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‐第38夜‐2日目
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───THE SECOND DAY───
昨晩、寝たのが遅かったからか起きるのが遅くなり、目が覚めた時には既に午前の11時であった。
「ふわぁぁつ」
どうやら私が一番なようだ。他の3人はというと……。
「ぐがぁぁぁぁ~」
「んごぉぉぉぉぉ~」
一人を除き約2名程、鼾が五月蝿い奴がいるようだ。私はその騒がしい獣2名を蔑んだ目で見下ろした。
(こいつら……シェイリさんを見習え、シェイリさんを。ってか、なんで彼女はこんなうるさい奴らが同じベッドで寝ているというのに平気で寝ていられるんだ?)
私はそれが不思議で仕方なかった。
ベッドから下りると私はまず、洗面所に向かい、顔を洗い、うがいをし、そのまま歯磨きをした。赤い歯ブラシは普段から持ち歩いている奴で結構長いこと使い回している。そろそろ替え時かなと思っている頃だ。
歯を磨き終わり、マイコップで口を濯いでいるとベッドから伸びをする可愛い声が聞こえて来た。
「んんんんっ、、あっ~」
シェイリの声だ。彼女はこちらにいることに気付いたのかそのまま洗面所の方へと来ると私を視認してすぐに「あ、サテラさん!早いですね!おはようございます……って言っても、もう昼ですけど」と挨拶をしてくれた。
「おはようシェイリさん。貴女も早いですね。あそこで未だに寝ている2人には貴女を見習ってもらいたい。今、口を濯いでいるのですぐに退きますね」と返した。すると彼女は「あぁ、お構いなく。先にトイレを済ませてからにします。その前に喚起の方を……」と言い、窓を開けに行った。
口を濯ぎ終えた私はポットに入っている冷めた紅茶をカップに注ぐ。
「良かったら、どうです?シェイリさんも」
そう彼女に尋ねるとシェイリは「それ、お紅茶ですか?」と逆に尋ねてきた。私は「えぇ」とだけ答えると彼女は「すみません、朝は珈琲派なので。結構です、サテラさんのお気持ちだけ受け取っておきます」と返して来た。
「そうですか」
私は冷え冷えの不味い紅茶を一口、口の中で噛み締めた。この森の外は相変わらず霧に覆われているが心做しか昨日より霧が凄い薄いような気がしてきた。まぁ、どうせ日が暮れる頃にはまた元に戻っていると思うけど。
室内に置かれているミニチェアーに腰を下ろし、私は一人優雅に紅茶を楽しんでいた。
(ここの紅茶、悪くないけど、やっぱり私は温かい方が好きだな……それにこんな寒い時期に冷たいの飲んだって身体が冷えるだけだ。早く使用人が薪を替えにやって来ないものか……)
窓の向こうの森は静かだった。この地帯の風があまり吹くことがないのも極まり、ほぼ木々が揺れ動くことは無かった。
「洗顔と歯磨きし終えましたよサテラさん」
彼女が洗面所から戻って来た。
「お帰りなさいシェイリさん。珈琲豆探してみたけどやっぱり無かった。申し訳ない」
「別にサテラさんが悪い訳でも無いから謝ることなんて無いのに」
彼女は愉快そうに笑う。
「それもそうですね。つい、」
彼女は「私も対面してよろしいですか?」と尋ねてから私の前に腰を下ろした。勿論、私が許可したからだ。断る理由も無い。
「あと少しで正午になります。恐らく、もう少ししたら屋敷の使用人が薪を替えにこの部屋にやって来るかと。その時に温かい紅茶と珈琲をお願いしてみましょう」
「えぇ、そうですね」
沈黙。暫しの沈黙を挟み、彼女からこんな事を切り出して来た。
「本来だったら、私達……今日でお別れ……だったんですよね?もしかしたら、こうして同じ部屋で就寝を共にし、同じ部屋で朝を迎える事も無かった……」
俯きながらそう話す彼女に私は「あぁ」とだけ静かに返した。彼女は「そう……ですよね」と寂しそうに声を漏らす。不安なのだろうか?それとも私との別れを寂しがっている?
或いはその両方か?私には解らなかった。
解らないけど、これだけは確信を持って言えることがある。
「でも、私達は実際に夜を過ごし、こうして朝を迎えた。その夜は決して楽しい事ばかりじゃなく、怖い事や不安な事も多くあったけど、現に私達は今、こうして朝を迎えた」
私が上手く言いたいことを言葉に出来ない事もあり、彼女はキョトンとした面持ちでこちらを静かに眺めている。何が言いたいか理解していないようだ。
「つ、つまりですね、シェイリさん。私達は何とか生きて朝を迎えられたんです。これだけでも十分に凄い事で……それでいてとても素晴らしい事なんです。だから、その元気出して……くだ、さい?こんな形だけど私と貴女は再会を果たした。そして、共に恐ろしい夜を乗り越え、こうしてお喋りも出来ているんです。まずはこれを喜んでください。例え、こんな形であろうと私達は互いに少しでも歩み寄れたんですから……。恐ろしい夜が私と貴女の心を繋ぎ、絆を深めてくれた……と思えば」
自分でも何を言っているか分からなかった。だけど、上手く伝えられない中で精一杯の私の気持ちを彼女に伝えたつもりだ。でも、何故だが私までも怖くて無意識に視線をミニテーブルの紅茶カップへと落としていた。
再び、沈黙が続くと思ってもみなかった彼女の笑い声により、私の不安な気持ちも何処かへと消え去った。ケラケラと笑う彼女は「何それ、変なのサテラさん」と言うと「恐ろしい夜が私とサテラさんの絆を深めてくれたって!?何それ、凄い皮肉じゃん、まるで人狼のおかげみたい」と笑い飛ばしてくれたのだ。
「シェ、シェイリ……さん?」
困惑している私を他所にドアをコンコンとノックする音が。
「入ってもよろしいですかな?」
あいつの声だとわかった。私は「どうぞ」と言うと執事長は鍵を開けて入ってきた。自分から鍵を開けに行かなかったのは勿論、面倒臭かったからだ。
彼らが来た目的は案の定、薪替えと水の替えだった。
数人の執事とメイドを連れて来た彼は自分の部下達に浴室のお湯換えをさせる。
「昨晩はよく寝られましたかな?なんて訊くのは野暮ですな。それよりも、何やら盛り上がっておられましたが?外まで笑い声が聞こえていましたぞ?」
そう尋ねる彼に私は「女子だけの秘密の花園ですよ。貴方には教えませんよ?紳士ならね」と挑戦的な態度を取る。彼は「これは失礼致しました」と手際良く、暖炉の薪を替えると胸ポケットから取り出したマッチ箱から1本それを取り出すと、着火し薪の中へと落とした。
「ありがとうございます執事長さん」
シェイリが彼に礼を言うと彼は「いえいえ」と言い、部屋を出ていこうとする。
そこで私は彼に“待った”をかけた。
「そういえば、ここの使用人は皆、マスターキーを持っているのですか?」と。
扉の方へと向かっていた彼はこちらへと首を振り向かせると「いえ、私達全員では無いです。私を含め、信用のある一部の者だけがマスターキーを持っております」と答えた。
「では、その一部の限られた者にはこの屋敷内の全部屋。いつでもどこでも入れるって事になりますね?」
少し攻め込んでみる。昨晩、身体を部分的に齧られた状態で亡くなっていたオデット・コスは廊下で発見された為、廊下で殺された可能性が高かったが、同じ様に狼によって殺されたとされるウンガーは自室で発見されたからだ。この2人の殺人が同一犯による者なのかは私には分からないが、もし本当に部屋で殺されたとするならばウンガーは屋敷の使用人によって殺害された可能性がある。
私は終始、目を逸らさず彼にピントを合わせていたが、彼は突然、ほっほっほと愉快そうに笑うと「確かにそうなりますが、私達にはちゃんとしたアリバイがあります。昨夜も話したでしょう?それには部屋の鍵の複製やウンガーさんがそもそも鍵を閉め忘れて寝ていた可能性もあります」と言い、見事に躱されてしまった。
張り詰めた空気の中、ジトっとした冷や汗が額や首筋に密かに垂れる。
「お湯の張替え終わりました~」
そう声が浴室から聞こえると執事長は「ご苦労様です。それでは先に他の部屋に行っていてください」と言って部下達を部屋から出るように促した。
