元アイドルは現役アイドルに愛される

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1. 僕がアイドルだったとき

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「ありがとうございました!」

そう笑顔でお礼を言い去っていく少年たち。彼らは新人のアイドルグループでその瞳はキラキラと輝いていた。マスクとメガネで顔を隠す僕とは大違い。

今日は打ち合わせがあった。アイドルと作曲家。表と裏。
分かっていたつもりだった。表で働く人の陰には必ず、裏で支えてくれている人がいること。

それでも、、

美しかった記憶が辛くてそれがどうしようもなく僕を惨めにさせた。

僕はもともとアイドルとして活動していた。

16歳でデビューし、地上波の番組にもたくさん出ていたし、グループの中では最年少ではあったが、エースとしての立ち位置にもあった。いつしか個人の仕事が増え、事務所はグループの名前より、僕の名前を強調してメディアに載せるようになった。それでもメンバーはいつも僕に優しかった。可愛がってくれて、辛いときは励ましてくれて、本当にみんな温かかった。個人の仕事で忙しい僕をいたわって、コーヒーなどを買ってくれた。本当に優しい人たちだった。

忙しくも幸せだったそんなある日、僕はステージ上で不慮の事故に遭った。

「危ない!!!!」

5周年ライブのリハーサル中、天井についていた照明器具のねじが緩み、僕を下敷きにしたのだ。僕はその場で気を失い、病院へ搬送された。目が覚めたときには右脚はギプスで固定されており、右腕も心なしか動かしにくかった。

「神経を損傷したためリハビリをしても以前のように動かすことは難しいでしょう」

頭をガツンと殴られたようだった。
もう踊れない、ステージに立つことはできないのか、と絶望の淵に追いやられた。

そんなとき、僕を救ってくれたのはやっぱりメンバーだった。

「今まで頑張ってきたんだからゆっくり休めよ」
「そうそう、今まで奏多が頑張りすぎだって、神様が休憩をくれたんだ」
「いつまでも俺らは待ってるし、パフォーマンスのことも皆で考えながらゆっくりやっていこう」

その日、僕は子どものように大泣きした。
そんな僕を兄さんたちは優しく抱きしめて、頭を撫でながら笑いかけてくれた。

『俺らはいつだって5人で一つだから』

その言葉を励みに僕は死に物狂いでリハビリに取り組んだ。

※※※※※※

しかし、その言葉を守ることはできなかった。

何とか辛いリハビリに耐え、レッスンが再開した。もちろん以前のように踊ることなどできず、もどかしさだけが募っていく。

「上手く行かなくても大丈夫だから、今日は初日だし無理しちゃダメだ」
思うように動けず気を落とす自分にリーダーの海里は優しく声をかけてくれた。

「…うん、ありがとう」


そして僕は無事グループへの復帰を果たした。復帰するまでの1ヶ月間、僕は本当に努力した。でも世間の声はそんなに甘くはなかった。僕のファンは僕の復帰を喜んだが、そうではない声も多かった。

『奏多だけダンス遅れてね?』
『なんか全体的に完成度下がった気がする』
『中途半端に戻ってくんなよ』

心無い言葉が溢れかえっていた。

「俺らは奏多と一緒に活動できて嬉しいし、努力してきたのも知ってるから」

「…うん、僕も復帰できて嬉しい」


メンバーの慰めにそうは言ったものの、心の何処かで分かっていた。もう、自分の居場所はここではないと。

特に僕の心に刺さったのは
『メンバーのこと考えてるなら脱退』
といったメンバーへの迷惑をかけていることを指摘する声だった。

ズキズキと痛む心を無視して今日も練習室へと向かう。

「っ今はそんなこと言ってられないだろ!」

部屋の中からリーダーの海里の怒声がきこえる。比較的穏やかなメンバーが多いこのグループで喧嘩というのは珍しかった。

「…俺はもう耐えられない。このグループを抜ける」

……え、、

そう言ったのは僕より3つ年上のメンバー、颯真だった。メインボーカルとしてグループを引っ張ってくれて、昔はよく一緒に出かけたりもした。僕が仕事に忙しくなってからは話すことも減ったが、よく膝の上にも乗るくらい僕の大好きなお兄さん的な存在だった。

「今抜けたらどうなるか分かるだろ!」

普段怒らないリーダーの強い言葉に扉をなかなか開けることができない。

「…俺はもう奏多とは一緒に活動できない」


頭を殴られたよう、とはまさにこのこと。大好きなお兄さんから言われた一言が胸の奥に突き刺さり、足は石のように重たく動かない。

その場から僕は立ち去りそのままマネージャーに連絡を入れた。

『辞めます』と

マネージャーに「辞めます」とだけメッセージを送り、僕はそのまま誰にも会わずに事務所を後にした。
引き止める声も、優しい慰めも、今の僕には颯真さんのあの言葉をかき消すほどの力は持っていなかった。

「僕がいなければ、みんなはまた高く飛べる」  

そう自分に言い聞かせ、僕はグループを脱退した。世間はエースの突然の脱退に騒いだが、僕はアイドルとして一切の表舞台から姿を消した。けれど、歌うこと、表現することへの未練は断ち切れなかった。足が不自由でも、踊れなくても、声さえあれば、一人なら誰にも迷惑をかけずに戦えるはずだ。僕は密かにソロアーティストとしての再起を誓い、リハビリとボイストレーニングに明け暮れる日々を送った。

しかし、現実は僕の予想とは全く違う方向へと転がっていった。
脱退から半年が過ぎた頃、スマホの通知が鳴り止まなくなった。画面に踊っていたのは、信じたくない文字だった。
『人気グループ、電撃解散。エース脱退後の人気低迷に歯止めかからず』
心臓が早鐘を打つ。慌ててニュースをクリックすると、そこにはかつての仲間たちの、どこかやつれた顔が並んでいた。

僕が抜けた後、グループの歯車は狂い始めていたらしい。僕の穴を埋めようと無理を重ねたパフォーマンス、エース不在によるスポンサーの撤退、そして何より、僕を追い込んだという罪悪感や不協和音が、彼らからかつての輝きを奪ってしまったのだ。
事務所は、採算が取れなくなった彼らをあっさりと切り捨てた。

「……嘘だ」

僕が身を引けば、彼らは幸せになれるはずだった。颯真さんも、リーダーの海里も、また笑ってステージに立てると思っていた。なのに、僕の選択が彼らの居場所を奪ってしまった。
僕がソロとして表舞台に立つことは、彼らの挫折の上に胡座をかくことではないのか。
今の僕に、あのキラキラした世界に戻る資格なんてあるはずがない。
僕は準備していたデモテープをすべてゴミ箱に捨てた。

鏡に映る自分を見るのが耐えられず、マスクとメガネで顔を隠した。
あの日、僕を支えてくれた温かいコーヒーの味も、リハビリを応援してくれた言葉も、すべてが鋭い刃となって自分に突き刺さる。  

「ごめん、みんな……本当に、ごめん……」

もう二度と、ライトを浴びることはない。
僕は自分の名前を捨て、顔を隠し、誰かのための曲を書く「裏方」として生きることを決めた。
今日の打ち合わせで見た新人アイドルの輝きは、かつての僕たちの姿そのもので、それがたまらなく美しく、そして吐き気がするほど惨めだった。  
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