言霊師は世界を律する

枢氷みをか

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魔法のこと・後編

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「………もう朝か……」

 眠い目をこすりながら、律は体を起こす。
 洞窟の入り口からわずかに日が差しているのか、洞窟内は明るい。リッカも黒虎もまだ寝入っていて、洞窟内には二人の寝息と鳥の鳴き声、そしてぜる音もなく燃える炎の姿があった。

(………火に何もくべてないのに、まだ燃え続けてるのか………)

 おきが爆ぜる音がしないのは、爆ぜるべき熾がないからだ。火にくべていた紙や木の枝は、昨夜の猛火でほとんど燃え尽きていた。その時から何もくべていないにも関わらず、炎はそのまま何事もないように燃え続けている。

 それは明らかに、魔法で火が保たれているという証左に他ならない。

 律は小さくため息を落とした後、得体の知れない何かを見るように自身の手に視線を落とした。

(……あれは、俺がやったのか……?)

 いや、そんなはずはない───そう心中でかぶりを振りつつ、どうしても確信が抱けないのは、おそらく符合するものが多いからだろう。

 炎が立ち上った時も、そして治まった時も、そのきっかけとなる行動を取ったのは自分だけだった。まるで自分の言葉を合図に現象が起こったとしか思えない。────思えないと思いつつ、やはりこれにも確信が抱けないのはリッカから聞かされた魔法の使用方法とずいぶん違うからだ。

 魔法を使うには、まず前提として魔力がなければならない。その魔力を対価とし、精霊と契約を交わすための詠唱を唱えて初めて、魔法が使えるのだ。

 そのすべてを、律はしなかった。
 そもそも魔力なんてものは自分の中に存在しない。現実世界には決して存在し得ないものだ。百歩譲って、実は自分の中に魔力はあったが現実世界では必要のないもの故に気づかなかったと仮定したとしても、契約の文言である詠唱は唱えていないのだ。精霊と契約を交わしていないのに、使えるはずがない。

 あるいは、自分が使う魔法は精霊に起因するものではないのだろうか───?

(………わっかんねえな)

 考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。律はその苛立ちを表すように頭を盛大に掻くと、その鬱積した気持ちを吐き出すようにため息を落とした。そのため息に反応するように黒虎こっこの耳がぴくりと動くのが視界に入って、律はそちらに視線を向ける。

「…黒虎、起きたのか?」

 声を潜めたそれに応えるように、鳴き声をあげようと口を開く黒虎の動きを律はすかさず制する。

「…しっ。…リッカが起きるだろ?」

 やはり声を潜めて立てた人差し指を口元にあてがいながら、黒虎と二人寝入っているリッカを視界に入れる。暖かいからか、あるいは柔らかい黒虎の腹の寝心地がいいからか、リッカは気持ちよさそうに寝息を立てている。そんなリッカに二人は胸を撫で下ろして、律はやはり潜めた声で黒虎に声を掛けた。

「……俺は少し外の空気を吸ってくるから、リッカを頼んだぞ」

 頷く黒虎を確認してから、律は静かに立ち上がって森の中に足を踏み入れた。

「……綺麗だな」

 言葉と一緒に広がった白い吐息を追って、律は目前に広がる世界を見渡す。

 昨日あれほど不気味に映った森は、今やそのどれもが神々しく見えた。
 朝日に照らされ木々の合間から光の筋が表出し、それが仄かに立ち込めた朝靄あさもやを照らして幻想的な風景を作り出している。昨日の鈍色にびいろの空とは打って変わって、朝日を受けて太陽の色に染まる空が遠くなるにつれて次第に青に変わる階調が、神々しさに鮮やかな色を添えている。まるで神の領域にでも足を踏み入れたような高揚感を抱きつつ進む足元は、冷え込んだせいか歩くと霜を踏みしめる音が森に響いた。

 ─────異世界に来て、初めて迎えた朝。思った以上に清々しいのは、きっと一人ではないからという理由以上に、未だに現実味がないからだろう。これからの事も不可解な自分の能力の事も、何一つ見通しはついていないのに、心はそれほど深刻な事だと受け取ってはいない。判らないからこその苛立ちはあるものの、不安が心を覆う事はなかった。

(……いつかこれを現実と呼ぶ日が来るんだろうか…?)

 そしてその時、心に遅れてやってくる不安と恐怖を、自分は受け止める事は出来るのだろうか───?
 そう思いつつ、やはりこれにも現実味が湧かない。

(………ま、現実世界でも生きてる実感は湧かなかったけどな)

 そう心中でひとりごちて自嘲気味な笑みを落とす律に、森を吹き抜ける風が当たる。まだ夜が明けたばかり。昨夜のうちにすっかり冷え込んだ空気が律の体温を否応なく奪って、たまらず身震いした。

「…!寒…っ!!凍え死ぬな、これは…!」

 慌てて洞窟へと取って返そうとした足を、律はぴたりと止めた。そうして自身の手を見つめる。

 ───昨日あの瞬間、自分は何て言っただろうか。
 確信を得るなら、今が打ってつけだろう。
 周囲に誰もいない今だけが、その現象を起こした張本人が誰かを確実に特定できるのだ。

 律は固唾を呑んでしばらく自身の手を眺めた後、意を決したようにその手を固く握る。そうして一度深呼吸をして、開いた手のひらを上に向けた。

「………小さくでいいからな。昨日みたいに大きいのはしてくれるなよ」

 森林火災にでもなったら、たまらない。
 そう念を押すように前置きして、告げる。

「……『火と風の精霊よ、力を貸せ』」

 ひどく躊躇いがちに告げた律の言葉が、森の中に響き渡る。ピー…ンっと空気が張り詰めたような気になって自身の手を凝視するものの、返って来たのは想像と違って耳に痛いほどの静寂だけ。しばらく待ってもいつまで待ってもやはり沈黙だけが返って来て、律は拍子抜けしたように、あるいは無駄な期待を抱いた自分を嘲るように苦笑を漏らした。

「……は、はは……。…そりゃそうだよな……俺が使えるはずないわな。………馬鹿らしい」

 心底自分に呆れたと同時に、出来ると思い込んでいた自分が急に恥ずかしくなる。何となくいたたまれない気持ちになって、誰にか誤魔化すように律は仄かに赤らんだ顔を膨らませた。

「……何だよ、期待させやがって。てっきり手のひらに、こう火の玉みたいなのが浮かんでくると思って────」

 言いながら、開いた手のひらの上に火の玉が浮かぶ様を思い浮かべる。
 それに呼応するように、開いた手のひらの少し上、何もない空間にぽうっとそれに納まるくらいの炎が姿を現わして、律は目を丸くした。

「……………で、その周りを風が螺旋を描いて────」

 次いでその揺らめく炎の周囲を螺旋を描くように風が立ち込め始める。
 それは今まさに、律が頭の中で思い描いた光景そのもの────。

 それをあえて言葉にするならば、やはり『魔法』と言う言葉以外に思い当たるものはない。
 二次元の世界で散々目にした光景、だけれども現実では決して起こり得ない現象だ。

 律はその光景を目の当たりにして目を大きく見開き、一拍置いてから思わず現実逃避するように感嘆の声を上げる。

「……あったかい…っっ!!!思った通り火と風を合わせると温風になってあったかいな…!!この風を俺の周りに纏わせたら冬でも薄着で─────!」

 そこでようやく我に返る。

「いやいやいやいや…!そうじゃないだろ…!!やっぱりこれ俺が起こしてるのか…!?しかも不意打ちかよ…!!ってか、何でだよ…!!?俺魔力なんてないぞ…!!魔力なんて…!………………ないよな…?」

 眉根を寄せながら誰にともなく尋ねたその質問に、当然返ってくる答えはない。
 律は脱力するようにその場にしゃがみ込んで、未だかざした手のひらの上で小さく揺れる炎と風を見つめた。

