冷たい風に何も感じない

佐藤さん

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終わりの始まり

うだつなんて上がることはない。

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 疲れた体で襖を開くと、脱ぎ散らかされた部屋に足の踏み場もない。
 だからと言って今すぐに片付ける気力なんてのも、手持ちにはなかった。

「眠…。」

 部屋のゴミやら服やらを踏み付け、ベッドに雪崩込んで、見慣れた天井のシミを見る。
 何度も見慣れたシミのように、何も変わらない子供部屋がそのまま僕の部屋であるように、この先に変化など期待しようもないなんて朧気に思った。漠然とした不安に立ち向かうほど強くはない事を俺は自覚している。
 すると明るい日差しがカーテンからこぼれて眩しい。だから手で目を覆った。
 すると暗闇の中で、今日のできごとが頭から染み出てきた。

「今日も…怒られちゃったなぁ…。」

 誰も聞いていない部屋で1人呟く。だからと言って改善策が浮かんでいるわけでもない。できる事なんて現実逃避くらいだ。

「…ゲームでもしよ。」

 寝転がった端から身体を起こし、床に転がったゲームのコントローラーを押す。するとピッと機械の音が響いた後でテレビが起動した。
 何にも変わらない日々が始まっている。仕事、ゲーム、食事、睡眠。必要な物が必要なだけ回っているこの時間は嫌な事を考えてしまう。


 月収は夜勤手当を含めると24万円を超えて、ボーナスが年2回。通勤手当も満額が支払われるベースを考えるとホワイトには聞こえる。
 だが高卒から働き続けても、これがホワイトだとはどうしても思えない自分と、何も考えずお金が欲しいと思っている自分に挟まれて今日も生きている。
 いつまで生きていくのか、生きていられるのか。そんな目に見えなくとも確かに存在する事態に、嫌な考えを弾きながら1人で生きていくしかないのだ。
 

_______You Dead
「…あっ。」

 気づくと画面の中で、女主人公がゾンビに群がられていた。喘ぎにも似た苦悶の声がゾンビの群れの隙間から漏れている。
 眠い目を擦ってそれを見ていると、なんだか変な気持ちになってきた。

「…………。」

 ズボンを脱いで パンツを投げた。夏が残っているはずなのに、寒気が入る初秋の部屋は肌身には辛い。
 愚息を握れば思い知らされる。俺はこれからも、同じように生きるんだなと。






















 風呂から上がってスマホを弄り、メッセージを送信した。

新一:来週末、サバゲーいくよ~。

 グループチャットに何気なしに放り込むと、既読数は一挙に20を超えた。
 幼なじみと始めたサバイバルゲーム。楽しかった事もあってチームを作ったが、これが案外人数が集まった。
今では20人を超える大所帯、その長として僕は管理をしている。

ホビノビ:いく~。
ジャパニーズ:行きたいけど課題次第でごわす。オカリンとかも同じ。
ごま団子:そんな事言って、またリーダー仕事やらなんやらでこれないんじゃないの?

 だが最近は仕事が忙しい事もあって、ドタキャンの回数が増えている。
 他の面子は大学生の同い年であるため、スケジュールが合わない事も致し方なしなわけだ。

「今回はいくよ…っと」

 スマホに文字を打ち込んで、送信タグを押す。すると返信が着た。

徳永:久しぶり。元気してるか

 それは返信ではなくて、新たなメッセージだった。

「とくなが…徳永…うーん。」

 記憶にない名前だが、メッセージが来るということは知り合いなのだろう。きっと成人式とかで…。
 そこまで考えてやっと思い出した。高校の頃、別のクラスにいた細くて陰気な男子だ。特に関わり合いがあった訳ではないが、とある件でコンタクトを取ったことを思い出した。

新一:そっちこそ久しぶり。何してた?てか金澤は元気なのか?

 ポチポチと画面を叩く度に、あの時のことを思い出した。金澤ユキア。俺が高3の頃に知り合った後輩____だったはずだ。


 彼女は勝ち気な母親と喧嘩して家を飛び出し、クラスメート、ひいては学校全域の男子の家に転がり込んでいた。無論尾ひれがついてビッチだとか言われていたりもした。
 そんな時に同級生で当時仲が良かった川端に、金澤を泊めてやれないかと相談されたことがあったのだ。   
手を出さなそうで、優しくて、更生させてくれそうなのはお前だけだと。勝手に決めつけて。
 結局それはダメで、俺が連絡を繋いだ相手というのが徳永なのだ。


 彼らがどうなったのか興味がなかったので気にはしていたが、まさか彼から連絡が来るとは思わなかった。

徳永:元気してるよ。ゆあチーも元気元気!

 ゆあチーなんて呼んでるのか。確かにあだ名ではあるのだが、徳永がそれを言うとなんか気持ち悪い。
 そういう気持ちを伝えずに俺はあくまで社交辞令を述べるために、予測変換を卒なく触る。

新一:それはよかった!またみんなで遊べたらいいな。
徳永:何勝手に話終わらせようとしてんだwてか今度ゆあちーとボーリング行くんだけど行かない?
今週の木曜何だけどさ…。

 木曜日の平日に設定するとはいい度胸だ。だが俺の仕事シフトは変則的であり、いけないことはない。
 かといえばこれは何か変な感じがしている。どうするかと考えた末に、送信ボタンを押した。

新一:空いてるよ~。













 駅近にあるボーリング場は新しく改装されて、清潔感があった。

「何年ぶりって感じだな…」

 自動ドアを潜ればエアコンのなまぬるい温風が通り抜けた。それから重いボールがストライクを打ち出す振動が身体を包む。
 懐かしい感覚だ。思い出に浸ってレーンを眺めていると、細い男がコチラに手を降っていた。

「おーい。しんちゃ~ん。」

 よく見るとそれが徳永であるとわかった。細かったからだ。高校の頃から変わらない細さと面影に安心した。だから俺も手を振り返す。

「お_____」

 さらによく見ると、こちらに背を向けた誰かが徳永の横に座っていた。静かに流れるキレイなツヤのある方まで伸びたヘアースタイルは揺れることなく纏まっている。
 異性だ。異性がいる。間違いなく金澤ゆきあだ。

「お、おう!!」

 慣れない異性の存在に戸惑いながら手を振って、徳永のいるレーンまで歩く。
 すると近づくにつれてフォルムの詳細が判明していく。白い肌に少しふっくらした体型だが、暖かそうなカーディガンと少し明るくて綺麗な光沢を纏うボブと太い黒縁眼鏡が愛らしさを引き立たせている。
 間違いない。髪色だけが変わったが、殆ど変わっていない。金澤ユキアだ。

「ほれゆあチー。しんちゃん来たよ。」
「……お久しぶりです。」

 ペコっと小さい頭を下げる。そのやり取りを見て2人の距離感に、何故か違和感を感じた。
 だがそれは一旦飲み込んで礼儀には礼儀を。あくまで紳士的に対応しよう。

「お久しぶり、二人共元気そうで良かった。」  

 挨拶を交わすほどでもなかった癖に、まるで親みたいな自分の発言に気持ち悪さを感じる。

「そんなんいいから、座って座って。」
「何ゲーム目くらい?」
「まだやってないよ~。しんちゃん来てから始めようっていっててさ~…。」

 席に付けば他愛もない会話のラリーが始まる。だが伏し目がちな金澤ゆきあは話さない。
 二人で居たかったのか、俺と話すのが億劫なのか。やはり来ないほうがよかった気がしている。


















 ボーリングも投げ飽きた頃、長めの休憩を取ろうとなった。徳永はなにやら電話をしに外へ出ていった為に、今は金澤と2人だけになってしまった。

「…。」
「………。」

 気まずい。何を話したらいいかわからんし、何を話したいのかもわからなくてなってしまった。
 情けないほど童貞力を見せつけていると、こちらを向いて会話を切り出したのは金澤の方だった。

「先輩は、童貞ですか?」

 身も蓋もない。

「…童貞じゃないけど女性経験は少な____なんでそんな事聞くんだ。」
「だって今まで男の人みんな話しかけてきたから。」
「…そら金澤が可愛いから仲良くなりたくて声掛けてるんでしょ。」
「先輩は?」
「特にない。金澤を徳永に押し付けた人間だよ?」
「確かし。」

 なんだたしかしって。そんな日本語聞いたことがないぞ。
 なんて否定的なことを言っても、会話の味を覚えてしまった為に間が気まずくなる。会話を切らさないよう話題を検索し、口に出力した。

「なぁ金澤。」
「あ!あたしのこと気になり出しました?」
「ちがくて。」

 ペースを取られそうになるが言葉をかける。

「実家の方には帰れたのか?」
「……そこ聞くんですね。」

 少し目が座りだした金澤は視線を机に向けた。確かにデリカシーはないが、こればっかりは親心が勝った。
 怪訝というか気だる気そうな視線をして、ユキアはゆっくりと話を始める。

「連絡は取ってるんですけど、実家に帰る気にはならなくて…今は一人暮らししています。」
「…それなら良かった。」
「良かった?」
「家なき子になってないってことだろ?親元離れて一人暮らししてるってことなら仕事もある。頑張ってるんだろ。立派じゃ…………」 

