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第35話 【農道のポルシェ】軽トラの疾走と、迫る黒塗り
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翌朝。
朝霧が立ち込める翁の屋敷の庭に、けたたましいエンジン音が響いた。
「……本気か」
蓮が呆然と見つめる先には、一台の白い軽トラックがあった。
荷台には泥がついたスコップやクワが載っている。
これが、翁が貸してくれた「東京への足」だった。
「文句を言うな、蓮。……新幹線は百合子の息がかかった連中が網を張っておる。この『農道のポルシェ』なら、裏道を使っても怪しまれん」
翁は縁側で茶を啜りながら、ニヤリと笑った。
「それに、マニュアル車じゃ。……AT限定のお坊ちゃんには運転できんかの?」
「……愚問だ。俺はライセンスA級を持っている」
蓮はジャケットを脱ぎ、軽トラの運転席に乗り込んだ。
狭い。長身の蓮が乗ると、膝がハンドルに当たりそうだ。
私も助手席に乗り込む。
「行くぞ、美月。……シートベルトを締めろ」
「う、うん。……蓮、軽トラ似合わないね」
「うるさい。……機能美はある」
蓮は慣れた手つきでクラッチを繋ぎ、アクセルを踏み込んだ。
ブォォン! と意外に良い音がして、軽トラが急発進する。
「行って参ります、翁!」
「行ってきまーす!」
私たちは翁に手を振り、山道を駆け下りた。
目指すは東京、一条本社の大会議室。
株主総会の開始時刻は、午前10時。
現在時刻は、午前6時。
距離は300キロ以上。ギリギリの戦いだ。
「……快適ではないな」
高速道路ではなく、検問を避けるために下道を走る車内で、蓮がぼやいた。
サスペンションが硬く、振動がダイレクトにお尻に響く。
「我慢してよ。……でも、蓮がマニュアル運転できるなんて意外」
「学生時代、サーキットで走っていた。……構造はポルシェも軽トラも変わらん」
蓮がハンドルを切り、カーブを鮮やかに抜けていく。
横顔は真剣そのものだ。
高級車を転がすよりも、泥だらけの軽トラを必死に操る今の彼の方が、何倍も格好良く見える。
しかし、平穏なドライブは長くは続かなかった。
県境の峠道に差し掛かった時だ。
「……チッ」
蓮がサイドミラーを見て舌打ちをした。
「どうしたの?」
「後ろだ。……黒いバンが2台、ついてきている」
振り返ると、窓ガラスを真っ黒にスモークしたワンボックスカーが、ぴったりと背後に張り付いていた。
明らかに堅気じゃない。
百合子会長の差し金だ。
「気づかれたか。……翁の屋敷から出た時点でマークされていたようだな」
黒いバンが急加速し、幅寄せをしてきた。
ドンッ!
車体が大きく揺れる。
「きゃあッ!?」
「捕まるなッ!」
蓮がハンドルを逆に切り、体勢を立て直す。
相手は本気だ。私たちを事故に見せかけて始末するか、少なくとも総会に間に合わないよう足止めする気だ。
「このままじゃ押し出される……!」
「させない」
蓮の目が鋭く光った。
「美月、ナビを見ろ。……この先に『旧道』があるはずだ」
「旧道? ……あ、ある! でも『未舗装・道幅狭し』って書いてあるよ!?」
「上等だ。……相手のデカい車体じゃ入れない道へ誘い込む」
蓮はシフトノブを素早く操作し、ギアを落とした。
エンジンが唸りを上げる。
「しっかり掴まってろ! ……『農道のポルシェ』の本気を見せてやる!」
直角に近いカーブの手前。
蓮はブレーキを踏まず、逆にアクセルを踏み込んだ。
黒いバンが「自滅するか!?」と驚いて減速した一瞬の隙。
蓮はハンドルを一気に切り、ガードレールの切れ目にある、獣道のような旧道へと突っ込んだ。
ガタンッ! ドガガガガッ!
