37 / 50
はるがすみ
第三十七話 第三巻 こころぐるし(1)
しおりを挟む
霞は時折うめき声を上げる茉莉を背負いながら対の建物へ移動する。
「ここなら大丈夫!水仙様の局の辺りは危ないから……」
「ありがとう……。あの、貴方は?」
「私は空木様のいちばん弟子。桐と言います!」
人が人の首を絞めている光景に出会った後だというのに溌剌と答える少年に辟易とする。
(自分のことを「いちばん」だなんて。子供特有の自信家ね。陰陽頭様の疑惑も晴れていないんだからこの子も警戒する必要があるわ……)
「疑ってるね。死相が出ていたから助けてあげたのに!」
桐は頬を膨らませて霞を批難する。いつの間にか敬語がなくなっていたが子供のことだからと霞は気に留めなかった。桐は片手に手蜀と脇にふたつの巻物を挟んで霞の荷物係になっている
「貴方、あの一瞬で私を占ったの?」
「人相を見るぐらい大したことないよ。それに私の術で邪気が払われていたでしょ?」
「あれは術というより……力技ではなかった?」
確かに桐は呪文を唱えていたが茉莉の後頭部に蹴りを入れたのが原因だと霞は考えていた。
「宮中に変な結界が張られてるんだ」
「結界?」
桐が真剣な表情で大きく頷く。
(子供でも普通の子供じゃない。陰陽師の弟子は特別賢いと聞くわ)
「そ。聖なる領域の区切りだよ。本当なら悪いものが外から入らないようにするためのものなのに、悪いものが出て行かないように閉じ込めてるんだ」
「悪いものを……閉じ込める」
「陰陽寮の皆にも話したのに誰も取り合ってくれなかった。私が子供だから間違ったことを言ってるって……。それにしても空木様まで私の言うことを否定するなんておかしい」
霞は桐の言葉を考えながら廊下を歩く。やがて、建物の外を歩く見張りの衛士を見つけて声を上げた。
まずは茉莉をどうにかしなければならない。
「すみません!このお方が廊下で倒れておりました……」
「女官が?分かった。すぐに人を呼んでくる!」
霞はそっと茉莉を下ろすと、羽織っていた薄紫の小袿を茉莉の身体にかけた。
(早く二巻目を読まなければならないし……事情を聞かれたら時間が掛かりそう。茉莉様には悪いけれど私はこの場を離れさせてもらうわね)
「桐様。ここまでお供して頂き、ありがとう存じます。私は急ぎの用がございますので茉莉様をお願い致します」
そう言ってひめつばき物語に手を伸ばそうとすると、桐はひょいっと巻物を頭上に上げてしまう。霞は宙を掴んだ手を引っ込めながら桐を睨んだ。
「何のつもり?」
「助けたんだからお願い聞いて貰ってもいいよね?」
霞は子供の悪ふざけだと思って深いため息を吐いた。
「お願いというのは?」
「一緒に陰陽寮に来て欲しいんだ。多分……蔵人頭と左近衛府が危ないよ」
「楓様と伊吹が?」
驚いた霞の表情を見て桐は楽しそうに笑う。
刻同じくして場所は陰陽寮。楓と伊吹は空木と対面を果たしていた。
「夜分遅くに失礼致します。空木様に確認したいことがあり、お伺いしました」
「……『ひめつばき物語』のことであろう」
低く地の底を震わせるような声に楓は息を呑んだ。まさに聞こうとしていたことを言い当てられ、笑みを浮かべる。
「さすがは陰陽頭様。お得意の占いですぐに分かってしまわれましたか」
楓はわざと調子の良いことを口に出してみるも、空木の雰囲気が和らぐことは無かった。黒に塗られた御簾が心許ない高灯台の明りに照らされて不気味に揺らめく。
楓の背後に控える伊吹は絶えず周囲を見渡し、警戒しているようだった。
「分かっておられるのならば話は早い。その物語は宮中の安寧を崩しかねません。どうか私に御引渡しください」
「宮中の安寧?そんなもの……とっくの昔に消えておる。『化け物』が現れてから」
楓は空木の言葉に目を見開く。
「空木様は……化け物の存在を御存知だったのですか?」
「ずっと凶兆は出ていた。しかし、化け物が宮中に上がってしまったからにはもう遅いのだ。凶兆は止められぬ……」
「知っていて何故止めなかった!権力者の不審死が続いていたというのに陰陽師らは何をしていた?そうすれば……!」
