17 / 42
第2部
第4話:彼女が生きる意味
しおりを挟む
廃進広大の言う通り、撮影は決行された。
編集に定評がある奴がいるらしく、気持ち悪い声を追加するのだとか。
だからこそ、苔ノ橋剛はただベッドの上で奴等を睨みつけるのみ。
それだけで、一本の動画が完成してしまうのだ。
「よっしゃぁ。これでまた100万再生余裕だな」
「今から何か美味いものでも食いに行こうぜ」
「俺、焼肉がいいわぁ~。それか、回らない寿司のどっちかだな」
一味の連中が嬉しい声を上げる中、リーダー格の廃進広大は嘆きの声を上げる。
「ったく……お前ら……編集作業も残ってるんだぞ……?」
廃進広大とその一味は病室を出ていく。
奴等は暴れるだけ。一方的に理不尽なことをしてるだけ。
人様を傷付けて、お金を稼ぐ。なんて、安い商売なのだろうか。
こんな仕事が成り立ってもいいのだろうか、おかしいだろう。
「…………ははははは」
心底悔しかった。何もできない自分が情けなかった。
苔ノ橋剛は病室の床に倒れ、涙を流してしまう。
そんな彼の元へと、西方リリカは歩み寄って耳元で囁くのだ。
「ねぇ? バチャ豚、アンタに何ができるの? 復讐するとか言ってたけど……な~にもできてないじゃん。何もできなくて、ただブヒブヒするだけの存在じゃん。ほんとう、ダッサ。口だけの男よね~。マジで笑っちゃうんだけど。ほら、言い返してみなよ。アレだけイキってたのに、アンタは何もない。何もできない、ただの豚。かかってきなよ、豚」
「……………………」
戦意を喪失した苔ノ橋はもう何も言わなかった。
何も考えたくなかった。
復讐すると言っていたが、どうすればいいのだ。
登録者数100万人越えの相手に。
ただの凡人が、どうやって勝てば。
「おい、リリカ。さっさと行くぞ。こんな奴なんて放っておけ」
「はぁ~い。わかってるって」
西方リリカは、苔ノ橋の前では一度もしたことがない甘い声を出した。
でも、と森の奥でひっそりと暮らす魔女のような薄気味悪い笑みで。
「でも、しっかりと豚さんは調教しとかないとダメでしょ? 誰のために奉仕するべきか、それをしっかりと教えておかないとすぐに調子に乗るんだから」
「ったく……またリリカの悪いクセが始まったよ。金を作る道具にしかならないんだから、使えなくなったら……そのままゴミ溜めにでも捨てればいいのに」
「あたしはね、敵を作らない主義なの。あたしはね、どんな人間にも愛されたいの。この世界の全人類から愛されるべき人間だと思うの」
だから、と呟きながら、苔ノ橋剛へと目線を変えて。
「こんな豚さんでも、あたしは無償の愛をプレゼントしてあげるの。そうしたら、人様に愛されたことがない醜い豚は全員あたしの虜になる。それが堪らなく好きなんだよね。あたしのことしか考えれない生きた奴隷になるのがさ」
子供の頃からずっと一緒だった幼馴染み。
何かあると、必ず自分の味方になってくれた大好きな女の子。
彼女が望んでいたのは、自分の思い通りになる奴隷だったのだ。
「ねぇ、バチャ豚。今ここでアンタにチャンスをあげるよ❤︎」
何も話さない苔ノ橋に対して、西方リリカは容赦ない言葉を吐き捨てる。
「今ここであたしの靴を舐めてみて❤︎」
(靴を舐めろだと……? こ、この女は何を言ってるんだ……?)
「そしたら、アンタをあたしの奴隷にしてあげるから。もう手荒い真似をしないようにしてあげるからさ❤︎ ねぇ、靴を舐めてみない??」
東雲翼に出会ってから、苔ノ橋剛の日常は変わった。
彼女と過ごす日々を思い出すだけで、嫌な記憶を忘れることができた。
それでも、またアイツらが目の前に現れて、最悪な日常に戻ってしまうのか。
「嫌だ……嫌だ……そ、そんなの嫌だぁ……嫌だぁ……」
折角、新たな幸せを手にしたばかりなのに……。
それさえもまた壊れてしまうのだろうか。それだけは絶対に嫌だ。
「そんなに拒絶しなくてもいいじゃん。でも、あたし待ってるよ❤︎ 豚くんが自分からあたしの奴隷になりたいって言ってくる日が来るってね❤︎ だから、あたしはずっとずっと待ってる❤︎ アンタが自分からあたしの奴隷になる日がくるの❤︎」
そう捨てセリフを吐き、西方リリカは出て行った。
久々に自分のおもちゃと遊べて楽しかったのだろう。
その足取りは軽く、浮き足になっていた。余程嬉しかったのだろう。
◇◆◇◆◇◆
もう二度と関わりたくない幼馴染みが出て行った数分後。
入れ違いと言った感じで、東雲翼が病室へと入ってきた。
彼女は散らかった部屋を見ると、口元を押さえて目を丸くさせる。
でも、それ以上に彼女の心を苦しめたのは——。
「苔ノ橋くん……苔ノ橋くん」
苔ノ橋の表情が死んでいた。
東雲翼の前では喜怒哀楽があり、表情豊かな苔ノ橋剛が全く動いてないのだ。
あの日、自分の自殺を止めてくれた少年が。
あれほど元気に満ち溢れていた彼から笑みが消えていたのだ。
「な……何があったの? ねぇ、お、教えて……苔ノ橋くん」
東雲翼は泣いていた。
何が起きたのか、そんなこと知るはずもないのに。
ただ変わり果てた彼の姿に落ち込んでいるのだ。
「…………翼を巻き込みたくない」
「もしかして、さっきのひとたち? あの高校生の」
見抜かれてしまった。
東雲翼は、どうやら彼等と出会していたらしい。
これ以上彼女と関わり続けると、迷惑を掛けてしまうかもしれない。
自分のせいで、今までに——母親も先生も傷付けられてしまった。
「……ダメだ、ダメだ……ダメだ……ダメだ……そんなの絶対にダメだ」
また次——東雲翼さえも傷付けられてしまったら——。
大切な人が傷付く姿をこれ以上はもう見たくないのだ。
だから——。
「ごめん……翼、もうこれ以上僕に関わるのをやめてくれないか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何を言っているのか意味が分からないよ、突然」
意味が分からないと言われたところで、苔ノ橋剛の気持ちは変わらない。
「僕に関わると、翼が不幸になるから。だから、これ以上はもう……」
「何があったの? ちゃんと話してよ。何も分からないじゃん!! しっかりと理由を教えられたら、わたしも納得するし理解できるかもしれないじゃん!!」
東雲翼のことだ。
自分が苦しんでいると知ったら、必ず救いの手を差し伸べてくれるだろう。
でも、それではダメだ。
もうこれ以上、自分のせいで誰一人として傷付いてほしくないから。
「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」
顔を落として死んだように同じ言葉を呟く苔ノ橋剛。
そんな彼の姿を見て、東雲翼は近くの炭酸飲料を手に取った。
東雲翼が奢ってくれた日以来、苔ノ橋もハマって飲み続ける品物を。
「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」
教えられたことしかできないロボットのように呟く苔ノ橋剛。
そんな生きた屍である彼の頭から、東雲翼は炭酸飲料をぶっかける。
「ふざけんなッ!! 自分から関わってきたくせにッ!! 自分からわたしに関わってきたくせにッ!! こんなときだけ調子のいいことを言うなァ!!」
東雲翼の口から漏れ出たのは魂の叫び。
あの日、救われた少女が始めて漏らす本音。
「どうして一人で全部背負い込むのよッ!! どうしてもっとわたしを頼ってくれないの。どうしてわたしを避けるのよッ!! このバカッ!!」
バカと呼ばれたことは何度もあった。
ただ、彼女の口から出たその言葉は、妙に安心感があった。
頭から炭酸飲料をぶっかけられ、ビショビショに濡れてしまった。
でも、そのおかげで頭の中が冴え渡っている。
「いいから教えて。今まで何があったのか。苔ノ橋くんに何があったのか」
辿々しい話だったが、苔ノ橋剛は過去を語った。
今まで自分が散々な目に遭っていた現実を。
どうして自分がこの病院で長期間入院しているのかを。
今の今まで彼女に隠し続けていたことを。
「これで僕の話は全部終わりだ……僕は負けたんだ。あいつらに」
何もかもを諦めたように呟く苔ノ橋剛。
そんな彼を優しく抱きしめるのは東雲翼。
彼女は全てを聞き終える前から号泣し、「ひどい、ひどいよ、そんなの」とひたすらに呟いていた。
そんな誰かを思い遣る気持ちを持つ少女は言うのである。
「復讐しようよ、わたしと一緒に」と。
復讐。
簡単に言いのける東雲翼に対して、苔ノ橋は忠告する。
「だ、ダメだ……翼にまで迷惑がかかる。これは僕の問題なんだ」
「ううん、違うよ。これはもう二人の問題だよ」
「……こ、これは僕の問題だ、僕の。翼は関わらないほうがいい」
苔ノ橋剛は引き止める。
敵の大きさを理解しているからだ。
敵わない敵だと理解しているからだ。
「あの日、わたしは人生を捨てようと思った」
それでも、東雲翼は決して諦めない。
あの日、人生が変わったのだから。
彼と出会って。彼に救われて。
「キミがわたしを生かしたんだよ」
突然愛の告白をされてビックリした。
でも自殺を止め、彼との時間を過ごした。
そして、手術を受ける前日。
彼女は、人生の全てを彼に捧げると誓ったのだ。
勇気が欲しいと言って、彼の唇を奪ってから。
「だから、次はわたしの番だよ」
東雲翼。十六歳。
恋に恋する時代は終わり、本気で誰かを恋してしまった少女は宣言する。
「わたしはキミのために恩返しがしたいんだ!」と。
編集に定評がある奴がいるらしく、気持ち悪い声を追加するのだとか。
だからこそ、苔ノ橋剛はただベッドの上で奴等を睨みつけるのみ。
それだけで、一本の動画が完成してしまうのだ。
「よっしゃぁ。これでまた100万再生余裕だな」
「今から何か美味いものでも食いに行こうぜ」
「俺、焼肉がいいわぁ~。それか、回らない寿司のどっちかだな」
一味の連中が嬉しい声を上げる中、リーダー格の廃進広大は嘆きの声を上げる。
「ったく……お前ら……編集作業も残ってるんだぞ……?」
廃進広大とその一味は病室を出ていく。
奴等は暴れるだけ。一方的に理不尽なことをしてるだけ。
人様を傷付けて、お金を稼ぐ。なんて、安い商売なのだろうか。
こんな仕事が成り立ってもいいのだろうか、おかしいだろう。
「…………ははははは」
心底悔しかった。何もできない自分が情けなかった。
苔ノ橋剛は病室の床に倒れ、涙を流してしまう。
そんな彼の元へと、西方リリカは歩み寄って耳元で囁くのだ。
「ねぇ? バチャ豚、アンタに何ができるの? 復讐するとか言ってたけど……な~にもできてないじゃん。何もできなくて、ただブヒブヒするだけの存在じゃん。ほんとう、ダッサ。口だけの男よね~。マジで笑っちゃうんだけど。ほら、言い返してみなよ。アレだけイキってたのに、アンタは何もない。何もできない、ただの豚。かかってきなよ、豚」
「……………………」
戦意を喪失した苔ノ橋はもう何も言わなかった。
何も考えたくなかった。
復讐すると言っていたが、どうすればいいのだ。
登録者数100万人越えの相手に。
ただの凡人が、どうやって勝てば。
「おい、リリカ。さっさと行くぞ。こんな奴なんて放っておけ」
「はぁ~い。わかってるって」
西方リリカは、苔ノ橋の前では一度もしたことがない甘い声を出した。
でも、と森の奥でひっそりと暮らす魔女のような薄気味悪い笑みで。
「でも、しっかりと豚さんは調教しとかないとダメでしょ? 誰のために奉仕するべきか、それをしっかりと教えておかないとすぐに調子に乗るんだから」
「ったく……またリリカの悪いクセが始まったよ。金を作る道具にしかならないんだから、使えなくなったら……そのままゴミ溜めにでも捨てればいいのに」
「あたしはね、敵を作らない主義なの。あたしはね、どんな人間にも愛されたいの。この世界の全人類から愛されるべき人間だと思うの」
だから、と呟きながら、苔ノ橋剛へと目線を変えて。
「こんな豚さんでも、あたしは無償の愛をプレゼントしてあげるの。そうしたら、人様に愛されたことがない醜い豚は全員あたしの虜になる。それが堪らなく好きなんだよね。あたしのことしか考えれない生きた奴隷になるのがさ」
子供の頃からずっと一緒だった幼馴染み。
何かあると、必ず自分の味方になってくれた大好きな女の子。
彼女が望んでいたのは、自分の思い通りになる奴隷だったのだ。
「ねぇ、バチャ豚。今ここでアンタにチャンスをあげるよ❤︎」
何も話さない苔ノ橋に対して、西方リリカは容赦ない言葉を吐き捨てる。
「今ここであたしの靴を舐めてみて❤︎」
(靴を舐めろだと……? こ、この女は何を言ってるんだ……?)
「そしたら、アンタをあたしの奴隷にしてあげるから。もう手荒い真似をしないようにしてあげるからさ❤︎ ねぇ、靴を舐めてみない??」
東雲翼に出会ってから、苔ノ橋剛の日常は変わった。
彼女と過ごす日々を思い出すだけで、嫌な記憶を忘れることができた。
それでも、またアイツらが目の前に現れて、最悪な日常に戻ってしまうのか。
「嫌だ……嫌だ……そ、そんなの嫌だぁ……嫌だぁ……」
折角、新たな幸せを手にしたばかりなのに……。
それさえもまた壊れてしまうのだろうか。それだけは絶対に嫌だ。
「そんなに拒絶しなくてもいいじゃん。でも、あたし待ってるよ❤︎ 豚くんが自分からあたしの奴隷になりたいって言ってくる日が来るってね❤︎ だから、あたしはずっとずっと待ってる❤︎ アンタが自分からあたしの奴隷になる日がくるの❤︎」
そう捨てセリフを吐き、西方リリカは出て行った。
久々に自分のおもちゃと遊べて楽しかったのだろう。
その足取りは軽く、浮き足になっていた。余程嬉しかったのだろう。
◇◆◇◆◇◆
もう二度と関わりたくない幼馴染みが出て行った数分後。
入れ違いと言った感じで、東雲翼が病室へと入ってきた。
彼女は散らかった部屋を見ると、口元を押さえて目を丸くさせる。
でも、それ以上に彼女の心を苦しめたのは——。
「苔ノ橋くん……苔ノ橋くん」
苔ノ橋の表情が死んでいた。
東雲翼の前では喜怒哀楽があり、表情豊かな苔ノ橋剛が全く動いてないのだ。
あの日、自分の自殺を止めてくれた少年が。
あれほど元気に満ち溢れていた彼から笑みが消えていたのだ。
「な……何があったの? ねぇ、お、教えて……苔ノ橋くん」
東雲翼は泣いていた。
何が起きたのか、そんなこと知るはずもないのに。
ただ変わり果てた彼の姿に落ち込んでいるのだ。
「…………翼を巻き込みたくない」
「もしかして、さっきのひとたち? あの高校生の」
見抜かれてしまった。
東雲翼は、どうやら彼等と出会していたらしい。
これ以上彼女と関わり続けると、迷惑を掛けてしまうかもしれない。
自分のせいで、今までに——母親も先生も傷付けられてしまった。
「……ダメだ、ダメだ……ダメだ……ダメだ……そんなの絶対にダメだ」
また次——東雲翼さえも傷付けられてしまったら——。
大切な人が傷付く姿をこれ以上はもう見たくないのだ。
だから——。
「ごめん……翼、もうこれ以上僕に関わるのをやめてくれないか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何を言っているのか意味が分からないよ、突然」
意味が分からないと言われたところで、苔ノ橋剛の気持ちは変わらない。
「僕に関わると、翼が不幸になるから。だから、これ以上はもう……」
「何があったの? ちゃんと話してよ。何も分からないじゃん!! しっかりと理由を教えられたら、わたしも納得するし理解できるかもしれないじゃん!!」
東雲翼のことだ。
自分が苦しんでいると知ったら、必ず救いの手を差し伸べてくれるだろう。
でも、それではダメだ。
もうこれ以上、自分のせいで誰一人として傷付いてほしくないから。
「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」
顔を落として死んだように同じ言葉を呟く苔ノ橋剛。
そんな彼の姿を見て、東雲翼は近くの炭酸飲料を手に取った。
東雲翼が奢ってくれた日以来、苔ノ橋もハマって飲み続ける品物を。
「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」「翼を巻き込みたくない」
教えられたことしかできないロボットのように呟く苔ノ橋剛。
そんな生きた屍である彼の頭から、東雲翼は炭酸飲料をぶっかける。
「ふざけんなッ!! 自分から関わってきたくせにッ!! 自分からわたしに関わってきたくせにッ!! こんなときだけ調子のいいことを言うなァ!!」
東雲翼の口から漏れ出たのは魂の叫び。
あの日、救われた少女が始めて漏らす本音。
「どうして一人で全部背負い込むのよッ!! どうしてもっとわたしを頼ってくれないの。どうしてわたしを避けるのよッ!! このバカッ!!」
バカと呼ばれたことは何度もあった。
ただ、彼女の口から出たその言葉は、妙に安心感があった。
頭から炭酸飲料をぶっかけられ、ビショビショに濡れてしまった。
でも、そのおかげで頭の中が冴え渡っている。
「いいから教えて。今まで何があったのか。苔ノ橋くんに何があったのか」
辿々しい話だったが、苔ノ橋剛は過去を語った。
今まで自分が散々な目に遭っていた現実を。
どうして自分がこの病院で長期間入院しているのかを。
今の今まで彼女に隠し続けていたことを。
「これで僕の話は全部終わりだ……僕は負けたんだ。あいつらに」
何もかもを諦めたように呟く苔ノ橋剛。
そんな彼を優しく抱きしめるのは東雲翼。
彼女は全てを聞き終える前から号泣し、「ひどい、ひどいよ、そんなの」とひたすらに呟いていた。
そんな誰かを思い遣る気持ちを持つ少女は言うのである。
「復讐しようよ、わたしと一緒に」と。
復讐。
簡単に言いのける東雲翼に対して、苔ノ橋は忠告する。
「だ、ダメだ……翼にまで迷惑がかかる。これは僕の問題なんだ」
「ううん、違うよ。これはもう二人の問題だよ」
「……こ、これは僕の問題だ、僕の。翼は関わらないほうがいい」
苔ノ橋剛は引き止める。
敵の大きさを理解しているからだ。
敵わない敵だと理解しているからだ。
「あの日、わたしは人生を捨てようと思った」
それでも、東雲翼は決して諦めない。
あの日、人生が変わったのだから。
彼と出会って。彼に救われて。
「キミがわたしを生かしたんだよ」
突然愛の告白をされてビックリした。
でも自殺を止め、彼との時間を過ごした。
そして、手術を受ける前日。
彼女は、人生の全てを彼に捧げると誓ったのだ。
勇気が欲しいと言って、彼の唇を奪ってから。
「だから、次はわたしの番だよ」
東雲翼。十六歳。
恋に恋する時代は終わり、本気で誰かを恋してしまった少女は宣言する。
「わたしはキミのために恩返しがしたいんだ!」と。
0
あなたにおすすめの小説
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜
咲月ねむと
ファンタジー
この乙女ゲーの世界に転生してからというもの毎日教会に通い詰めている。アランという貧乏貴族の三男に生まれた俺は、何を目指し、何を糧にして生きていけばいいのか分からない。
そんな人生のアドバイスをもらうため教会に通っているのだが……。
「アランくん。今日も来てくれたのね」
そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。
そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。
「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」
と相談すれば、
「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。
そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。
興味本位で俺は教会本部に人生相談をお願いした。担当になった人物というのが、またもやリリシアさんで…………。
ようやく俺は気づいたんだ。
リリシアさんに付きまとわれていること、この頻繁に相談する関係が実は異常だったということに。
幼馴染に告白したら、交際契約書にサインを求められた件。クーリングオフは可能らしいけど、そんなつもりはない。
久野真一
青春
羽多野幸久(はたのゆきひさ)は成績そこそこだけど、運動などそれ以外全般が優秀な高校二年生。
そんな彼が最近考えるのは想い人の、湯川雅(ゆかわみやび)。異常な頭の良さで「博士」のあだ名で呼ばれる才媛。
彼はある日、勇気を出して雅に告白したのだが―
「交際してくれるなら、この契約書にサインして欲しいの」とずれた返事がかえってきたのだった。
幸久は呆れつつも契約書を読むのだが、そこに書かれていたのは予想と少し違った、想いの籠もった、
ある意味ラブレターのような代物で―
彼女を想い続けた男の子と頭がいいけどどこかずれた思考を持つ彼女の、ちょっと変な、でもほっとする恋模様をお届けします。
全三話構成です。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる