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第26話 最後の番人 震える銃口と、父の涙
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一条本邸の門は、不気味なほど静かに開かれていた。
警備員の姿はない。使用人たちの気配もしない。
まるで、私たちを奥へと誘い込むような静寂。
「……罠か?」
蓮は警戒しながら廊下を進む。
私は彼の上着の裾を掴み、背後にぴったりと張り付いた。
目指すは、本邸の最奥にある「開かずの間」――亡きお祖父様の書斎だ。
重厚な両開きのドアの前に立つ。
蓮がポケットから、神崎さんに託された錆びた鍵を取り出した。
「行くぞ」
蓮が鍵穴に差し込み、回そうとしたその時だった。
「……触るな」
部屋の中から、か細い、けれど拒絶の意志を含んだ声が聞こえた。
同時に、ドアが内側からゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、一人の痩せた初老の男性だった。
高級なスーツを着ているが、その肩は小さく、顔色は土気色。
そしてその手には――黒光りする猟銃が握られていた。
「……父上?」
蓮が息を呑む。
立っていたのは、蓮の父親であり、一条グループの名ばかりの会長・一条壮一郎(そういちろう)だった。
彼は震える手で銃口を私たちに向け、焦点の定まらない目で呟いた。
「帰れ、蓮。……ここを開けるわけにはいかない」
「父上、正気ですか。……母上に命令されたんですね?」
蓮が一歩踏み出すと、壮一郎さんはヒッと息を飲み、引き金に指をかけた。
「来るな! ……撃つぞ! 母さんの言いつけを守らなきゃ、僕の立場が……一条家が……!」
見ていられなかった。
日本有数の大企業のトップとは思えない、怯えきった子供のような姿。
百合子会長という女帝に長年支配され続け、心を壊されてしまった成れの果てだ。
これが「警察も手が出せない番人」。
実の父親による、家族内での凶行。
「……撃てよ」
蓮は歩みを止めず、銃口の前に胸を晒した。
「あんたはずっとそうだった。母上の言いなりで、自分の意思なんてなくて……俺が虐げられていても、見て見ぬふりをしてきた」
「違う、私は……!」
「違わない! 今だってそうだ。息子に銃を向けてまで、自分の保身か!?」
蓮の怒声が廊下に響く。
壮一郎さんの指が震え、銃口が揺れる。
危ない。暴発するかもしれない。
「蓮、だめ……!」
私は咄嗟に飛び出し、蓮の前に立ちはだかった。
「どけ、美月!」
「どかない! ……お義父様、お願いです、銃を下ろしてください!」
私は震える足を踏ん張り、銃口を真っ直ぐに見つめた。
「蓮さんは、あなたを傷つけに来たんじゃありません。……ただ、愛する人を守る力が欲しいだけなんです。お祖父様が託してくれた、希望を取り戻しに来ただけなんです!」
「愛する、人……?」
壮一郎さんの目が、私と蓮を行き来した。
自分の命を捨ててでも蓮を守ろうとする私と、私を背に庇おうとする蓮。
「……ああ」
壮一郎さんの目から、涙が溢れ出した。
銃口が力なく下がる。
「……羨ましいな」
「え?」
「私には、できなかった。……百合子に逆らってまで守りたいものなんて、私にはなかった」
彼は政略結婚で百合子会長と結ばれ、一生を彼女の操り人形として生きてきた。
そこには愛も、意思もなかったのだ。
目の前の私たちが、彼がかつて手に入れたくても叶わなかった「強さ」を体現していることに気づいたのだろう。
カチャン。
猟銃が床に落ちた。
壮一郎さんは膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って泣き崩れた。
「……行け、蓮。……持って行け」
「父上……」
「百合子には……私が無理やり突破されたと言っておく。……だから、早く」
蓮は唇を噛み締め、父親の背中を一瞬だけ見つめた。
かける言葉は見つからなかったのかもしれない。
それでも、彼は深く一礼した。
「……行きます」
蓮は私を促し、書斎の中へと入った。
壁一面の本棚。その奥に隠された金庫。
錆びた鍵を差し込むと、重い金属音と共に扉が開いた。
そこには、分厚いファイルが一冊。
『株式譲渡契約書』
そして、その上に添えられた一通の手紙。
『愛する孫、蓮へ。お前がこの手紙を読んでいるということは、本物の愛を見つけたということだろう。……自由に生きろ。一条の名に縛られるな』
蓮は手紙を握りしめ、天井を仰いだ。
「……じいさん。アンタ、粋すぎるだろ」
彼の目尻に光るものを、私は見ないふりをして彼の手を握った。
これで終わりだ。
51%の株。絶対的な権力。
女帝・百合子の支配は、今ここで完全に終わったのだ。
「帰ろう、美月。……すべてを終わらせて、俺たちの結婚式の準備だ」
「うん……!」
私たちは手を取り合い、屋敷を出た。
廊下には、まだうずくまって泣いている壮一郎さんの姿があった。
いつか、彼も救える日が来るだろうか。
屋敷を出ると、空は突き抜けるような青空だった。
長い、長い戦いが終わった――はずだった。
しかし。
私たちはまだ気づいていなかった。
病院のベッドで意識を取り戻した百合子会長が、最後の理性を失い、とんでもない「道連れ」を用意していたことを。
私のスマホに、一件のニュース速報が入る。
『元一条グループ社長・一条蓮氏に逮捕状。在任中の特別背任、及び不正競争防止法違反の疑い』
え?
特別背任? 不正競争……?