楓は続く言葉を飲み込んだ。あまりにも個人的な感情だったため空木にぶつけるべきではないと理性が止めたからである。その代わりに心の中で吐き出した。
(そうすれば霞は一族を失わずに済んだのに……)
「我々は化け物のせいではないと帝に嘘の助言をし続けてきた。だからお主が動くことになったのだろうよ」
「お前達は……初めから化け物側で、帝に背いたと判断していいのか?」
驚愕の真実に楓の声が微かに震える。
宮中の異変に陰陽師達が気が付かないはずがない。彼らが今まで息を潜めていたのは化け物に気が付いていなかったからではない。化け物に気が付いていないふりをしていたのだ。
「半分は真で半分は偽りだ。正確に言うなれば……はじめは化け物に従うふりをして様子を伺っておった。しかし弱みを握られ、脅された結果が今起こっていることだ」
(化け物の常套手段だ)
楓は心の中で舌打ちをすると苛立たしげに続けた。
「では呪いの物語も、水仙様が正気を失われたのもお前達のせいだということか!何が目的だ!何故国を崩そうとする?」
「……これ以上の問答はお互い身を亡ぼすことになる。それにこれから更に大きなことが成されるのだ。御二方にはしばし、大人しくして頂こう」
空木が手を打つと同時に、今まで灯されていなかった部屋中の高灯台の火が灯される。楓と伊吹を取り囲むようにして陰陽師達が御簾を潜り抜けて姿を現したのだ。暗闇に紛れるためか、いつもの白い装束ではなく黒い装束を身に纏っていた。
(極端に明りが少なかったのはこのためか!)
「蔵人頭殿!私の後ろに!なんとか陰陽寮から出ましょう!」
伊吹が抜刀し、近づいてこようとする陰陽師を牽制するが圧倒的に相手の数が多
い。その上室内とあっては逃げきれない。
(こんなところで……。こんなところで終われるか!)
伊吹と背中合わせになりながら、陰陽師達と睨み合っていた時だった。
「お待ちください!」
襖を開け放し、入室してきたのは見知らぬ少年だ。走って来たせいで息が荒く、片手を挙げて部屋中の視線を集めていた。
「今からでも遅くありません。皆で化け物をやっつけましょう!」
気の抜けた宣言に緊迫した雰囲気が壊れ始める。
「ここなら大丈夫!水仙様の局の辺りは危ないから……」
「ありがとう……。あの、貴方は?」
「私は空木様のいちばん弟子。桐と言います!」
人が人の首を絞めている光景に出会った後だというのに溌剌と答える少年に辟易とする。
(自分のことを「いちばん」だなんて。子供特有の自信家ね。陰陽頭様の疑惑も晴れていないんだからこの子も警戒する必要があるわ……)
「疑ってるね。死相が出ていたから助けてあげたのに!」
桐は頬を膨らませて霞を批難する。いつの間にか敬語がなくなっていたが子供のことだからと霞は気に留めなかった。桐は片手に手蜀と脇にふたつの巻物を挟んで霞の荷物係になっている
「貴方、あの一瞬で私を占ったの?」
「人相を見るぐらい大したことないよ。それに私の術で邪気が払われていたでしょ?」
「あれは術というより……力技ではなかった?」
確かに桐は呪文を唱えていたが茉莉の後頭部に蹴りを入れたのが原因だと霞は考えていた。
「宮中に変な結界が張られてるんだ」
「結界?」
桐が真剣な表情で大きく頷く。
(子供でも普通の子供じゃない。陰陽師の弟子は特別賢いと聞くわ)
「そ。聖なる領域の区切りだよ。本当なら悪いものが外から入らないようにするためのものなのに、悪いものが出て行かないように閉じ込めてるんだ」
「悪いものを……閉じ込める」
「陰陽寮の皆にも話したのに誰も取り合ってくれなかった。私が子供だから間違ったことを言ってるって……。それにしても空木様まで私の言うことを否定するなんておかしい」
霞は桐の言葉を考えながら廊下を歩く。やがて、建物の外を歩く見張りの衛士を見つけて声を上げた。
まずは茉莉をどうにかしなければならない。
「すみません!このお方が廊下で倒れておりました……」
「女官が?分かった。すぐに人を呼んでくる!」
霞はそっと茉莉を下ろすと、羽織っていた薄紫の小袿を茉莉の身体にかけた。
(早く二巻目を読まなければならないし……事情を聞かれたら時間が掛かりそう。茉莉様には悪いけれど私はこの場を離れさせてもらうわね)
「桐様。ここまでお供して頂き、ありがとう存じます。私は急ぎの用がございますので茉莉様をお願い致します」
そう言ってひめつばき物語に手を伸ばそうとすると、桐はひょいっと巻物を頭上に上げてしまう。霞は宙を掴んだ手を引っ込めながら桐を睨んだ。
「何のつもり?」
「助けたんだからお願い聞いて貰ってもいいよね?」
霞は子供の悪ふざけだと思って深いため息を吐いた。
「お願いというのは?」
「一緒に陰陽寮に来て欲しいんだ。多分……蔵人頭と左近衛府が危ないよ」
「楓様と伊吹が?」
驚いた霞の表情を見て桐は楽しそうに笑う。
刻同じくして場所は陰陽寮。楓と伊吹は空木と対面を果たしていた。
「夜分遅くに失礼致します。空木様に確認したいことがあり、お伺いしました」
「……『ひめつばき物語』のことであろう」
低く地の底を震わせるような声に楓は息を呑んだ。まさに聞こうとしていたことを言い当てられ、笑みを浮かべる。
「さすがは陰陽頭様。お得意の占いですぐに分かってしまわれましたか」
楓はわざと調子の良いことを口に出してみるも、空木の雰囲気が和らぐことは無かった。黒に塗られた御簾が心許ない高灯台の明りに照らされて不気味に揺らめく。
楓の背後に控える伊吹は絶えず周囲を見渡し、警戒しているようだった。
「分かっておられるのならば話は早い。その物語は宮中の安寧を崩しかねません。どうか私に御引渡しください」
「宮中の安寧?そんなもの……とっくの昔に消えておる。『化け物』が現れてから」
楓は空木の言葉に目を見開く。
「空木様は……化け物の存在を御存知だったのですか?」
「ずっと凶兆は出ていた。しかし、化け物が宮中に上がってしまったからにはもう遅いのだ。凶兆は止められぬ……」
「知っていて何故止めなかった!権力者の不審死が続いていたというのに陰陽師らは何をしていた?そうすれば……!」
楓は続く言葉を飲み込んだ。あまりにも個人的な感情だったため空木にぶつけるべきではないと理性が止めたからである。その代わりに心の中で吐き出した。
(そうすれば霞は一族を失わずに済んだのに……)
「我々は化け物のせいではないと帝に嘘の助言をし続けてきた。だからお主が動くことになったのだろうよ」
「お前達は……初めから化け物側で、帝に背いたと判断していいのか?」
驚愕の真実に楓の声が微かに震える。
宮中の異変に陰陽師達が気が付かないはずがない。彼らが今まで息を潜めていたのは化け物に気が付いていなかったからではない。化け物に気が付いていないふりをしていたのだ。
「半分は真で半分は偽りだ。正確に言うなれば……はじめは化け物に従うふりをして様子を伺っておった。しかし弱みを握られ、脅された結果が今起こっていることだ」
(化け物の常套手段だ)
楓は心の中で舌打ちをすると苛立たしげに続けた。
「では呪いの物語も、水仙様が正気を失われたのもお前達のせいだということか!何が目的だ!何故国を崩そうとする?」
「……これ以上の問答はお互い身を亡ぼすことになる。それにこれから更に大きなことが成されるのだ。御二方にはしばし、大人しくして頂こう」
空木が手を打つと同時に、今まで灯されていなかった部屋中の高灯台の火が灯される。楓と伊吹を取り囲むようにして陰陽師達が御簾を潜り抜けて姿を現したのだ。暗闇に紛れるためか、いつもの白い装束ではなく黒い装束を身に纏っていた。
(極端に明りが少なかったのはこのためか!)
「蔵人頭殿!私の後ろに!なんとか陰陽寮から出ましょう!」
伊吹が抜刀し、近づいてこようとする陰陽師を牽制するが圧倒的に相手の数が多
い。その上室内とあっては逃げきれない。
(こんなところで……。こんなところで終われるか!)
伊吹と背中合わせになりながら、陰陽師達と睨み合っていた時だった。
「お待ちください!」
襖を開け放し、入室してきたのは見知らぬ少年だ。走って来たせいで息が荒く、片手を挙げて部屋中の視線を集めていた。
「今からでも遅くありません。皆で化け物をやっつけましょう!」
気の抜けた宣言に緊迫した雰囲気が壊れ始める。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる