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第28話 檻の中の嘲笑と、元婚約者の誤算
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東京拘置所、面会室。
アクリル板越しに座る蓮は、手錠をかけられ、ジャージ姿だった。
それでも、その瞳の鋭さは、最高級のスーツを着ていた頃と何ら変わらない。
むしろ、研ぎ澄まされた刃物のような冷たさを放っていた。
「……何の用だ」
「やあ、落ちぶれたもんだね、一条社長。いや、『容疑者』か」
対面に座ったのは、高橋優斗だった。
かつて私を裏切り、彩華を選んだ男。
彼は仕立ての良いスーツを着て、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
百合子会長の使い走りとして、ここに来たことは明白だった。
「会長からの伝言だよ。『この誓約書にサインをすれば、告訴を取り下げてやる』ってさ」
優斗はアクリル板の隙間から、一枚の書類を差し入れた。
そこには、『株式会社RENの解散』『全株式の放棄』、そして『相沢美月との関係断絶』が記されていた。
「サインしなよ。……美月のためにもさ」
優斗はわざとらしく溜息をついた。
「美月ちゃん、泣いてたよ。君のせいで会社はガサ入れ、社員はパニック。……彼女、可哀想に震えてた。『もう限界』って」
「……」
「俺なら彼女を幸せにできる。君みたいな犯罪者と違ってね。……だから、大人しく身を引けよ」
優斗がニヤニヤと笑う。
蓮は書類を一瞥し、そして――ふっ、と鼻で笑った。
「……何がおかしい」
「いや。……あまりに低レベルな嘘で、哀れになっただけだ」
蓮は書類を指先で弾いた。
「美月が泣いている? 『もう限界』だと言った? ……嘘をつくな」
蓮の目が、優斗を射抜く。
「あいつは、そんな女じゃない。……俺が捕まったくらいで泣くようなら、俺はあいつを選んでいない」
「なっ……強がりを言うな! 今頃、あいつは一人で絶望して……」
「しているものか。今頃あいつは、俺を助け出すために、お前の想像もつかないような方法で戦っているはずだ」
蓮の脳裏には、パイプ椅子の上に立ち上がり、社員を鼓舞する美月の姿が鮮明に浮かんでいた。
信じているのではない。知っているのだ。彼女の強さを。
「それに、お前……彩華に捨てられたそうだな」
「ッ!?」
優斗の顔が引きつった。
図星だった。
彩華が失脚した後、優斗は用済みとなり、高橋家からも冷遇され、今や百合子会長の靴を舐めることでしか生き残れない立場に落ちていたのだ。
「自分の足で立てない男に、美月を幸せにできるわけがない。……帰れ。そして母上に伝えろ。『首を洗って待っていろ』とな」
「く、くそっ……! 後悔するぞ! 一生そこから出られないんだからな!」
優斗が顔を真っ赤にして立ち上がった時だった。
面会室のドアが開き、刑務官が入ってきた。
「一条蓮。……釈放だ」
「は……?」
優斗が間の抜けた声を上げた。
「しゃ、釈放!? どういうことだ! こいつは横領犯だぞ!」
「証拠不十分……いや、『無実の証明』がなされた」
刑務官の後ろから、数人の弁護士を連れた私が現れた。
手には、ノートパソコンと分厚いファイルを持っている。
「ごきげんよう、高橋さん」
「み、美月……!?」
私は優斗を一瞥もしなかった。
ただ真っ直ぐに、アクリル板の向こうの蓮を見つめた。
「遅くなってごめんね、蓮。……『Wedding』フォルダのデータ、検察に提出したわ。あなたの資金はすべてクリーンだと認められた」
「……ああ。早かったな」
蓮は満足げに口角を上げた。
優斗は狼狽え、後ずさる。
「ば、バカな……! 会長の計画は完璧だったはず……!」
「完璧なのは、蓮の準備よ。……あなたたちとは、見ている未来が違うの」
私は冷たく言い放った。
優斗は何も言い返せず、逃げるように面会室を出て行った。
負け犬の背中。かつてあんな男に泣かされた自分が、今では遠い他人のように思えた。
数時間後。拘置所の門前。
手続きを終えた蓮が出てきた。
夕日が、彼の疲れた顔を照らしている。
「蓮!」
私は駆け寄り、彼の胸に飛び込んだ。
もう人目なんて気にしない。
彼も強く私を抱きしめ返し、髪に顔を埋めた。
「……よくやった、美月。最高のパートナーだ」
「おかえりなさい……!」
感動の再会。
けれど、現実は甘くなかった。
同行していた顧問弁護士が、申し訳なさそうに口を開いた。
「社長……釈放はおめでとうございます。ただ、一つ問題が」
「……なんだ」
「検察は不起訴を決めましたが、百合子会長側が民事で損害賠償請求を起こしました。その関係で……社長の個人口座と、新会社の口座が一時的に『凍結』されました」
「……は?」
「つまり……裁判が終わるまで、50億の資金も、会社の運転資金も、一円も動かせません」
沈黙が流れた。
無実は証明された。
けれど、財布の中身は空っぽ。
家(タワマン)も、車も、すべて資産凍結の対象だ。
蓮は天を仰ぎ、それから私を見て、苦笑した。
「……悪い、美月。また『無一文』に逆戻りだ」
「……ふふっ」
私は笑ってしまった。
だって、彼が隣にいる。それだけで十分じゃないか。
「大丈夫よ。……私のボロアパートがあるじゃない」
「……そうだな」
蓮は私の手を握り直した。
「一からやり直しだ。……見ていろ、ここからが本当の『国盗り』だ」
50億の資産家から、所持金数千円のホームレス寸前へ。
ジェットコースターのような転落劇。
けれど、私たちの手には最強の武器――『愛』と『51%の株券(の権利)』がある。
ここから、世界一セレブで、世界一貧乏なカップルの同棲生活が始まる。
六畳一間のアパートで、大企業の再建と、甘すぎる新婚生活(予行演習)が。
アクリル板越しに座る蓮は、手錠をかけられ、ジャージ姿だった。
それでも、その瞳の鋭さは、最高級のスーツを着ていた頃と何ら変わらない。
むしろ、研ぎ澄まされた刃物のような冷たさを放っていた。
「……何の用だ」
「やあ、落ちぶれたもんだね、一条社長。いや、『容疑者』か」
対面に座ったのは、高橋優斗だった。
かつて私を裏切り、彩華を選んだ男。
彼は仕立ての良いスーツを着て、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
百合子会長の使い走りとして、ここに来たことは明白だった。
「会長からの伝言だよ。『この誓約書にサインをすれば、告訴を取り下げてやる』ってさ」
優斗はアクリル板の隙間から、一枚の書類を差し入れた。
そこには、『株式会社RENの解散』『全株式の放棄』、そして『相沢美月との関係断絶』が記されていた。
「サインしなよ。……美月のためにもさ」
優斗はわざとらしく溜息をついた。
「美月ちゃん、泣いてたよ。君のせいで会社はガサ入れ、社員はパニック。……彼女、可哀想に震えてた。『もう限界』って」
「……」
「俺なら彼女を幸せにできる。君みたいな犯罪者と違ってね。……だから、大人しく身を引けよ」
優斗がニヤニヤと笑う。
蓮は書類を一瞥し、そして――ふっ、と鼻で笑った。
「……何がおかしい」
「いや。……あまりに低レベルな嘘で、哀れになっただけだ」
蓮は書類を指先で弾いた。
「美月が泣いている? 『もう限界』だと言った? ……嘘をつくな」
蓮の目が、優斗を射抜く。
「あいつは、そんな女じゃない。……俺が捕まったくらいで泣くようなら、俺はあいつを選んでいない」
