訳アリおっさんが自衛隊を辞めてハンターになる話。

佐藤さん

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不明勢力農村占拠事件

熱き決闘とカエル!!山芋怒突あい対決編!!

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 意識は下へ下へと落ちていく。独特の浮遊感と、落下していく重力との齟齬。足元がとおくて足のつかない感じが1時間は続いた。

「起きろ。」

 低くて汚らしい声が、意識と地面を呼び覚ました。

「なんだ…」

 視界も同時に広がっていくと、そこは薄暗くてジメジメとした洞窟だった。
 湿り気のある岩肌の壁、そして何よりも目の前にいるのは玉座に座り、白い腹が出ている太った蛙だ。



 蛙は人間程の大きさではあるが、見た目は蛙そのもの。汚らしい1枚の布を肩からかけており、頭には錆びついた王冠を載せている。

「ふむ…ややこしい者を引き込んだかと思ったが、我が空間は適応している。否。上書きしたな。」

 何を言っているのかわからない。日本語ではあるが、蛙は何かをしたようだ。

「嫌に落ち着いているな。さては日の本で事を沈めた男か。あーーなんと名前を言ったか………シマダ。そうシマダだ。」
「カエルにまで名前を知られてるなんて、親が聞いたら驚く。」

 皮肉で返していると異変に気がついた。アナウンスも、先程まで鳥肌を立てていた獣勘も今はない。スキルが封じられているのだ。こんな事は始めてだ。

「小細工め。」

 思ったことを口走ってしまった。するとカエルは大変面白そうに笑い、まるでもう勝利したように話す。

「小細工だと?!そもそも我らの土俵に踏み込んで来られたのは、あの銅像のおかげだろう?生まれ持った物であれば我が領域内でも使えたはずだ。」
「つまりスキルが使えないのはお前のせいか。」
「その通り、我が作ったこの空間では我との契約が優先される。その他の契約の履行は後回しだ。つまり裸の猿と変わりない。」
「言ってくれる。」
「我からすれば人間など、大差はない。スタチューのギフトがあろうとなかろうとな。」

 勝ち誇っている。まだ勝負の土俵すら立っていないのに。
 とは言っても不利なことは違いない。この場にラピスがいない以上、恐らくだが人質として囚えられていると考えた方がいい。言葉を慎重に選ばないと。

「今からお前にチャンスをやろう。」

 そらきた。コイツは相当に道楽好きだと見える。

「シマダよ。貴様はスタチューのギフトを使わずにコロシアムを生き残れば、この空間から解放してやろう。」
「コロシアムだと…。」
「そうだ。この空間の隣りにある、我を楽しませるために我が作った。我と契約を結んだ者たち、奴隷達がそこで我を愉悦させるため戦っている。」
「お前…かなり悪趣味だな…。」
「いいぞ!!いい反骨精神だが忘れるな。我の好物は人間の挫折した顔と、肉体だ。」

 カエルは柔らかそうな口を大きく開く。まるで洞窟のように暗い口の中から何かが盛り上がってきた。すると鼻の奥を突き刺す酸っぱい悪臭が立ち込めて、すかさず口を塞いだ。

「こりゃアンモニアか…」

 そして口から体力の赤黒い肉の袋が津波のように地面へと流れ出た。最後に大きな肉袋が地面に溢れてくると、カエルは手で撫で洗い、再び口の中に戻した。
 目を細めて満悦そうな顔しているが、先程まで膨れていた腹は縮んでいる。カエルの能力である胃袋の反転。生存戦略として培った技能すら、コイツには愉悦の行為なのか。

「我は珍味好きでな。最近では人間の肝臓を好んでおる。少しピリついた後味が好きだ。」
「悪食め…。」
「シマダ、言葉は慎重に選べよ。我が交渉しているのはお前が我を楽しませると値踏みしているからだ。」

 選択肢も、行動も制限させておいてよく言う。

「どうする?因みにつれの女は我と契約をむすんでいるぞ。」
「なんだと!!」
「なんと言ったか…アイツの旦那もコロシアムにいると言ったら直ぐに契約したのだ。」

 ラピスの夫は死んでいるって話だったが、そんな口車を信じたのだろうか。
 思いがけない事が起きている。とはいえ嘘の可能性も否定はできない。ラピスがこの場にいないと言うだけで、俺の不利が加速しているのが気に入らない。

