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ツーアウト満塁からの。
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担当編集者の矢部桜子さんは、女性にしては背の高いスラリとした細身の女性だ。
そんな彼女に愛しい恋人ユキと付き合う後押しをしてもらったことは、俺にとっては小っ恥ずかしい思い出だったりする。
あの時のカオス。十代の女の子に馬乗りにされている三十代のオッサンの図。
ユキと付き合うことができたのは嬉しいけど、できればあのカオスは忘れて欲しいものである。
「よっ! 馬乗られ王子先生!」
「あ、オッサン王子先生! 次巻も楽しみにしてますよ!」
「ラブリー権左先生の進捗はどうですか?」
出版社に顔を出すと、必ずかけられる声、声、声。
特に最後のやつ、お前は権左先生の担当だろうが。
皆も知ってると思うが、権左先生こと『権左権三』とは、俺の可愛い恋人ユキの小説家としての作家名なんだ。よろしくな。
「矢部さん、どうしてくれるんですか」
「どうもこうもないわよ。これは私のせいじゃないし。リア充最高って言っとけばいいのよ」
「あの『馬乗られ王子』ってやつは、どっからきたんだか……」
「打ち合わせの時、権左先生の担当がルナ先生のことをどう思うか聞いたのよ。そしたら『大人で、王子様みたいに素敵な人なんです』って言ってたから、すかさず私が『若い女の子に馬乗りにされてた王子様って草生えるワロス』って言ったら、それがあっという間に社内に広まっちゃって」
「結局、矢部さんのせいじゃないですか!!」
「ほほほ、恋に障害はつきものよー」
「障害っていうか、思いっきりアンタが原因じゃねーか!!」
思わず手加減なしにツッコミを入れてしまう俺だが、さすがに許してほしい。まさかこんな近くに敵がいたとは、誰も思わないだろう。あー、最悪だー。
「はいはいそれは遠く数億光年彼方に置いとくとして、とにかく今は次回作の話を進めるわよ。『騎士と乙女』シリーズが完結に向かうから、その後のことを聞きたいんだけど」
「それなんですけど、一回短めに書きたいのがあるんですよね」
「R18で?」
「あー、はい。俺ってR15は向いてないみたいなんで……」
「書籍版になれば、ある程度は許されるわよ。『小説家をやろう』にあげている作品なら、そこに濡れ場を加筆するとかもできるし」
「うーん、なんかそういうのだと筆が乗らないんですよねー」
「ワガママな作家先生ねぇ」
「いや、こんなんでワガママ認定されるの、ものすごく腑に落ちないんですけど。もっとすごい先生いるじゃないですか。ねぇ。むしろここまでいじられてる俺って偉くないですか? ねぇ」
「ほほほー」
恨みがましい目で矢部さんを睨むけど、彼女には男のそういう甘えは効かない。
唯一、彼女の旦那さんが色々と操縦できるらしいが、会ったことがないからよく分からない。
「はぁ、まぁいいです。その短めに書くやつなんですけど、反応が良ければ長編でも書きますよ。だいたい大まかなプロットは出来てるんで」
「脳内に?」
「脳内に」
俺はプロットを外に出さず、脳内でいじくり回すタイプだ。アウトプットしてしまうとそれが「確定」してしまうような気がするからだ。ちなみに、それをやってしまうと「小説」を書く前に満足してしまい、執筆する意欲のようなものは一切なくなってしまう。作家としては怖い話だ。
脳内のプロットなら書き換えるのも簡単だし、物語としての肉付け作業も楽にできる。
ただ一つ難点なのは、うっかり忘れてしまうことがあることだ。だから粗方物語の枠組みができた時点で、俺はさっさとアウトプット……プロットではなく小説として脳内から出してしまう。
「どんな話なのかしら?」
「聖女ものですね。現地主人公でやろうと思うんですけど、女性向けにするか男性向けにするか迷ってまして……」
「現地主人公の聖女、ねぇ。まぁ今は異世界転移や転生が少しずつ飽きられているようだから、そういうのもいいかもしれないわね。でも聖女ものってそんなに新しくないんじゃない?」
「ですね。だから短めに書こうと思っているんですよ。聖女じゃなくてもいいんですけどね。なんというか特別感を出そうと思って」
「その聖女は何をするの?」
「国を蔓延する流行病を治すために、力を使うってやつです。R18的な」
「R18的な力ってどんななのよ。まぁ、できれば女性向けに書いてほしいけど、そこはルナ先生の自由だから。また一緒に仕事したいし、面白い作品待ってるわ」
「分かりました。最終巻までよろしくお願いします」
ちょっと変な人ではあるけど、基本的に矢部さんは良い人だ。またこの人と仕事がしたいと思いつつ、地下鉄に乗り込もうと出版社のビルから外に出ると、見慣れた愛らしいシルエットを目に捉える。
「あれ? ユキちゃん?」
彼女もここに用があったのかなと、内心首を傾げつつ駆け寄った。
そこで見た彼女の表情。俺は心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受ける。
黒目がちな瞳からは、綺麗な透明の雫が後から後からとめどなく落ちている。八の字になった眉は悲しげに寄せられ、一体誰が……何が彼女をこんなにも悲しませるのかと、俺は爪が食い込むくらいに拳を握りしめる。
「ぐすん……トオヤさん……」
我慢できないといった具合に俺の胸に飛び込んでくるユキちゃんを、思わず強く抱きしめる。少しクンカクンカと俺の匂いをかいでいる彼女の安心した様子が伝わってくる。愛おしい。可愛い。大好きだ。
「どうしたのユキちゃん。何があったか話せる?」
「ご、ごめんなさい。取り乱しちゃって。でも、どうしても信じられなくて」
「何が信じられない?」
俺の胸元に顔を埋めていた彼女は、そっと上目遣いで見上げてくる。その艶やかな薄桃色の唇を塞ぎたいのをなけなしの理性で抑えつつ、大人の男っぽく優しい口調で問いかける。
「嘘ですよね。『騎士と乙女』が終わっちゃうなんて。嘘だと言ってください」
おぅふ。泣かせたのは俺でしたー。
そんな彼女に愛しい恋人ユキと付き合う後押しをしてもらったことは、俺にとっては小っ恥ずかしい思い出だったりする。
あの時のカオス。十代の女の子に馬乗りにされている三十代のオッサンの図。
ユキと付き合うことができたのは嬉しいけど、できればあのカオスは忘れて欲しいものである。
「よっ! 馬乗られ王子先生!」
「あ、オッサン王子先生! 次巻も楽しみにしてますよ!」
「ラブリー権左先生の進捗はどうですか?」
出版社に顔を出すと、必ずかけられる声、声、声。
特に最後のやつ、お前は権左先生の担当だろうが。
皆も知ってると思うが、権左先生こと『権左権三』とは、俺の可愛い恋人ユキの小説家としての作家名なんだ。よろしくな。
「矢部さん、どうしてくれるんですか」
「どうもこうもないわよ。これは私のせいじゃないし。リア充最高って言っとけばいいのよ」
「あの『馬乗られ王子』ってやつは、どっからきたんだか……」
「打ち合わせの時、権左先生の担当がルナ先生のことをどう思うか聞いたのよ。そしたら『大人で、王子様みたいに素敵な人なんです』って言ってたから、すかさず私が『若い女の子に馬乗りにされてた王子様って草生えるワロス』って言ったら、それがあっという間に社内に広まっちゃって」
「結局、矢部さんのせいじゃないですか!!」
「ほほほ、恋に障害はつきものよー」
「障害っていうか、思いっきりアンタが原因じゃねーか!!」
思わず手加減なしにツッコミを入れてしまう俺だが、さすがに許してほしい。まさかこんな近くに敵がいたとは、誰も思わないだろう。あー、最悪だー。
「はいはいそれは遠く数億光年彼方に置いとくとして、とにかく今は次回作の話を進めるわよ。『騎士と乙女』シリーズが完結に向かうから、その後のことを聞きたいんだけど」
「それなんですけど、一回短めに書きたいのがあるんですよね」
「R18で?」