「………これ起こしてるのって、やっぱり精霊か?」

 やはり自問自答したその質問に今度は返答が返ってきて、律は目を瞬く。炎が応えるように大きく揺らめいたのだ。

「…!………意思疎通までできるのか?」

 呆れたような声を落としながら、律は再び得体の知れない何かに話しかけた。

「……何で俺に力を貸してくれるんだ?魔力がないと精霊は力を貸してくれないんだろ?」

 それには反応がない。どうやら複雑な質問には答えられないようだ。否か応かしか答えられないのだろう。
 そう思って他にいい質問がないか探るように彷徨わせた視界に、洞窟の前で周囲を見渡すリッカの姿が飛び込んできて、律は思わず眉根を寄せる。妙に不安げな顔で辺りを見渡し、律の姿を見止めて胸を撫で下ろしたように急いで駆け寄るリッカの姿に、律は小首を傾げて立ち上がった。

「リッカ」
「リツさん…!」
「…?どうした?何かあったか?」
「…!い、いえ…!別に何も────…!」

 バツが悪そうに言い淀んで、律の視線から逃げるように小さく顔を逸らしたその先に炎と風の魔法が目に入って、リッカは吃驚するように目を見開いた。

「リツさん…!それ…!!魔法…!!?」
「…ああ、何でか使えるらしいな」
「すごい…!!これ高位魔法ですよ…!!」
「高位魔法?…でもこれ昨日のより小さいだろ?」
「二つの属性を同時に使うのは難しいんです…!!それに何もないところから炎や風を起こす事はよほど魔法に長けた人じゃないとできません…!!どうやったんですか!!?」
「…………それは俺が知りたい」

 そもそもどうして魔法が使えるのかも判らないのだ。やった事と言えば言葉で指示しただけ。なのにどうやったかなど判るはずもない。

「だいいち昨日リッカも何もないところから炎を出しただろ?あれも高位魔法じゃないのか?」
「炎は火種があればいいんです。リツさんのように火種も何もなく炎が燃え続ける事は普通出来ません」

 へえ、と声を漏らして、律はもう一度手のひらで揺れる炎に目を向ける。

 火種も何もなく燃え続ける魔法の炎───これを扱えると言う事は魔力があるという事だ。ではやはり、自分でも気付かぬうちに魔力が身の内に宿っていたのだろうか。

 何となく釈然としないものを感じながら、律は続ける。

「……これ、俺がやってるんだよな?」
「…?…リツさん以外、誰がやるんですか?」

 周りには誰もいないのに、と言外に含ませて小首を傾げるリッカに、律は返す言葉もなく苦笑を落とす。

「…ごもっとも────なんだけどさ、さっき俺が『力を貸せ』って言ってからずいぶんと時間差があったんだよな……。魔法ってこんなもん?思い通りに動かねえの?それとも俺が詠唱を唱えてないからか?」
「…!ああ……えっと…魔法を使う時、想像しました?」
「想像?」
「魔法をどう扱うか、頭の中で明確に思い描くんです。精霊はそれを読み取って具現化してくれるんですけど、おぼろげだったり抽象的だと、精霊はどうすればいいか迷って具現化できなくなるんです。…もちろん複雑になればなるほど、それ相応の魔力が必要になりますけど」
「………なるほど」

 思えば昨日はゲームやアニメの魔法攻撃を想像して話をしていたし、逆に今回は『ただ小さいもの』という定義だけで明確な想像は持ち合わせていなかった。

(…想像、ね。想像する事なら得意中の得意だ)

 どんな非常識な光景でさえ、あたかも目の前で起こっているかのように明瞭に頭の中に思い描ける。
 思って得意げな顔ににやりと笑みを落としながら、律はそれでも拭いきれない疑心を払拭するようにリッカにたずねた。

「…なあ、リッカ。お前から見て俺に魔力があるように見えるか?」
「え…!?ぼ、僕に聞かれても…!!」
「…………ま、そうだろうな」

 いつでもリッカの答えは期待を裏切らない。
 予想通りの答えに苦笑をもらして、律は続ける。

「…なら、どこで魔力の有無を調べてもらえるんだ?」
「………魔力の有無を調べる事ができるかは判りません。この世界の人間は魔力があって当たり前ですから。だけど魔力の量を調べる所はあります」
「どこに行けばいい?」
「教会とギルドです」

 ギルド、と律は小さく反芻する。
 異世界ものではかなり高い確率で出てくる施設だ。依頼を請け負い、それを冒険者や傭兵に斡旋する場所───。

(…当面の間この世界で暮らすなら金を稼ぐ必要があるよな。それに魔力量も把握しておきたい)

 魔法を行使するのに魔力が不可欠なら、その絶対量を把握しておく必要がある。どれだけの魔力量で、どれだけ複雑な魔法が使えるのかを把握しておかないと、いざという時、思い描いた魔法が使えないという事態になりかねない。そうなれば自分だけではなくリッカの身にも危険が及ぶのだ。

 思って律は、自身の手のひらに浮かぶ火と風の魔法を視界に入れる。

 自分は決して腕っぷしが強いわけではない。ろくでもない人間に絡まれた事は幾度かあったが、そのどれもが口先と逃げ足で何とかやり過ごしてきた。だが治安のいい日本ではそれで回避できても、ここでもうまくいくとは限らない。何より今はリッカがいる。自分だけ逃げるわけにはいかないのだ。

(…うまく手に入った力だ。問題なく扱えるようにならねえと……)

 守るべき者を守るためにも。

 そう心に誓うように、律は手のひらの上で煌々と燃える炎ごと力強く握りしめる。刹那、霧のようにふわりと掻き消える炎と風を視界に収めてから、律は意を決したように強い眼差しを前に向けた。

「…よし、街に向かうぞ」
「………………え…っと、どうやって?」
「…!!?」
「……………僕、この森からどうやって出るのか判りません。……リツさん、判ります……?」
「………………」
「………………」
「しまった…!!!俺たち今遭難してるのか……っ!!!」
「…………すっかり忘れてたんですね」

 失念して狼狽する律に、リッカは思わず苦笑を返す。

 昨日一日、色々な事があり過ぎた。
 この世界の事、異界の旅人を迎えに来たというレオスフォード達の事、そして魔法の事─────。

 次から次へと色々な事が起こり過ぎて、今自分たちがどういう状況なのかをすっかり失念していた。───いや、遭難したと思っていた矢先レオスフォード率いる大勢の人間と遭遇して、『遭難している』という認識が薄れたからかもしれない。

 どちらにせよ遭難しているという事実に変わりがない事に、律はたまらずしゃがみ込み盛大にため息を落とした。

「あー……まずはこの森を出る算段を付けるしかないのか……」
「………多分、出るだけなら出られると思うんですけど……」
「……?どういう事だ?」

 思わぬ返答と、妙に歯切れの悪いその言いように、律は眉根を寄せてリッカを仰ぐ。問われたリッカは地面に落ちている木の枝を手に取って、図解を土に刻みながら説明を始めた。

「…この魔獣の森は、世界の中心にあるんです。十一の国が周りを取り囲み、海を渡った先に二つの国があります」
「全部で十三の国があるんだな」
「はい。魔獣の森からそれぞれの国へ渡る国境に関所とかはないので、行こうと思えば一つの国を除いてどの国でも行けます。けど───」
「情勢の悪い国や危険な国がある、って事だな?」

 言葉の先を奪った律に、リッカは神妙に首肯を返す。

「戦争をしている国や『異界の旅人』にあまりいい感情を持たない国もあります。それだけではなく、魔獣の森からかなり離れた場所に街を作っている国もありますし、絶対に入れない国もあります」
「絶対に入れない国?」
「結界を張って誰も入れないようにしてるんです。どの国とも国交がなく中がどういう状態なのかも判りません」

 それが、先ほど除外された国なのだろう。

「…つまり、どこに向かっても森は出られるけど、国を間違えるとえらい目に遭うって事か…」
「はい。……ただ、この魔獣の森はかなり大きいですしずっと獣道が続いているので、迷わずずっと同じ方角に向かって歩くのはかなり難しいですけど……」
「結局出るのも至難の業かよ…!」

