メモリーズ・メロディーズ

翼 翔太

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三、弟子になりたいっ

弟子になりたいっ3

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 オカリナを持ってくると、イオに応接間へ案内された。律はすでにソファーにすわって待っていた。ピアノはカバー代わりの布を外してふたも開けられている。
「まずピアノをひいてください」
「はい。あの、先に手をあらってもいいですか?」
「ええもちろん。イオ、案内してあげて」
「わかった。こっちだよ」
 イオに連れられて手あらい場に行き、しっかりせっけんで手をあらう。
「ねえ、なんでわざわざ手なんてあらうんだい?」
「だってよごれた手でさわるだなんて、ピアノに対して失礼じゃない。私がピアノだったら、きれいな手で弾いてほしいもん」
 イオの問いにあわをあらい流しながらかなでは答えた。「そっか」とかなでの意見を聞いたイオは、どういうわけかきげんよさそうだった。 
 応接間にもどってきたかなではさっそくピアノの前に座った。指を下にむけてぶらぶらさせてから、力強く拳をにぎって形をくずさないまま力を抜く。ピアノをひく前にする準備たいそうのようなものだ。
「えっと……それじゃあ、ひきます」
 律はしずかにうなずいた。イオはにこにこと演奏がはじまるのを待っていた。かなでは深呼吸をしてから、けんばんに指を置いた。演奏したのはついこの間までピアノ教室で習っていた曲だ。『黒鳥と白鳥』というクラシック音楽で、はじめはテンポが速くとちゅうでゆっくりになり、また最初の速さにもどる。早いテンポのときに指がからまらないように走らせる。そして最後はぽろん、と静かにはかなげに終わった。
 ピアノの演奏の次はオカリナをふくように言われた。かなでは後ろにあるふきくちに一番近い穴をおさえてから息を入れてオカリナを温めた。
「それはなにをしてるの?」
 そう尋ねたのは律だった。
「こうすると音が低くなりにくいんです。オカリナはもともとそんなに音のはばがないし、わたしのものは高い音が出にくいんです」
 かなではオカリナを構えたまま説明した。オカリナの大きさはかなでの両手で包みこめるくらいだ。
「ありがとう。はじめてもらえますか」
 律に言われかなではオカリナをふいた。時々テレビで放送されるアニメ映画、『ピッケッケとわたしたち』の主題歌だ。行進曲としてもぴったりで、スキップしたくなるような曲だ。かなでが生まれる前に公開された映画らしいが、そんな風には思えないくらい絵もきれいで、かなでもお父さんやお母さんも何度観てもあきないくらいおもしろいのだ。もちろん曲も大好きだ。ふいていると心がおどりマーチングしたくなって足がむずむずするのだ。
(お父さんやお母さん、律さんもいっしょだったら楽しいだろうな)
 かなではそんな風に思った。
 最後のぴたっととまるような終わりの音をふいて、かなでの音楽の中での行進は終わった。かなではおじぎをしてからオカリナのふき口を持ってきていた布巾できれいにした。
 律はうでを組んで考えていた。かなではこわくて自分から感想を聞けなかった。ようやく律が口を開いた。
「少し試してみましょうか。ちょっと待っていてください」
 律は席を立ちどこかに行ってしまった。かなでは律が出て行ったドアを見つめた。するとイオが声をかけてきた。
「だいじょうぶだよ。そんなにガチガチにならなくても」
 イオはにこりと笑った。そのフルートの音色のようなやわらかい笑顔にかなでの体中のきんちょうがほぐれた。そのとき律がケースを持ってもどってきた。その中には横笛が入っていた。律はそれらを構えて音を確認すると急にひきはじめた。かなでは目をぱちくりさせた。しかしそんなことはお構いなしに律は演奏を続ける。かなでは大人しく聴くことにした。その曲はゆったりとしたバラードだった。
 そのときだった。目の前に知らない青年が現れた。髪は銀色、両耳にはピアス。その男性はほほえんで、なにか言った。声は聞こえなかったが、「きみなら、だいじょうぶ」と言ったのがわかった。そして曲が終わるのと同時に青年は姿を消した。
(な、なに? 今の……)
「どうかしましたか?」
「あ、あの、さっき男の人が、目の前に……」
「見えたんですね? 男の人が」
 かなではうなずいた。律はこしを下ろして考え出した。
「そういえばキミは、思い出をこめたときに猫がまだ小さなころの思い出を見えたんだよね?」
 今度はイオが尋ねてきた。かなではうなずいた。
「あれ? そういえば思い出って知らないと体験できないんですよね? 話に聞いただけでも見えるなんて、すごいですっ」
「見えないよ」
「え?」
 イオは言葉を続けた。
「リツがこめた思い出は、覚えていようとなかろうと、その人の中にあるものだけ見える。だから本当ならキミはお父さんとお母さんの思い出を体験することはできない」
「え。じゃあお父さんとお母さんは、わたしの思い出を体験していないってこと?」
「そうだよ」
「じゃあ、なんでわたしはお父さんとお母さんの思い出を体験できたの?」
「それはあなたに想鳴者の素質があるからです」
 イオの代わりに律が答えた。
「楽器を大切にする、覚悟がある、ほかの人の思い出を見ることができる。これらが想鳴者の素質です。……必要な条件はそろっているわけね」
「あの、どういうことですか?」
 かなでの言葉への返事はなく、イオが口を開いた。
「リツ、もういいじゃない。弟子にしてあげなよ」
「イオ」
 にらみつける律におびえることなくイオは続けた。
「この子はきっといい想鳴者になる。……リツだってそう思ったんでしょ? それに、ボクはカナデが気に入ったよ」
かなでに対してイオがにっこり笑顔をむけてきた。律の口はなんとなくへの字に曲がっているように見えた。かなでの視線に気がつくと律は「こほん」と仕切り直すようにせきをしたて、かなでに尋ねた。
「あなた、バイオリンやなんかの弦楽器はひける?」
「い、いえ。ひけません……」
 律は少し考えてから言った。
「弟子にしてもいいでしょう」
「ほんとうですかっ?」
「ただし」と律が言葉を続けた。
「わたしのバイオリンのレッスンを受けること。弦楽器は想鳴者にとってはじまりの楽器だから、ほかの楽器より特別にされていて、必ず弾けるようになっておかなければいけないの」
 律の話を聴いてかなでは、バイオリンのレッスンを一生懸命することを心に決めた。
「それから弦楽器には思い出を最大限にふくらませる力があるの。弦の震えは思い出を刺激して、さらに鮮明になる。もちろんどんな楽器にもその力はあるけれど、弦楽器が一番こめやすいから。バイオリンはわたしが昔使っていたものを貸してあげる。あと今の楽器は続けること。想鳴者としていろんな楽器がひけるのは、曲のはばが広がるから。いいわね?」
「はいっ!」
 かなではうれしさをおさえきれず笑顔になっていた。イオもにこにこと笑っている。
「はあ……ご両親のおっしゃるとおりだったわね」
「え、お父さんとお母さん?」
 かなでは律の言葉に首をかしげた。すると律はすべてを語ってくれた。
「あなたが話を聞きにくる前日に電話があったのよ。あなたがわたしのところにくるだろうから、めいわくをかけてしまう形になってもうしわけないって。もしあなたが失礼なことをしたらえんりょなく電話してほしい、わたしのところにくるのをやめさせるからって。なんなら今断ってくれてもかまわないとも言っていた」
 律はうでを組んでため息をつきながら天井をあおいだ。 
「お父さんもお母さんもいつの間に……」
「ほんとうはあなたに直接断る気でいた。楽な道ではないし、それが礼儀だと思ったから。でも……あなたの目を見て、イオの言葉を聞いて、素質があって本気で想鳴者になりたいって思ってくれていて……迷ってしまった。わたしの負けね」
 律はそう言った。
律とイオはこしを上げてかなでをげんかんまで見送った。
「明後日からお客さまがいらっしゃるから、来週の土曜日からレッスンをはじめましょう」
「はいっ。よろしくおねがいしますっ」
「ただし、修行にたえられなかったら、もう想鳴者にはしません。いいですね?」
「はい、わかりました。失礼しますっ」
 かなでは深くおじぎをして修想館をあとにした。雪がのこっているにも関わらず、わき出るよろこびを爆発させるように走り出した。足がすべって大きなしりもちをついてもかなでは走るのをやめなかった。
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