「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

葉山 乃愛

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第13話 一条本家と、値踏みする女帝

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日曜日。
一条の運転する車は、都心を離れ、鎌倉の山手へと入っていった。
鬱蒼と茂る竹林を抜けた先に現れたのは、もはや「家」と呼ぶには大きすぎる、武家屋敷のような重厚な門だった。

「……ここが、ご実家?」

「ああ。陰気くさい場所だろう」

蓮はハンドルを切りながら、吐き捨てるように言った。
門が開くと、手入れされた広大な日本庭園が広がり、その奥に威圧感たっぷりの本邸が鎮座している。
玄関には、着物を着た使用人たちがズラリと並んで頭を下げていた。

「お帰りなさいませ、蓮様」

時代劇の世界だ。
私の緊張はピークに達し、呼吸が浅くなる。
今日の私は、蓮が選んでくれた淡い紺色のワンピースを着ている。清楚で上品な装いだけれど、この場所の空気感にはあまりに「軽い」。

「顔色が悪いぞ、美月」

車を降りると、蓮が私の手を強く握った。
その掌の熱さが、唯一の命綱だ。

「堂々としていろ。お前は俺が選んだ女だ。誰にも卑下する必要はない」

「……うん」

私は深く深呼吸をして、彼の腕にしがみついた。
行くしかない。

通されたのは、庭園を一望できる広間だった。
上座には、先日の鷹司彩華さんが、我が物顔で座っている。
そして、その隣に――空気を凍らせるような冷気を纏った女性がいた。

一条百合子(ゆりこ)。
蓮の母親であり、一条グループの影の支配者と呼ばれる女帝だ。
蓮によく似た切れ長の目は、美しいけれど、感情というものが欠落しているように見えた。

「……遅かったわね、蓮」

百合子様は、紅茶のカップをソーサーに置き、ゆっくりとこちらを見た。
その視線が私に向けられる。
頭の先からつま先まで。まるで品物を査定するような、不躾で冷徹な視線。

「初めまして。相沢美月と申します」

私は震える足を叱咤し、深く頭を下げた。
しかし、百合子様からの返事はなかった。
彼女は鼻で笑い、隣の彩華さんに話しかけた。

「彩華さん。最近の従業員は、挨拶もろくにできないのかしら? 一条の教育も地に落ちたものね」

「ふふ、お義母様。庶民の方にマナーを求めるのは酷というものですわ」

無視。
そして、目の前での嘲笑。
最初から私を「対話する相手」として認めていないのだ。
悔しさで拳を握りしめる。

「母上」

蓮が低い声で割り込んだ。
部屋の温度がさらに下がる。

「俺の婚約者を無視するとは、随分なマナーだな。それが一条流の『おもてなし』か?」

「婚約者? ……認めませんよ、私は」

百合子様は扇子を広げ、冷ややかに言い放った。

「遊びなら目を瞑ると言ったはずです。けれど、本気でこの娘を妻にするつもり? ……一条の家系図を汚す気ですか」

「汚れる? 美月は誰よりも誠実で、優秀な女性だ。家柄だけで人を判断するあんたたちより、よっぽど高潔だ」

「口を慎みなさい!」

百合子様の鋭い声が響く。
彼女は立ち上がり、私に近づいてきた。
香水の匂いが鼻をつく。

「あなた。……手切れ金なら用意してあります。いくら欲しい?」

彼女は懐から小切手帳を取り出した。

「1000万? 2000万? 一生遊んで暮らせる額をあげましょう。だから、今すぐ蓮の前から消えなさい」

ドラマで見たことのある光景。
まさか自分が言われる日が来るなんて。
お金で解決しようとするその態度が、私の中に眠っていた「意地」に火をつけた。

「……いりません」

私は顔を上げ、百合子様を真っ直ぐに見返した。

「は?」

「お金なんていりません。私は蓮さんのことが好きです。お金のために一緒にいるんじゃありません」

声は震えていたかもしれない。
でも、嘘偽りのない本音だった。
契約から始まった関係だけれど、今の私は、彼を愛している。

「あら、殊勝なこと。……愛でご飯が食べられると思っているの?」

百合子様は嘲笑い、蓮に向き直った。

「蓮。この娘を選ぶと言うなら、勘当します。一条グループの社長の座も、資産も、全て剥奪します。……それでもいいの?」

究極の選択。
すべてを失ってまで、私を選ぶのか。
彩華さんが勝ち誇ったような顔で蓮を見ている。

蓮は、迷うことなく私の肩を抱き寄せた。
そして、楽しそうに笑ったのだ。

「どうぞ? ご自由に」

「……なんですって?」

「勘当結構。社長の座もくれてやる。……ただし」

蓮の瞳が、剣呑な光を帯びる。

「俺が抜ければ、今のプロジェクトは全て頓挫する。主要な取引先も、株主も、俺についてくるだろうな。……一条グループは半年で傾くぞ? それでもいいなら、好きにしろ」

「なっ……!?」

百合子様の顔が歪む。
蓮の実力は、すでに親の権力を超えていたのだ。
彼は脅しではなく、事実として「自分の価値」を突きつけた。

「俺は美月さえいれば、他には何もいらない。ゼロから起業しても、三年で今の地位まで戻ってみせる。……美月、行くぞ」

「え、あ、はい……」

蓮は私の手を取り、踵を返した。
呆然とする百合子様と彩華さんを残して。

「待ちなさい、蓮!」

背後から百合子様の叫び声が聞こえた。
けれど、蓮は振り返らなかった。
車に乗り込み、屋敷を出るまで、彼は私の手を痛いほど強く握りしめていた。

「……ごめんね、蓮」

車内で、私は小さく謝った。
私のせいで、親子喧嘩をさせてしまった。

「謝るな。むしろ清々した」

蓮はハンドルを握りながら、ふっと表情を緩めた。

「『好きです』……か。初めて聞いたな」

「えっ!?」

「さっき、母上に言っただろう。『私は蓮さんのことが好きです』と」

カァッと顔が熱くなる。
勢いで言ってしまったけれど、彼に聞かれていた!

「あれは、その、売り言葉に買い言葉というか……!」

「言い訳は聞かん。……言質は取ったぞ」

彼は赤信号で車を止めると、身を乗り出して私にキスをした。

「帰ったら、たっぷりと愛してやる。……覚悟しておけよ、俺の可愛い共犯者」

魔王の城での戦いは、蓮の圧倒的な勝利で幕を閉じた……かに見えた。
けれど、私たちは甘く見ていた。
プライドを傷つけられた女帝が、このまま黙って引き下がるはずがないことを。

翌日。
会社に出社した私を待っていたのは、信じられない「人事辞令」だった。



~あとがき~

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
皆様の温かい応援や反応が、日々の執筆の大きな励みになっています。

これからも物語を楽しんでいただけるよう、精一杯書き進めてまいります。
皆様の存在に心から感謝いたします。
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