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5. ワンコリオ
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「僕、奏多さんに憧れて芸能界に入ったんです!」
「あ、はは。ぁりがとう…」
曖昧に返事をして返す。
今まで正体を隠して活動してきたのがこんなところでバレるなんて。
はやくこの場を去りたい。そう思っていた矢先、彼の後ろにちらりと颯真の姿が見える。キョロキョロとしており、突然居なくなった自分を探しているようだった。
やばい、今はマスクもしてないしバレる。
「ちょ、すみませんっ」
「え」
奏多は相手の手を握ったままその場を走りだした。
地下の駐車場まで来たとき、自分が名前も知らない後輩アイドルを無理やりひぱって来てしまったことに気づく。
地下駐車場の薄暗い明かりの下、奏多は荒い呼吸を整えながら、握りしめていた少年の手をようやく離した。
「あ……ごめん。急に引っ張ったりして」
マスクをつけ直す余裕もなかった。剥き出しになった奏多の顔を、金髪の少年——リオは、零れ落ちそうなほど大きな瞳で見つめている。
「……やっぱり、奏多さんだ。僕、ずっと動画で見てたから分かります。どんなに痩せても、綺麗な目は変わってない」
「……」
奏多は黙って視線を伏せた。正体不明の作曲家「K」としての仮面が、こんなにもあっけなく剥がれ落ちるとは思わなかった。今の自分は、彼が憧れていた頃の輝かしいエースではない。ただの逃亡者だ。
「……とりあえず、ここじゃ目立つから。車に乗って」
このまま放っておくわけにもいかず、奏多は彼を助手席に乗せ、自身の古びた車を走らせた。
車内での告白
車内には重苦しい沈黙が流れる。しかし、隣に座るリオからは、まるで陽だまりのようなエネルギーが溢れ出していた。
「あの、自己紹介が遅れました!僕、リオっていいます。新人グループでセンターをやってます」
リオは人懐っこい笑顔を浮かべ、膝の上で拳を握りしめた。
「Kさんが奏多さんだって気づいたとき、心臓が止まるかと思いました!僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです。あの事故のときも、解散のときも、ずっと……ずっと信じて待ってました」
「リオくん、僕はもう……君が思っているような人間じゃないんだ」
奏多はハンドルを握る手に力を込めた。細くなった手首が、街灯の光に照らされて白く浮き上がる。
「今の僕はただの裏方だ。体も心もボロボロで、みんなから逃げ出した卑怯者なんだよ。……さっきの颯真にも偶然会ったんだけど合わせる顔がない」
「そんなことないです!」
リオの声が狭い車内に響いた。彼は真っ直ぐに奏多を見つめる。
「こないだ奏多さんの曲を聴いて確信しました。あんなに優しくて、切なくて、でも前を向こうとする曲を書けるのは、誰よりも音楽を愛してる奏多さんだけです。これは運命ですよ。僕、奏多さんに会えたら、絶対にお願いしようって決めてたんです」
リオは身を乗り出すようにして続けた。
「これも何かの縁です!今度、僕とご飯に行ってください。奏多さんのこと、もっと知りたいんです」
「……ご飯?」
「はい!あ、もちろん奏多さんの体調が良い時で構いません。断らせませんからね!」
わんこのように尻尾を振っている幻覚が見えるほどの、猛烈なアタック。拒絶する隙さえ与えないその明るさに、奏多は毒気を抜かれたように「……分かったよ。連絡先、教えて」と小さく呟くしかなかった。
眩しすぎる光
リオを事務所近くで降ろした後、奏多は一人、自宅の駐車場でハンドルに額を預けた。
「……疲れた」
数年ぶりに他人と、それもあんなに真っ直ぐな「光」と対峙して、精神的な疲労がどっと押し寄せてくる。
リオの金髪、パーマのかかった柔らかな髪、そして曇りのない瞳。 そのどれもが、かつての自分たちを思い出させて胸が疼いた。
彼は「運命」だと言った。けれど、その運命が自分にとって救いになるのか、それともさらなる罰になるのか、今の奏多にはまだ分からなかった。
