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幻の五年六組
幻の五年六組2
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五年六組は、休み時間なのか、にぎやかだった。理科室の幽霊は、教室の外で待つことにした。幽霊生徒たちが、怖がるかもしれないからだ。カオルとレン、あすかが戻ってくると、みわ子や、幽霊生徒たちはほっ、としたようだった。心配してくれていたのだ。三人で、みんなにすべて報告した。
『そうだったの。知らなかったわ』
「ああ。だから、理科室の幽霊もいっしょに授業させてほしいんだ」
みわ子先生は一瞬考え、幽霊生徒たちのほうを見た。
『ねえ、みんなはどう思う?いっしょに、授業をしてもいいかしら?』
幽霊生徒たちは、互いに顔を見合わせた。ざわざわ、と近いもの同士で話し合っている。すると、一人の幽霊生徒が立ち上がった。理科室の幽霊に襲われかけたという、包帯を巻いた男子幽霊だった。
『おれはいいと思う。みわ子先生のほかにも、先生がいれば、授業も楽しいし』
次々と『わたしも』『ぼくも』と、賛成する幽霊が増え、最後にはみんなが、理科室の幽霊を歓迎した。理科室の幽霊はカオルに呼ばれ、教室の中に入った。理科室の幽霊は、深く頭を下げて、襲ったことを謝った。みわ子先生は、理科室の幽霊と、向き合った。
『ようこそ、五年六組へ。先生のお名前は、なんていうんですか?』
『えっと、荻野です』
『それでは、荻野先生。改めまして、よろしくおねがいします』
みわ子先生がおじぎをすると、幽霊生徒たちも起立して、おじぎした。
『よろしくおねがいします!』
理科室の幽霊、いや荻野先生は目がしらが熱くなった。こんな風に、再び教壇に立つ日がくるなど、夢にも思わなかったのだ。荻野先生は『よろしくおねがいします』と、深く頭を下げた。荻野はカオルたちにも、深くおじぎをした。
『きみたちのおがけで、また教師として、生徒を受け持つことができた。本当に、ありがとう』
「おれたち、大したことしてないよ。なあ?」
「そうだな」
照れくさいけれど、荻野先生が五年六組の一員になれたことは、素直にうれしかった。カオルとあすかは、えへへ、と笑った。そんな中、レンは気になっていたことを、みわ子先生に尋ねた。
「あの、なんでわざわざ、夜に、五年六組で授業を?ほかにも、教室はあるのに」
『だって、昼間はほかの子たちが、わたしたち幽霊を見て、怖がるでしょう?もちろん、昼に授業やクラブ活動ができれば、みんなも楽しいと思うけれどね。それでも、わたしたちは、授業がしたかった。だから、自分たちの教室を作ろう、と思ったの。だから、今とても幸せよ』
うれしそうに、みわ子先生は語った。
「どうやって、作ったんだ?」
あすがが尋ねると、みわ子先生は思い出しながら、答えてくれた。
『たしか、教室を作る方法を、図書室で調べてみようってことになったの。そのとき、女の子は一冊の本を、差し出してくれたの。それに載っていたわ』
そのとき、窓から朝日が差しこんだ。
『あら、もう朝なの。それじゃあ、今日はここまで』
みわ子先生がそう告げると、『起立』と号令がかけられ、五年六組の授業は終わった。まるで、真夏のアスファルトから出る熱気のように、教室内がゆらめいた。ゆらめきが終わると、三人は廊下に立っていた。ちゅんちゅん、と鳥のさえずりが聞こえる。カオルは、ぽつり、とつぶやいた。
「五年六組、あったな」
あすかとレンは、うなずいた。そして、重要なことに、あすかは気がついた。
「あ!早く帰らないと、抜け出したのバレちゃうぜ!」
暗いうちなら、まだこっそり、家に帰ることもできるが、人が起きてくる朝では、家族だけでなく、近所の人にも見つかる可能性が高い。近所の人から、抜け出したことがバレることも、考えられる。特に家が道場である三人の家族は、朝が早い。
「本当だ!」
三人は、猛ダッシュで、家に帰った。レンも二人と同じく、焦っていた。けれど、みわ子先生の『ほかの子たちが、わたしたち幽霊を見て、怖がるでしょう?』という一言が、しこりのように、残っていた。
あのあと、三人は丸一日眠った。そして、次の日である、日曜日。レンの提案で、カオルの部屋に集まった。
「どうしたんだよ、レン」
レンは、心のしこりを吐き出した。
「みわ子先生が、みんなが驚くから、昼間に授業しないって言ったこと、覚えているか?」
カオルとあすかは、うなずいた。
「おれ、五年六組のみんなが、昼間に授業ができるように、したいんだ。おれたちと、同じように。だって、幽霊でも、同じ学校の生徒じゃないか」
レンは、よく仲裁に入り、一歩退いたところから、ものごとを見る。カオルとあすかが『動』なら、レンは『静』だ。なので、このように、自分の思いを全面に出すことは、数えるほどしかない。そんなレンが言うのだから、よほど強い意志なのだろう。カオルとあすかは、にっ、と笑った。それに、幽霊と授業ができるなんて、おもしろそうだ、と思ったのだ。
