かな?」
「お前が行きたい部隊で必要なものを優先的に覚えるべきだと思うぞ? 騎士と術師に頑張ったらなれる。でも、まずは水と土の術を精度をあげような」
「うん! それに緑とか欲しいね! 最初、水習ったでしょ? 最近になって土を教わったから、緑の育成の術勉強したいな!」
「そうだなぁ」
あぁ、本当にイオは俺に似てないんだなぁ……やっぱり父に似た。
本当に戻れるなら……
「おーい、ディにイオ。もうすぐ着くぞ~」
団長……滅多に中央に戻らないせいで、めちゃくちゃ怒られてるからって、俺たちを連れてくるこの時に仕事まとめてするってなんなんだ?
まぁ、アンタも長男取り上げられてて、会わせてもらえないらしいけど……あぁ、嫁の星蘭は次男連れて、こっちに里帰りして、しばらくいるらしいな……。
「あっ! 大きい川! いいなぁ! 水遊びできないかなぁ……」
「大丈夫なら行ってもいいぞ?」
「いや、騎士の館に水を引き込んだプールあるからそっちで遊んでくれ。ここ、見た目は浅そうだけど、川の流れ結構急なんだ」
「へぇ……プールあるんだ……」
「水難救助の訓練もあるし、身体鍛えるために定期的に泳ぐんだよ」
乗せてもらっているドラゴンは、川の浅瀬に近いところにある停泊場に降りる。
カズール伯爵家関連の人間は住まいの前の庭に降りるけれど、俺たちは騎士団だから、この地域の分団のそばに停泊場がある。
降ろしてもらうと、ぐったりする俺とは逆に、竜騎士……こっちは移動用竜を制御する部隊の人間だ……にお礼を言うイオ。
しかも、竜にお礼だと砂糖菓子を渡している。
「……お前にあの可愛さはなかったな」
「うるさいな~」
団長を睨みつけ、持ってきていた荷物を取り、騎士団に向かおうとした。
「あ、ラファパパ? パパ、ラファパパ、今日来るの?」
コロコロとした少女の声が聞こえた。
「団長は今日は来ないよ~? このおじちゃんはラファ団長の弟」
「ふーん……あ、ラファパパより大きい。それに制服違うのね?」
「そうそう、紅騎士団だからね。というわけで、久しぶり」
「よ~! ちぃ兄、元気そうじゃん」
「当たり前じゃん。それより、荷物運ばないの?」
俺は運ばないけどー。
と言う声……。
振り返ると、黒髪と黒い瞳の長身の人……ネネの兄弟だった人だ。
今は縁は切られている。
挨拶をしなければ……、
「……グランディア卿、お久しぶりです」
「うん、元気そうじゃん……おわっ! なになに?」
長身のちぃ兄の背後にしがみつく何か……。
「パパ? ご挨拶してる騎士さんに、ちゃんと返事しないのダメでしょ!」
「あぁ~はいはい、ごめんなさい。つい昔馴染みだから、と思っちゃったんだ~」
高い高いをして、抱き上げるその小柄な子供は、金色のツインテールの女の子。
かなり分厚いメガネに、何故か大きな耳当て……その飾りがネコミミだったことは見なかったことにしよう。
「それよりその機械大丈夫? 重いんじゃない?」
「うーん、重いし、ザーザー言う。頭痛い」
「ほら、やっぱり! だからここにはつけてきちゃダメって言ったでしょ! それに無理してメガネつけて歩かない……もう……」
耳当てを取り、メガネと一緒にポーチに収納する。
そして、上着のフードを頭からかぶせる。
……それ、ネコミミフードだな?
ネコブームなのか?
「だって……せっかくパパと、お出かけできるんだもん……」
「いつでもできるでしょ? 明日1日パパお休みだよ?」
「今日お散歩したかったもん! 明日は千夏ちゃんも一緒だけど、今日はパパと一緒だもん」
「……可愛い! うちの子可愛い! はぁぁ……」
抱き上げた少女を抱きしめ頬をすりすり……うわぁ、頬が緩んでる。
「でもパパ、《遠耳くん》ないと、パパが言ってることわからないの」
「よっしゃ! パパの顔見てなさい」
「このくらい近くないと見えないよ?」
「パパは嬉しいです」
「おーい、ちぃ兄。親バカ炸裂すんな!」
だ、団長! そこで突っ込むか?
