メモリーズ・メロディーズ

翼 翔太

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三、弟子になりたいっ

弟子になりたいっ1

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 かなではクリームの思い出を首輪にこめてもらって以来毎日思い出の中に住んでいるクリームに会うようになった。朝学校に行く前に首輪に触って、耳をすますと律が弾いてくれた曲が流れてきて、クリームとの思い出が現れる。カリカリとイワシを食べているところ、おもちゃで遊んで高くジャンプしているところ。すべてが愛おしかった。
 思い出の中のクリームはいつでもかなでを迎え入れてくれた。これまでは最後の一鳴きが「ばいばい」と言ったように思えていたのに、今では「またね」と聞こえるようになってきた。
 そんな日々が一か月ほどのあいだに、こんな風に思い出をこめられる律のこと、正確には想鳴者という存在のことがどんどん気になっていった。
(想鳴者ってすごい。音楽で人を幸せにできるんだもん。どんな風に思い出をこめてるのかな? わたしも、あの人みたいに音楽でだれかを幸せにできればいいのに。思い出をずっと色あせずに持っておけるようにできればいいのに。それで笑顔になってくれる人がふえればいいのに)
 かなでは目を閉じて想像した。悲しそうな人、なみだを流している人がかなでの曲で泣きやむ姿を。そして笑顔になったり、うれし泣きをしたりしているだれかを。
(悲しい気持ちになる人が、わたしの音楽で一人でもいなくなってほしい……! わたし、想鳴者になって音楽で人を笑顔にしたい。心の支えになるような思い出を残してあげたい。わたしみたいにクリームに会って元気になるみたいに)
 かなではあることを決意した。
(わたし、想鳴者になる。まずは律さんに弟子入りしてみよう。あ、でもその前にお父さんとお母さんを説得しなくちゃ)
 そしてある土曜日、朝ごはんを食べ終わったあと、かなではお父さんとお母さんに声をかけて自身の決意を話した。
「お父さん、お母さん。わたし、想鳴者になる。律さんに弟子にしてもらって、ちゃんと修業したい。
だって音楽で人を幸せにできるんだよ。すっごくすてきなことだよっ」
 お父さんとお母さんはたがいに顔を見合わせた。おどろきと、とまどいが混じったような表情をしている。
「わたし、絶対想鳴者になりたい。だから律さんのところでちゃんと修業したい。おねがいしますっ」
 かなでは力強く深く頭を下げた。ひたいとテーブルがぶつかりそうなくらい近い。
「かなで」
 お父さんの低い声でかなでは顔を上げた。
「きみがやりたいと思ったことは、できる限りおうえんしてきた。それはね、お父さんはやってみたいことがなかなかできなかったからなんだ」
 お父さんの言葉は意外だった。かなでから見て、お父さんはどんなことにもチャレンジしているように見えるからだ。
「お父さんのお父さんやお母さん……おじいちゃんやおばあちゃんは、勉強をたくさんしていい学校にさえ入ればいい、ほかのことなんてなにもしなくていい、興味を持っちゃだめだって言ってた。でもお父さんはそれがずっといやだった。いろんなことをやってみたかったし、行ってみたかった。だからかなでにまでそんな思いをしてほしくない。でも今回はすぐに返事はできないよ」
「なんでっ?」
 かなでは身を乗り出した。
「本気なのかい?」
「もちろん」
 かなでは力強くお父さんを見た。
「ピアノの先生とか演奏者じゃだめなの?」
 そう尋ねたのはお母さんだ。かなではうなずいた。
「たしかにどっちもすてきな仕事だと思う。でもわたしがしたいのは、ピアノやオカリナのいいところを教えることでも、みんなで力を合わせてパワフルな曲を演奏することじゃないの。音楽で人を幸せにしたいの」
「でもそれは想鳴者じゃなくてもできるんじゃないかい?」
 お父さんの言葉はもっともだった。かなでは自分の心をなんとか言葉にしようとした。お父さんとお母さんはそれをじっと待っていてくれた。
「クリームが元気だったころを思い出せたのって、律さんにクリームの話を聞いてもらって、思い出をこめてもらえたからだと思う。わたしもそんな人になりたい」
「……みんなとちがうことをするっていうのは、とても大変でときにはひとりぼっちかもしれないとしても?」
 お父さんはかなでに尋ねた。
「なんで苦しいことばかりってなるの? たしかに大変なこともたくさんあるかもしれない。でもそれってどんな仕事でもそうだし、みんながやりたい、なりたいものがまったく同じなんてこと、ありえないよ」
 お父さんは真一文字に口を結び、うでを組んでいた。お母さんはお父さんの様子をうかがっていた。
「かなで、お父さんに想鳴者って仕事を説明できるかい?」
「え? えっと、思い出をこめてくれる仕事……」
「どうやって? どうして想鳴者について知っている人、知らない人がいるんだい?」
「え、えっとお……」
 お父さんの質問にかなでは答えられなかった。そんなかなでにお父さんが言った。
「かなでは想鳴者についてなにも知らない。想鳴者についてもっといろいろと知っておく必要があると思うよ。どうやれば知ることができるか、それも考えてごらん」
 お父さんはそう言って二階の自分の部屋に行ってしまった。
(想鳴者にも悪いことってあるのかな? そんなものなさそうに思えるけど……。
 それからどうすれば想鳴者についてわかるんだろう? ……そうだっ)
 かなではある方法を思いついた。そして明日実行することを決心した。