「いいぜ、のった!」
「学校のことだから、校長先生に言えばいいのか?でも、いきなりは、会ってくれないよなあ」
「それなら、高瀬先生に相談してみるか」
高瀬彩先生は、三人の担任の先生だ。柱時計の亡霊を解明したときに、協力してくれたのだ、高瀬先生の協力がなければ、たかし坊ちゃんとさえこちゃんは、再会できなかっただろう。ちなみに先生は、さえこちゃんの、ひ孫だ。
「さすが、レン。じゃあ、月曜日に高瀬先生に、相談してみようぜ」
カオルは言った。レンとあすかは、力強くうなずいた。
そして、月曜日の放課後。三人は、職員室を訪れた。高瀬先生は、運動場側の窓の席にいた。
「あら、どうしたの?三人そろって」
カオルたちは、幻の五年六組のことを話した。前と同じように、真夜中に忍びこんだことは、内緒にして。高瀬先生は、腕を組んで、考えこんだ。それもそうだろう。幽霊のために、教室を用意してほしいなど、頼まれるなど、だれが考えるだろうか。
「みわ子先生も荻野先生も、生徒のみんなも悪い幽霊じゃないんだ」
カオルがそう言うと、高瀬先生のとなりで、学級通信を作っていた、先生がはじかれたように、こちらを見た。たしか、五年一組の市本俊之先生だ。
「今、荻野先生って言ったか?」
カオルは、うなずいた。ほかの先生が、話に入ってくるとは思っていなかったので、少し驚いた。
「それって、眼鏡をかけた先生だったか?」
三人は、うなずいた。市本先生は、「ああ……」と、悲しそうに、顔をゆがませた。
「あの、どうしたんですか?市本先生」
高瀬先生は、心配そうに市本先生に、声をかけた。市本先生は、うつむいたまま、ぽつり、ぽつり、と話しはじめた。
「荻野先生をいじめていた、中心の生徒っていうのは、ぼくのことなんだ。当時は、ただのゲームの感覚で、大人は強いから、傷つかないって思っていた。でもある日、荻野先生が理科室で、自殺したって聞いた。ぼくは、ようやく、自分がしたことの大きさに、気づいた。何度もお墓の前で謝った。教師になったのも、荻野先生ができなかったことを、少しでもしたいと、思ったからだ。もう一度、荻野先生が、教師として歩むなら、その力になりたい」
市本先生の目は、本気だった。
「校長先生に相談してみよう。ぼくが、ついて行こう」
「市本先生、ありがとうございますっ」
三人は、「失礼しましたー」と、うれしそうに、職員室をあとにした。
次の日。校長先生と話す機会が、設けられた。普段あまり接することのない、校長先生と話す。三人は緊張した。いつも横切るだけの校長室に、市本先生といっしょに、向かった。市本先生が、こんこん、とノックをした。中から「どうぞ」と、招き入れる声がした。中に入ると、校長先生が、黒いふかふかのいすに座って、仕事をしていた。カオルたちを確認すると、校長は歓迎して、来客用のソファーを、勧めた。
「やあ、いらっしゃい。どうぞ」
カオル、レン、あすかは、ソファーに座った。その後ろに、市本先生が、立っている。レンが、五年六組のこと、昼に授業ができるように教室を使わせてほしいことを、話した。校長先生は、三人の話を、真剣に聞いてくれた。
「おねがいします、校長先生!」
「おねがいします!」
「校長先生、ぼくからもおねがいします」
レンたちは、頭を下げた。校長先生は「うーん」とうなって、腕を組み、考えた。
「たしかに校長先生は、学校で一番えらいけれど、一人で決めてはいけないんだ。幽霊が怖くて苦手、という子もいる。保護者の人たちにも、反対する人が多くいると思うよ」
「それでも、なにもしないなんて、できません」
レンは真剣な面持ちで、校長先生を見つめた。本気であることがわかった校長先生は、「それじゃあ、こうしよう」と条件を出した。
「この学校の生徒の半分にあたる人数の、署名を集めることができれば、保護者にかけあってみよう。期間は一カ月で、きみたちの力だけでね」
全校生徒の人数は、およそ七百人。半分ということは、三百五十人ほどの署名を集める必要がある。けれど、やるしかない。校長先生は、レンたちの本気を試しているのだ。
「わかりました。一カ月以内に、署名を集めてみせます」
五人は、校長室をあとにした。高瀬先生は、校長室に残った。
「すばらしい生徒たちだ。わたしも、うれしいですね」
校長先生は、やさしい微笑みを浮かべながら、つぶやいた。