「バカ親のくせに、羨ましいか~? メオは可愛く育ってるぞ~? うちの子たちほどじゃないが。あ、お前が戻ってくる前に、ラファ兄たちと長期旅行に行ったぞ。ルーズリアに」
「き、聞いてない!」
「そりゃ言うもんか。萬葉迎えに行ってるからな。お義父さんやじい様は、萬葉に会いたいって元気がない」
「……それも聞いてない……」
がっくりする団長も面白いが、娘に頬をつままれてデレるちぃ兄も新鮮だ。
「父さん……」
声が聞こえた。
騎士の館の騎士候補生の制服を着た少年……うわぁ、ちぃ兄の息子だ。
確かイオより一つ下だから11歳か……でも、背が高いし、この歳で切長の目の端正な美少年だ。
「結と紬が泣いてるよ~? どこ~って」
「何? パパ探してるのか?」
「ううん、ねーねどこー? だって。父さんを探す訳ないでしょ」
「つ、冷たい! 冷たいよ! 千夏!」
「ハイハイ行って。彩映疲れちゃうでしょ! 美味しいゆず茶待ってるよ」
「はーい! 彩映と一緒に風深迎えに行くよ」
娘を抱いたまま急いで去っていく父を見送った後、左胸に手を置き頭を下げる。
「お久しぶりです。千夏・グランディアです。滞在先であるカズール騎士団宿泊所にご案内させていただきます」
「おぉ! 千夏はもう入学してたんだな?」
「いえ、今年入学です。早く卒業して、大学院に通うつもりです。父がしたいことをすればいいと言ってくれました。風深はデザイナーになりたいそうです」
「ふーん、それよりユイとツムギって?」
「うちの双子の弟妹たちです。父があまりに構うからイヤイヤ期ですが、姉の彩映が大好きなんです。それより行きません? 団長はこれから訓練でこの川、5キロ泳がせても大丈夫って、シエラおじいさまに言われてますが、確かこちらのお二人って疲れてますよね? 乗り慣れない竜によく半日も乗り続けさせましたね? 団長」
千夏は俺の顔を見てため息をつく。
「確か医療隊所属のディさん……元々、乗り物酔いバッチリするタイプでしたよね? 酔い止め薬、先日お送りしていましたが、飲んでます?」
「えっ? 飲んでません……」
「やっぱり! 俺が、王族医療士の先生にお願いして作り方教えてもらったのに! 匂いがしないと思った!」
「えと、飲む前に、どんな匂いも知らない……もらってません……」
「団長!」
千夏の一睨みに、何か思い当たったのか、ポケットを探り、頭をかきながら差し出す。
「あ、忘れてた……すまん!」
「この人寝込むそうですよ? マルムスティーン侯爵が絶対飲ませろって言ってましたもん!」
えっ、親父が……と思った瞬間、ひどいめまいに頭痛、吐き気が襲い、ぶっ倒れた。
俺(ディ)……アンディール・ラズラエラル
ネネ……七聆
イオ……セディ
レイ……ミリア
~*~~*~~*~
俺は、久しぶりに王都の西にあるカズールに向かった。
一応理由があり、12歳になった長男イオが騎士になりたいと言い、騎士の館で試験を受けるのと、俺……正式名はディと名乗っている……は、術師、医師としての定期試験だ。
アンディールという呼称には反応しない。
母方の曽祖父に言霊……魂の宿った本質を奪われたからだ。
ラズラエラルという名前は一応奪われることはなかったが、俺が無意識に拒絶反応を持つようになった。
一度奪われたものを、もう一度奪われるのではないかという恐怖以上に、自分が醜く腐っているように思えた。
あの焼け付くような後悔と、胸をかきむしりたくなるような……それから逃げたかった。