 次の日、学校が終わるとかなでは一人で先に帰った。そして修想館へ急いだ。心臓の鼓動がいつもより速いのは走ってきた以外にもあった。呼吸を落ち着かせて震える指で呼び鈴を鳴らした。出てきたのは律本人だった。
「あら、先日のお客さま。どうかなさいましたか?」
 律は小さく首をかしげた。かなではぐっと両手を力強くにぎった。
「あ、あのっ、想鳴者の仕事について知りたいんです。教えてもらえませんか? もちろんそちらの都合がいい日でいいです」
 かなでは少しの間がまるで永遠に続くかのように思えた。
「今からでもだいじょうぶですよ。どうぞおあがりください」
 律はそう言ってクリームのときのように中に入れてくれた。
 応接間に通してもらうと先に口を開いたのは律だった。
「想鳴者の仕事についてお知りになりたいとか」
「はいっ。わたし、律さんみたいな想鳴者になりたいんですっ」
「あら」
 律はそんな声を上げながらあまりおどろいているように感じなかった。
 律は「そうですね……」と少し考えてから答えた。
「それではいいことと悪いことをお話ししましょう。
いいことは、お客さまがよろこんでくれることですね。音楽でだれかを幸せにできる。それがとてもうれしいです」
(わたしが思ったとおりだっ)
 かなではうれしくなった。
「悪いところはそうですね、信じてもらえないことでしょうか」
「信じてもらえない?」
「ええ。想鳴者は信じてもらえないことがたくさんあります。うさんくさいと、さぎ師だと思われることも少なくありません。わたしは祖父がここで想鳴者をしていたため、昔からこの町の人には比較的受け入れてもらえているほうです。想鳴者のことを知らない人から、陰口を言われることも少なくありませんよ」
「じゃあ、なんで律さんは想鳴者を続けているんですか? つらくないんですか?」
 律はまっすぐかなでを見つめた。
「音楽が大好きなのです。それに想鳴者ではないけれど仲間もいます。だから今はなにを言われてもだいじょうぶだって思えるようになりました」
 かなではなぜかわからないが、胸がきゅうっとしめつけられた。
(こんなにすごい人がいるんだ……。こんな人になりたい)
「ほかになにか知りたいことはありますか?」
 律にそう言われ、かなではもう一つ尋ねた。
「あの、どうやって思い出をこめているんですか?」
「それは具体的な方法ですか?」
「はい」
 律はにこりと笑みを浮かべた。
「ひみつです」
 かなでは何度か教えてほしいと言ったが、結局教えてもらえなかった。
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