まずは、クラスメイトから署名を集めることにした。事情を話すと、おもしろそうだから、と署名してくれる子もいれば、幽霊が怖い、と署名をしぶる子もいた。そんな子には、彼らが怖い幽霊ではないことを、根気強く説明した。それで安心して、署名してくれる子もいた。けれど、どうしても幽霊が怖い、と署名してくれない子もいた。そういう子に、無理矢理署名を迫ることは、しなかった。そんなことをしても、五年六組のみんなは、喜ばないからだ。ほかのクラスの子にも、署名をしてもらった。毎日、何度も、いろんな学年の子に、署名してくれるように頼んだ。一生懸命、署名を集めていると、手伝ってくれる子も出てきた。クラスメイトから、別のクラスや、学年の子たちに、署名運動は輪のようにつながり、広がった。呪いの授業をしている、という誤解はとけ、多くの生徒が五年六組を、ひとつのクラスとして認めるようになった。一カ月で、署名は約三分の二も集まった。
約束の一ヶ月後、カオル、レン、あすか、市本先生は、校長室を訪れた。集まった署名は、レンが運んだ。校長先生に、四百六十二人分の署名が、渡された。校長先生は、予想していたよりも、多くの署名を見て驚いた。そして、大切そうに受けとった。
「わかりました。今度、保護者の方たちに、話してみましょう」
全員の表情が、ぱあ、と明るくなった。
「よろしくおねがいします!」
市本先生も、保護者会で最善を尽くすことを、約束してくれた。あとは、待つだけだ。
それから、二週間後。カオル、レン、あすかの三人は、校長室に呼び出された。保護者会の話し合いの、結果が出たらしい。どきどきする。
「さて、保護者会の話し合いの結果だけれど」
ごくり、とつばを飲む。校長先生は、にこり、と微笑んだ。
「五年六組の教室が決まったよ。北校舎の一階の物置に使っていた、教室だよ」
「……ということは」
「五年六組のみんなは、昼間に授業をしても、いいですよ」
カオルたちは、手をとりあって喜んだ。そのとき、「ただし」と校長先生が。言葉を続けた。
「ほかの生徒を驚かせないこと。幽霊が怖い、という子もいるからね。それから、放課後、クラブ活動もしていいですよ」
「ありがとうございます!」
三人は、頭を下げた。
「市本先生も、知っていたんなら、教えてくれたらよかったのに」
「ごめんごめん。驚かせたかったんだ」
カオルがそう言うと、市本先生は笑いながら謝った。校長室を去った四人は、放課後に物置を片付けることにした。
そして、放課後。市本先生が、鍵を持って物置にやってきた。カチャン、と音がして、鍵が開いた。入ってみると、ほこりだらけだった。机やいす、使わなくなった教材や、古い大きな地図。それらは、月日の流れを感じさせた。四人はさっそく、片付けを始めた。ものを動かすとほこりが舞い、全員せきこんだ。置かれているすべてのものを、廊下に出した。机といすの壁ができた。埋もれていた地球儀は、色あせてぼろぼろだった。先生がいるとはいえ、なかなか大変だ。気がつくと、空がオレンジ色に染まりはじめていた。すべてのものを廊下に出し、掃除をする。あすかとカオルは床をはき、レンと市本先生は窓をふいた。空が、オレンジと紫のグラデーションを描いたころ、掃除も終わった。生徒たちは帰ったのか、静かだ。
「今日はこのくらいにして、明日続きをやろうか」
市本先生がそう言うと、三人は首を横にふった。少しでも早く、五年六組のみんなに、喜んでもらいたいのだ。市本先生は「じゃあ、もう少しだけな」と言って、続けさせてくれた。掃除を終えると、廊下に出した机を拭いて、教室に並べた。新学年にあがったばかりのような、なにもないけれど、きれいな教室になった。
「よし、できた!」
全員の顔は、ほこりで汚れていた。さっそく、五年六組のみんなを呼ぶことにした。四階に移動した。五年六組の教室は、まだ現れていないので、廊下で大声を上げ、呼んでみた。
「おおーい、みわ子せんせー!荻野せんせー!今、ちょっといいー?」
カオルの叫び声は、廊下中にこだました。あすかとレンは、耳を押さえていた。すると、なにもない廊下から、みわ子先生と荻野先生が現れた。荻野先生の頭は、ぼさぼさではなくなっていた。
『どうしたの?急に』
「あのさ、オレたち学校で五年六組のみんなが、昼に授業できるように、署名集めたんだ」
『ええっ』
みわ子先生と、荻野先生は驚きの声を上げた。
「それで、ここの一階の物置だった教室を使っていいって、ことになったんだ。ほかの生徒を驚かせないことが、条件で」
「放課後、クラブ活動もしていいって」
口元で両手をおおっている、みわ子先生の目にはうっすら、と涙が浮かんでいる。
『みんな、ありがとう』
念願の、昼間の授業ができる。みわ子先生は、幽霊生徒たちに知らせに行った。荻野先生も、みわ子先生に続こうとした。けれど、市本先生が、呼び止めた。
「荻野先生!」
荻野先生は、目をぱちくり、とさせた。なぜ呼び止められたのか、わかっていないようだ。
「あの、ぼくのことわかりますか?」
荻野先生は、市本先生をじっ、と見た。記憶の引き出しの中を、探した。そして、自分をいじめていた、中心となっていた生徒の顔と重なった。
『もしかして、市本くん?』
「先生……」
市本先生は、荻野先生にゆっくり近づいた。そして、荻野先生の足元で土下座をした。
「先生、すみません!謝ってどうにかなることではないけれど、本当に、本当に!」
