冷たい風に何も感じない

佐藤さん

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終わりの始まり

帰り道は一人がいい

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 なんとかその場を解散し、疲れた腕をぶら下げて帰路に着く。
 街頭が夜を暴いて、アスファルトを晒す。誰も通らない道に流れる風の冷たさが疲れた体に刺さっていた。

「また夜勤とは違った疲弊を感じる…。」
「疲れた時はビタミンCですよ。先輩」
「え?ありがとう!優しい後輩がいて幸せだよ俺は……………なんで金澤がいる。」

 突然ビタミンC配合飲料と共に、丸っこいゆきちーが現れた。彼女は屈託なく笑いながら答える。

「あんなめんどい男、巻いたに決まってるじゃないですか。」

 自分の発現が如何にドス黒いかわかって言ってるのだろうか。なにか返事しないと見透かされそうなので答える。

「そ、そうか。」
「なんでそんな歯切れ悪しなんですか。」
「ドス黒発言だからだろ。」

 言ってしまった。

「へへッ。そんな事もわからないの、先輩くらいですよ。」
「…何笑ってんだ。」
「本当に私のこと興味ないんだなって。男の人なのに珍しい。」
「興味ない…か。ないわけじゃないんだけど。」
「なんでしょうか。なんでも答えますよ。」

 なんでも答える、と言われると俺はちょっとだけ勇気を持って聞いてみた。

「…放課後教室で見かけたんだけどさ。」
「はい。」
「チカラと2人でいたろ?」

 チカラとは顔は普通よりいいくらいの同級生で、よく金澤と一緒にいる所見ていた。

「お前ら何してたんだよ。」
「えっちです。」
「_____」

 言葉に困った。

「あ、セックスです。」
「童貞じゃないからわかるよ言葉は…。」
「こう、黒板を背にして、私が教卓に上半身を乗せて、後ろにちからがいた時ですよね?」
「そうだな…たしかそう。」
「セックスしてました。バックで。ゴム無し。」
「詳細なんて聞いてないわ…。」

 彼女は恥ずかしげもなく、平然と答える。

「…カワッチマッタナァ。」
「なんでカタコト。」

 高校の頃は下ネタに過剰反応し、赤面するほど初だった。そんな彼女が惜しげなく痴話を晒せるのは、やはり男経験故なのだろうか。

「セックスくらいで思考停止しないでくださいよ。」
「…噂、信じそうになっただろ。」
「まぁそれも当たらず遠からずっていうか。」
「もういいから…。」

 人は見かけによらないものだ。幼い見た目に反して彼女はビッチと呼ばれるカテゴリになっている。
 けれど。それがどうしたというのか。

「…まぁいい。金澤が今、元気ならな。」
「……。」

 強がりなんかじゃなくて本音だ。関わった人が不幸になってほしいと思う奴なんてそうそういないだろう。

「本気で____言ってますね。」

 何か温かい物を感じて左を向くと、金澤は柔らかな身体を俺に押し当てている。腕を組んで胸を当てている。一瞬だけ胸が跳ねるが、ただそれだけだ。
 俺は金澤の綺麗なおでこが傷つかないように指で押してゆっくり引き剥がそうとした。

「離れろ…近いんだよ。」
「私に近寄ってきた人はいつも下心がありました。元々なくても私と話す内に出来上がって、1人で盛り上がる人ばかりで、俺が守んなきゃ!みたいな。」

 そらこんな肉薄されれば、慣れてないやつか女好きならそうなるだろう。

「先輩はそうならない、気がしています。」
「わかった。わかったから離れ____」
「どうか先輩は私のこと、好きにならないで下さい。」

 あまりにインパクトのあるセリフで、動きを止めてしまった。
 だがこの感じは知っている。金澤の澄んだ瞳が捕らえるているのは彼女がイメージした俺だ。コイツもまた、俺を見ていない。
 腕に組み付いたまま俺の事を見つめる金澤を、引き剥がすのを諦めた。だからデコピンしてやった。

「アダッ!」

 強めに弾いた指が頭蓋骨にいい音色を流させる。いいぞ。当たりどころがいい。
 突然の痛みに手を離して蹲る金澤は、小さくて白い人差し指を俺に向けた。

「何するんですか!」
「離れないからだろ。後バカな事言ってるな。」
「くぅ~ドキドキシチュエーションでころっと落ちた童貞を弄ぶプランが…。」
「腹黒ビッチめ。」

 誰か更生してくれるいい男が見つかればいいが、なんてことを本気で祈った。
 たが祈るだけだ。俺は金澤をおいてその場から帰ろうとした。

「な!なんで逃げるの!!」
「逃げるもクソもあるか!帰りたいんだよ俺は!さっさとメタルソリティアやりたいんだ!」
「ばーかっ!童貞!ゲーマー!!このこんじょ____」
「やっぱりここにいたかゆきちー。」

 突然の登場に言葉が出ない。飛び跳ねた心臓が無理やり身体を硬直させる。だが振り返れ。振り返るんだよ。

「ちょ!なにするんで___離して!離してよ!助けて先輩!!!!」

 言葉に反応できた。暗い道を振り返れば、街頭の下で細く棒みたいな徳永が金澤の腕を掴んで引っ張る後ろ姿だった。

「なんであの時逃げたんだよ。」
「だからあんたがしつこいからにげ____」

 なんとか振りほどこうとするが、細くても男の徳永には叶わない。
 まるで犬のリードを強く引くみたいにして、怒りのまま引っ張る徳永の姿は惨めで見苦しい。

「うるさいッ!いいから来いよ!どっちがお前のこと守れるかって教えてや____」
「誰が、何を教えるって?」

 だから力付くで引っ張る徳永の腕を握った。

「な、なんだよ佐藤。」

 これだから行動力のあるヲタクは怖い。思い込みで動けるんだから。だがそんなやつに俺は負けたりなどしない。

「やりすぎなんだよお前は。好きな女守るだなんてでかい事言いやがって。」
「だったらなにか?!お前が守るってのか?!アイツを押し付けた、お前が!」
「守るとか守らないとかじゃねぇよ。この子が守ってほしいって言ったのか。」
「_____」

 考え方の押しつけあいなんてのはわかってる。だが目の前の暴挙を止める理由になりさえすればいいのだ。

「押し付けてんじゃねぇ。そんなもん軟禁とかわんねぇよ。好きな女なら、お前のこと好きになるまで努力して待ってやれよ!!!」
「!!!」
「片思いのヲタク野郎が!無理やり引っ張ったってなぁ_____」

 まず左手で相手の右手首を絞る。それからフリーの右腕をLにして、相手の脇に入れて挟み、それから一挙に前へと引き込んだ。
 片手背負投。高校の頃はひたすら練習していた柔道技は、ピッタリとハマって、徳永を地面に叩きつけた。

「全然意味がねぇんだよ。」

 地面に大の字になった徳永は、痛みのあまり声も出ないだろう。
 急なアクションシーンで驚いたのか、金澤は震えながら言った。

「あ、あああの。徳永先輩…息してますか?」
「え?」
















 
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