「我から出す契約、【スキルを使わずコロシアムで戦い抜き、我を楽しませる事】。そしてお前はコロシアムで勝ち抜けば【このコロシアムから抜け出す事】。これで良いか?」

 ダメだ。提示されているだけの条件に乗れば思う壺だ。この契約ならアイツが楽しんでいないと言うだけで成立しない。そもそもゲームとして成立してない以上、この空間に永遠に縛り付けられることになる。

「まて。考えさせてくれ。」
「ほぅ…我の気まぐれに乗らないと。」
「何もコロシアムに行かないなんてことはないが、お前を楽しませるならもっといい方法があると思う。何より楽しみたいのはお前だろ?どうせ村の人間じゃ飽きたから俺を引き吊り込んだくせに。」
「ふむ……お前は存外、状況をよく見ているな。口車に乗るのも一興か。」

 ゲーム性を重んじる自信過剰なマスター。勝ち誇っているだけで隙だらけだなコイツは。

「よし。これならどうだ。」
「聞かせろ。」
「【スキルを使わずコロシアムを戦い抜き、お前が笑ったら俺の勝ち】。俺が負ければ【この空間で一生戦う】勝てば【この空間から抜け出す方法を教える。】これでどうだ。」
「ふむ…。」

 カエルは顎を短い手で撫でながら条件を吟味した。考えを舌の上で転がして、口を開く。

「ゲーム性と言う点ではバランスが取れておるな。しかして我の優位性も損なっておらん。良いぞ。良い催し物としておるし、何より興が乗った。」

 するとカエルは一度だけの手拍子を打つ。空間全域に響く音が、俺の身体に纏わりついた。

「契約魔法が成った。これからお前はコロシアムに入る事になる。我の計らいとして控え室を設けておる。そこではお前と連れの女が休憩を取れる場となっているので感謝せよ。」
「……気まぐれか?」
「連続で出場した所で我を満足させるパフォーマンスは出ないだろう。福利厚生と言うやつだ。さ、わかったなら早う行け。」

 急かすようにカエルは手拍子をしようとしたが途中で止まった。何をする気だと見ていると、カエルは玉座から立ち上がり、大きな声を張り上げた。

「名乗りを忘れていた!!」
「今更かよ…。」
「我の名は不死のヴォジャノーイ!!死ぬ事を忘れた我に!愉悦を寄越せ!人間よ!!」
「不死!死なないのか!!!」

 まさか相手が不死だとは思わなかった。スラグ民謡に出てくる水の精、ヴォジャノーイの事はラピスから聞いていたが不死なんてことは言っていなかった。

「我は水の精だからな。沼地がこの世に有り続ける限り、我の存在は自然が保証しておる。」
「きい_____」
「聞いていなかったとは言い訳だ。貴様自身が我に【聞かなかった】のだ。素性も目的も知れない相手に交渉とは片腹痛い。因みにだがこの空間を契約する折、【我はどんな質問でも答える。】が成立しておる。今更だがな。」

 ぐうの音もでない。

「では行くがいい。そして絶望の顔を見せて、我を楽しませろ!!」

 ついに止まっていた腕は走り出す。手拍子が2度聞こえた途端に、俺の意識はまた事切れた。



















 次に目を開くと俺はとんでもない所に立っていた。

「コロシアム…コロシアムってなんだ。」

 ここはプロレスラーが立つであろう白いマットの上だ。四隅に立つ4つのポール。それを繋げるのは赤、白、青、白の順で並ぶゴム素材のロープ。そしてリング上を照らすライト。
 間違いなくプロレスリング。紛うことない。ただ一点歪なのは、天上や観客席にあたる外側は暗く、ここからでは見えない。まるでなにもないように見える。

「確かに余興としては充分だが、こりゃまた趣向を凝らしている。」

【さぁ!青コーナーの入場は決まった!】

 突然頭上からスピーカー越しの声が降ってきた。

【エントリーナンバー21!!スタチューの加護によって1度世界を救った男、シマダぁああ!!】

 アナウンサーによる口上に答えるみたいに、見えない観客席から歓声が湧く。

「本当に余興なんだな。」
【対して赤コーナーに現れるのは、ロシアを笑いで温めようと志を持ったお笑い侍!】
「なんだそれは…」

 すると体格にあるコーナーに男が現れた。スーツに蝶ネクタイを締め、肌や少し長めの髪型から20代前半といった感じが伺えた。
 男は姿を表した途端、目が虚ろで、心底絶望している様子だった。

「く、くそ!まだ終わらないのか!!!」
【芸人、アレクサンドル・ケン・イワノフぅうううううう!!!】
「いやだ…嫌だこんなところ…はやく…」

 取り乱し、頭を掻きむしっている。コイツも契約の上でこの場にいるなら、きっと騙されて、ヴォジャノーイの傀儡とされているのだろう。

【試合形式はおなじみ!!山芋怒突あい対決ぅうううう!!】
「アナウンサー、叫べば成立すると思ってるだろ。なんか腹立ってきたわ。」 
 
 関西人特有のツッコミを発動させていると、俺とケンの間に17本の山芋が瞬間移動してきた。白いマットの上に根野菜の茶色は非常に度し難いというか。

【ルールは簡単。リング中央に13本の山芋を召喚します!!この山芋でしばき合いをしてもらい、より多くしばいた方が勝利です!!】

 テレビ企画のような内容で肩透かしというか、緊張感を欠いてしまう。だが良かった。山芋で人を殺すことはないし。

【ですがこの山芋、1つだけ殺傷能力がある山芋が混ざってます!それに勝敗は関係ありませんが、気を付けてください!!】
「はぁ?!なんだそれ!人殺す山芋って____」
【それではゲームスターーーット!!】

 アナウンサーはまるで戦いを急き立てるようにして言葉を放つ。
 それに気を取られた俺も悪い。目の前には、既に山芋を手に持ったケンが迫っていた。視線は狂気じみている。必ず勝つという狂気に囚われた目だ。

(とか考えても、俺にはスタチューのギフトが…。)

 忘れていた。この空間に置いてスタチューのギフトは封じられている。
 逃げようと踏み込む足の重さ、そして考えから動きに伝わる遅さ。スキルというブーストのない状態の俺は久しくて、予想外にも動けないでいた。

「身体がついてこな____」

 次の一手を考える間に、勢いよく振り回した山芋が俺の右こめかみに当たって砕け散った。
 耳心地の良さと鞭に殴られたような痛みが同時に押し寄せる。

「クッ…!」
「勝つ!必ず勝って日本に帰る!!」

 ケンは良心を無くしていた。この山芋の中に殺しとして機能するものがあったと聞いてなお、躊躇いなく人間に向けられる精神は普通ではない。

(殺し合いをしてきた…。つまりこの試合形式以外にもやってきたんだな。めんどくせぇ。)
「うぉおお!いける!負けねぇ!!」
「おちつけ!もしかしたら死人がでるかもしれ_____」
「い、今更それがどうしたってんだよぉおおお!!!」

 マットの上に飛び散る山芋を踏みしめるように、ケンはもう一歩前に出て、俺を射程範囲に捉える。

「うぉおおおお!」
(これ以上あたるのはまずい!もしあれが人を殺せる山芋なら…!!)

 躊躇いのない殺意の籠もった山芋が、右側から迫る。

(この戦いを…誰かが死なずに済む方法は…そうだ!!!)

 俺はがら空きになった左側に飛び込んだ。そのまま前転し、リング中央にまで飛び込んで、山芋が積まれた所にまで来れた。

「逃げ足が早い奴めぇええ!!」
「逃げた訳じゃない!」

 それから俺は積まれた山芋を抱き抱え、リングの外に放り投げた。

「な、なにしやがんだおまえ!!!」
【おっとここでシマダは狂気じみた行動に走ったァァァあ!!】

 破れかぶれの行動ではない。ちゃんとロジカルに沿った行動だ。
 それはケンには伝わっていない。だが考えがあることはわかったのか、ケンは山芋を握る右手をおろして、肩の力を抜いた。

「……どういうつもりだ。」
「まずルールを考えた。相手より多く、山芋を当てた奴が勝つ。内一本は殺傷能力がある。だから13本あったからって全部当てる必要はない。そして殺人山芋を消すために捨てたんだ。」

 意図が伝わったのか、ケンの顔は少し緩んだ気がする。

「敵の手数を抑えて、殺傷能力のある山芋を引き当てる可能性を殺した…のか。」
「そうだ。俺は人殺しをしたくてここにいる訳じゃないからな。お前にも人殺しになってほしくはない。」
「お前はなにもんだ。村のやつじゃないのはわかる。俺はここの出身だからな。」