だから、ただのディとして生きることにした。
昔は、術師の家だったので当たり前のように試験を受けていたものの、はっきりいえばいい環境でダラダラできていた。
でも、家を追放された俺にあるのは、取り上げられなかった知識くらいだ。
あ、あと、なんだかんだ言いながら可愛がってくれる幼なじみ。
今更思うと、本当に甘い。
もう親父とも呼べない父も何かしら、送ってくる。
服とか下着とか、丈夫で暑さと水が少なくても生きる木の苗、時々何故か種だ。
鑑定術で調べてみると、珍しく貴重な穀物の種で、上司に頼み込み、試行錯誤して収穫、来季用のを残して残りを地域の人に配った。
感謝されて、お礼にパンをもらった。
料理できない家族なので、ありがたい。
それ以上にありがたいのは、娯楽の少ないこの地域に、定期的に寄贈品が届く。
お金じゃない。
生活用品と、ちょっとしたものだ。
一応、ここは岩山とその周りは砂漠に囲まれた地域だ。
鉱山もある。
でも、水が少なく、食糧も北の都市部に比べて貧しいと言える。
この地域の辺境伯の立場にあるファルト家が何の対策も取らなかった訳ではなく、支援を続けたり、食糧を育てられないかとさまざま行っていたようだ。
だが、周囲に遮るものがないということは風が強く、温度も高いこの地域では、土の加護が薄い。
暑さもあるので水も蒸発し、ますます加護が薄くなる。
人も減り、鉱山も暑さや水の少ない地域には集まらず、人も寄り付かない。
過疎が始まり、人は住みやすく水の流れる北の都市部に流れていく。
そして、そういう地域に集まるのは、一攫千金を狙う者か、地下にひそみ何かを企む者。
貧富の差を何とかできればと、常々話し合ってきたのはファルト家や王族などのトップ。
時々、国王陛下やその双子の弟である王弟殿下、親父もあれこれやっていたし、潜入捜査をしていた親戚も先輩もいたらしい。
結構命懸けで、何度も死にかけた人がいるそうだ。
それすら、ここに来てから知った俺はなんて馬鹿だったのか……。
そして、今ここで感じているのは、読み書き計算のできる人間が少ないこと。
ここに来た時、指で数を数える人がいたのを知った瞬間の衝撃を思い出す。
言葉も訛りや地域の表現法があって、しばらく身振り手振りを使ってやり取りをしたことも、今では思い出だ。
騎士団のメンバーのような別の地域から来た人間が、休み時間や巡回とめい打つ近所の人とのおしゃべりの時間、希望する人に自分の名前くらいは教えていると言っていた。
そこで、教師や先生なんて雇えないことを知った俺は、団長や先輩たちに相談してみたこと……この診療所に待合室を作ってほしいと。
そして、待合室には重要書類とかではなく、書き損じで廃棄予定の紙や、もうすぐインクが切れるペンを置いて、自由に使ってもらうことにした。
ペンはインクを詰め替える必要があるので、使い切ったら受付の人間に渡してもらう。
紙はいるようなら、持って帰っていいことにする。
待合室では子供が落書きしたり、診察を待つ人の間で文字を教え合ったり、何処かから……まぁ、先輩たちがいらなくなった雑誌とか、昔読んでいた本を貰ってくる。
そうしていたら結構、待合室が手狭になり、入り口に屋根をつけて、テラスみたいにして、そこにも椅子とテーブルを置いた。
すると、そこに近所のじいちゃんばあちゃんが過ごすようになり、診察室に本棚が作られていて、何故か小さい図書館になってしまった。
ちょっと待て。
貸出とか俺は手が回らない!
ネネは無理だ!
