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6. 約束のご飯
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約束のご飯の日。奏多は鏡の前で、ひどく落ち着かない時間を過ごしていた。
数年ぶりに手にするヘアワックスと、隈を隠すためのコンシーラー。かつては呼吸をするようにこなしていたメイクとヘアセットが、今の自分には分不相応な儀式のように感じられた。
「……変じゃないかな」
鏡に映るのは、全盛期のエースの面影を無理やり繋ぎ合わせたような、細すぎる男の姿だ。それでも、少しだけ整えた髪と、不健康な青白さを隠した肌は、どこか「アイドル・奏多」の断片を呼び起こしていた。
待ち合わせ場所の個室レストランに現れたリオは、今日も太陽のように眩しかった。
「奏多さん!……うわぁ、やっぱり。めちゃくちゃカッコいいです! その髪型、昔の雑誌のオマージュですか?」
「……少し、気合を入れすぎたかもしれない」
はしゃぐリオに気圧されながら、奏多は小さく笑った。運ばれてくる料理を前にしても、奏多の箸はなかなか進まない。そんな彼を見つめながら、リオは身を乗り出して真っ直ぐな願いを口にした。
「奏多さん。僕、やっぱり……また奏多さんがステージで歌って、踊る姿が見たいです。もう一度、アイドルに戻ってくれませんか?」
心臓がドクンと跳ねた。それは、奏多が自分自身にさえ禁じていた言葉だった。
「……無理だよ。僕は、あの人たち……メンバーに合わせる顔がないんだ。僕が勝手に逃げ出したせいで、みんなの場所を奪った。今さら戻るなんて、そんな気まずいこと、僕にはできない」
声を震わせ、奏多は自嘲気味に自分の細い腕を見つめた。
「それに見てよ、この姿。今の僕はただのガリガリな影だ。アイドルっていうのは、夢を与える仕事だろう? こんな不健康で見窄らしい人間が、表に立つ資格なんてないんだよ」
沈黙が流れる。奏多は、リオが諦めてくれることを期待した。しかし、返ってきたのは、予想に反する力強い言葉だった。
「……だったら、健康になればいいだけですよね?」
「え?」
「気まずいのも、体が細いのも、全部これから変えていけばいいんです。はい、決まりました!」
リオは自分のスマホを取り出し、カレンダーアプリを高速で叩き始めた。
「週に2日。僕と一緒にご飯を食べましょう。僕が奏多さんの栄養管理……というか、とにかく美味しく食べる時間を監視します!」
「ちょっと、リオくん、週2回は多すぎ――」
「拒否権はありません! 奏多さんが一人で食べると、どうせまた『自分に資格があるか』なんて難しいこと考えて残すんでしょう? 僕がいれば、楽しくて完食しちゃいますから。大丈夫、僕が奏多さんを、誰よりもアイドルに相応しい姿に戻してみせます」
パーマのかかった金髪を揺らし、リオは「ワンコ」のような人懐っこい、けれど有無を言わせない瞳で微笑んだ。
半ば強制的に取り付けられた約束。困惑しながらも、奏多の胸の奥底に沈んでいた冷たい鉛が、リオの強引な温かさによって、ほんの少しだけ溶け始めていた。
数年ぶりに手にするヘアワックスと、隈を隠すためのコンシーラー。かつては呼吸をするようにこなしていたメイクとヘアセットが、今の自分には分不相応な儀式のように感じられた。
「……変じゃないかな」
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「奏多さん!……うわぁ、やっぱり。めちゃくちゃカッコいいです! その髪型、昔の雑誌のオマージュですか?」
「……少し、気合を入れすぎたかもしれない」
はしゃぐリオに気圧されながら、奏多は小さく笑った。運ばれてくる料理を前にしても、奏多の箸はなかなか進まない。そんな彼を見つめながら、リオは身を乗り出して真っ直ぐな願いを口にした。
「奏多さん。僕、やっぱり……また奏多さんがステージで歌って、踊る姿が見たいです。もう一度、アイドルに戻ってくれませんか?」
心臓がドクンと跳ねた。それは、奏多が自分自身にさえ禁じていた言葉だった。
「……無理だよ。僕は、あの人たち……メンバーに合わせる顔がないんだ。僕が勝手に逃げ出したせいで、みんなの場所を奪った。今さら戻るなんて、そんな気まずいこと、僕にはできない」
声を震わせ、奏多は自嘲気味に自分の細い腕を見つめた。
「それに見てよ、この姿。今の僕はただのガリガリな影だ。アイドルっていうのは、夢を与える仕事だろう? こんな不健康で見窄らしい人間が、表に立つ資格なんてないんだよ」
沈黙が流れる。奏多は、リオが諦めてくれることを期待した。しかし、返ってきたのは、予想に反する力強い言葉だった。
「……だったら、健康になればいいだけですよね?」
「え?」
「気まずいのも、体が細いのも、全部これから変えていけばいいんです。はい、決まりました!」
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「週に2日。僕と一緒にご飯を食べましょう。僕が奏多さんの栄養管理……というか、とにかく美味しく食べる時間を監視します!」
「ちょっと、リオくん、週2回は多すぎ――」
「拒否権はありません! 奏多さんが一人で食べると、どうせまた『自分に資格があるか』なんて難しいこと考えて残すんでしょう? 僕がいれば、楽しくて完食しちゃいますから。大丈夫、僕が奏多さんを、誰よりもアイドルに相応しい姿に戻してみせます」
パーマのかかった金髪を揺らし、リオは「ワンコ」のような人懐っこい、けれど有無を言わせない瞳で微笑んだ。
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