 下手をすれば、ずっと同じところを回り続ける可能性もある。方位磁石があれば話は別だが、当然そんな便利な物はここにはない。道なき道を進めば、嫌でも迂回せざるを得ない場面は何度も遭遇するだろう。目印も何もない延々と木々だけが続く森の中で、その都度、方角を見失わずにいられる可能性はかなり低い。そしてそうやって苦労して出たところで、ろくでもない国に当ればまた魔獣の森に取って返すしかなくなるのだ。

 あまりに問題が山積みな状態に諸手を上げるように悄然とため息をいて、律は半ば辟易しながらリッカが地面に描いた地図に目線を落とした。

「……とりあえず森を出る方法は後で考えるとして…リッカはどの国に出るのが一番いいと思ってるんだ?」
「………僕は……」

 問われて、リッカは躊躇いながらおずおずと自身が描いた地図のある一点を指差す。
 それは魔獣の森の北方に位置する国────。

「…北にあるアレンヴェイル皇国───通称『氷の国』が一番いいと思います」
「氷の国?」
「氷の精霊の恩恵を強く受けた土地で、季節を問わずずっと雪に閉ざされた国です。寒い国ですけど魔獣の森を出たすぐ近くに大きな街がありますし、異界の門の番人のリシュリット様と一番懇意にしている国なので、『異界の旅人』にはとても寛容だと聞いた事が────!」

 地面に描かれた地図にあれこれと追記しながら説明をしていたリッカは、ふと視線を感じて顔を上げる。そこに妙に満足げな顔でこちらを見返してくる律と目が合って、リッカは目を瞬いた。

「……え…!?え…っと…僕……何か変な事言いました……?」
「いや、リッカってほんと小さい割に博識だと思ってさ。地理にも詳しいし、国の情勢にも詳しい。…ほんと、お前がいてくれて助かったよ、リッカ」
「…!」

 やはり褒められることに慣れていないのか顔がみるみる赤らんでいく様に、律は内心でリトマス紙みたいだと思いつつ笑い声をあげる。

「照れるな、照れるな」
「………お、お世辞が上手だから…!」
「俺は本心から言ってるんだぞ」

 それでなおさら真っ赤になるリッカをくつくつと笑って、律はもう一度念を押す。

「…嘘じゃない、リッカ。俺は巡り合わせが良かったんだな。お前みたいに頼もしい仲間に会えて感謝してるよ」
「…!…え…えっと……その…!」
「そういう時はな、礼を言うんだよ」
「…!あ…ありがとうございます…!」
「どういたしまして」

 くすりと笑みを落として、律は仕切り直すように立ち上がった。

「…さて、どこに向かうかは決まった。問題は────」

 言って、くるりと周囲を見渡す。
 その視界に入るのは、変わり映えしない木々たちだけ。

「…………どっちが北か判断がつかないって事だよな……」
「…………はは……」

 それには同意を示すように、リッカも苦笑を返す。

「…森に詳しい人がいればいいんですけどね……」
「そうだな……」

 とは言え、そんな人物が都合よく目の前に現れるはずはない。
 どうしたものかとため息を吐いた律の耳に聞き慣れた鳴き声が聞こえて、律はその声がする方へと顔を向けた。視界に入ったのは、大人しく洞窟の中で待っていた黒虎がなかなか戻ってこない二人に業を煮やして、こちらに向かってくる姿。

「…ああ、黒虎…!ごめんな、一人で寂しかったろ?」

 それにはクオンとひと声鳴いて、寂しさを表現するようにしきりに律の顔に頬をすり寄せる。律はその大きな甘えん坊を笑って頭を撫でたところで、ふと思い至った。

 誰よりもこの森に詳しい人物────別に人でなくてもいい事に。

「…!!リッカ、いた…!!この森を誰よりも熟知してる奴っ!!!!」
「……え?……あ…!!」

 そうして二人声を揃えて黒虎に請う。

「黒虎…!!北の出口まで連れて行ってくれ…!!」
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