と再び相談したら、騎士団の副団長が隣の空き家を改装して図書館をオープンさせ、そこに騎士団員を交代で常駐させると言い出した。
『どうせ、団長が仕事をサボってここで時間潰してるんだから、とっ捕まえるのに楽だから』
と宣った副団長の笑顔の裏のブリザードに、背筋が凍る思いがした。
でも図書館なんて本が集まらないだろう? と心配したら、とある方から本棚と本と、椅子が寄贈されたという。
本なんかは、昔の雑誌とか、観光地図とかもあったり、古い辞書や図鑑、子供用の絵本もあった。
昔ならすぐに捨ててたやつだ。
しかも、あれ? みたことあるのが多いと思ったら、俺や幼なじみの過去の名前の入った絵本もあった……マジか……。
それ以外にも、大量のメモ帳とかクレヨンのようなものまで一緒に届き……いつのまにか、保育園のような場所にもなっていた。
騎士の先輩方では回りきらないので、近所の手持ち無沙汰なじいちゃんたちと、二人の若い地域の子供が手伝うようになった。
二人は兄妹で、鉱山で働くにはまだ幼く力はないものの、父親は亡くなり母親は病気で貧しい家だった。
近所の家で洗濯や炊事を手伝ってはご飯を分けてもらったり、騎士団の掃除をしてお小遣いをもらったりしていたのを、副団長が正式にスカウトした。
交代で本の片付けや子供たちの世話、じいちゃんたちの話し相手……ついでに診療所の掃除や洗濯までしてくれる。
診療所までやってもらうのはあまりにも申し訳なく、俺からお小遣いを渡そうとしたが断られ、代わりに母親の治療を受け持ち、イオと遊んでもらうことにした。
そして、しょっちゅうあちこちから送られて来る本の中で、欲しいものがあったら持っていっていいというと、喜んで持って帰ってくれた。
半年くらいして、図書館や待合室がある程度地域に浸透してくるようになった頃、イオの欲しがっていた辞書とか筆記用具、教科書が届いた。
団長が会議で呼び出され、その後抱えてきた荷物に入っていたものだ。
イオ用とは書いていなかったが、イオが騎士団のお手伝いをしに行った後、隠すように持って帰ってきた。
そして、どのような内容が書いてあるのか二人で一緒に見ていると、ページの間からストーンと落ちたもの。
装丁が甘いのか?
と慌てて拾い上げると、
《お小遣いにしなさい》
と書かれた封筒だった。
しかも、次から次に10通ほど挟んであった。
……書いてある文字が、父、母、祖父母、伯父たちの文字……。
《元気で過ごしなさい》
《薬草やポーションがいるようなら、伝えなさい》
《勉強を頑張りなさい》
《夢があるそうだが、応援しているよ》
《具合が悪くなったら、必ず連絡しなさい》
あぁ、こんなに優しい人たちを悲しませてきたのかと、心苦しい。
俺とイオは話し合って、イオと俺しか開くことをしない辞書と参考書に挟んでおいた。
本を読まない……特に古いボロボロの辞書なんて、ネネもレイも触ることもないだろう。
イオは俺が定期的に渡している、昔に比べたらわずかなお小遣いに全然手をつけなかった。
もらった封筒も開けようとしなかった。
代わりに騎士団にほぼ毎日通い、団長や他の先輩方に勉強を教わり、その合間に水汲みや廊下掃除、荷物整理とお手伝いをしたお駄賃を貯めてノートを買い、日記をつけた。
その日記がたまると、団長の元に持っていきたいと言う。
団長に頼んで、俺の親父……つまりイオの祖父の元に送って欲しいのだという。
団長の元に連れて行き、日記を送ってもらうように頼んで、10日あまり……。
再び王都に呼び出された団長が、何かを持って帰った。
イオの新しい日記帳や、俺が普段持ち歩く日誌サイズにまで大きさ変化するブックカバー2冊だと言う。
それが、さりげーに高級なカバーだった。
触らないとわからない結構恐ろしい希少ドラゴンの皮でできた代物で隠し空間つきという……まぁ、あの親父か、ちぃ兄の子供が作ったものだろう……。
一応、そのドラゴンは昔、親父が国王陛下たちと遊びに行った先で、
「貴重な絶滅危惧種の生き物だけを食べる……種類上は、トカゲのでかいやつだけど、毒吐いて、その毒が希少植物を腐らせるから、幸矢が一撃で昇天させた~」
「だって、傷つけたら毒吐くか~地面に血を流したら環境破壊しそうじゃん」
「首叩っ斬って、そこ焼き切るなんて、力技だね~」
「その首を、瞬間冷凍した彗には敵わないよ」
と、のどかに物騒な話してたような気がする。
ちなみにとってきたその毒持ちドラゴンの有毒な血を抜き、毒薬を作り、そこから解毒剤を作ったそうだ。
残った肉は何かに使ったらしいが、牙や爪は魔石に加工しただけでなく、皮はなめし、ついでに親父が魔法効果をつけてみるんだと言っていたのだが、皮にも空間魔法をつけることに成功させたらしい。
見た目は迷彩色で可愛げがないのも逆にいいようだ。
その後、封筒はその隠し場所に入れて、俺とイオが持ち歩いている。
そして、4年経った俺は、イオとカズールに出かけたのだった。
ギャンギャンと叫ぶ二人は放置。
俺は収納に壊れたりしてはいけないものや、書類、イオの勉強道具と身の回りのものを詰めて旅立った。
使いすぎないように、先輩に生活費を預けておいた……優しいな、俺。
俺はある程度研修と試験をこなしたら帰るが、イオは基本テスト……自分の名前が書けるか、返事ができるか、挨拶ができるか、身体測定とジョギングや特技の実技をみてもらい、その後騎士の館に入学して騎士としての基本訓練やマナーレッスン、勉強にと励むことになるだろう。
ほとんど落とされることはないものの、あまりに態度が悪かったり、体調が悪いとか、体が弱いという場合は落とされるらしい。
イオは昔の俺より賢いし、4年間懸命に頑張ってきた。
大丈夫だと信じている。
「ねぇ、父さん。僕、術師にもなりたいんだけど、実技、水と土の術だけで大丈夫かな?」
「お前が行きたい部隊で必要なものを優先的に覚えるべきだと思うぞ? 騎士と術師に頑張ったらなれる。でも、まずは水と土の術を精度をあげような」
「うん! それに緑とか欲しいね! 最初、水習ったでしょ? 最近になって土を教わったから、緑の育成の術勉強したいな!」
「そうだなぁ」
あぁ、本当にイオは俺に似てないんだなぁ……やっぱり父に似た。
本当に戻れるなら……
「おーい、ディにイオ。もうすぐ着くぞ~」
団長……滅多に中央に戻らないせいで、めちゃくちゃ怒られてるからって、俺たちを連れてくるこの時に仕事まとめてするってなんなんだ?
まぁ、アンタも長男取り上げられてて、会わせてもらえないらしいけど……あぁ、嫁の星蘭は次男連れて、こっちに里帰りして、しばらくいるらしいな……。
「あっ! 大きい川! いいなぁ! 水遊びできないかなぁ……」
「大丈夫なら行ってもいいぞ?」
「いや、騎士の館に水を引き込んだプールあるからそっちで遊んでくれ。ここ、見た目は浅そうだけど、川の流れ結構急なんだ」
「へぇ……プールあるんだ……」
「水難救助の訓練もあるし、身体鍛えるために定期的に泳ぐんだよ」
乗せてもらっているドラゴンは、川の浅瀬に近いところにある停泊場に降りる。
カズール伯爵家関連の人間は住まいの前の庭に降りるけれど、俺たちは騎士団だから、この地域の分団のそばに停泊場がある。
降ろしてもらうと、ぐったりする俺とは逆に、竜騎士……こっちは移動用竜を制御する部隊の人間だ……にお礼を言うイオ。
しかも、竜にお礼だと砂糖菓子を渡している。
「……お前にあの可愛さはなかったな」
「うるさいな~」
団長を睨みつけ、持ってきていた荷物を取り、騎士団に向かおうとした。
「あ、ラファパパ? パパ、ラファパパ、今日来るの?」
コロコロとした少女の声が聞こえた。
「団長は今日は来ないよ~? このおじちゃんはラファ団長の弟」
「ふーん……あ、ラファパパより大きい。それに制服違うのね?」
「そうそう、紅騎士団だからね。というわけで、久しぶり」
「よ~! ちぃ兄、元気そうじゃん」
「当たり前じゃん。それより、荷物運ばないの?」
俺は運ばないけどー。
と言う声……。
振り返ると、黒髪と黒い瞳の長身の人……ネネの兄弟だった人だ。
今は縁は切られている。
挨拶をしなければ……、
「……グランディア卿、お久しぶりです」
「うん、元気そうじゃん……おわっ! なになに?」
長身のちぃ兄の背後にしがみつく何か……。
「パパ? ご挨拶してる騎士さんに、ちゃんと返事しないのダメでしょ!」
「あぁ~はいはい、ごめんなさい。つい昔馴染みだから、と思っちゃったんだ~」
高い高いをして、抱き上げるその小柄な子供は、金色のツインテールの女の子。
かなり分厚いメガネに、何故か大きな耳当て……その飾りがネコミミだったことは見なかったことにしよう。
「それよりその機械大丈夫? 重いんじゃない?」
「うーん、重いし、ザーザー言う。頭痛い」
「ほら、やっぱり! だからここにはつけてきちゃダメって言ったでしょ! それに無理してメガネつけて歩かない……もう……」
耳当てを取り、メガネと一緒にポーチに収納する。
そして、上着のフードを頭からかぶせる。
……それ、ネコミミフードだな?
