メモリーズ・メロディーズ

翼 翔太

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四、修業の日々

修業の日々1

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 弟子になったかなでを待っていたのは、バイオリンの猛練習だった。初めて律のところにバイオリンを習いに行った日はどきどきした。
 バイオリンはさいしょ持つことすら大変で本体や弓を落としそうでこわかった。音が出るようになってもギギギッと耳をふさぎたくなるようなものしか出なかった。それでもかなでは投げ出すことはなく、一生けん命バイオリンの練習をした。律の指導もピアノやオカリナの先生にくらべてきりっとした口調で「かたに力が入っている」や「その音では思い出を引き出すことはできないわ」などと毎回なにかしら注意を受けた。それでもかなではくじけずなんとか食らいついた。
 かなでがようやくバイオリンで不快な音が出なくなってきたころ、小学五年生だったかなでは六年生になった。クラスも替わった。
「あ、かなでちゃんっ」
 かなでに声をかけてきたのは友達のみいちゃんだった。
「みいちゃんっ。やったあ、また同じクラスになれたね」
「うんっ、あたしすっごくうれしい」
「わたしも」
 二人は手をとってその場でくるくるとおどった。
「六クラスある中で二年連続おなじクラスとか、もうきせきだよねっ」
 仲のいい友達といっしょに小学生最後の一年をすごせると考えるととてもいい一年になりそうな気がしていた。
 教室に移動すると出席番号の順番に、クラスメイトたちがすわって大人しくしていたり、立っておしゃべりをしていた。かなでが入るとどこからかひそひそ声が聞こえてきた。
「ほら、あの子。あの子が想鳴者の弟子なんだって」
「え、あの子が?」
「でも特別って感じはしないよねえ」
 みいちゃんがかなでに耳打ちをしてきた。
「なんでかなでちゃんが想鳴者の弟子って知ってるんだろ?」
 みいちゃんには、弟子になれたことは説明している。
(みいちゃんに話してるの、別の子たちにも聞こえて、それで広まったのかも)
 かなではそう推測した。
 新しい担任の先生が教室に入ってくると、全員が自分の席についた。みんなそれぞれ自己紹介をしていく。かなでの番になったとき、まだ順番がきていない男子が前ふりもなしに大きな声で興味津々に尋ねた。
「想鳴者の弟子ってまじなの?」
 先生が口を開きかけたがその前にかなでは答えた。
「はい。わたしは、想鳴者の弟子です」
 クラスがざわついた。あちこちから「想鳴者って?」「ほら、思い出こめる人」という会話や、「すげえー」などという声が聞こえた。かなではあわててつけ加えた。
「あ、でもほんとうにまだ思い出をこめたりできないし、ほんとうに、ほんとーっに修業中の修業中で。だからその……温かく見守ってもらえるとうれしいです。よろしくおねがいします」
 かなでは深く頭を下げてから席に座った。新しい担任の先生が手をぱんぱんと二回たたいて、「じゃあ、次の人自己紹介して」と教室の空気を元にもどした。
(こう言っておけば、あんまりいろいろ聞かれないよね)
 かなでがそんな風に考えていると、なんとなく視線を感じた。顔を上げると左ななめ、一番窓側の列にいる女子がかなでをにらんでいた。たしか石戸あやめ、と名乗っていた。
(わ、わたしなにかしたっけ……?)
 その内あやめはぷいっと顔をそむけてしまった。かなでは少しずつ不安になってきた。