市本先生は、涙を流しながら謝った。
「ま、まさか先生が死んでしまうなんて、思っていなくて。そのあと、ずっと、とんでもないことをしてしまったんだって……」
荻野先生は、かがんだ。市本先生の頭をなでようとしたが、するり、と突き抜けてしまった。荻野先生は、自分が幽霊であることを思い出し、切なそうな表情を浮かべた。かつての教え子に、触れることもできない。今は、それがとても悲しかった。
『市本くんは、じゅうぶん苦しんだじゃないか』
「先生……。でも、ぼくは許されちゃ、いけないんです。だから、先生、ぼくを許してはいけないんです……」
荻野先生の心には、まだ市本先生たちにいじめられた傷が、残っている。けれど、今も罪に苦しんでいる市本先生を、かつて生徒だった彼を、呪ってしまいたいくらい憎むことなど、できなかった。
『市本くん。もしもきみが、ぼくをいじめたことを覚えていない、もしくは、なかったことにしていたら、恨んでいただろう。悪い霊になって、いろんな人を傷つけたかもしれない。けれど、きみはこうやって、悔いてくれている。だから、きみを許すことができるんだと思う』
「荻野先生……」
市本先生は、顔を上げた。荻野先生はにこり、と微笑んだ。市本先生は、荻野先生の笑顔を初めて見たことに、気づいた。そのとき、どこかからか、子どもたちのにぎやかな声が聞こえてきた。その場にいた全員が、声のほうを向くと、なにもないところから突然、幽霊生徒たちがうれしそうに、下に向かっていた。
『教室だ!新しい教室だ!』
『クラブ活動だって!』
はしゃいでいる五年六組のみんなを見て、市本先生もカオルたちも、うれしくなった。
こうして、五年六組は新しい教室と授業を、荻野先生は、教え子と和解することができた。人を許すことは、とても難しいことなのかもしれない。それでも、自分をいじめた市本先生を許した荻野先生が、とても立派な先生に見えた。
カオルたちが署名を集めて以来、七不思議は、少し変わった。まず幻の五年六組は、幻ではなくなった。五年六組の教室、と呼ばれるようになり、毎日楽しく授業をしている、という風になった。中には、五年六組の幽霊生徒たちと、遊ぶ子も出てきた。みんなにとって、幽霊が特別ではなくなったのだ。
それから、もうひとつ。飛び回る実験道具も、変わった。理科室で実験道具が飛び回ることはなくなった。そのかわり、放課後になると、わからない問題を教えてくれる幽霊先生がいる、と噂になっている。放課後の荻野先生、と呼ばれているようだ。放課後に理科室で「荻野先生、わからないことを教えてください」と言うと、荻野先生が宿題を教えてくれたり、相談にのってくれるらしい。カオルは、荻野先生のところに行ってみようか、と少し思った。
新たな七不思議が学校中に広まり、少し落ち着いてきた。もうすぐ夏休みだ。海に祭り、花火。楽しいことがたくさんある。そんな、どこか浮ついた空気の休み時間。レンが口を開いた。
「おれ、前にみわ子先生が言っていたことを考えていたんだ。覚えているか?五年六組の教室を作ったときの話」
カオルもあすかも、うなずいた。
「たしか、図書室にいる女の子に、一冊の本を渡されたとか」
「ああ。それで、気になっていたんだ。みわ子先生たちが動き回っていたのは、夜に間違いない。そんな真夜中に、女子がいると思うか?」
あすかは、はっ、とした。カオルも少し考えて、レンが言おうとしていることが、わかった。
「もしかして、七不思議の……」
カオルの言葉に、レンはうなずいて、続きを言った。
「図書室の女の子、だ」
図書室の女の子。図書室にいる、恥ずかしがりの女の子幽霊のことだ。めったに人の前に現れないらしい。
「きっとその女の子が、からんでいるんだと、思う」
「オレもそう思う」
「さすがレンだな」
三人は、互いに目を合わせ、にんまり、と笑みを浮かべた。次は、図書室の女の子について、解明するのだ。
「なあ、このまま七不思議ぜんぶを解明するって、どうだ?」
あすかが提案した。ふたりとも、反対するはずがなかった。
「恥ずかしがりやなら、夏休みはいいタイミングだな。図書室も開放しているし、ふだんより人がいない」
「それにカオル。まだ、読書感想文の本、借りてないだろ?」
「な、なんで知ってんだよ」
あすかがニヤニヤ、と笑いながら、言った。カオルは、どきり、とした。
「ちょうどいいじゃん。宿題も終わって、七不思議のこともわかる。一石二鳥だ」
宿題、と聞くとカオルは、とても嫌そうな顔をした。すると、レンはあきれた様子で、言った。
「毎年、お前の宿題に付き合わされる身にもなれよ」
「あー、へへ」
「笑ってごまかすなっ」
あすかがこつん、とカオルを小突いた。カオルは毎年、宿題をギリギリまで残している。それも、読書感想文、算数、国語などのプリントやドリルを、だ。八月が終わりに近づくと、あすかとレンのところに、泣きついてくるのだ。泊まりがけで、宿題を終わらせるのは、毎年大変だ。だから、今年こそはそれを、避けたいのだ。