ただ、ポケットの中で震えたスマホの通知——リオからの『今日はありがとうございました!宝物にします!』というメッセージだけが、冷え切った奏多の心を、ほんの少しだけ揺らした。
「あ、はは。ぁりがとう…」
曖昧に返事をして返す。
今まで正体を隠して活動してきたのがこんなところでバレるなんて。
はやくこの場を去りたい。そう思っていた矢先、彼の後ろにちらりと颯真の姿が見える。キョロキョロとしており、突然居なくなった自分を探しているようだった。
やばい、今はマスクもしてないしバレる。
「ちょ、すみませんっ」
「え」
奏多は相手の手を握ったままその場を走りだした。
地下の駐車場まで来たとき、自分が名前も知らない後輩アイドルを無理やりひぱって来てしまったことに気づく。
地下駐車場の薄暗い明かりの下、奏多は荒い呼吸を整えながら、握りしめていた少年の手をようやく離した。
「あ……ごめん。急に引っ張ったりして」
マスクをつけ直す余裕もなかった。剥き出しになった奏多の顔を、金髪の少年——リオは、零れ落ちそうなほど大きな瞳で見つめている。
「……やっぱり、奏多さんだ。僕、ずっと動画で見てたから分かります。どんなに痩せても、綺麗な目は変わってない」
「……」
奏多は黙って視線を伏せた。正体不明の作曲家「K」としての仮面が、こんなにもあっけなく剥がれ落ちるとは思わなかった。今の自分は、彼が憧れていた頃の輝かしいエースではない。ただの逃亡者だ。
「……とりあえず、ここじゃ目立つから。車に乗って」
このまま放っておくわけにもいかず、奏多は彼を助手席に乗せ、自身の古びた車を走らせた。
車内での告白
車内には重苦しい沈黙が流れる。しかし、隣に座るリオからは、まるで陽だまりのようなエネルギーが溢れ出していた。
「あの、自己紹介が遅れました!僕、リオっていいます。新人グループでセンターをやってます」
リオは人懐っこい笑顔を浮かべ、膝の上で拳を握りしめた。
「Kさんが奏多さんだって気づいたとき、心臓が止まるかと思いました!僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです。あの事故のときも、解散のときも、ずっと……ずっと信じて待ってました」
「リオくん、僕はもう……君が思っているような人間じゃないんだ」
奏多はハンドルを握る手に力を込めた。細くなった手首が、街灯の光に照らされて白く浮き上がる。
「今の僕はただの裏方だ。体も心もボロボロで、みんなから逃げ出した卑怯者なんだよ。……さっきの颯真にも偶然会ったんだけど合わせる顔がない」
「そんなことないです!」
リオの声が狭い車内に響いた。彼は真っ直ぐに奏多を見つめる。
「こないだ奏多さんの曲を聴いて確信しました。あんなに優しくて、切なくて、でも前を向こうとする曲を書けるのは、誰よりも音楽を愛してる奏多さんだけです。これは運命ですよ。僕、奏多さんに会えたら、絶対にお願いしようって決めてたんです」
リオは身を乗り出すようにして続けた。
「これも何かの縁です!今度、僕とご飯に行ってください。奏多さんのこと、もっと知りたいんです」
「……ご飯?」
「はい!あ、もちろん奏多さんの体調が良い時で構いません。断らせませんからね!」
わんこのように尻尾を振っている幻覚が見えるほどの、猛烈なアタック。拒絶する隙さえ与えないその明るさに、奏多は毒気を抜かれたように「……分かったよ。連絡先、教えて」と小さく呟くしかなかった。
眩しすぎる光
リオを事務所近くで降ろした後、奏多は一人、自宅の駐車場でハンドルに額を預けた。
「……疲れた」
数年ぶりに他人と、それもあんなに真っ直ぐな「光」と対峙して、精神的な疲労がどっと押し寄せてくる。
リオの金髪、パーマのかかった柔らかな髪、そして曇りのない瞳。 そのどれもが、かつての自分たちを思い出させて胸が疼いた。
彼は「運命」だと言った。けれど、その運命が自分にとって救いになるのか、それともさらなる罰になるのか、今の奏多にはまだ分からなかった。
ただ、ポケットの中で震えたスマホの通知——リオからの『今日はありがとうございました!宝物にします!』というメッセージだけが、冷え切った奏多の心を、ほんの少しだけ揺らした。
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