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タイブレーク。
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教室に入って朝一番に確認するのは、鉛筆画デッサン用に作った「紙を水張りしたパネル」の状態だ。
今日はデッサンの授業が入っている。これが失敗してヨレヨレになっていると、モチベーションが上がらなくて一日辛い思いをする事になる。これは専門学校に入って二年目の私は、すでに何度も経験済みだ。
「おっはよー! ユキぽん!」
「アユ、おはよう。ぽんって何よ」
「なんだなんだ、ノリが悪いなぁ。彼氏とケンカした?」
「んーん、ラブラブ」
「爆ぜろ」
「え、聞いといてヒドイ」
私、大沢幸恵(おおさわゆきえ)は、デザイン系の専門学校に通う十九歳の普通の学生だ。
絵の仕事に就きたくて、一生懸命勉強する日々だったんだけど、ふと気晴らしに書いた小説を大手サイト『小説家をやろう』に投稿していたところ、有り難いことにその小説が書籍化することになった。
そもそも小説を読むことはしてても書くことはまったくの素人である私が、なぜこんな事になったのかは謎で……。でも求めてくれる人がいるのならやってみようと、書籍化の話を受ける事にした。
親の許しは得られたものの、初めてのことで訳も分からず途方に暮れていた時に出会ったのが、女性向け作品を手がけている人気小説家の『夜音実ルナ先生』だった。
そしてその人は、本名を鳴海十夜(なるみとおや)さんといって、私の……私の彼氏、だったり、する。
「はぁ、それにしても女子がキュンキュンエロエロする小説を書いているのが、まさか男の人だったとはねぇ」
「それは私も言われたよ。権左権三が女だって思わなかったって」
「しかも、ユキぽんの彼氏になるとか、マジパネェわー」
「私も未だに信じられないよ。爽やかイケメンで、大人で……」
「一回り以上違うもんね」
「うう、私みたいな子供がいいのかな……」
「何言ってんだか。いいから付き合ってんでしょうが。むしろロリコンだったりして」
「トオヤさんは違うもん!」
「何言ってんのよ。彼が高校生の時、ユキぽんは物心つくかつかないかじゃイタタタ!」
「それはそれ! これはこれでしょ!」
ニヤニヤしているアユの頬を思いっきりつねってやる。痛そうにしてるけど知ったこっちゃない。天罰だ。
そう、トオヤさんは大人だ。
色々知ってて、優しくて、ちょっとエッチだけどそこがまた良い。
女性向けのエッチな小説を書いているトオヤさんの作品、その内容はどれも素晴らしいものだ。世界観、情景や心理描写の文章力の高さはさる事ながら、キャラクターが生き生きとしているところがまた物語を盛り上げるように描かれている。
本人は照れて「ただの娯楽小説だ」と言っているけど、こんなに何度も読みたくなる娯楽小説なんて滅多にないと思う。才能のある素晴らしい人だ。
「トオヤさんに比べて私は、才能ないよなぁ……」
「はい? それ本気で言ってるの?」
私の呟きに、アユはいつもの楽しげな表情から一気に真剣な顔になる。彼女の静かな迫力に、自然と背筋が伸びる気がする私。こんな風になるのは珍しいと思っていると、聞く姿勢になった私を確認したアユは静かに続ける。
「気晴らしに書き始めた小説かもしれないけど、それはただのきっかけにすぎない。今やユキぽんの小説は、もうユキぽんだけのものじゃないんだよ」
「私だけのものじゃない?」
「書籍化するってことは、たくさんの人が動くんだよ。お金が動いて、ユキぽんの作品をたくさんの人が携わって作り上げていくものなんだから。それぞれのプロが、作家のユキぽんを中心に動くんだよ」
「で、でも、ネット小説からデビューする作家さんなんて、今はたくさんいるし……」
「バカ! その小説サイトにどれだけ投稿している人がいると思ってるのさ! その中の全員が皆プロ作家になれるんじゃないんだよ!?」
アユの言葉に私は息を飲んだ。確かにあのサイトはとてつもない数量の作品が投稿されている。私のように気晴らしに小説を書いている人から、真剣に小説家になろうとしている人もいる。
そう、私が絵で生きていこうと思っているように、作家として生きていこうとしている人がいるはずなんだ。
「あのさ、出だしは軽い気持ちだったけど、今は全然違うよ。書き始めた当初、数話投稿しただけでブックマークをしてくれる読者さんがいて、すごく嬉しくて……。だから真剣に創作活動をしようってなったから」
「うん。そうだね。ユキぽんはいつでも真剣だからね。創作に関しては」
ホッとしたような笑顔のアユに、私は申し訳ない気持ちになる。
「ごめんアユ、心配かけて」
「してないしー。心配とかしてないしー。ユキぽにゅるなんか知らないしー」
「ぽにゅるって何よ」
「このぽにゅる野郎、爆ぜろー」
アユと顔を見合わせて笑っていると、再びアユは真剣な顔になる。今度は何? 私もう何も言ってないよ?
