メモリーズ・メロディーズ

翼 翔太

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十、こめたい思い出

こめたい思い出2

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 かなでが麦茶を用意しているあいだにイオが金属用と木工用の接着剤、ピンセットを持ってきた。
 一ぜんの菜ばしがかなでの目に入った。頭の中で連想ゲームがはじまる。
「ねえイオ。割りばしってある?」
「うん。ちょっと待って」
 イオは食器棚のすみから袋に入った割りばしを三つとり出し、かなでにわたした。
すべての準備が整うとかなでとイオは応接間にもどった。新聞紙を広げて、こわれた部品をならべた。オルゴールの箱をかなでが、中の部品は律が接着剤でくっつけることになった。律はとちゅうでピンセットも使いはじめ、部品をくっつけるときは息をとめていた。
「いやあ意外と時間がかかるもんだね」
 イオが口を開いたころには麦茶はぬるくなってコップの底のふちには水滴がくっきりと輪を描いていた。律も大きくため息をついて目頭をおさえた。
「さすがに細かいところなんかは素人には無理ね。職人さんすごいわ……」
「カナデはどう?」
 イオがオルゴールの箱をのぞきこんだ。形はきちんともどした。ところどころ色の濃さがちがうのは欠けてしまったところだった。
「かなで、あなたこれどうやったの?」
「えっと、割りばしに色ぬりました」
「……まさかここまでしてくれるなんて」
 律は目になみだをためていた。オルゴールの本体を箱の中でくっつけた。
「み、見た目だけはなんとか……なりました? 律さん」
 かなではおそるおそる律のほうを見た。律はぎこちなくオルゴールに手をのばした。そしてオルゴールをやんわりとだいてうなずいた。

 ぬるくなった麦茶を飲み、お母さんにおそくなると電話をして、三人はふたたび応接間にきた。ただし、座る位置はいつもとはちがう。お客さんのところには律が、いつも律がすわっているソファーにはかなでとイオがこしを下ろしていた。
「なんだか慣れないわね」
「へへへ、でもボクはうれしいなあ。いつも彼のことを聞くとき、リツは苦しそうだったから」
「心配かけたわね」
 律はもうしわけなさそうに言った。イオはじょうだんっぽく「ほんとうだよお」と笑った。
「律さん。ケンゴさんってどんな人だったんですか?」
 かなでの質問に答えるため律はふたたび二階へ行って、一冊の本を持ってもどってきた。深い赤色でビロードの表紙で、『卒業アルバム』と金色の字で書かれていた。律は表紙をめくった。そして個人の顔写真がのっているクラスのページを開き、一人の男子を指さした。
「これがケンゴよ。そういえば……こんな風に笑っていたわね」
 くしゃっとした笑顔。オレンジと青の服で、背はそれほど高くなさそうだ。
「ケンゴがいるだけでクラスは明るかった。おせっかいで、元気がない子やひとりでいる子にはかならず声をかけていた。でもそのおせっかいに助けられた子も多かった。……わたしもその一人」
「律さんが?」
 律はうなずいた。
「ケンゴとは一年生のときにはじめて同じクラスになったの。あとは二年生と四年生。そして六年生」
「子どものころの律さんってどんな人だったんですか?」
 かなでは聞きたくてたまらなかったのだ。しかし律は当時のことを思い出して苦笑した。
「音楽以外に興味がなくて愛想がなかった。想鳴者になることしか考えてなくて。だれかといっしょにいるより、学校に行くより楽器にふれていたかったわね」
 かなではむすっとした、子どものころの律を想像した。
(たしかにちょっと話しかけづらいかも)
「よくそんなリツに話しかけたねえ、ケンゴは」
 同じことを思ったらしいイオもうでを組んで感心していた。律はうなずいた。
「いくらとなりの席になったとはいえ、ね」
 その後も律はケンゴさんとの思い出話を続けた。
 律が想鳴者を目指していると知ったことをきっかけに、さらにケンゴさんは律に話しかけるようになって、律も心を開いたこと。
 ケンゴさんにねだられて、律の実家でバイオリンをひくと目をかがやかせて「すげえじゃん! すっげえよ!」と興奮気味につめ寄ってきたこと。それから律の想鳴者の修業についてくることがふえたこと。そのため律のおじいさんとケンゴさんも友達になったこと。
「ケンゴったら、わたしがひいている曲を聴きながら宿題とかしてたのよ? ぜいたくだったんだから」
 そんな文句を言いながらも律は口元をほころばせていた。
「あの子までいっしょになって祖父の話を聞いていたの。よっぽど祖父の話がおもしろかったのね。祖父もケンゴのこと、孫がふえたように思えて案外うれしかったかも」
 律は一度言葉を切った。そしてぼんやりとした様子でぽつりとこぼした。
「不思議ね。どんどん消えていっていたケンゴの姿がだんだんはっきりしてきた。あの子ね、ほんとうに楽しそうに笑うの。この写真のように。……もう少しつき合ってくれる?」
 かなでとイオは首をたてにふった。律は思い出したことを話した。ケンゴといっしょに白布滝まで行って魚をとっ たこと、キノコを見つけたこと。
 律のバイオリンの発表会にこっそりおじいさんときていたこと。
 ふつうにつくるのはつまらないから、と持ちかけてきたオルゴールの交かん。どんなものがいいか話し合ったデザイン。
「これはあの子がわたしを思ってつくってくれたのよね」
 律はオルゴールにふれた。かなではりーんと、こわれたはずのオルゴールの返事をするような音が聞こえたような気がした。
「かなで、イオ。おそくまで付き合ってくれてありがとう。思い出をこめるのは……もう少し先になりそうだけれど、時々こんな風にして話を聞いてくれない?」
 律の今までで一番安らかなほほえみをうかべていた。
「もちろんですっ」
「いいに決まってるでしょ」
 律は「もうこれはいいかしらね」と言いながらこわれていたオルゴールが入っていた箱を折りたたんで捨てた。その顔はとてもすっきりしているように見えた。

 その日、かなでは夢を見た。庭の小屋で律がバイオリンの状態のイオを、かなでは見たことがないオカリナでいっしょに曲を演奏していた。ピアノの上にはケンゴさんが作ったオルゴールが置かれていた。
 朝日で目が覚めたかなでは、この夢が実現するのもそれほど遠くないような気がしていた。そして夢で手にしていたオカリナは今のものとちがっていた。かなでは将来出会う楽器の魂が少し見えたような気がしたのだった。


  終わり
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