 思った事を話ただけなのに、ユキア静かに泣いていた。なんだ。何が悪かった。分からない間に地雷踏んだのかと思って慌ててフォローに回る。

「な、なんで泣いてんの?!ごめんごめん!そんなつもりじゃなかったんだ。何ていうかその…親心?兄心?心配してたんだよ!」
「パニックにならないでくださいよ…。嬉しくて泣いてるのに…。童貞。」
「…よくわかんないけど、童貞は余計だ。」

 涙を手で拭う姿を見て、ハンカチでも渡してやれば格好がつくのかと考えてみる。

「まぁうまくやってて良かったよ。彼氏もいるみたいだし、それがわかっただけでも」
「かれし?なんのことですか?」

 会話が切れた。なんだ?どういう事だ?俺は2人のデートにお呼ばれした久しい先輩、とかじゃないのか?

「いや、徳永と付き合ってるんじゃ…」
「それはないです。」

 徳永可愛そう。

「あー今日呼ばれたのって、もしかしてデートにお呼ばれみたいに考えてます?」
「だってそうだろ。流れで考えてもさ、徳永と付き合ってて何の邪魔にもならなさそうな俺を呼ん…。」

 言葉にしていくと整理がついた。多分だが、俺を呼んだのはユキアだ。

「最近、徳永先輩の誘いがキツくってですね…。3人なら良いですよって言ったら呼べる友達なんていないって言うもんですから…。」

 そんな事あるわけない。確かに徳永は陰キャラと呼ばれるカテゴリだが、友達がいないほど社交的壊滅者ではない。2人で出かけたいがための苦しい言い訳だ。

「そしたら誰がいいかなって考えた時に、先輩の名前が上がってですね。」
「そっか…まぁそうだよ。」
「わかってたんですか?」
「考えの一個だよ。普通長らくあってない奴から誘われたらそんな事も考えたりするよ。外れててほしかったけど。」

 最初の違和感もこれが原因だな。

「…なら来なきゃよかったのに。」
「金澤がどうなったのか知りたいし、助けがいるなら行くべきだろ。」

 別にカッコつけたいがためではない。そういう性質というか、誰かの為にと育てられたのが俺だからここにいるんだ。
 思っている事を言うと、ユキアは返事をした。

「ふーん。」

 なんだふーんって。

「まぁなんでもいいですけど。」
「ただいま~。」

 話題の人が返ってきた。

「なになに?ゆあちーと仲良くなった?」
「元々悪い訳じゃないだろ。」
「まあそれもそうか。てか腹減らない?」
「あー…。」

 確かにと携帯を開くともう19時になっていた。何も食わずの身の上を考えると胃になにか入れたいと考えたが、視線を逸らして金澤を見ると少し嫌そうな顔をしている。なので救いの手を差し伸べよう。

「なぁ、ちょっと電車で走った所にいい居酒屋見つけたんだよ。チキン南蛮うまそ~でさあー。」

 大げさなボディランゲージで話す。すると思ったとおりに徳永が食いついてきた。

「え?!まじ?!いくいく!なぁゆあちー?」
「アはは…」

 考えが通り過ぎて怖い。徳永がチキン南蛮を好きな事を覚えてたのはファインプレーだな。そして金澤はやはりアフターを回避したいわけだ。
 
「でも今日はオーナーが居なくってさ…日を改めん?」
「そーなんだ…。」

 主導権は俺にある。せっかくなんだから、と言う大義名分を奪ってしまえば流石にがめつくないと誘えない。だがここでもうひと押し。

「明日俺も早いしさ!今日はお開きにしない?俺もまた3人で遊びたいし!」

 そして今日は平日。ここで徳永が金澤を誘うと本命だとバレてしまう。しないだろう。なぜなら怖くて今日まで自分の気持ちを隠してきたヘタレなのだから。

「……。」
「金澤も明日仕事だろ?」
「え?う、うん。」

 なんとか伝わったみたいで話を合わせてくれた。

「そっか、ならしゃーないよな…。」
「でしょ?楽しみは置いておき____」
「それじゃ来週末な!」
「________」

 まずい。ここでまさか予定を決めるとは思わなかった。来週はドタキャン重ねすぎたチームのサバゲーがあるのだ。
 かと言ってここで断ると、別の日に行こうなんて言われかねない。思案を巡らせている間に、金澤が会話に入る。

「来週末なら空いてるよ?」

 バカが!!!俺が空いてないんだよ!!!クソッ…と罵詈雑言を並べた所で議題は解決しない。発言した責任もあり、腹をくくって言葉を唱える。

「い、行こ~。」


 
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