せみの鳴き声が、夏休みのカウントダウンを始めていた。三人は、いつも以上に夏休みが待ち遠しかった。
終わり
『そうだったの。知らなかったわ』
「ああ。だから、理科室の幽霊もいっしょに授業させてほしいんだ」
みわ子先生は一瞬考え、幽霊生徒たちのほうを見た。
『ねえ、みんなはどう思う?いっしょに、授業をしてもいいかしら?』
幽霊生徒たちは、互いに顔を見合わせた。ざわざわ、と近いもの同士で話し合っている。すると、一人の幽霊生徒が立ち上がった。理科室の幽霊に襲われかけたという、包帯を巻いた男子幽霊だった。
『おれはいいと思う。みわ子先生のほかにも、先生がいれば、授業も楽しいし』
次々と『わたしも』『ぼくも』と、賛成する幽霊が増え、最後にはみんなが、理科室の幽霊を歓迎した。理科室の幽霊はカオルに呼ばれ、教室の中に入った。理科室の幽霊は、深く頭を下げて、襲ったことを謝った。みわ子先生は、理科室の幽霊と、向き合った。
『ようこそ、五年六組へ。先生のお名前は、なんていうんですか?』
『えっと、荻野です』
『それでは、荻野先生。改めまして、よろしくおねがいします』
みわ子先生がおじぎをすると、幽霊生徒たちも起立して、おじぎした。
『よろしくおねがいします!』
理科室の幽霊、いや荻野先生は目がしらが熱くなった。こんな風に、再び教壇に立つ日がくるなど、夢にも思わなかったのだ。荻野先生は『よろしくおねがいします』と、深く頭を下げた。荻野はカオルたちにも、深くおじぎをした。
『きみたちのおがけで、また教師として、生徒を受け持つことができた。本当に、ありがとう』
「おれたち、大したことしてないよ。なあ?」
「そうだな」
照れくさいけれど、荻野先生が五年六組の一員になれたことは、素直にうれしかった。カオルとあすかは、えへへ、と笑った。そんな中、レンは気になっていたことを、みわ子先生に尋ねた。
「あの、なんでわざわざ、夜に、五年六組で授業を?ほかにも、教室はあるのに」
『だって、昼間はほかの子たちが、わたしたち幽霊を見て、怖がるでしょう?もちろん、昼に授業やクラブ活動ができれば、みんなも楽しいと思うけれどね。それでも、わたしたちは、授業がしたかった。だから、自分たちの教室を作ろう、と思ったの。だから、今とても幸せよ』
うれしそうに、みわ子先生は語った。
「どうやって、作ったんだ?」
あすがが尋ねると、みわ子先生は思い出しながら、答えてくれた。
『たしか、教室を作る方法を、図書室で調べてみようってことになったの。そのとき、女の子は一冊の本を、差し出してくれたの。それに載っていたわ』
そのとき、窓から朝日が差しこんだ。
『あら、もう朝なの。それじゃあ、今日はここまで』
みわ子先生がそう告げると、『起立』と号令がかけられ、五年六組の授業は終わった。まるで、真夏のアスファルトから出る熱気のように、教室内がゆらめいた。ゆらめきが終わると、三人は廊下に立っていた。ちゅんちゅん、と鳥のさえずりが聞こえる。カオルは、ぽつり、とつぶやいた。
「五年六組、あったな」
あすかとレンは、うなずいた。そして、重要なことに、あすかは気がついた。
「あ!早く帰らないと、抜け出したのバレちゃうぜ!」
暗いうちなら、まだこっそり、家に帰ることもできるが、人が起きてくる朝では、家族だけでなく、近所の人にも見つかる可能性が高い。近所の人から、抜け出したことがバレることも、考えられる。特に家が道場である三人の家族は、朝が早い。
「本当だ!」
三人は、猛ダッシュで、家に帰った。レンも二人と同じく、焦っていた。けれど、みわ子先生の『ほかの子たちが、わたしたち幽霊を見て、怖がるでしょう?』という一言が、しこりのように、残っていた。
あのあと、三人は丸一日眠った。そして、次の日である、日曜日。レンの提案で、カオルの部屋に集まった。
「どうしたんだよ、レン」
レンは、心のしこりを吐き出した。
「みわ子先生が、みんなが驚くから、昼間に授業しないって言ったこと、覚えているか?」
カオルとあすかは、うなずいた。
「おれ、五年六組のみんなが、昼間に授業ができるように、したいんだ。おれたちと、同じように。だって、幽霊でも、同じ学校の生徒じゃないか」
レンは、よく仲裁に入り、一歩退いたところから、ものごとを見る。カオルとあすかが『動』なら、レンは『静』だ。なので、このように、自分の思いを全面に出すことは、数えるほどしかない。そんなレンが言うのだから、よほど強い意志なのだろう。カオルとあすかは、にっ、と笑った。それに、幽霊と授業ができるなんて、おもしろそうだ、と思ったのだ。
「いいぜ、のった!」
「学校のことだから、校長先生に言えばいいのか?でも、いきなりは、会ってくれないよなあ」
「それなら、高瀬先生に相談してみるか」