「やばい、ユキすとろがのふ、私、鉛筆削るの忘れてた……」
「すとろがのふって……え? 鉛筆削ってないの、マジで?」
「デッサン始まっちゃう! 始まっちゃうよ!」
「まったく……ほら、私も手伝うからカッター出して」
「うう、すまんのぅ……」
他は器用にこなすのに、なぜか鉛筆をカッターで削るのが苦手なアユを手伝いながら、私はこれからのことを考える。
やるからには真剣に。
そして、自分に、自分の作品を世に出してくれようとしている人がいる限り、私は私を信じようと思う。
「自信持たなきゃ。トオヤさんが好きって言ってくれた作品なんだから、ね」
「結局それか。マジ爆ぜろ」
うん、頑張ろう。
今日はデッサンの授業が入っている。これが失敗してヨレヨレになっていると、モチベーションが上がらなくて一日辛い思いをする事になる。これは専門学校に入って二年目の私は、すでに何度も経験済みだ。
「おっはよー! ユキぽん!」
「アユ、おはよう。ぽんって何よ」
「なんだなんだ、ノリが悪いなぁ。彼氏とケンカした?」
「んーん、ラブラブ」
「爆ぜろ」
「え、聞いといてヒドイ」
私、大沢幸恵(おおさわゆきえ)は、デザイン系の専門学校に通う十九歳の普通の学生だ。
絵の仕事に就きたくて、一生懸命勉強する日々だったんだけど、ふと気晴らしに書いた小説を大手サイト『小説家をやろう』に投稿していたところ、有り難いことにその小説が書籍化することになった。
そもそも小説を読むことはしてても書くことはまったくの素人である私が、なぜこんな事になったのかは謎で……。でも求めてくれる人がいるのならやってみようと、書籍化の話を受ける事にした。
親の許しは得られたものの、初めてのことで訳も分からず途方に暮れていた時に出会ったのが、女性向け作品を手がけている人気小説家の『夜音実ルナ先生』だった。
そしてその人は、本名を鳴海十夜(なるみとおや)さんといって、私の……私の彼氏、だったり、する。
「はぁ、それにしても女子がキュンキュンエロエロする小説を書いているのが、まさか男の人だったとはねぇ」
「それは私も言われたよ。権左権三が女だって思わなかったって」
「しかも、ユキぽんの彼氏になるとか、マジパネェわー」
「私も未だに信じられないよ。爽やかイケメンで、大人で……」
「一回り以上違うもんね」
「うう、私みたいな子供がいいのかな……」
「何言ってんだか。いいから付き合ってんでしょうが。むしろロリコンだったりして」
「トオヤさんは違うもん!」
「何言ってんのよ。彼が高校生の時、ユキぽんは物心つくかつかないかじゃイタタタ!」
「それはそれ! これはこれでしょ!」
ニヤニヤしているアユの頬を思いっきりつねってやる。痛そうにしてるけど知ったこっちゃない。天罰だ。
そう、トオヤさんは大人だ。
色々知ってて、優しくて、ちょっとエッチだけどそこがまた良い。
女性向けのエッチな小説を書いているトオヤさんの作品、その内容はどれも素晴らしいものだ。世界観、情景や心理描写の文章力の高さはさる事ながら、キャラクターが生き生きとしているところがまた物語を盛り上げるように描かれている。
本人は照れて「ただの娯楽小説だ」と言っているけど、こんなに何度も読みたくなる娯楽小説なんて滅多にないと思う。才能のある素晴らしい人だ。
「トオヤさんに比べて私は、才能ないよなぁ……」
「はい? それ本気で言ってるの?」
私の呟きに、アユはいつもの楽しげな表情から一気に真剣な顔になる。彼女の静かな迫力に、自然と背筋が伸びる気がする私。こんな風になるのは珍しいと思っていると、聞く姿勢になった私を確認したアユは静かに続ける。
「気晴らしに書き始めた小説かもしれないけど、それはただのきっかけにすぎない。今やユキぽんの小説は、もうユキぽんだけのものじゃないんだよ」
「私だけのものじゃない?」
「書籍化するってことは、たくさんの人が動くんだよ。お金が動いて、ユキぽんの作品をたくさんの人が携わって作り上げていくものなんだから。それぞれのプロが、作家のユキぽんを中心に動くんだよ」
「で、でも、ネット小説からデビューする作家さんなんて、今はたくさんいるし……」
「バカ! その小説サイトにどれだけ投稿している人がいると思ってるのさ! その中の全員が皆プロ作家になれるんじゃないんだよ!?」
アユの言葉に私は息を飲んだ。確かにあのサイトはとてつもない数量の作品が投稿されている。私のように気晴らしに小説を書いている人から、真剣に小説家になろうとしている人もいる。
そう、私が絵で生きていこうと思っているように、作家として生きていこうとしている人がいるはずなんだ。
「あのさ、出だしは軽い気持ちだったけど、今は全然違うよ。書き始めた当初、数話投稿しただけでブックマークをしてくれる読者さんがいて、すごく嬉しくて……。だから真剣に創作活動をしようってなったから」
「うん。そうだね。ユキぽんはいつでも真剣だからね。創作に関しては」
ホッとしたような笑顔のアユに、私は申し訳ない気持ちになる。
「ごめんアユ、心配かけて」
「してないしー。心配とかしてないしー。ユキぽにゅるなんか知らないしー」
「ぽにゅるって何よ」
「このぽにゅる野郎、爆ぜろー」
アユと顔を見合わせて笑っていると、再びアユは真剣な顔になる。今度は何? 私もう何も言ってないよ?
「やばい、ユキすとろがのふ、私、鉛筆削るの忘れてた……」
「すとろがのふって……え? 鉛筆削ってないの、マジで?」
「デッサン始まっちゃう! 始まっちゃうよ!」
「まったく……ほら、私も手伝うからカッター出して」
「うう、すまんのぅ……」
他は器用にこなすのに、なぜか鉛筆をカッターで削るのが苦手なアユを手伝いながら、私はこれからのことを考える。
やるからには真剣に。
そして、自分に、自分の作品を世に出してくれようとしている人がいる限り、私は私を信じようと思う。
「自信持たなきゃ。トオヤさんが好きって言ってくれた作品なんだから、ね」
「結局それか。マジ爆ぜろ」
うん、頑張ろう。
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