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第11部分 緑鬼の長

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 あの……娘の顔──

 俺は娘の顔を見て、何か腑に落ちた気がした。

 娘は悲しそうな顔をしてしばらく若竹の方を見ていたが、やがて視線を落とし俯いた。

 皆が長の方を見ている間、俺はヘロヘロと若竹の方に向かって歩く。

 若竹をはじめ、いくらかの鬼達は長の所業に納得していないようで、こちらにやってくる長達の方を、苦い顔をしながら見ていた。

「ん? どうして長屋が黒焦げになっとるんだ?  また火事か。若竹、最近お主の管理は甘いんじゃないか?」

 ──これほどまでに。何かに怒りを感じたのは初めてかもしれない。

「……元はと言えばアンタのせいだろうが! 桃太郎と交わされた条約とその書の事。知らないとは言わせねーぞ⁉︎」

 若竹の隣に立ち、俺は叫んだ。

「条約? 破れば呪が返ってくるとかいうアレか。書は屋敷にあるが……呪など返ってきたことはないし。あんな物、無意味だろう」

 コレが……現、緑鬼の長か──

「ところで……お前は誰だ? 見ない顔だが」
「んなこたどうでもいい! 条約の書をちゃんと読め! そして実行しろ!」

 長はこちらに向かいながら、濁った目で俺を睨みつけてくる。

「……どこの誰とも知れんお前に何でそんな事言われにゃならんのだ!」

 それはごもっとも。だが俺は鬼達の意識に種を蒔き続けるぞ。変化する事を厭わぬ為の種を……!

 鬼達のためにも。そして俺自身のためにも──

「最近起きていた火事が呪返しで……このままではその影響で里が滅びるからだ!」
「火事が呪返しだと……?」
「あぁそうだ。っていうか、大体! あんた湯治に行ってたんじゃないのかよ!? 何なんだ、その娘は!」
「湯治には行った。ついでに旅館を一つ落としてそこの娘を連れてきただけだ! それの何が悪い⁉︎」

 条約、第一条の違反……悪すぎだ──!

 鬼達は長に道を作るように退き、長は俺たちの前までやってきた。

「親父……いや、緑鬼の長よ。
 条約の書の公開を求める。俺たちは全てを知り、行う義務がある……これ以上の呪返しを防ぎ、鬼の一族の未来を守るためにも!」
「なんだと……? お前……そんな者の言う事を信じるというのか⁉︎」

 飛びかかってこられたら俺、終わりだなぁ。
 怒りと同時に、敵わない者への畏怖をも感じながら、どこか冷静にそんな事を考え、目の前にいる三鬼を眺める。

「長、そんな奴の言う事聞く必要はない」
「そうだ。次は山向こうの街まで足を伸ばそうぜ」
「貴様ら……!」

 若竹は、長の後ろに立つニ鬼を睨みつけた。

「若竹よ。古くから伝わる掟として、条約の書の閲覧は長にだけ許されている。皆に公開する事はできんな」

 ソレは気の荒い者が激昂して先走りしない為の掟。これまでの様子を見る限り、ここの鬼達ならばなんとか問題はないだろう……。

 どちらかと言ったら、この長こそ閲覧する資格がない。知っていながら違反する行動をしたのだから!

「もしソレを望むのなら、お前が長になる事だな」

 長はニヤリと笑いながらそう言った。
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