ネコブームなのか?
「だって……せっかくパパと、お出かけできるんだもん……」
「いつでもできるでしょ? 明日1日パパお休みだよ?」
「今日お散歩したかったもん! 明日は千夏ちゃんも一緒だけど、今日はパパと一緒だもん」
「……可愛い! うちの子可愛い! はぁぁ……」
抱き上げた少女を抱きしめ頬をすりすり……うわぁ、頬が緩んでる。
「でもパパ、《遠耳くん》ないと、パパが言ってることわからないの」
「よっしゃ! パパの顔見てなさい」
「このくらい近くないと見えないよ?」
「パパは嬉しいです」
「おーい、ちぃ兄。親バカ炸裂すんな!」
だ、団長! そこで突っ込むか?
「バカ親のくせに、羨ましいか~? メオは可愛く育ってるぞ~? うちの子たちほどじゃないが。あ、お前が戻ってくる前に、ラファ兄たちと長期旅行に行ったぞ。ルーズリアに」
「き、聞いてない!」
「そりゃ言うもんか。萬葉迎えに行ってるからな。お義父さんやじい様は、萬葉に会いたいって元気がない」
「……それも聞いてない……」
がっくりする団長も面白いが、娘に頬をつままれてデレるちぃ兄も新鮮だ。
「父さん……」
声が聞こえた。
騎士の館の騎士候補生の制服を着た少年……うわぁ、ちぃ兄の息子だ。
確かイオより一つ下だから11歳か……でも、背が高いし、この歳で切長の目の端正な美少年だ。
「結と紬が泣いてるよ~? どこ~って」
「何? パパ探してるのか?」
「ううん、ねーねどこー? だって。父さんを探す訳ないでしょ」
「つ、冷たい! 冷たいよ! 千夏!」
「ハイハイ行って。彩映疲れちゃうでしょ! 美味しいゆず茶待ってるよ」
「はーい! 彩映と一緒に風深迎えに行くよ」
娘を抱いたまま急いで去っていく父を見送った後、左胸に手を置き頭を下げる。
「お久しぶりです。千夏・グランディアです。滞在先であるカズール騎士団宿泊所にご案内させていただきます」
「おぉ! 千夏はもう入学してたんだな?」
「いえ、今年入学です。早く卒業して、大学院に通うつもりです。父がしたいことをすればいいと言ってくれました。風深はデザイナーになりたいそうです」
「ふーん、それよりユイとツムギって?」
「うちの双子の弟妹たちです。父があまりに構うからイヤイヤ期ですが、姉の彩映が大好きなんです。それより行きません? 団長はこれから訓練でこの川、5キロ泳がせても大丈夫って、シエラおじいさまに言われてますが、確かこちらのお二人って疲れてますよね? 乗り慣れない竜によく半日も乗り続けさせましたね? 団長」
千夏は俺の顔を見てため息をつく。
「確か医療隊所属のディさん……元々、乗り物酔いバッチリするタイプでしたよね? 酔い止め薬、先日お送りしていましたが、飲んでます?」
「えっ? 飲んでません……」
「やっぱり! 俺が、王族医療士の先生にお願いして作り方教えてもらったのに! 匂いがしないと思った!」
「えと、飲む前に、どんな匂いも知らない……もらってません……」
「団長!」
千夏の一睨みに、何か思い当たったのか、ポケットを探り、頭をかきながら差し出す。
「あ、忘れてた……すまん!」
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えっ、親父が……と思った瞬間、ひどいめまいに頭痛、吐き気が襲い、ぶっ倒れた。
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