メモリーズ・メロディーズ

翼 翔太

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十、こめたい思い出

こめたい思い出1

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 かなではイオと応接間で待っているように言われた。律は二階に上がったが意外とすぐにもどってきた。その手には一つの紙の箱があった。律はかなでのとなりにこしかけ、それをテーブルに置きふたを開けた。そこには中身がばらばらになった木のオルゴールが入っていた。つやつやとしたダークブラウンで、ふたにはバイオリンとフルートが彫られている。どちらも線が太くかくかくしていた。箱の側面、バイオリンとフルートのあいだに音符も刻まれている。中身の、とげがついた筒のとげは何本も折れていて、かたつむりのからのように巻かれた金属の板は一部大きくへこんでつぶれていた。底にあるはずのぜんまいもなくなっていた。
「それはね、わたしの一歳年上のいとこにこわされてしまったの。わたしが中学一年生のことよ」
 律はこわされてしまったオルゴールをやさしくなでた。
「これはわたしの親友がつくってくれたの」
「その親友の人は今どこにいるんですか?」
「天国」
 思ってもいなかった答えにかなではなんと言えばいいかわからなかった。
「小学六年生の夏休みだった。ご両親の実家で四国に行っていたそうなの。近所の山を探検していて、足をすべらせたそうよ。見つかったときにはもう……体が冷たくなっていたって」
 かなでは今このしゅんかん、この世を去ってしまうことを想像した。ぞっとした。
「六年生の夏休み前の図工の授業で、オルゴールをつくることになった。それであの子……草田ケンゴと約束したの。完成したら、交かんしようって。だからおたがいが気に入るようなデザインにしようって。あの子は楽器を彫ってくれた。先生にはむずかしいって言われたのに」
 律はゆっくり目を閉じた。その顔はやさしい肖像画のようにほほえんでいた。
「ケンゴがいなかったら、きっとわたしの世界はもっとせまかった。音楽以外に興味を持たず、きっと想鳴者に、こんな風になれなかった。
 このオルゴールはね、あの子の形見なの。わたしには形見分けはなかったから」
「形見分け?」
 かなでは聞きなれない言葉に首をかたむけた。
「亡くなった人が大切にしていたものを、身内の人や親しかった人に分けることよ。ケンゴは仲のいい子も多かったから、わたしには回ってこなかったの。でもわたしには、このオルゴールがあった。だからいつでもあの子に会えた」
 律は深呼吸した。箱から出したオルゴールを悲しそうに見つめた。一拍の間が空いた。
「どんな流れでそうなったのか、いまだに思い出せないの。記憶がね、そこだけすっぽりなくなっていて。……きっと思い出したくないんだと思う。ただ、いとこがこのオルゴールをひったくって思いきりゆかにたたきつけた部分だけは、はっきりと覚えている」
 かなでは耳のおくでガシャンッと派手な音とリーンというオルゴールが混じった音が聞こえたような気がした。
「おぼんやお正月には、ここに親族のみんなが集まったものよ。大人たちはとても楽しんでいたけれど、子どもはわたしといとこしかいなくてとてもひまだった。いとこはカッとしやすくてこわい子で、いつもつまらなそうな顔をしていたわ。彼は想鳴者のことを信じていないだけでなく、見下していた。だからわたしは彼が苦手だった。今思うと彼もきたくてここにきていたわけじゃないのかも。……そのときわたしが気にさわるようなことを言ったのかもね」
 それを聞いてかなでの心がきゅうと痛んだ。
「だからって……だからって律さんのものをこわしていい理由にはなりません。そんなことをしていい理由なんてこの世にはありません」
「ありがとう」
 律は力のない笑みをかなでにむけ話を続けた。
「どこのお店に行っても修理できないって言われた。あのしゅんかんから、このオルゴールはケンゴとの思い出からいとこへの憎しみを表すものとなってしまった。
オルゴールが直らないってわかったときから、いとこをずっとうらんでいる。もう十五年以上ね」
 自分が生きている年月よりも長い時間をうらんでいると考えると、かなでは胸がとても苦しくなった。律は続ける。
「ケンゴの形見だったのに。ケンゴとの楽しい日々を思い出せていたのに。悲しくって、苦しくって、腹立たしくて。……こんな状態じゃケンゴとの思い出をこめることもできやしない」
 律は自分をばかにするように笑った。そしてちょっとおどろいた顔をして、かなでのほほにふれた。
「なんであなたが泣くのよ」
 かなでは律にそう言われて初めて自分が泣いていることに気がついた。
(律さんが話してた『あの子』ってケンゴさんのことだったんだ)
「きっといとこはそんなことがあったっていうのもわすれてるわ。わたしもそれ以来会っていないから」
 かなでは勢いよく立ち上がった。
「律さん、そのいとこの人の連絡先教えてください。わたしがその人に謝ってくださいって言います!」
 律は目ぱちくちとさせて小さく笑った。
「ありがとう。気持ちだけでじゅうぶんよ」
 律はもう一度かなでをすわらせ、こわれたオルゴールを見つめた。そしてふたの表の部分を指先でなでた。
「ケンゴの笑顔がどんなものだったか、最近ぼやけてきているの。ずっとわすれなかったのに」
(だめ……このままじゃ律さんの中からケンゴさんが消えちゃう。ほんとうに二度と会えなくなっちゃう!)
 かなではまっすぐ力強い眼差しで律を見つめた。
「律さん! わたしにケンゴさんのこと、たくさん話してくださいっ」
「え?」
「わたしが律さんの思い出をこめます! オルゴールも見た目だけなら、なんとか直します。だからいとこの人のことを思い出さないくらい、たくさんケンゴさんのこと教えてください!」
 かなでは律にだきついた。
「絶対に、絶対にわたし、律さんの思い出をすてきなものにもどしてみせますからっ。ケンゴさんのこと、わすれさせたりしませんから!」
かなでは頭の上に温度を感じた。律がかなでの頭をなでていた。
「思い出はわたしがこめるわ。いいえ、こめたいの。でもそうね……ケンゴのことはたくさん話を聞いてもらおうかしら」
「まかせてくださいっ。いっぱい、いっぱい話してください。いとこの人のことわすれるくらい、ケンゴさんとの思い出でうめつくしちゃってください」
 かなでは律をだきしめたまま顔を上げた。
「わすれる……。そうか。いとこのことなんてわすれてしまえばいいのよね。わたしの心をいやす方法はゆるす、ゆるさないだけじゃないわよね。……わすれるのも一つの手よね。わたし自身のために」
 律はどこかすっきりしたような顔をしていた。
「それじゃあまずはお茶の用意と、接着剤も持ってこようかな。あ、リツはそこにいてよね。今日はボクらとカナデが話を聞くんだから。行こうカナデ」
 イオの声は今までにないくらいはずんでいた。かなではイオに言われていっしょに台所に行った。
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