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16歳の誕生日
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16歳の誕生日の朝。
夢を見て、私は文字通り飛び起きた。
どうして今まで忘れていたのだろう?
私はあの開かずの間で、エドという青年に会ったことがある。
(あれ以来一度も、お屋敷の中でエドの姿は見ていない……)
あれは夢、だったのだろうか。
もう11年も前のことだ。子供ゆえ、夢と現実を勘違いしていてもおかしくない。
もしそうだとしても、確かめずにはいられなかった。
今日一日の予定を振り返る。誕生日パーティは昼過ぎからで、ピアノの稽古は休みだから、午前中は空いている。
使用人も呼ばずに慌てて身支度をして、お気に入りの、ピンク色のドレスの裾を踏まないように気をつけながら、お屋敷の誰にも見つからないように、密かに三階へ向かった。
ーーーあの日と同じ、ポケットには聖水を忍ばせて。
***
十字架のかかる銀の扉。鍵はあの日と同じでやっぱり開いていた。ノブを回してそっと押すと、暗い室内に光の筋がゆっくりと差し込んでいく。
「そこにいるのは誰だ?」
暗闇から、懐かしい声がした。緊張して震える声で呼びかける。
「覚えてないかしら……私、ダイアナよ。むかし一度、会ったことがあるのだけど」
「ああ、ダイアナか。俺の眠りを妨げたクソガキのことなら覚えてるぜ、ついこの前のことじゃなかったか」
闇の中で人影が動く気配がして、また、静かに明かりが灯された。私の目が、11年ぶりにエドの姿を捉える。
すらりとした長身に輝く銀色の髪。赤い目。死体のように白い肌。
その姿はまったくあの日のままで、私より少し年上くらいに見える。そこに11年の年月は感じられなかった。
長いまつ毛に縁取られた真紅の瞳が、私の姿を見とめて大きく丸くなる。
「……お前、本当にあのダイアナか?」
「え?……ええ、あの、前回会ったときは5歳だったから……」
「ほお。人間の11年は、恐ろしいな」
さっきまで堂々としていたくせに、わかりやすくたじろいでいる。いくぶん気安い雰囲気になっていて、安心した私は、小さく微笑んだ。
「約束を思い出して、ここに来たの」
「約束」
「あなたの封印を解いてあげるって、あの日、約束したんだったでしょう?」
「そうだ。俺はお前が大人の女になったとき、記憶を取り戻すまじないをかけたんだ」
あの日、エドの指先が私の額に触れたときのことを思い出す。そうだったのか、それで今日の朝……
「あなたは、人間じゃないの? いつからこの部屋にいるの?」
「ハッ。お前には俺が人間に見えるのか?」
自嘲気味に歪めた口元から、尖った牙がのぞく。
「姿形は人間みたいに見えるけど……」
「でもお前は、この部屋に棲むものが人間じゃないと思ったから、聖水を持って訪ねて来たんだろう。このまえもそうだったよな」
「……え?」
「危険を察知したからだろう。その本能は当たってるよ。こっちによこせ、それ」
おずおずと右ポケットの聖水の小瓶を取り出すと、受け取ったエドはいとも簡単に蓋を取り、中身を一気に飲み干してしまう。そして袖で口元をぐっと拭うと、ニヤリと笑った。
「いいか? 俺に聖水は効かない。これでお前の身を守る武器はなくなったわけだ」
「……な、なにが言いたいの?」
「お前に拒否権はないってことだよ」
話の先が読めなくて、混乱してしまう。
「俺はエド・S・ローリング。300歳。お前の祖父にこの部屋に封印された、吸血鬼だ」
「き、吸血鬼……?」
「お前はこれから封印を解き、俺の嫁になるんだ。わかったな?」
「え!? わ……」
わからない。展開が早すぎてついていけない。吸血鬼が、実在する? いま、目の前にいる?300歳?そして……嫁?