 本来の任務を言うのは憚れる。だが言うしかない。

「……救助に来たんだ。」
「___なら」

 ケンは怒りを灯した。目に殺意が籠もって、濁りきった瞳を向けてくる。

「ならなんでもっと早く____着てくれなかったんだッ…。」

 いつだってそうだ。俺の職責は未然に防ぐ事じゃない。事が起きて、それを抑える為だけの存在。自衛官時代に沢山向けられた恨みの大半は【なんで今更来たんだ】なのだ。

「もう何人も見知った奴を…村の仲間を…生きるために…手にかけて…手にかけちまったろうがぁぁあ!!!」

 ケン握った右に握った山芋を振りかざして迫ってきた。

【ざんねーーーん!!シマダの意図は伝わらない!!ケンの恨みが山芋に籠もってシマダに襲い来るッ!!!】

 それが殺人山芋である可能性を秘めているのは、さっきの説明でわかってた筈なのに。これは明確な殺意だ。

「…すまねぇな。」

 頭上から大振りに振ってくる山芋を身を屈めて避ける。頭上を一閃する山芋は俺に当たらない。

「すばしっこ____」

 相手が驚いてる間に、俺は脱いだ靴を左手に持っていた。それをケンの右手に向かって振り抜いた。
 まるで縄跳びみたいにしなる靴は、ケンの右手を痛みによって解放させた。

「痛ッ!!」
「これで最後の一本!!」

 空を舞う山芋を右手で掴んで、場外に投げ捨てる。

「馬鹿めッ!これで一本リードしてる俺の勝ちが決まったぞ!!」
「ちゃんとルール聞いてたのかお前は!」
「はぁ?!」

 呆気に取られたケンの顔に向かって、俺はあるものを投げつけた。対したものじゃない。非殺傷であることは身を持って知っている。
 投げつけたモノは何度もケンの顔に当たっては、糸を引いて落ちていく。

「これは……さっき俺が振り抜いた山芋か…。」

 ぼーっと思考が死んでいる所で俺はケンをリング上に押し倒した。

「な、なにするんだ。」

 驚いてでもなんとか立ち上がろうとするケンの上に馬乗りになった。身動きを取らせないためだ。

「なにって。今からお前に食わせるんだよ。この砕け散った山芋をよ。」
「はぁ?!?!何を訳わかんねぇこと__あがぁあ!」

 口の中に指を突っ込んで、下顎を引き、無理やり口を広げてやった。

「確かに俺は人殺しをしたくない。だから罪もない奴を殺した奴は許せねぇ。だから地獄はちゃんと見てもらうぜ。」
「ほがっ!?や、やめへ!!」
「知ってるぜ、その腐った目。お前、子供を殺しただろう?」
「!?!」

 ケンは図星をつかれたのか、急に動きを止めた。

「スーツ越しに見えたぜ。ズボンのポケットに入ったスマホ。それ子供用に大きめに作られた奴だろ?」
「……そえはひかたなふ!!」
「図星かよ…予測でしかなかったのに。大方外と連絡つける為に奪ったんだよなぁ!!」
「ひ!」
「もういい。殺しゃしねぇ。山芋でも食ってろ。」

 躊躇いはなくなった。俺は手に握った砕け散った山芋をケンの口に詰め込んだ。

「ほら飲み込め。飲み込むまで顎は開かせねぇぞ。」
「んん!______」

 言うことを聞くようにケンは喉仏を大きく揺らして飲み込んだ。

「はい。お利口さん。おーーーいアナウンサー!これで勝ったでいいのか?!」

 上に顔を向けて、姿のないアナウンサーを呼びかけた。

【………あ。勝者シマダーーーー!揺るがぬ正義でケンを負かせたーーーーー!こんな戦い今まであったのだろうか!期待の新人にご注目あれ!!】
「なにを呆けてんのか。」

 確定した。やはりヴォジャノーイのルールにはわざと抜け道を作られている。そこをつけば簡単に勝てるってもんだ。

「………へへ。これでお前も人殺しだ。」
「何を言って___」

 俺は視線をケンに戻すと、大きな丸太になっていた。

「__なにが…なにがどうなってんだ。」

 考えが上手くまとまらない。心臓が飛び跳ねて、罪悪感が忍び寄る気配を感じて、意識は切れた。
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