「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

葉山 乃愛

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第25話 亡き祖父の遺言と、託された鍵

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指定された住所は、都心の下町にある古びたアパートだった。
一条家の元教育係・神崎さんが住むには、あまりに質素な場所だ。

「……ここか」

蓮はチャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。
現れたのは、白髪の初老の男性。
背筋はピンと伸び、使い古されたカーディガンを着ていても、その所作には品格が滲み出ている。

「お待ちしておりました、蓮様。……それに、美月様も」

神崎さんは深く頭を下げ、私たちを狭い畳の部屋へと招き入れた。
出されたお茶を一口飲み、蓮が単刀直入に切り出す。

「神崎。……遺言書とはなんだ」

「はい。……お話しする前に、一つ訂正させていただきたいことがございます」

神崎さんは正座をし、まっすぐに私を見た。

「蓮様が高校時代、美月様に執着されていた理由……。それは単なる『恋』ではありませんでしたね?」

「……余計なことは言うな」

蓮が視線を逸らす。
私は驚いて二人を見比べた。恋じゃなかったの?

「蓮様は、孤独でいらっしゃいました。優秀すぎるが故に、ご両親からも恐れられ、道具として扱われてきた。……そんな蓮様が唯一、人間らしい感情を取り戻せる瞬間が、美月様を見ている時だったのです」

神崎さんは懐かしそうに目を細めた。

「図書室で居眠りをして、涎を垂らしている美月様を見て……蓮様は初めて、声を上げて笑われました」

「よ、涎……!?」

私は赤面して顔を覆った。そんなところを見られていたなんて!

「美月様は、蓮様にとって『光』でした。……だからこそ、先代の当主――亡くなられたお祖父様は、そのことを誰よりも案じておられました」

「祖父が?」

蓮が眉を寄せた。
彼のお祖父様は、一条グループを世界企業に押し上げた伝説の経営者だ。
冷徹な人物だったと聞いているけれど。

「お祖父様は、百合子様……ご自身の娘の『強欲さ』を見抜いておられました。彼女が実権を握れば、蓮様をただの利益追求のマシーンにしてしまうだろうと」

神崎さんは立ち上がり、仏壇の奥から小さな桐の箱を取り出した。

「だから、お祖父様は遺言を残されたのです。『蓮が心から愛する伴侶を見つけた時、この箱を開けなさい』と」

箱が開かれる。
中に入っていたのは、古びた錆びた鍵と、一枚の書類だった。

「これは……株式譲渡書?」

蓮が書類を手に取り、目を見開いた。

「一条ホールディングスの……議決権付き株式の51%!?」

「はい。お祖父様は、会社の過半数の株を、蓮様のために信託に残されておりました。ただし、譲渡条件はただ一つ。『蓮が自ら選び、愛した女性と結婚すること』」

衝撃の事実に、私は言葉を失った。
百合子会長が私を嫌っていた本当の理由。
それは「家柄」なんて表面的なものではなかった。
私が蓮と結婚すれば、その瞬間に会社の支配権(51%の株)が蓮の手に渡り、百合子会長は実権を失うからだ。

だから彼女は、必死で私を排除しようとした。
私が「庶民」だからじゃない。私が「蓮に力を与えるトリガー」そのものだったからだ。

「……そうか。ババアはずっと、これに怯えていたのか」

蓮は書類を握りしめ、低く笑った。

「俺が美月を選んだ時点で、あいつの負けは決まっていたんだな」

「左様でございます。……百合子様はこの遺言書の存在を揉み消そうとしましたが、私が原本と鍵を持ち出しました。この10年、この日のために守り抜いて参りました」

神崎さんは床に手をつき、涙ながらに頭を下げた。

「蓮様。……遅くなり申し訳ございません。ようやく、あなた様を真の王にする準備が整いました」

「……頭を上げろ、神崎」

蓮は立ち上がり、神崎さんの肩に手を置いた。

「感謝する。……お前のおかげで、俺は美月を幸せにする『最強の剣』を手に入れた」

蓮は私の方を振り返った。
その瞳には、もう迷いも、怯えもない。
あるのは、絶対的な自信と、深い愛情だけ。

「美月。……一緒に行くぞ」

「え、どこへ?」

「決まっているだろう。……魔王の城(一条本邸)だ」

彼は錆びた鍵をポケットに入れ、不敵に笑った。

「母上が倒れて手薄になった本邸から、お祖父様の隠し金庫を開ける。……そして、名実ともに俺たちがこの国の頂点に立つのだ」

50億の資金と、51%の株式。
すべてを手に入れた「裸の王様」は、今や誰も止められない「真の帝王」へと進化した。
私たちは再び、あの因縁の場所へと向かう。
今度こそ、すべてを終わらせるために。

しかし、私たちは知らなかった。
意識不明のはずの百合子会長が、最後の執念で、病院のベッドから「ある指示」を出していたことを。
本邸には、警察さえ手が出せない「最後の番人」が待ち構えていた。
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