私達と執事長だけとなったこの部屋で、彼はまだ佇んでいる。そして、動き出したかというとゆっくりと窓の方に寄り「換気はもういいですかな?」と言って、窓を閉め始めた。
私もシェイリもうんともすんとも言ってないのに彼は勝手に扉を閉めたのだ。
そして、こんなことを言ってきた。
「今から話すことは誰にも言わないで貰えますか?」と。
思いもよらぬ彼の言葉に私は胸がドキッとした。向かいに座る彼女もきっと同じ気持ちだったのだろう。
「え、えぇ」と上擦った声で私が言うと彼はベッドで寝ているレーネと美容師の方へと視線をやった。
「さ、昨晩は一人で寝るのが怖くて、私と美容師さんはサテラさんとレーネさんの部屋で寝かせてもらっていたんです。2人は見ての通り、鼾をかいて寝ているので平気だと思いますよ?」
シェイリは補足説明をしながら彼女らは大丈夫だ、問題無いという意志を示す。その言葉が信用出来ると彼の中で判断されたのか執事長ミシェル・ゲイレンは真剣な面持ちでこう言った。
「ウンガー・オスコル氏は……人狼では無い者によって殺された可能性があります……」と。
その声はかなりの重低音で穏やかなのに、ちゃんと胸に響くものだった。私達が何かを言い出す前に彼は白手袋越しにシーっと指を口元に添えると「この事は内密……という事で。まだ殺人なのか、事故なのか、自殺なのかは分かっていないのです。ただ、彼の身体には捕食痕が見られなかった。私から申し上げられる事はこれだけです」と言い、部屋を後にしようとした。
ここで発覚した新たな情報により、私は一瞬、出遅れたが彼には全て分かっていたらしい。
「あ、あの」と後ろから呼び止めたら彼は「えぇ、勿論分かっておりますよ。温かいお茶と珈琲が飲みたいのですね?付け合せに焼き立てのクッキーとビスケットはいかがでしょうか?」と提案してきたのだ。
どうやらこれが彼にとっての内密料らしい。私はそれを受け取ることを承諾すると彼は微笑みながら「それではまた後ほど」と言い残して出て行った。
シェイリは理解が追い付いてないようだから私は彼が聴力に長けている事や読心術の心得がある可能性が高いことを彼女に伝えた。
「なるほど……つまり私達の会話は全て筒抜けだったということですね」
「恐らくは」
しかし分からない事がある。先程、話した内容が全て真実だとして何故、私達に話した。私が2件の殺人(仮定)に関与してない可能性が高いから?だとしたら、何故彼女にも……。まぁ、ほぼほぼ。十中八九彼女も白だと思うが……。
あの探偵野郎にも執事はその事を伝えたのだろうか?
幾つかの疑問は残ったままだが、今日の動きが肝心となる。話し合いは午後の2時の予定だ……。あのガタイの良い男と保安官が無事に守れているといいが……。
そんな事を考えていると再び、ドアを叩く音が。鍵は面倒くさいから掛けてはいない。私の面倒臭がり屋な性格を読み、執事長も気を利かせて部屋を後にする時に鍵を掛けないでいてくれた。
「どうぞ」
だが扉の外の者はすぐには入って来ない。ミシェルじゃないのか?そう思い私は「鍵は開いております」と伝えると扉を開けて部屋に入ってきた。
入ってきたのは小太りのおばあさんメイドだった。
「焼き立てのクッキーとビスケットの入ったバスケットと、紅茶と珈琲の入ったポットを持って参りました。一応、カップは4つ持ってまいりましたので」
メイドは置くものを置いてそそくさと部屋を後にする。
「なんだ、あいつじゃなかったのか」
「でもカップ4つ持って来てくれたのは嬉しいですね!粋な計らいです!」
シェイリは呑気に喜んでいた。
正午手前になり、私とシェイリはいつまでもベッドで寝ている2人を起こそうとしたがなかなか起きない。レーネに至っては「むにゃむにゃ、もう食べられませんよオーエンさん……」なんて寝言を言いやがる。
「私が美容師起こすので今度は、レーネの方を任せてもいいですか?」
「え、えぇ」
「こいつはちょっとやそっと声を掛けたり、身体を揺さぶっただけじゃ起きないのでほっぺをつねったりして、叩き起こしてもらっちゃっても構いませんよ」