「なっ……強がりを言うな! 今頃、あいつは一人で絶望して……」
「しているものか。今頃あいつは、俺を助け出すために、お前の想像もつかないような方法で戦っているはずだ」
蓮の脳裏には、パイプ椅子の上に立ち上がり、社員を鼓舞する美月の姿が鮮明に浮かんでいた。
信じているのではない。知っているのだ。彼女の強さを。
「それに、お前……彩華に捨てられたそうだな」
「ッ!?」
優斗の顔が引きつった。
図星だった。
彩華が失脚した後、優斗は用済みとなり、高橋家からも冷遇され、今や百合子会長の靴を舐めることでしか生き残れない立場に落ちていたのだ。
「自分の足で立てない男に、美月を幸せにできるわけがない。……帰れ。そして母上に伝えろ。『首を洗って待っていろ』とな」
「く、くそっ……! 後悔するぞ! 一生そこから出られないんだからな!」
優斗が顔を真っ赤にして立ち上がった時だった。
面会室のドアが開き、刑務官が入ってきた。
「一条蓮。……釈放だ」
「は……?」
優斗が間の抜けた声を上げた。
「しゃ、釈放!? どういうことだ! こいつは横領犯だぞ!」
「証拠不十分……いや、『無実の証明』がなされた」
刑務官の後ろから、数人の弁護士を連れた私が現れた。
手には、ノートパソコンと分厚いファイルを持っている。
「ごきげんよう、高橋さん」
「み、美月……!?」
私は優斗を一瞥もしなかった。
ただ真っ直ぐに、アクリル板の向こうの蓮を見つめた。
「遅くなってごめんね、蓮。……『Wedding』フォルダのデータ、検察に提出したわ。あなたの資金はすべてクリーンだと認められた」
「……ああ。早かったな」
蓮は満足げに口角を上げた。
優斗は狼狽え、後ずさる。
「ば、バカな……! 会長の計画は完璧だったはず……!」
「完璧なのは、蓮の準備よ。……あなたたちとは、見ている未来が違うの」
私は冷たく言い放った。
優斗は何も言い返せず、逃げるように面会室を出て行った。
負け犬の背中。かつてあんな男に泣かされた自分が、今では遠い他人のように思えた。
数時間後。拘置所の門前。
手続きを終えた蓮が出てきた。
夕日が、彼の疲れた顔を照らしている。
「蓮!」
私は駆け寄り、彼の胸に飛び込んだ。
もう人目なんて気にしない。
彼も強く私を抱きしめ返し、髪に顔を埋めた。
「……よくやった、美月。最高のパートナーだ」
「おかえりなさい……!」
感動の再会。
けれど、現実は甘くなかった。
同行していた顧問弁護士が、申し訳なさそうに口を開いた。
「社長……釈放はおめでとうございます。ただ、一つ問題が」
「……なんだ」
「検察は不起訴を決めましたが、百合子会長側が民事で損害賠償請求を起こしました。その関係で……社長の個人口座と、新会社の口座が一時的に『凍結』されました」
「……は?」
「つまり……裁判が終わるまで、50億の資金も、会社の運転資金も、一円も動かせません」
沈黙が流れた。
無実は証明された。
けれど、財布の中身は空っぽ。
家(タワマン)も、車も、すべて資産凍結の対象だ。
蓮は天を仰ぎ、それから私を見て、苦笑した。
「……悪い、美月。また『無一文』に逆戻りだ」
「……ふふっ」
私は笑ってしまった。
だって、彼が隣にいる。それだけで十分じゃないか。
「大丈夫よ。……私のボロアパートがあるじゃない」
「……そうだな」
蓮は私の手を握り直した。
「一からやり直しだ。……見ていろ、ここからが本当の『国盗り』だ」
50億の資産家から、所持金数千円のホームレス寸前へ。
ジェットコースターのような転落劇。
けれど、私たちの手には最強の武器――『愛』と『51%の株券(の権利)』がある。
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