「待って、嫁って、一体どういうこと?」
どうやら私の平凡な人生は、15歳とともに終了してしまったみたいだ。
夢を見て、私は文字通り飛び起きた。
どうして今まで忘れていたのだろう?
私はあの開かずの間で、エドという青年に会ったことがある。
(あれ以来一度も、お屋敷の中でエドの姿は見ていない……)
あれは夢、だったのだろうか。
もう11年も前のことだ。子供ゆえ、夢と現実を勘違いしていてもおかしくない。
もしそうだとしても、確かめずにはいられなかった。
今日一日の予定を振り返る。誕生日パーティは昼過ぎからで、ピアノの稽古は休みだから、午前中は空いている。
使用人も呼ばずに慌てて身支度をして、お気に入りの、ピンク色のドレスの裾を踏まないように気をつけながら、お屋敷の誰にも見つからないように、密かに三階へ向かった。
ーーーあの日と同じ、ポケットには聖水を忍ばせて。
***
十字架のかかる銀の扉。鍵はあの日と同じでやっぱり開いていた。ノブを回してそっと押すと、暗い室内に光の筋がゆっくりと差し込んでいく。
「そこにいるのは誰だ?」
暗闇から、懐かしい声がした。緊張して震える声で呼びかける。
「覚えてないかしら……私、ダイアナよ。むかし一度、会ったことがあるのだけど」
「ああ、ダイアナか。俺の眠りを妨げたクソガキのことなら覚えてるぜ、ついこの前のことじゃなかったか」
闇の中で人影が動く気配がして、また、静かに明かりが灯された。私の目が、11年ぶりにエドの姿を捉える。
すらりとした長身に輝く銀色の髪。赤い目。死体のように白い肌。
その姿はまったくあの日のままで、私より少し年上くらいに見える。そこに11年の年月は感じられなかった。
長いまつ毛に縁取られた真紅の瞳が、私の姿を見とめて大きく丸くなる。
「……お前、本当にあのダイアナか?」
「え?……ええ、あの、前回会ったときは5歳だったから……」
「ほお。人間の11年は、恐ろしいな」
さっきまで堂々としていたくせに、わかりやすくたじろいでいる。いくぶん気安い雰囲気になっていて、安心した私は、小さく微笑んだ。
「約束を思い出して、ここに来たの」
「約束」
「あなたの封印を解いてあげるって、あの日、約束したんだったでしょう?」
「そうだ。俺はお前が大人の女になったとき、記憶を取り戻すまじないをかけたんだ」
あの日、エドの指先が私の額に触れたときのことを思い出す。そうだったのか、それで今日の朝……
「あなたは、人間じゃないの? いつからこの部屋にいるの?」
「ハッ。お前には俺が人間に見えるのか?」
自嘲気味に歪めた口元から、尖った牙がのぞく。
「姿形は人間みたいに見えるけど……」
「でもお前は、この部屋に棲むものが人間じゃないと思ったから、聖水を持って訪ねて来たんだろう。このまえもそうだったよな」
「……え?」
「危険を察知したからだろう。その本能は当たってるよ。こっちによこせ、それ」
おずおずと右ポケットの聖水の小瓶を取り出すと、受け取ったエドはいとも簡単に蓋を取り、中身を一気に飲み干してしまう。そして袖で口元をぐっと拭うと、ニヤリと笑った。
「いいか? 俺に聖水は効かない。これでお前の身を守る武器はなくなったわけだ」
「……な、なにが言いたいの?」
「お前に拒否権はないってことだよ」
話の先が読めなくて、混乱してしまう。
「俺はエド・S・ローリング。300歳。お前の祖父にこの部屋に封印された、吸血鬼だ」
「き、吸血鬼……?」
「お前はこれから封印を解き、俺の嫁になるんだ。わかったな?」
「え!? わ……」
わからない。展開が早すぎてついていけない。吸血鬼が、実在する? いま、目の前にいる?300歳?そして……嫁?
「待って、嫁って、一体どういうこと?」
どうやら私の平凡な人生は、15歳とともに終了してしまったみたいだ。
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