画面を見ると、そこには手錠をかけられ連行される、かつての部下たちの姿が映し出されていた。
百合子会長は、蓮が10年かけて準備した「50億の資金作り」や「人材の引き抜き」を、すべて『会社への背信行為』として警察に告発したのだ。
警備員の姿はない。使用人たちの気配もしない。
まるで、私たちを奥へと誘い込むような静寂。
「……罠か?」
蓮は警戒しながら廊下を進む。
私は彼の上着の裾を掴み、背後にぴったりと張り付いた。
目指すは、本邸の最奥にある「開かずの間」――亡きお祖父様の書斎だ。
重厚な両開きのドアの前に立つ。
蓮がポケットから、神崎さんに託された錆びた鍵を取り出した。
「行くぞ」
蓮が鍵穴に差し込み、回そうとしたその時だった。
「……触るな」
部屋の中から、か細い、けれど拒絶の意志を含んだ声が聞こえた。
同時に、ドアが内側からゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、一人の痩せた初老の男性だった。
高級なスーツを着ているが、その肩は小さく、顔色は土気色。
そしてその手には――黒光りする猟銃が握られていた。
「……父上?」
蓮が息を呑む。
立っていたのは、蓮の父親であり、一条グループの名ばかりの会長・一条壮一郎(そういちろう)だった。
彼は震える手で銃口を私たちに向け、焦点の定まらない目で呟いた。
「帰れ、蓮。……ここを開けるわけにはいかない」
「父上、正気ですか。……母上に命令されたんですね?」
蓮が一歩踏み出すと、壮一郎さんはヒッと息を飲み、引き金に指をかけた。
「来るな! ……撃つぞ! 母さんの言いつけを守らなきゃ、僕の立場が……一条家が……!」
見ていられなかった。
日本有数の大企業のトップとは思えない、怯えきった子供のような姿。
百合子会長という女帝に長年支配され続け、心を壊されてしまった成れの果てだ。
これが「警察も手が出せない番人」。
実の父親による、家族内での凶行。
「……撃てよ」
蓮は歩みを止めず、銃口の前に胸を晒した。
「あんたはずっとそうだった。母上の言いなりで、自分の意思なんてなくて……俺が虐げられていても、見て見ぬふりをしてきた」
「違う、私は……!」
「違わない! 今だってそうだ。息子に銃を向けてまで、自分の保身か!?」
蓮の怒声が廊下に響く。
壮一郎さんの指が震え、銃口が揺れる。
危ない。暴発するかもしれない。
「蓮、だめ……!」
私は咄嗟に飛び出し、蓮の前に立ちはだかった。
「どけ、美月!」
「どかない! ……お義父様、お願いです、銃を下ろしてください!」
私は震える足を踏ん張り、銃口を真っ直ぐに見つめた。
「蓮さんは、あなたを傷つけに来たんじゃありません。……ただ、愛する人を守る力が欲しいだけなんです。お祖父様が託してくれた、希望を取り戻しに来ただけなんです!」
「愛する、人……?」
壮一郎さんの目が、私と蓮を行き来した。
自分の命を捨ててでも蓮を守ろうとする私と、私を背に庇おうとする蓮。
「……ああ」
壮一郎さんの目から、涙が溢れ出した。
銃口が力なく下がる。
「……羨ましいな」
「え?」
「私には、できなかった。……百合子に逆らってまで守りたいものなんて、私にはなかった」
彼は政略結婚で百合子会長と結ばれ、一生を彼女の操り人形として生きてきた。
そこには愛も、意思もなかったのだ。
目の前の私たちが、彼がかつて手に入れたくても叶わなかった「強さ」を体現していることに気づいたのだろう。
カチャン。
猟銃が床に落ちた。
壮一郎さんは膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って泣き崩れた。
「……行け、蓮。……持って行け」
「父上……」
「百合子には……私が無理やり突破されたと言っておく。……だから、早く」
蓮は唇を噛み締め、父親の背中を一瞬だけ見つめた。
かける言葉は見つからなかったのかもしれない。
それでも、彼は深く一礼した。
「……行きます」
蓮は私を促し、書斎の中へと入った。
壁一面の本棚。その奥に隠された金庫。
錆びた鍵を差し込むと、重い金属音と共に扉が開いた。
そこには、分厚いファイルが一冊。
『株式譲渡契約書』
そして、その上に添えられた一通の手紙。
『愛する孫、蓮へ。お前がこの手紙を読んでいるということは、本物の愛を見つけたということだろう。……自由に生きろ。一条の名に縛られるな』
蓮は手紙を握りしめ、天井を仰いだ。
「……じいさん。アンタ、粋すぎるだろ」
彼の目尻に光るものを、私は見ないふりをして彼の手を握った。
これで終わりだ。
51%の株。絶対的な権力。
女帝・百合子の支配は、今ここで完全に終わったのだ。
「帰ろう、美月。……すべてを終わらせて、俺たちの結婚式の準備だ」
「うん……!」
私たちは手を取り合い、屋敷を出た。
廊下には、まだうずくまって泣いている壮一郎さんの姿があった。
いつか、彼も救える日が来るだろうか。
屋敷を出ると、空は突き抜けるような青空だった。
長い、長い戦いが終わった――はずだった。
しかし。
私たちはまだ気づいていなかった。
病院のベッドで意識を取り戻した百合子会長が、最後の理性を失い、とんでもない「道連れ」を用意していたことを。
私のスマホに、一件のニュース速報が入る。
『元一条グループ社長・一条蓮氏に逮捕状。在任中の特別背任、及び不正競争防止法違反の疑い』
え?
特別背任? 不正競争……?
画面を見ると、そこには手錠をかけられ連行される、かつての部下たちの姿が映し出されていた。
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