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浪速区封鎖事件
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3時間ほど経ち、また誰もいない駅前の広間に戻ってきた。対した疲れはないが、目に見えない疲労は蓄積する。なので1人孤独にベンチに腰掛けスマホを開いた。
「メモメモ…いや。バッテリーは温存するべきか。」
先行き不透明な状況だ。なので唯一外と連絡が取れるスマホを脇において、代わりに100円ショップで購入した所持品入りバッグを太ももの上に置いた。
「誰もいなかったから代金置いてきたけど…犯罪にはならんよね。」
一抹の不安に襲われながらも、バッグの中身を再現した。ペン、メモ、水2リットル、ライター、コンパクトなチョコバーを少し。それからコンビニにあるレンタルバッテリーだ。これだけ揃えば3日は耐えることができるだろう。
それからバッグの奥底で眠っていた観光マップを取り上げた。
「おしおし。落とし込むか。」
この難波と呼ばれる場所をガイドしてくれる紙切れが、俺の今後の動向を示すことになる。
自衛官のクセと言うか、地図の重要性を教育されたせいもあって、慣れた手つきで落とし込みを始めていった。
まず現状とし、大阪市浪速区を含め、隣接した天王寺区、中央区を大きく囲んだアスファルト製の壁が外界との接触を阻んでいる。
上にある木の意味はわからないが、よじ登って出ようにも装具が無いと無理そうだ。
何より驚いたのは、まだ取り残された人が往来していたことだ。本人達も突然隔離されてしまい驚いていて、俺と同じように散歩しているという様子だ。脱出を考えている者はいるだろうが、今のところそんな様子は感じられない。
「脱出なぁ…。」
まだ市民に危機感と呼ばれるような物が存在していないのは、隔離1日目だからだろう。ニュースでも詳細は語れていないのが功を奏したようだ。コレが続けば話は変わるだろうな。
因みに先程駅に行ってみたが、誰もいなかったのでこれも機能していない。大阪で栄えていると言える主要都市は完全に機能を停止している。
「封鎖か…災害とかテロとかなら、自衛隊が居そうだし違うよな…。」
空を見上げ、夕闇に沈みそうな空を眺めエモくなる。感覚的には夕方のラッパが始まるとソワソワしていたが、今や俺は一般人。心を潤す開放感が溜まらない。
退職後のセカンドライフともいえる快感に身を浸していると、何もない空を見てとある事に気がついた。
「ヘリだ。ヘリがない。」
メディアが食いつきそうな事態なのに、テレビ局はおろか自衛隊のヘリすら見当たらない。
「ほんと何が起きてんだって…」
見えない不安には慣れているつもりだった。だがどうだ。スタチューが言っていた怪物に関する事案なら、これは思っているよりも事態は深刻なのかもしれない。
浪速区から少し外れた岸里玉出と呼ばれる場所では、かなりの数の自衛隊車両が往来していた。
その車両は駅前の十字路を封鎖し、交通の流れを停めるような場所に停車し、中央には深緑の大きなテントが6張り程建てられている。
屈強な自衛官に混じった細い体つきの青年はそのテントの中に入っていった。
テントをめくれば少しむせそうな程に生暖かい空気が青年を包み、スーツ姿の男と3つの星の階級章が目立つ迷彩服の男が僕を見ている。
階級章の高さとその気迫に押されて、一瞬敬礼を忘れたので慌てて敬礼をとる。
「お、お疲れ様です!!情報中隊竹下士長、ご用命に預かり現着しました!!」
「君だな。笠原2曹が言っていた期待のルーキーというのは。」
落ち着いた物腰のナイスミドルは、静かな分言い表せない凄みがある。
(ひぇ~1等陸佐に呼ばれてるなんて聞いてねぇよ!陸幕クラスじゃん!!!)