彼女は困惑しながらも本当にやってくれた。冗談のつもりで言ったのに……。
で、結局2人は起きなかった。仲良くお腹を出しながら、だらし無く寝ている為、流石に見兼ねた私は2人の布団を剥ぎ、シェイリさんと一緒にメイドさんに持って来てもらったお菓子と温かい飲み物を頂くことにした。
「なんか賄賂っていうか、ちょっと違うかもしれないですけど、そういうの受け取っちゃった気がして食べていいのか少し、躊躇しちゃいますね」
「まぁ、実際口止め料として貰ってるしな。そう思うのも無理はないよシェイリさん」
と言いつつも私と彼女はパクパクとバスケットのそれに手を伸ばし、口へと運んだ。
「美味しいですね、クッキー。このビスケットもシンプルな味なのになんか優しいです」
「あぁ、シェイリさんの言う通りだ。ベッドでいつまで寝ている寝坊助さん達の分はどうします?」
「うーん、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけバスケットに残しておきましょう」
彼女の意外な一面が見れた気がした。彼女なら普通に残すと思っていたけど、意外にも食いしん坊のようだ。
それぞれにお茶と珈琲を楽しんだ私とシェイリは少し、お腹を落ち着かせてからお風呂へと入る事にした。
その前に私は綺麗な布をバスケットの上へと被せておく。埃や虫が付かないようにする為だ。
「さ、お湯が冷めないうちに入りましょうシェイリさん」
着替えの準備を終えた私は彼女に促しを入れる。
「ホントに良いんですか!?私、サテラさんみたいな美人さんと裸の付き合いが出来て嬉しいです!」
未だに信じられないって表情で彼女は目を輝かせながら訊いて来る。
「またまた、ご冗談を。言葉が上手いんだから、シェイリさんは」
「いや、ホントですって!」
脱衣所へ入った後も私達のやり取りは続いた。
昨晩、寝たのが遅かったからか起きるのが遅くなり、目が覚めた時には既に午前の11時であった。
「ふわぁぁつ」
どうやら私が一番なようだ。他の3人はというと……。
「ぐがぁぁぁぁ~」
「んごぉぉぉぉぉ~」
一人を除き約2名程、鼾が五月蝿い奴がいるようだ。私はその騒がしい獣2名を蔑んだ目で見下ろした。
(こいつら……シェイリさんを見習え、シェイリさんを。ってか、なんで彼女はこんなうるさい奴らが同じベッドで寝ているというのに平気で寝ていられるんだ?)
私はそれが不思議で仕方なかった。
ベッドから下りると私はまず、洗面所に向かい、顔を洗い、うがいをし、そのまま歯磨きをした。赤い歯ブラシは普段から持ち歩いている奴で結構長いこと使い回している。そろそろ替え時かなと思っている頃だ。
歯を磨き終わり、マイコップで口を濯いでいるとベッドから伸びをする可愛い声が聞こえて来た。
「んんんんっ、、あっ~」
シェイリの声だ。彼女はこちらにいることに気付いたのかそのまま洗面所の方へと来ると私を視認してすぐに「あ、サテラさん!早いですね!おはようございます……って言っても、もう昼ですけど」と挨拶をしてくれた。
「おはようシェイリさん。貴女も早いですね。あそこで未だに寝ている2人には貴女を見習ってもらいたい。今、口を濯いでいるのですぐに退きますね」と返した。すると彼女は「あぁ、お構いなく。先にトイレを済ませてからにします。その前に喚起の方を……」と言い、窓を開けに行った。
口を濯ぎ終えた私はポットに入っている冷めた紅茶をカップに注ぐ。
「良かったら、どうです?シェイリさんも」
そう彼女に尋ねるとシェイリは「それ、お紅茶ですか?」と逆に尋ねてきた。私は「えぇ」とだけ答えると彼女は「すみません、朝は珈琲派なので。結構です、サテラさんのお気持ちだけ受け取っておきます」と返して来た。
「そうですか」
私は冷え冷えの不味い紅茶を一口、口の中で噛み締めた。この森の外は相変わらず霧に覆われているが心做しか昨日より霧が凄い薄いような気がしてきた。まぁ、どうせ日が暮れる頃にはまた元に戻っていると思うけど。
室内に置かれているミニチェアーに腰を下ろし、私は一人優雅に紅茶を楽しんでいた。
(ここの紅茶、悪くないけど、やっぱり私は温かい方が好きだな……それにこんな寒い時期に冷たいの飲んだって身体が冷えるだけだ。早く使用人が薪を替えにやって来ないものか……)
窓の向こうの森は静かだった。この地帯の風があまり吹くことがないのも極まり、ほぼ木々が揺れ動くことは無かった。
「洗顔と歯磨きし終えましたよサテラさん」
彼女が洗面所から戻って来た。
「お帰りなさいシェイリさん。珈琲豆探してみたけどやっぱり無かった。申し訳ない」
「別にサテラさんが悪い訳でも無いから謝ることなんて無いのに」
彼女は愉快そうに笑う。
「それもそうですね。つい、」
彼女は「私も対面してよろしいですか?」と尋ねてから私の前に腰を下ろした。勿論、私が許可したからだ。断る理由も無い。
「あと少しで正午になります。恐らく、もう少ししたら屋敷の使用人が薪を替えにこの部屋にやって来るかと。その時に温かい紅茶と珈琲をお願いしてみましょう」
「えぇ、そうですね」
沈黙。暫しの沈黙を挟み、彼女からこんな事を切り出して来た。
「本来だったら、私達……今日でお別れ……だったんですよね?もしかしたら、こうして同じ部屋で就寝を共にし、同じ部屋で朝を迎える事も無かった……」
俯きながらそう話す彼女に私は「あぁ」とだけ静かに返した。彼女は「そう……ですよね」と寂しそうに声を漏らす。不安なのだろうか?それとも私との別れを寂しがっている?
或いはその両方か?私には解らなかった。
解らないけど、これだけは確信を持って言えることがある。
「でも、私達は実際に夜を過ごし、こうして朝を迎えた。その夜は決して楽しい事ばかりじゃなく、怖い事や不安な事も多くあったけど、現に私達は今、こうして朝を迎えた」
私が上手く言いたいことを言葉に出来ない事もあり、彼女はキョトンとした面持ちでこちらを静かに眺めている。何が言いたいか理解していないようだ。
「つ、つまりですね、シェイリさん。私達は何とか生きて朝を迎えられたんです。これだけでも十分に凄い事で……それでいてとても素晴らしい事なんです。だから、その元気出して……くだ、さい?こんな形だけど私と貴女は再会を果たした。そして、共に恐ろしい夜を乗り越え、こうしてお喋りも出来ているんです。まずはこれを喜んでください。例え、こんな形であろうと私達は互いに少しでも歩み寄れたんですから……。恐ろしい夜が私と貴女の心を繋ぎ、絆を深めてくれた……と思えば」
自分でも何を言っているか分からなかった。だけど、上手く伝えられない中で精一杯の私の気持ちを彼女に伝えたつもりだ。でも、何故だが私までも怖くて無意識に視線をミニテーブルの紅茶カップへと落としていた。
再び、沈黙が続くと思ってもみなかった彼女の笑い声により、私の不安な気持ちも何処かへと消え去った。ケラケラと笑う彼女は「何それ、変なのサテラさん」と言うと「恐ろしい夜が私とサテラさんの絆を深めてくれたって!?何それ、凄い皮肉じゃん、まるで人狼のおかげみたい」と笑い飛ばしてくれたのだ。
「シェ、シェイリ……さん?」
困惑している私を他所にドアをコンコンとノックする音が。
「入ってもよろしいですかな?」
あいつの声だとわかった。私は「どうぞ」と言うと執事長は鍵を開けて入ってきた。自分から鍵を開けに行かなかったのは勿論、面倒臭かったからだ。
彼らが来た目的は案の定、薪替えと水の替えだった。
数人の執事とメイドを連れて来た彼は自分の部下達に浴室のお湯換えをさせる。
「昨晩はよく寝られましたかな?なんて訊くのは野暮ですな。それよりも、何やら盛り上がっておられましたが?外まで笑い声が聞こえていましたぞ?」
そう尋ねる彼に私は「女子だけの秘密の花園ですよ。貴方には教えませんよ?紳士ならね」と挑戦的な態度を取る。彼は「これは失礼致しました」と手際良く、暖炉の薪を替えると胸ポケットから取り出したマッチ箱から1本それを取り出すと、着火し薪の中へと落とした。
「ありがとうございます執事長さん」
シェイリが彼に礼を言うと彼は「いえいえ」と言い、部屋を出ていこうとする。
そこで私は彼に“待った”をかけた。
「そういえば、ここの使用人は皆、マスターキーを持っているのですか?」と。
扉の方へと向かっていた彼はこちらへと首を振り向かせると「いえ、私達全員では無いです。私を含め、信用のある一部の者だけがマスターキーを持っております」と答えた。
「では、その一部の限られた者にはこの屋敷内の全部屋。いつでもどこでも入れるって事になりますね?」
少し攻め込んでみる。昨晩、身体を部分的に齧られた状態で亡くなっていたオデット・コスは廊下で発見された為、廊下で殺された可能性が高かったが、同じ様に狼によって殺されたとされるウンガーは自室で発見されたからだ。この2人の殺人が同一犯による者なのかは私には分からないが、もし本当に部屋で殺されたとするならばウンガーは屋敷の使用人によって殺害された可能性がある。
私は終始、目を逸らさず彼にピントを合わせていたが、彼は突然、ほっほっほと愉快そうに笑うと「確かにそうなりますが、私達にはちゃんとしたアリバイがあります。昨夜も話したでしょう?それには部屋の鍵の複製やウンガーさんがそもそも鍵を閉め忘れて寝ていた可能性もあります」と言い、見事に躱されてしまった。
張り詰めた空気の中、ジトっとした冷や汗が額や首筋に密かに垂れる。
「お湯の張替え終わりました~」
そう声が浴室から聞こえると執事長は「ご苦労様です。それでは先に他の部屋に行っていてください」と言って部下達を部屋から出るように促した。
私達と執事長だけとなったこの部屋で、彼はまだ佇んでいる。そして、動き出したかというとゆっくりと窓の方に寄り「換気はもういいですかな?」と言って、窓を閉め始めた。
私もシェイリもうんともすんとも言ってないのに彼は勝手に扉を閉めたのだ。
そして、こんなことを言ってきた。
「今から話すことは誰にも言わないで貰えますか?」と。
思いもよらぬ彼の言葉に私は胸がドキッとした。向かいに座る彼女もきっと同じ気持ちだったのだろう。
「え、えぇ」と上擦った声で私が言うと彼はベッドで寝ているレーネと美容師の方へと視線をやった。
「さ、昨晩は一人で寝るのが怖くて、私と美容師さんはサテラさんとレーネさんの部屋で寝かせてもらっていたんです。2人は見ての通り、鼾をかいて寝ているので平気だと思いますよ?」
シェイリは補足説明をしながら彼女らは大丈夫だ、問題無いという意志を示す。その言葉が信用出来ると彼の中で判断されたのか執事長ミシェル・ゲイレンは真剣な面持ちでこう言った。
「ウンガー・オスコル氏は……人狼では無い者によって殺された可能性があります……」と。
その声はかなりの重低音で穏やかなのに、ちゃんと胸に響くものだった。私達が何かを言い出す前に彼は白手袋越しにシーっと指を口元に添えると「この事は内密……という事で。まだ殺人なのか、事故なのか、自殺なのかは分かっていないのです。ただ、彼の身体には捕食痕が見られなかった。私から申し上げられる事はこれだけです」と言い、部屋を後にしようとした。
ここで発覚した新たな情報により、私は一瞬、出遅れたが彼には全て分かっていたらしい。
「あ、あの」と後ろから呼び止めたら彼は「えぇ、勿論分かっておりますよ。温かいお茶と珈琲が飲みたいのですね?付け合せに焼き立てのクッキーとビスケットはいかがでしょうか?」と提案してきたのだ。
どうやらこれが彼にとっての内密料らしい。私はそれを受け取ることを承諾すると彼は微笑みながら「それではまた後ほど」と言い残して出て行った。
シェイリは理解が追い付いてないようだから私は彼が聴力に長けている事や読心術の心得がある可能性が高いことを彼女に伝えた。
「なるほど……つまり私達の会話は全て筒抜けだったということですね」
「恐らくは」
しかし分からない事がある。先程、話した内容が全て真実だとして何故、私達に話した。私が2件の殺人(仮定)に関与してない可能性が高いから?だとしたら、何故彼女にも……。まぁ、ほぼほぼ。十中八九彼女も白だと思うが……。
あの探偵野郎にも執事はその事を伝えたのだろうか?
幾つかの疑問は残ったままだが、今日の動きが肝心となる。話し合いは午後の2時の予定だ……。あのガタイの良い男と保安官が無事に守れているといいが……。
そんな事を考えていると再び、ドアを叩く音が。鍵は面倒くさいから掛けてはいない。私の面倒臭がり屋な性格を読み、執事長も気を利かせて部屋を後にする時に鍵を掛けないでいてくれた。
「どうぞ」
だが扉の外の者はすぐには入って来ない。ミシェルじゃないのか?そう思い私は「鍵は開いております」と伝えると扉を開けて部屋に入ってきた。
入ってきたのは小太りのおばあさんメイドだった。
「焼き立てのクッキーとビスケットの入ったバスケットと、紅茶と珈琲の入ったポットを持って参りました。一応、カップは4つ持ってまいりましたので」
メイドは置くものを置いてそそくさと部屋を後にする。
「なんだ、あいつじゃなかったのか」
「でもカップ4つ持って来てくれたのは嬉しいですね!粋な計らいです!」
シェイリは呑気に喜んでいた。
正午手前になり、私とシェイリはいつまでもベッドで寝ている2人を起こそうとしたがなかなか起きない。レーネに至っては「むにゃむにゃ、もう食べられませんよオーエンさん……」なんて寝言を言いやがる。
「私が美容師起こすので今度は、レーネの方を任せてもいいですか?」
「え、えぇ」
「こいつはちょっとやそっと声を掛けたり、身体を揺さぶっただけじゃ起きないのでほっぺをつねったりして、叩き起こしてもらっちゃっても構いませんよ」
彼女は困惑しながらも本当にやってくれた。冗談のつもりで言ったのに……。
で、結局2人は起きなかった。仲良くお腹を出しながら、だらし無く寝ている為、流石に見兼ねた私は2人の布団を剥ぎ、シェイリさんと一緒にメイドさんに持って来てもらったお菓子と温かい飲み物を頂くことにした。
「なんか賄賂っていうか、ちょっと違うかもしれないですけど、そういうの受け取っちゃった気がして食べていいのか少し、躊躇しちゃいますね」
「まぁ、実際口止め料として貰ってるしな。そう思うのも無理はないよシェイリさん」
と言いつつも私と彼女はパクパクとバスケットのそれに手を伸ばし、口へと運んだ。
「美味しいですね、クッキー。このビスケットもシンプルな味なのになんか優しいです」
「あぁ、シェイリさんの言う通りだ。ベッドでいつまで寝ている寝坊助さん達の分はどうします?」
「うーん、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけバスケットに残しておきましょう」
彼女の意外な一面が見れた気がした。彼女なら普通に残すと思っていたけど、意外にも食いしん坊のようだ。
それぞれにお茶と珈琲を楽しんだ私とシェイリは少し、お腹を落ち着かせてからお風呂へと入る事にした。
その前に私は綺麗な布をバスケットの上へと被せておく。埃や虫が付かないようにする為だ。
「さ、お湯が冷めないうちに入りましょうシェイリさん」
着替えの準備を終えた私は彼女に促しを入れる。
「ホントに良いんですか!?私、サテラさんみたいな美人さんと裸の付き合いが出来て嬉しいです!」
未だに信じられないって表情で彼女は目を輝かせながら訊いて来る。
「またまた、ご冗談を。言葉が上手いんだから、シェイリさんは」
「いや、ホントですって!」
脱衣所へ入った後も私達のやり取りは続いた。
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