 ある日のことだ。チャイムが鳴ると授業は終わり、ぞろぞろと音楽室を出て行く。かなでも教室にもどろうとしたとき、あやめがかなでのほうを向かずにぽつりと、それでもはっきりとこう言った。
「みんなに注目されてるからっていい気になるんじゃないわよ」
 かなでを見つめる目は敵意に満ちていた。かなではそんな目を向けられたのは、初めてだった。あやめが笑顔で彼女の友達と教室に帰って行くのと反対に、かなでは言葉の意味が理解できなくてその場でつっ立っていた。
「……ちゃん。かなでちゃんっ」
 みいちゃんの呼び声でようやく、はっとして現実に帰ってきた。
「どうしたの? ぼーっとして」
「あ、ううん。なんにもない……」
 かなでとみいちゃんはひとまず教室にもどった。
 それから数日間あやめを見ていてわかってきたことがあった。あやめはいつもおしゃれな格好で登校してくる。
「あめやちゃん、どうやったらそういうかわいいコーデできるの?」
「ママが言うにはね、色を……」
 そんな風に教えているあやめ本人も、悪い気はしていないようだった。一人でも多くの人に注目されること、それがあやめの目指していることならば、かなでにつっかかってきてもおかしくはない。
(でもわたしは注目されたくて想鳴者になってるわけじゃないもん。なんでそんなこと言われなくちゃいけないの? ……だめだ、だめだ。心を強く、心を強く。想鳴者をよく思わない人だっているって、律さん言ってたもん。気にしない、気にしない)
 かなでは心の中でそう決めた。
 かなでがそんな風に決心しても、あやめは最初先生やみいちゃんのいないときにぼそりと、一言二言悪口を言ってきた。
「いい気にならないで」
「ほんとうに想鳴者なんているんだか」
「弟子なんてうそじゃないの?」
 それはまるでかなでの心をじわりじわりと追いつめるようだった。
 それでもかなでは気にしないようにしていた。
(わたしには、みいちゃんみたいに信じてくれる友達も、応援してくれる家族もいるもん。だからだいじょうぶ)
 それがかなでの心の支えだった。
 その日みいちゃんと想鳴者としての修業のことを話していた。
「ねえ、思い出こめるのってどんな風にしてるの?」
「それがまだ見せてもらったことないんだよねえ……」
 かなでは大きくため息をついた。するとあやめが彼女の友達と、こちらを目だけで見ながら笑ってきた。近ごろはかなでにこっそりではなく、かなでの耳に入りつつもクラスのにぎやかさにまぎれてしまう、絶妙な声の大きさで陰口を言うようになった。それもあやめの友達といっしょに。かなでのほうを見てくすくすと笑うのだ。
「弟子だっていうけど、大したことなさそうだよね」
 今日はいつもより少し声が大きかったのか、いっしょにおしゃべりをしていたみいちゃんの耳にも入ったようだった。みいちゃんがあやめたちのほうを見た。しかし彼女たちの口は閉じなかった。
「そんなにいろいろ言われるほどじゃなさそう」
「多分ピアノとかも上手じゃないんだよ」
 最後の一言に、さすがのかなでもかちんときた。言い返そうとしたとき、みいちゃんがすたすたとあやめたちの元に近づいた。
「かなでちゃんのこと、そういう風に言うのやめなさいよ」
 あやめは「は?」とみいちゃんをにらんだ。あやめの友人たちも同じ目つきをしていた。そしてあやめは、ぷっと小さくふき出した。
「なに本気にしてんの? ちょっとふざけただけじゃない」
「そういうのはふざけてるっていうんじゃないと思う。悪口だよ」
「そんなのそっちが勝手に思ってるだけじゃん」
 そのとき三時限目を知らせるチャイムが鳴った。あやめは「ふんっ」とさっさと席についた。彼女の友達もちらりとみいちゃんとかなでを見てから自分たちの席にもどった。
 授業が終わってからかなではみいちゃんにお礼を言った。
「さっきはありがとう」
「ううん、全然。なによ、石戸さんったら。……もしかして今までに言われたことある?」
 かなでは笑顔でごまかそうとしたが、うまくいかなかった。
「もーっ、あたしのばかっ。ごめんね、今まで気がつけなくって」
「ううん、その気持ちがすごくうれしい。ありがとう」
 かなではみいちゃんにお礼を言った。
(わたしは一人じゃない。こうやってかばってくれる友達もいる。きっともっと強くなれる)
 かなでは自分にそう言い聞かせた。
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