敬礼を解いてやすめの体勢に戻る短い間に冷や汗が止まらない。
「ふむ。細く見えるが、足は良さそうだ。」
「ありがとうございます!!」
「まぁそんな気負わずに。君も混乱してるだろう。事態を聞かされないままここに呼びつけられて。」
本当にそのとおりだ。
「本案件は秘匿としなければいけなくてな。精巧な情報統制を敷いているため、概要のみ開示とする。理解してくれるか?」
「勿論です!」
「そうかよし。話は変わるが君は退官した島田くんとコンタクトを取ったそうだが、彼の様子はどうだった?」
「様子ですか…混乱している様子はありませんでしたが、状況は理解しておりませんでした。単に遊びに誘うつもりでしたので。」
嘘なんてつく必要もない。あったことあったまま話すと、上官殿はご満悦だった。
「そうかそうか。情報の封鎖はうまくいっている。よかったな竹下士長、君の仕事が一つ減ったぞ。」
「はぁ…。」
「工程は次に移行しようとするか。どう思う金木技官。」
「情報が暴かれるのは時間の問題です。インフラを長く抑えてるのもGDPに影響しかねませんし、寧ろもっと早めにするべきだったかと。とは言え…」
問いを投げかけられたスーツの男性は僕を一瞥し、少しだけ溜息をついた。
「この子で本当に大丈夫なんですか?」
その溜息は諦めに近いものなのだと感じた。何をするのかも聞かされていないのに、この対応はなんだ。ムカつく。
「適材適所と言う奴だ。本任務の職責を考えれば妥当だ。」
「職責を考えれば陸曹クラスを召喚すべきだったのでは?」
「何でもかんでも陸曹に頼むのは思考放棄だ。それに」
「あのぉー…」
我慢出来ずに会話に入ろうとしたが、2人の注目が自分に向けられ、空気が凍る。やらかした。上級階級のお言葉を止めるなど下級の僕がして言い訳がない。だがここで止まるのも話が進まないので、耐え難い重圧に押し負けずに舌を動かす。
「それで自分は、これから何を?」
1等陸佐は迷彩帽の位置をツバを摘んで修正し、金木技官はまた溜息をついてそっぽを向いた。
「話に入れ込んでしまった。放置してすまないな。」
「いえ…失礼な事をしてしまい申し訳ありません。」
「私達にも非がある。気にするな。君には斥候、事後壁内住民の情報統制及び収集を任せたい。」
「中での任務ですか。」
「そうだ。装備等は3日は活動できる飲食物と充電器。定時連絡はPDFを貸与するので、それでするように。」
休暇返上の任務にしては重苦しい内容だ。
「あくまでスタンスは取り残された住民だ。それを利用し、中の人間から何か変なことはなかったか、それを聞き回るだけでいい。そしてその情報は【危険はない。知人に聞くともう少しで助けが来る。】というものに置き換える。これだけだ。」
「りょ、了解しました。」
「加えて中にいる島田直哉とはコンタクトを不用意に取らないように。集団パニックを避ける為、君が自衛官だとは周囲に認識されたくない。」
要はスパイをしろとの仰せだ。
「では概ね40分後に出発するように。時間は前後しても構わんが、あまりおくれないようにな。」
不穏な空気感が肌に張り付いている。口封じを任務として受領したので仕事はするが、それでも心情的に猜疑心があるのは仕方ない事だ。何も知らない、理由も分からない任務はなんというか、胡散臭い。
抱えた物は飲み込んで一先ず、僕は敬礼をし、その場を去った。
「寝床さがすたってなぁ…」
俺は駅前から移動し、黒門市場のアーケードを歩いていた。人が往来するには少し狭くてなにより古さを感じるが、下町情緒が残るいい場所だ。とガイド冊子には書かれている。
だが最近では観光客向けのホテルが増えているようで、俺はそれを探していた。
「人がいないのにどうしたもんかねぇ。」
人気は全くない。日は沈み暗がりの中で唯一の街灯が、文明っぽさを残している。
(電気は止められていない。ってことはそれをする必要はない…封鎖の理由は敵がいるから、というわけではないみたいだな。)
大きな街を封鎖する理由をずっと考えていた。3区を大きな壁で封鎖する理由としては、敵対勢力の発見、感染性ウィルス、獰猛な動物の出現。これくらいしか俺には思いつかなかった。
だが電気は通っている事を考えると、敵対勢力の発見とかではないようだ。インフラは諜報活動の助長に繋がるので止めるべきだしな。
こうやって頭の中にある可能性を一つ一つ消していくしか今はできない。寧ろそうしないと不安で押しつぶされそうだ。
そんなへんてこな事を考えていたら、場面は急な展開を迎える。
200メートル程先、走れば追いつくような場所に女の子が現れた。高校指定の制服だろうか。制服と長い黒髪を振り乱してアーケードの屋根の下、街灯の中に飛び込んでくる。そして尻もちをつきながら、女子高生は叫ぶ。
「やめてッ!!」
反響する悲鳴を受けながら、それは明かりの下に入り込んだ。
地面に倒れた彼女を追いかけてきたのは、血の気のない男。光に暴かれた顔は無表情。生気のない目は眼下の少女をとらえ、ゆっくりと手を伸ばし、足を進ませている。
「まて____」
言葉を発して、体を屈め、発進するが間に合わないことも分かっていた。秒刻みで少女に向かって進む男の手。200メートルには及ばないが、彼が彼女を傷つけるには充分なほどの距離がある。
「まてぇっ!!!!!」
熱意と現実に擦り合わない。願いが遂げられない。間に合わない。
(クソがッ!!なんでこんな急に___)
時空でも捻れない限り覆らない現実が、マイナスイメージが引き釣りだしてくる。それを拳を作って握りつぶし、歯噛みする。
なのに、今頭の中にでてきたのは昔の親父の言葉だった。
病床に伏して、入院していた親父に俺は自衛官の制服で見舞いにいったことがある。入隊式も連絡も後手に回ったのは、親父が倒れた日と被っていたからだ。
教育期間を終えて半年も経っていて、体も顔つきも変わった俺を見て親父は笑いながら「変わらねぇな」なんて呟いて、もう一つだけ付け足した。
「家は百姓から成り上がってる。守りてぇもんはな。この腕二本で全部守ってきた。その桜を付けたってことは、守るもんが増えたって事だ。」
弱々しくない。以前の父親のままなのに、体につながれたチューブが揺れる度に息子のみとしては心配になっていた。そんな思惑を察してすらいない父は、特に考えもない言葉で俺の背中を押す。
「気にすんなよ。お前は、お前が守りたいって強く感じた物を守っていけ。みんな気づかずに背負いすぎて何してるのかわかんなくなってる。だからシンプルに、事をなし、やりたいことをやれ、直哉。」
相変わらず体育会系な思考にホッとして、グータッチをして別れた。コレが親父の最期の言葉になることだって分かってたのに。
「間に合っ____」
願いが届いた。自分でもよくわからないが、突然周りの光景が線みたいになって、目の前に男いて、俺の拳は届く。
「たぁっ!!!!」
200メートルを一瞬で埋め、作っていた握り拳を振り回し、気合を込めて男の顔面を鼻先から潰す。
めり込んで鼻骨が折れる感触に構わず、全力で振り抜いた。すると男は頭を軸にして身体を回しながら吹き飛んでアーケードの外に飛び出していった。
「はぁ…はぁ…マジカヨ。」
拳を見ると、少し赤みがかっているものの特に変化はない。まさか間に合うとは思いよらずに呆気に囚われていると、背後の気配を感じて少女を思い出した。
「あっ!………大丈夫か?」
振り返ると、ボーッとしている少女は呼びかけに我を取り戻した。
「____はい。な、なんとか。」
「それはよかった。てかなんだったんだあの男。」
「私もよく分からなくて。気づいたら後ろにいて追いかけられたんです。そしたらここに____あ、あぁ…」
少女の綺麗な顔が青ざめて、ゆっくりと震える指で外をさした。嫌な予感が走ってアーケードの外に視線を向ける。
夜に沈んだ道路は視界不明瞭だが、何かが闇の中でゆらゆら蠢いている。
何が街灯の中に入り込むと、人影で、着ている服も、様子も分からない。だが安定しない足取りに揺れるその動きは、まるで映画に出てくるゾンビだ。
その人影はゆっくりとこっちに向かって歩いていると、また1人、また1人と、人影の後ろから街灯の下に現れ始めた。
よく見れば、その人影は闇の中で数え切れない程に潜んでいて、こちらに向かって歩いてきている。
「何が起きてんのか知らねぇけど____」
即断即決が長所だと上司は言っていたのを思いだす。
敵が沢山現れ始めているのなら、逃げるしか無い。俺は尻もちをついている少女を担ぎ上げた。思いの外軽くて少しトキメイてしまう。
「えっ!やだ!!」
邪な考えが吹き飛んで足を動かした。
「悪いがこのまま逃げる。」
「やだやだ!!」
「足挫いてんだろ?そうでなくても今のままじゃ逃げ切れないからこうする。」
「_____」
どこに向かおうか考えてすらいないが、一先ずあの人影とは真逆の方向に逃げよう。
「メモメモ…いや。バッテリーは温存するべきか。」
先行き不透明な状況だ。なので唯一外と連絡が取れるスマホを脇において、代わりに100円ショップで購入した所持品入りバッグを太ももの上に置いた。
「誰もいなかったから代金置いてきたけど…犯罪にはならんよね。」
一抹の不安に襲われながらも、バッグの中身を再現した。ペン、メモ、水2リットル、ライター、コンパクトなチョコバーを少し。それからコンビニにあるレンタルバッテリーだ。これだけ揃えば3日は耐えることができるだろう。
それからバッグの奥底で眠っていた観光マップを取り上げた。
「おしおし。落とし込むか。」
この難波と呼ばれる場所をガイドしてくれる紙切れが、俺の今後の動向を示すことになる。
自衛官のクセと言うか、地図の重要性を教育されたせいもあって、慣れた手つきで落とし込みを始めていった。
まず現状とし、大阪市浪速区を含め、隣接した天王寺区、中央区を大きく囲んだアスファルト製の壁が外界との接触を阻んでいる。
上にある木の意味はわからないが、よじ登って出ようにも装具が無いと無理そうだ。
何より驚いたのは、まだ取り残された人が往来していたことだ。本人達も突然隔離されてしまい驚いていて、俺と同じように散歩しているという様子だ。脱出を考えている者はいるだろうが、今のところそんな様子は感じられない。
「脱出なぁ…。」
まだ市民に危機感と呼ばれるような物が存在していないのは、隔離1日目だからだろう。ニュースでも詳細は語れていないのが功を奏したようだ。コレが続けば話は変わるだろうな。
因みに先程駅に行ってみたが、誰もいなかったのでこれも機能していない。大阪で栄えていると言える主要都市は完全に機能を停止している。
「封鎖か…災害とかテロとかなら、自衛隊が居そうだし違うよな…。」
空を見上げ、夕闇に沈みそうな空を眺めエモくなる。感覚的には夕方のラッパが始まるとソワソワしていたが、今や俺は一般人。心を潤す開放感が溜まらない。
退職後のセカンドライフともいえる快感に身を浸していると、何もない空を見てとある事に気がついた。
「ヘリだ。ヘリがない。」
メディアが食いつきそうな事態なのに、テレビ局はおろか自衛隊のヘリすら見当たらない。
「ほんと何が起きてんだって…」
見えない不安には慣れているつもりだった。だがどうだ。スタチューが言っていた怪物に関する事案なら、これは思っているよりも事態は深刻なのかもしれない。
浪速区から少し外れた岸里玉出と呼ばれる場所では、かなりの数の自衛隊車両が往来していた。
その車両は駅前の十字路を封鎖し、交通の流れを停めるような場所に停車し、中央には深緑の大きなテントが6張り程建てられている。
屈強な自衛官に混じった細い体つきの青年はそのテントの中に入っていった。
テントをめくれば少しむせそうな程に生暖かい空気が青年を包み、スーツ姿の男と3つの星の階級章が目立つ迷彩服の男が僕を見ている。
階級章の高さとその気迫に押されて、一瞬敬礼を忘れたので慌てて敬礼をとる。
「お、お疲れ様です!!情報中隊竹下士長、ご用命に預かり現着しました!!」
「君だな。笠原2曹が言っていた期待のルーキーというのは。」
落ち着いた物腰のナイスミドルは、静かな分言い表せない凄みがある。
(ひぇ~1等陸佐に呼ばれてるなんて聞いてねぇよ!陸幕クラスじゃん!!!)
敬礼を解いてやすめの体勢に戻る短い間に冷や汗が止まらない。
「ふむ。細く見えるが、足は良さそうだ。」
「ありがとうございます!!」
「まぁそんな気負わずに。君も混乱してるだろう。事態を聞かされないままここに呼びつけられて。」
本当にそのとおりだ。
「本案件は秘匿としなければいけなくてな。精巧な情報統制を敷いているため、概要のみ開示とする。理解してくれるか?」
「勿論です!」
「そうかよし。話は変わるが君は退官した島田くんとコンタクトを取ったそうだが、彼の様子はどうだった?」
「様子ですか…混乱している様子はありませんでしたが、状況は理解しておりませんでした。単に遊びに誘うつもりでしたので。」
嘘なんてつく必要もない。あったことあったまま話すと、上官殿はご満悦だった。
「そうかそうか。情報の封鎖はうまくいっている。よかったな竹下士長、君の仕事が一つ減ったぞ。」
「はぁ…。」
「工程は次に移行しようとするか。どう思う金木技官。」
「情報が暴かれるのは時間の問題です。インフラを長く抑えてるのもGDPに影響しかねませんし、寧ろもっと早めにするべきだったかと。とは言え…」
問いを投げかけられたスーツの男性は僕を一瞥し、少しだけ溜息をついた。
「この子で本当に大丈夫なんですか?」
その溜息は諦めに近いものなのだと感じた。何をするのかも聞かされていないのに、この対応はなんだ。ムカつく。
「適材適所と言う奴だ。本任務の職責を考えれば妥当だ。」
「職責を考えれば陸曹クラスを召喚すべきだったのでは?」
「何でもかんでも陸曹に頼むのは思考放棄だ。それに」
「あのぉー…」
我慢出来ずに会話に入ろうとしたが、2人の注目が自分に向けられ、空気が凍る。やらかした。上級階級のお言葉を止めるなど下級の僕がして言い訳がない。だがここで止まるのも話が進まないので、耐え難い重圧に押し負けずに舌を動かす。
「それで自分は、これから何を?」
1等陸佐は迷彩帽の位置をツバを摘んで修正し、金木技官はまた溜息をついてそっぽを向いた。
「話に入れ込んでしまった。放置してすまないな。」
「いえ…失礼な事をしてしまい申し訳ありません。」
「私達にも非がある。気にするな。君には斥候、事後壁内住民の情報統制及び収集を任せたい。」
「中での任務ですか。」
「そうだ。装備等は3日は活動できる飲食物と充電器。定時連絡はPDFを貸与するので、それでするように。」
休暇返上の任務にしては重苦しい内容だ。
「あくまでスタンスは取り残された住民だ。それを利用し、中の人間から何か変なことはなかったか、それを聞き回るだけでいい。そしてその情報は【危険はない。知人に聞くともう少しで助けが来る。】というものに置き換える。これだけだ。」
「りょ、了解しました。」
「加えて中にいる島田直哉とはコンタクトを不用意に取らないように。集団パニックを避ける為、君が自衛官だとは周囲に認識されたくない。」
要はスパイをしろとの仰せだ。
「では概ね40分後に出発するように。時間は前後しても構わんが、あまりおくれないようにな。」
不穏な空気感が肌に張り付いている。口封じを任務として受領したので仕事はするが、それでも心情的に猜疑心があるのは仕方ない事だ。何も知らない、理由も分からない任務はなんというか、胡散臭い。
抱えた物は飲み込んで一先ず、僕は敬礼をし、その場を去った。
「寝床さがすたってなぁ…」
俺は駅前から移動し、黒門市場のアーケードを歩いていた。人が往来するには少し狭くてなにより古さを感じるが、下町情緒が残るいい場所だ。とガイド冊子には書かれている。
だが最近では観光客向けのホテルが増えているようで、俺はそれを探していた。
「人がいないのにどうしたもんかねぇ。」
人気は全くない。日は沈み暗がりの中で唯一の街灯が、文明っぽさを残している。
(電気は止められていない。ってことはそれをする必要はない…封鎖の理由は敵がいるから、というわけではないみたいだな。)
大きな街を封鎖する理由をずっと考えていた。3区を大きな壁で封鎖する理由としては、敵対勢力の発見、感染性ウィルス、獰猛な動物の出現。これくらいしか俺には思いつかなかった。
だが電気は通っている事を考えると、敵対勢力の発見とかではないようだ。インフラは諜報活動の助長に繋がるので止めるべきだしな。
こうやって頭の中にある可能性を一つ一つ消していくしか今はできない。寧ろそうしないと不安で押しつぶされそうだ。