「あー、はい。俺ってR15は向いてないみたいなんで……」
「書籍版になれば、ある程度は許されるわよ。『小説家をやろう』にあげている作品なら、そこに濡れ場を加筆するとかもできるし」
「うーん、なんかそういうのだと筆が乗らないんですよねー」
「ワガママな作家先生ねぇ」
「いや、こんなんでワガママ認定されるの、ものすごく腑に落ちないんですけど。もっとすごい先生いるじゃないですか。ねぇ。むしろここまでいじられてる俺って偉くないですか? ねぇ」
「ほほほー」
恨みがましい目で矢部さんを睨むけど、彼女には男のそういう甘えは効かない。
唯一、彼女の旦那さんが色々と操縦できるらしいが、会ったことがないからよく分からない。
「はぁ、まぁいいです。その短めに書くやつなんですけど、反応が良ければ長編でも書きますよ。だいたい大まかなプロットは出来てるんで」
「脳内に?」
「脳内に」
俺はプロットを外に出さず、脳内でいじくり回すタイプだ。アウトプットしてしまうとそれが「確定」してしまうような気がするからだ。ちなみに、それをやってしまうと「小説」を書く前に満足してしまい、執筆する意欲のようなものは一切なくなってしまう。作家としては怖い話だ。
脳内のプロットなら書き換えるのも簡単だし、物語としての肉付け作業も楽にできる。
ただ一つ難点なのは、うっかり忘れてしまうことがあることだ。だから粗方物語の枠組みができた時点で、俺はさっさとアウトプット……プロットではなく小説として脳内から出してしまう。
「どんな話なのかしら?」
「聖女ものですね。現地主人公でやろうと思うんですけど、女性向けにするか男性向けにするか迷ってまして……」
「現地主人公の聖女、ねぇ。まぁ今は異世界転移や転生が少しずつ飽きられているようだから、そういうのもいいかもしれないわね。でも聖女ものってそんなに新しくないんじゃない?」
「ですね。だから短めに書こうと思っているんですよ。聖女じゃなくてもいいんですけどね。なんというか特別感を出そうと思って」
「その聖女は何をするの?」
「国を蔓延する流行病を治すために、力を使うってやつです。R18的な」
「R18的な力ってどんななのよ。まぁ、できれば女性向けに書いてほしいけど、そこはルナ先生の自由だから。また一緒に仕事したいし、面白い作品待ってるわ」
「分かりました。最終巻までよろしくお願いします」
ちょっと変な人ではあるけど、基本的に矢部さんは良い人だ。またこの人と仕事がしたいと思いつつ、地下鉄に乗り込もうと出版社のビルから外に出ると、見慣れた愛らしいシルエットを目に捉える。
「あれ? ユキちゃん?」
彼女もここに用があったのかなと、内心首を傾げつつ駆け寄った。
そこで見た彼女の表情。俺は心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受ける。
黒目がちな瞳からは、綺麗な透明の雫が後から後からとめどなく落ちている。八の字になった眉は悲しげに寄せられ、一体誰が……何が彼女をこんなにも悲しませるのかと、俺は爪が食い込むくらいに拳を握りしめる。
「ぐすん……トオヤさん……」
我慢できないといった具合に俺の胸に飛び込んでくるユキちゃんを、思わず強く抱きしめる。少しクンカクンカと俺の匂いをかいでいる彼女の安心した様子が伝わってくる。愛おしい。可愛い。大好きだ。
「どうしたのユキちゃん。何があったか話せる?」
「ご、ごめんなさい。取り乱しちゃって。でも、どうしても信じられなくて」
「何が信じられない?」
俺の胸元に顔を埋めていた彼女は、そっと上目遣いで見上げてくる。その艶やかな薄桃色の唇を塞ぎたいのをなけなしの理性で抑えつつ、大人の男っぽく優しい口調で問いかける。
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おぅふ。泣かせたのは俺でしたー。
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