「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

葉山 乃愛

文字の大きさ
15 / 81

第15話 ダイヤのブローチと、隠された目

しおりを挟む
「失礼いたします。清掃に入らせていただきます」

重厚なドアを開け、私は最上階のロイヤルスイートへと足を踏み入れた。
そこは、一泊数十万円はくだらない最高級の客室。
そして今、そのソファには、シルクのガウンを羽織った鷹司彩華が、優雅に足を組んで座っていた。

「あら、ご苦労様。……隅々まで綺麗になさいね。埃ひとつでも残っていたら、すぐに報告するわよ?」

「かしこまりました」

私は感情を殺し、業務を開始した。
彼女の視線が背中に突き刺さる。
わざと飲みかけの紅茶をカーペットにこぼしたり、ゴミを床に撒き散らしたり。
古典的すぎる嫌がらせの数々に、逆に呆れて冷静になれた。

(これくらい、どうってことない)

私は淡々と、しかし完璧に汚れを落としていく。
ハウスキーピングの仕事は過酷だ。けれど、このホテルの「快適さ」を支えているのは間違いなく彼女たちだ。
そのプライドを、こんな浅はかな悪意で汚したくない。

一通りの清掃を終え、バスルームから戻った時だった。

「……あら? ないわ」

彩華さんが大げさな声を上げた。
ドレッサーの前で、バッグの中身をぶちまけている。

「ない、ないわ! お母様からいただいた、ダイヤのブローチが!」

彼女は血相を変えて私を振り向いた。

「あなたね!? 私がシャワーを浴びている隙に、盗んだんでしょう!」

「……いいえ。私は一切触れておりません」

「嘘よ! この部屋にはあなたしかいなかった! あのブローチは1000万はするのよ!?」

彩華さんはインターフォンに飛びつき、フロントを呼び出した。

「支配人を呼んで! 今すぐ! ……清掃員に宝石を盗まれたわ!」

ああ、やっぱり。
彼女が私の担当を指名した時点で、こうなることは予想していた。
窃盗の濡れ衣を着せ、懲戒解雇にする。
さらに警察沙汰にして、蓮の婚約者としての社会的信用を完全に抹殺する気だ。

数分後。
蒼白な顔をした支配人と、警備員たちが駆けつけてきた。

「も、申し訳ございません鷹司様! ……おい相沢! お前、まさか本当に……」

「支配人、やっておりません。私のカートの中も、ポケットも、全て調べていただいて構いません」

私は両手を広げた。
もちろん、何も出てくるはずがない。
けれど、彩華さんはニヤリと笑った。

「ポケットになくても、どこかに隠したに決まってるわ。あるいは、ゴミに紛れ込ませて持ち出したか……。どちらにせよ、泥棒の疑いがある人間を置いておくなんて、このホテルの品格が疑われますわね」

彼女の勝ち誇った目。
証拠がなくても、「疑い」だけで私を排除するには十分だという計算だ。

「……警察を呼びましょう」

支配人が震える手でスマホを取り出した、その時だった。

「その必要はない」

凛とした声が響き、スイートのドアが開かれた。
一条蓮。
彼は氷のような無表情で、部屋に入ってきた。後ろには、情報システム部のスタッフを従えている。

「れ、蓮様……? どうしてここに?」

彩華さんが一瞬狼狽える。
蓮は彼女を無視し、部屋の天井の隅を指差した。

「この部屋には、最新の防犯カメラが設置されている」

「えっ?」

「VIPの警護のため、昨日から全スイートに導入したんだ。……音声も、映像も、すべてクラウドに保存されている」

蓮がスタッフに合図をすると、持ち込んだタブレットに映像が映し出された。
そこには、私がバスルームに入った直後、彩華さん自身がブローチを自分のガウンのポケットに隠し、大げさに「ない!」と叫ぶ一部始終が、鮮明に記録されていた。

「な……っ!?」

彩華さんの顔から血の気が引いていく。
自作自演。
動かぬ証拠が突きつけられたのだ。

「彩華。……これが鷹司家のやり方か?」

蓮の声は低く、怒りを通り越して軽蔑に満ちていた。

「無実の従業員を罠に嵌め、職を奪おうとする。……犯罪だぞ」

「ち、違うの! これはちょっとした冗談で……!」

「冗談? 美月の人生をなんだと思ってる!」

蓮の怒声が轟いた。
彩華さんがヒッと悲鳴を上げて縮み上がる。
蓮は私の方へ歩み寄ると、震える私の肩を抱き寄せた。

「美月は、一歩も引かずに職務を全うした。お前の嫌がらせにも耐えてな。……その誇り高い姿を、俺はずっと見ていた」

彼は私の荒れた手を取り、皆の前でキスをした。

「支配人。鷹司様はブラックリスト入りだ。今後、一条グループ全ホテルでの宿泊をお断りしろ」

「は、はい!」

「そ、そんな……! 待って、蓮様! お義母様には!? お義母様になんて説明するの!?」

彩華さんが泣きつくが、蓮は冷酷に言い放った。

「ありのままを伝えるさ。『あなたの選んだ嫁候補は、窃盗狂言を働く犯罪者でした』とな」

彩華さんはその場に崩れ落ちた。
これで彼女のプライドも、母親からの信用も失墜するだろう。

「行くぞ、美月」

蓮は私を抱きかかえるようにして、部屋を出た。
廊下に出た瞬間、彼の身体の力が抜け、私を強く、強く抱きしめた。

「……怖かっただろう。遅くなってすまない」

耳元で聞こえる彼の鼓動が、早くて激しい。
彼もまた、モニターの前でギリギリまで耐えていたのだ。
私のために、万全の証拠を掴むまで。

「ううん。……信じてたから」

私は彼の背中に手を回した。
清掃員の格好の私と、スーツ姿の社長。
不釣り合いな二人だけれど、今の私には、彼の愛が何よりの勲章だった。

これでライバルは消えた。
けれど、まだ「本丸」が残っている。
蓮の母親――百合子会長。
彼女が、この報告を聞いて黙っているはずがなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛人と暮らすために私と結婚した伯爵子息、皇帝宮の夜会で本音を喋る魔道具を使ったらすべて暴露されました

あきくん☆ひろくん
恋愛
愛人と暮らすために私と結婚した伯爵子息。その本性を知ったのは、結婚した後でした。 私は子供を産むためだけの妻。生まれた子は愛人が育て、私は屋敷に閉じ込められる運命だという。 絶望する私が思い出したのは、大魔導士から渡された魔道具。「心に思ったことを言葉にしてしまう」もの。 そして皇帝宮の夜会で――伯爵子息は皇太子の前で、自分の本音をすべて喋ってしまいました。 この作品は、「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です」シリーズの外伝です。 リリアーナは、第1作目の第3部のおまけ、のお話にでてくる子爵令嬢です。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや

静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。 朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。 「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。 この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか? 甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

処理中です...