そんなへんてこな事を考えていたら、場面は急な展開を迎える。
200メートル程先、走れば追いつくような場所に女の子が現れた。高校指定の制服だろうか。制服と長い黒髪を振り乱してアーケードの屋根の下、街灯の中に飛び込んでくる。そして尻もちをつきながら、女子高生は叫ぶ。
「やめてッ!!」
反響する悲鳴を受けながら、それは明かりの下に入り込んだ。
地面に倒れた彼女を追いかけてきたのは、血の気のない男。光に暴かれた顔は無表情。生気のない目は眼下の少女をとらえ、ゆっくりと手を伸ばし、足を進ませている。
「まて____」
言葉を発して、体を屈め、発進するが間に合わないことも分かっていた。秒刻みで少女に向かって進む男の手。200メートルには及ばないが、彼が彼女を傷つけるには充分なほどの距離がある。
「まてぇっ!!!!!」
熱意と現実に擦り合わない。願いが遂げられない。間に合わない。
(クソがッ!!なんでこんな急に___)
時空でも捻れない限り覆らない現実が、マイナスイメージが引き釣りだしてくる。それを拳を作って握りつぶし、歯噛みする。
なのに、今頭の中にでてきたのは昔の親父の言葉だった。
病床に伏して、入院していた親父に俺は自衛官の制服で見舞いにいったことがある。入隊式も連絡も後手に回ったのは、親父が倒れた日と被っていたからだ。
教育期間を終えて半年も経っていて、体も顔つきも変わった俺を見て親父は笑いながら「変わらねぇな」なんて呟いて、もう一つだけ付け足した。
「家は百姓から成り上がってる。守りてぇもんはな。この腕二本で全部守ってきた。その桜を付けたってことは、守るもんが増えたって事だ。」
弱々しくない。以前の父親のままなのに、体につながれたチューブが揺れる度に息子のみとしては心配になっていた。そんな思惑を察してすらいない父は、特に考えもない言葉で俺の背中を押す。
「気にすんなよ。お前は、お前が守りたいって強く感じた物を守っていけ。みんな気づかずに背負いすぎて何してるのかわかんなくなってる。だからシンプルに、事をなし、やりたいことをやれ、直哉。」
相変わらず体育会系な思考にホッとして、グータッチをして別れた。コレが親父の最期の言葉になることだって分かってたのに。
「間に合っ____」
願いが届いた。自分でもよくわからないが、突然周りの光景が線みたいになって、目の前に男いて、俺の拳は届く。
「たぁっ!!!!」
200メートルを一瞬で埋め、作っていた握り拳を振り回し、気合を込めて男の顔面を鼻先から潰す。
めり込んで鼻骨が折れる感触に構わず、全力で振り抜いた。すると男は頭を軸にして身体を回しながら吹き飛んでアーケードの外に飛び出していった。
「はぁ…はぁ…マジカヨ。」
拳を見ると、少し赤みがかっているものの特に変化はない。まさか間に合うとは思いよらずに呆気に囚われていると、背後の気配を感じて少女を思い出した。
「あっ!………大丈夫か?」
振り返ると、ボーッとしている少女は呼びかけに我を取り戻した。
「____はい。な、なんとか。」
「それはよかった。てかなんだったんだあの男。」
「私もよく分からなくて。気づいたら後ろにいて追いかけられたんです。そしたらここに____あ、あぁ…」
少女の綺麗な顔が青ざめて、ゆっくりと震える指で外をさした。嫌な予感が走ってアーケードの外に視線を向ける。
夜に沈んだ道路は視界不明瞭だが、何かが闇の中でゆらゆら蠢いている。
何が街灯の中に入り込むと、人影で、着ている服も、様子も分からない。だが安定しない足取りに揺れるその動きは、まるで映画に出てくるゾンビだ。
その人影はゆっくりとこっちに向かって歩いていると、また1人、また1人と、人影の後ろから街灯の下に現れ始めた。
よく見れば、その人影は闇の中で数え切れない程に潜んでいて、こちらに向かって歩いてきている。
「何が起きてんのか知らねぇけど____」
即断即決が長所だと上司は言っていたのを思いだす。
敵が沢山現れ始めているのなら、逃げるしか無い。俺は尻もちをついている少女を担ぎ上げた。思いの外軽くて少しトキメイてしまう。
「えっ!やだ!!」
邪な考えが吹き飛んで足を動かした。
「悪いがこのまま逃げる。」
「やだやだ!!」
「足挫いてんだろ?そうでなくても今のままじゃ逃げ切れないからこうする。」
「_____」
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