高瀬彩先生は、三人の担任の先生だ。柱時計の亡霊を解明したときに、協力してくれたのだ、高瀬先生の協力がなければ、たかし坊ちゃんとさえこちゃんは、再会できなかっただろう。ちなみに先生は、さえこちゃんの、ひ孫だ。
「さすが、レン。じゃあ、月曜日に高瀬先生に、相談してみようぜ」
カオルは言った。レンとあすかは、力強くうなずいた。
そして、月曜日の放課後。三人は、職員室を訪れた。高瀬先生は、運動場側の窓の席にいた。
「あら、どうしたの?三人そろって」
カオルたちは、幻の五年六組のことを話した。前と同じように、真夜中に忍びこんだことは、内緒にして。高瀬先生は、腕を組んで、考えこんだ。それもそうだろう。幽霊のために、教室を用意してほしいなど、頼まれるなど、だれが考えるだろうか。
「みわ子先生も荻野先生も、生徒のみんなも悪い幽霊じゃないんだ」
カオルがそう言うと、高瀬先生のとなりで、学級通信を作っていた、先生がはじかれたように、こちらを見た。たしか、五年一組の市本俊之先生だ。
「今、荻野先生って言ったか?」
カオルは、うなずいた。ほかの先生が、話に入ってくるとは思っていなかったので、少し驚いた。
「それって、眼鏡をかけた先生だったか?」
三人は、うなずいた。市本先生は、「ああ……」と、悲しそうに、顔をゆがませた。
「あの、どうしたんですか?市本先生」
高瀬先生は、心配そうに市本先生に、声をかけた。市本先生は、うつむいたまま、ぽつり、ぽつり、と話しはじめた。
「荻野先生をいじめていた、中心の生徒っていうのは、ぼくのことなんだ。当時は、ただのゲームの感覚で、大人は強いから、傷つかないって思っていた。でもある日、荻野先生が理科室で、自殺したって聞いた。ぼくは、ようやく、自分がしたことの大きさに、気づいた。何度もお墓の前で謝った。教師になったのも、荻野先生ができなかったことを、少しでもしたいと、思ったからだ。もう一度、荻野先生が、教師として歩むなら、その力になりたい」
市本先生の目は、本気だった。
「校長先生に相談してみよう。ぼくが、ついて行こう」
「市本先生、ありがとうございますっ」
三人は、「失礼しましたー」と、うれしそうに、職員室をあとにした。
次の日。校長先生と話す機会が、設けられた。普段あまり接することのない、校長先生と話す。三人は緊張した。いつも横切るだけの校長室に、市本先生といっしょに、向かった。市本先生が、こんこん、とノックをした。中から「どうぞ」と、招き入れる声がした。中に入ると、校長先生が、黒いふかふかのいすに座って、仕事をしていた。カオルたちを確認すると、校長は歓迎して、来客用のソファーを、勧めた。
「やあ、いらっしゃい。どうぞ」
カオル、レン、あすかは、ソファーに座った。その後ろに、市本先生が、立っている。レンが、五年六組のこと、昼に授業ができるように教室を使わせてほしいことを、話した。校長先生は、三人の話を、真剣に聞いてくれた。
「おねがいします、校長先生!」
「おねがいします!」
「校長先生、ぼくからもおねがいします」
レンたちは、頭を下げた。校長先生は「うーん」とうなって、腕を組み、考えた。
「たしかに校長先生は、学校で一番えらいけれど、一人で決めてはいけないんだ。幽霊が怖くて苦手、という子もいる。保護者の人たちにも、反対する人が多くいると思うよ」
「それでも、なにもしないなんて、できません」
レンは真剣な面持ちで、校長先生を見つめた。本気であることがわかった校長先生は、「それじゃあ、こうしよう」と条件を出した。
「この学校の生徒の半分にあたる人数の、署名を集めることができれば、保護者にかけあってみよう。期間は一カ月で、きみたちの力だけでね」
全校生徒の人数は、およそ七百人。半分ということは、三百五十人ほどの署名を集める必要がある。けれど、やるしかない。校長先生は、レンたちの本気を試しているのだ。
「わかりました。一カ月以内に、署名を集めてみせます」
五人は、校長室をあとにした。高瀬先生は、校長室に残った。
「すばらしい生徒たちだ。わたしも、うれしいですね」
校長先生は、やさしい微笑みを浮かべながら、つぶやいた。
まずは、クラスメイトから署名を集めることにした。事情を話すと、おもしろそうだから、と署名してくれる子もいれば、幽霊が怖い、と署名をしぶる子もいた。そんな子には、彼らが怖い幽霊ではないことを、根気強く説明した。それで安心して、署名してくれる子もいた。けれど、どうしても幽霊が怖い、と署名してくれない子もいた。そういう子に、無理矢理署名を迫ることは、しなかった。そんなことをしても、五年六組のみんなは、喜ばないからだ。ほかのクラスの子にも、署名をしてもらった。毎日、何度も、いろんな学年の子に、署名してくれるように頼んだ。一生懸命、署名を集めていると、手伝ってくれる子も出てきた。クラスメイトから、別のクラスや、学年の子たちに、署名運動は輪のようにつながり、広がった。呪いの授業をしている、という誤解はとけ、多くの生徒が五年六組を、ひとつのクラスとして認めるようになった。一カ月で、署名は約三分の二も集まった。
約束の一ヶ月後、カオル、レン、あすか、市本先生は、校長室を訪れた。集まった署名は、レンが運んだ。校長先生に、四百六十二人分の署名が、渡された。校長先生は、予想していたよりも、多くの署名を見て驚いた。そして、大切そうに受けとった。
「わかりました。今度、保護者の方たちに、話してみましょう」
全員の表情が、ぱあ、と明るくなった。
「よろしくおねがいします!」
市本先生も、保護者会で最善を尽くすことを、約束してくれた。あとは、待つだけだ。
それから、二週間後。カオル、レン、あすかの三人は、校長室に呼び出された。保護者会の話し合いの、結果が出たらしい。どきどきする。
「さて、保護者会の話し合いの結果だけれど」
ごくり、とつばを飲む。校長先生は、にこり、と微笑んだ。
「五年六組の教室が決まったよ。北校舎の一階の物置に使っていた、教室だよ」
「……ということは」
「五年六組のみんなは、昼間に授業をしても、いいですよ」
カオルたちは、手をとりあって喜んだ。そのとき、「ただし」と校長先生が。言葉を続けた。
「ほかの生徒を驚かせないこと。幽霊が怖い、という子もいるからね。それから、放課後、クラブ活動もしていいですよ」
「ありがとうございます!」
三人は、頭を下げた。
「市本先生も、知っていたんなら、教えてくれたらよかったのに」
「ごめんごめん。驚かせたかったんだ」
カオルがそう言うと、市本先生は笑いながら謝った。校長室を去った四人は、放課後に物置を片付けることにした。
そして、放課後。市本先生が、鍵を持って物置にやってきた。カチャン、と音がして、鍵が開いた。入ってみると、ほこりだらけだった。机やいす、使わなくなった教材や、古い大きな地図。それらは、月日の流れを感じさせた。四人はさっそく、片付けを始めた。ものを動かすとほこりが舞い、全員せきこんだ。置かれているすべてのものを、廊下に出した。机といすの壁ができた。埋もれていた地球儀は、色あせてぼろぼろだった。先生がいるとはいえ、なかなか大変だ。気がつくと、空がオレンジ色に染まりはじめていた。すべてのものを廊下に出し、掃除をする。あすかとカオルは床をはき、レンと市本先生は窓をふいた。空が、オレンジと紫のグラデーションを描いたころ、掃除も終わった。生徒たちは帰ったのか、静かだ。
「今日はこのくらいにして、明日続きをやろうか」
市本先生がそう言うと、三人は首を横にふった。少しでも早く、五年六組のみんなに、喜んでもらいたいのだ。市本先生は「じゃあ、もう少しだけな」と言って、続けさせてくれた。掃除を終えると、廊下に出した机を拭いて、教室に並べた。新学年にあがったばかりのような、なにもないけれど、きれいな教室になった。
「よし、できた!」
全員の顔は、ほこりで汚れていた。さっそく、五年六組のみんなを呼ぶことにした。四階に移動した。五年六組の教室は、まだ現れていないので、廊下で大声を上げ、呼んでみた。
「おおーい、みわ子せんせー!荻野せんせー!今、ちょっといいー?」
カオルの叫び声は、廊下中にこだました。あすかとレンは、耳を押さえていた。すると、なにもない廊下から、みわ子先生と荻野先生が現れた。荻野先生の頭は、ぼさぼさではなくなっていた。
『どうしたの?急に』
「あのさ、オレたち学校で五年六組のみんなが、昼に授業できるように、署名集めたんだ」
『ええっ』
みわ子先生と、荻野先生は驚きの声を上げた。
「それで、ここの一階の物置だった教室を使っていいって、ことになったんだ。ほかの生徒を驚かせないことが、条件で」
「放課後、クラブ活動もしていいって」
口元で両手をおおっている、みわ子先生の目にはうっすら、と涙が浮かんでいる。
『みんな、ありがとう』
念願の、昼間の授業ができる。みわ子先生は、幽霊生徒たちに知らせに行った。荻野先生も、みわ子先生に続こうとした。けれど、市本先生が、呼び止めた。
「荻野先生!」
荻野先生は、目をぱちくり、とさせた。なぜ呼び止められたのか、わかっていないようだ。
「あの、ぼくのことわかりますか?」
荻野先生は、市本先生をじっ、と見た。記憶の引き出しの中を、探した。そして、自分をいじめていた、中心となっていた生徒の顔と重なった。
『もしかして、市本くん?』
「先生……」
市本先生は、荻野先生にゆっくり近づいた。そして、荻野先生の足元で土下座をした。
「先生、すみません!謝ってどうにかなることではないけれど、本当に、本当に!」
市本先生は、涙を流しながら謝った。
「ま、まさか先生が死んでしまうなんて、思っていなくて。そのあと、ずっと、とんでもないことをしてしまったんだって……」
荻野先生は、かがんだ。市本先生の頭をなでようとしたが、するり、と突き抜けてしまった。荻野先生は、自分が幽霊であることを思い出し、切なそうな表情を浮かべた。かつての教え子に、触れることもできない。今は、それがとても悲しかった。
『市本くんは、じゅうぶん苦しんだじゃないか』
「先生……。でも、ぼくは許されちゃ、いけないんです。だから、先生、ぼくを許してはいけないんです……」
荻野先生の心には、まだ市本先生たちにいじめられた傷が、残っている。けれど、今も罪に苦しんでいる市本先生を、かつて生徒だった彼を、呪ってしまいたいくらい憎むことなど、できなかった。
『市本くん。もしもきみが、ぼくをいじめたことを覚えていない、もしくは、なかったことにしていたら、恨んでいただろう。悪い霊になって、いろんな人を傷つけたかもしれない。けれど、きみはこうやって、悔いてくれている。だから、きみを許すことができるんだと思う』
「荻野先生……」
市本先生は、顔を上げた。荻野先生はにこり、と微笑んだ。市本先生は、荻野先生の笑顔を初めて見たことに、気づいた。そのとき、どこかからか、子どもたちのにぎやかな声が聞こえてきた。その場にいた全員が、声のほうを向くと、なにもないところから突然、幽霊生徒たちがうれしそうに、下に向かっていた。
『教室だ!新しい教室だ!』
『クラブ活動だって!』
はしゃいでいる五年六組のみんなを見て、市本先生もカオルたちも、うれしくなった。
こうして、五年六組は新しい教室と授業を、荻野先生は、教え子と和解することができた。人を許すことは、とても難しいことなのかもしれない。それでも、自分をいじめた市本先生を許した荻野先生が、とても立派な先生に見えた。
カオルたちが署名を集めて以来、七不思議は、少し変わった。まず幻の五年六組は、幻ではなくなった。五年六組の教室、と呼ばれるようになり、毎日楽しく授業をしている、という風になった。中には、五年六組の幽霊生徒たちと、遊ぶ子も出てきた。みんなにとって、幽霊が特別ではなくなったのだ。
それから、もうひとつ。飛び回る実験道具も、変わった。理科室で実験道具が飛び回ることはなくなった。そのかわり、放課後になると、わからない問題を教えてくれる幽霊先生がいる、と噂になっている。放課後の荻野先生、と呼ばれているようだ。放課後に理科室で「荻野先生、わからないことを教えてください」と言うと、荻野先生が宿題を教えてくれたり、相談にのってくれるらしい。カオルは、荻野先生のところに行ってみようか、と少し思った。
新たな七不思議が学校中に広まり、少し落ち着いてきた。もうすぐ夏休みだ。海に祭り、花火。楽しいことがたくさんある。そんな、どこか浮ついた空気の休み時間。レンが口を開いた。
「おれ、前にみわ子先生が言っていたことを考えていたんだ。覚えているか?五年六組の教室を作ったときの話」
カオルもあすかも、うなずいた。
「たしか、図書室にいる女の子に、一冊の本を渡されたとか」
「ああ。それで、気になっていたんだ。みわ子先生たちが動き回っていたのは、夜に間違いない。そんな真夜中に、女子がいると思うか?」
あすかは、はっ、とした。カオルも少し考えて、レンが言おうとしていることが、わかった。
「もしかして、七不思議の……」
カオルの言葉に、レンはうなずいて、続きを言った。
「図書室の女の子、だ」
図書室の女の子。図書室にいる、恥ずかしがりの女の子幽霊のことだ。めったに人の前に現れないらしい。
「きっとその女の子が、からんでいるんだと、思う」
「オレもそう思う」
「さすがレンだな」
三人は、互いに目を合わせ、にんまり、と笑みを浮かべた。次は、図書室の女の子について、解明するのだ。
「なあ、このまま七不思議ぜんぶを解明するって、どうだ?」
あすかが提案した。ふたりとも、反対するはずがなかった。
「恥ずかしがりやなら、夏休みはいいタイミングだな。図書室も開放しているし、ふだんより人がいない」
「それにカオル。まだ、読書感想文の本、借りてないだろ?」
「な、なんで知ってんだよ」
あすかがニヤニヤ、と笑いながら、言った。カオルは、どきり、とした。
「ちょうどいいじゃん。宿題も終わって、七不思議のこともわかる。一石二鳥だ」
宿題、と聞くとカオルは、とても嫌そうな顔をした。すると、レンはあきれた様子で、言った。
「毎年、お前の宿題に付き合わされる身にもなれよ」
「あー、へへ」
「笑ってごまかすなっ」
あすかがこつん、とカオルを小突いた。カオルは毎年、宿題をギリギリまで残している。それも、読書感想文、算数、国語などのプリントやドリルを、だ。八月が終わりに近づくと、あすかとレンのところに、泣きついてくるのだ。泊まりがけで、宿題を終わらせるのは、毎年大変だ。だから、今年こそはそれを、避けたいのだ。
せみの鳴き声が、夏休みのカウントダウンを始めていた。三人は、いつも以上に夏休みが待ち遠しかった。
終わり
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