激しい振動。泥が窓ガラスを覆う。
けれど、軽トラは軽量なボディと四輪駆動の強みを生かし、ぬかるんだ山道を駆け上がっていく。
「うそ、すごい……!」
後ろを見ると、黒いバンは入り口で立ち往生していた。
「勝ったな」
蓮は汗を拭い、ニヤリと笑った。
「どんなに高級な車でも、適材適所でなければただの鉄屑だ。……俺たちと同じだな」
「え?」
「今の俺たちは泥だらけだが、この道を進むには『最適』だということだ」
彼は泥跳ねだらけのフロントガラス越しに、朝日が昇る東京の空を見据えた。
「待っていろ、東京。……最強の泥んこコンビが帰るぞ」
私たちは追っ手を振り切り、再びアスファルトの道へと戻った。
時刻は8時。
あと2時間。
しかし、東京に入った私たちを待ち受けていたのは、百合子会長が仕掛けた、さらに卑劣な「最終防衛ライン」だった。
本社ビル前には、警察車両とマスコミが二重三重のバリケードを作っていたのだ。
朝霧が立ち込める翁の屋敷の庭に、けたたましいエンジン音が響いた。
「……本気か」
蓮が呆然と見つめる先には、一台の白い軽トラックがあった。
荷台には泥がついたスコップやクワが載っている。
これが、翁が貸してくれた「東京への足」だった。
「文句を言うな、蓮。……新幹線は百合子の息がかかった連中が網を張っておる。この『農道のポルシェ』なら、裏道を使っても怪しまれん」
翁は縁側で茶を啜りながら、ニヤリと笑った。
「それに、マニュアル車じゃ。……AT限定のお坊ちゃんには運転できんかの?」
「……愚問だ。俺はライセンスA級を持っている」
蓮はジャケットを脱ぎ、軽トラの運転席に乗り込んだ。
狭い。長身の蓮が乗ると、膝がハンドルに当たりそうだ。
私も助手席に乗り込む。
「行くぞ、美月。……シートベルトを締めろ」
「う、うん。……蓮、軽トラ似合わないね」
「うるさい。……機能美はある」
蓮は慣れた手つきでクラッチを繋ぎ、アクセルを踏み込んだ。
ブォォン! と意外に良い音がして、軽トラが急発進する。
「行って参ります、翁!」
「行ってきまーす!」
私たちは翁に手を振り、山道を駆け下りた。
目指すは東京、一条本社の大会議室。
株主総会の開始時刻は、午前10時。
現在時刻は、午前6時。
距離は300キロ以上。ギリギリの戦いだ。
「……快適ではないな」
高速道路ではなく、検問を避けるために下道を走る車内で、蓮がぼやいた。
サスペンションが硬く、振動がダイレクトにお尻に響く。
「我慢してよ。……でも、蓮がマニュアル運転できるなんて意外」
「学生時代、サーキットで走っていた。……構造はポルシェも軽トラも変わらん」
蓮がハンドルを切り、カーブを鮮やかに抜けていく。
横顔は真剣そのものだ。
高級車を転がすよりも、泥だらけの軽トラを必死に操る今の彼の方が、何倍も格好良く見える。
しかし、平穏なドライブは長くは続かなかった。
県境の峠道に差し掛かった時だ。
「……チッ」
蓮がサイドミラーを見て舌打ちをした。
「どうしたの?」
「後ろだ。……黒いバンが2台、ついてきている」
振り返ると、窓ガラスを真っ黒にスモークしたワンボックスカーが、ぴったりと背後に張り付いていた。
明らかに堅気じゃない。
百合子会長の差し金だ。
「気づかれたか。……翁の屋敷から出た時点でマークされていたようだな」
黒いバンが急加速し、幅寄せをしてきた。
ドンッ!
車体が大きく揺れる。
「きゃあッ!?」
「捕まるなッ!」
蓮がハンドルを逆に切り、体勢を立て直す。
相手は本気だ。私たちを事故に見せかけて始末するか、少なくとも総会に間に合わないよう足止めする気だ。
「このままじゃ押し出される……!」
「させない」
蓮の目が鋭く光った。
「美月、ナビを見ろ。……この先に『旧道』があるはずだ」
「旧道? ……あ、ある! でも『未舗装・道幅狭し』って書いてあるよ!?」
「上等だ。……相手のデカい車体じゃ入れない道へ誘い込む」
蓮はシフトノブを素早く操作し、ギアを落とした。
エンジンが唸りを上げる。
「しっかり掴まってろ! ……『農道のポルシェ』の本気を見せてやる!」
直角に近いカーブの手前。
蓮はブレーキを踏まず、逆にアクセルを踏み込んだ。
黒いバンが「自滅するか!?」と驚いて減速した一瞬の隙。
蓮はハンドルを一気に切り、ガードレールの切れ目にある、獣道のような旧道へと突っ込んだ。
ガタンッ! ドガガガガッ!
激しい振動。泥が窓ガラスを覆う。
けれど、軽トラは軽量なボディと四輪駆動の強みを生かし、ぬかるんだ山道を駆け上がっていく。
「うそ、すごい……!」
後ろを見ると、黒いバンは入り口で立ち往生していた。
「勝ったな」
蓮は汗を拭い、ニヤリと笑った。
「どんなに高級な車でも、適材適所でなければただの鉄屑だ。……俺たちと同じだな」
「え?」
「今の俺たちは泥だらけだが、この道を進むには『最適』だということだ」
彼は泥跳ねだらけのフロントガラス越しに、朝日が昇る東京の空を見据えた。
「待っていろ、東京。……最強の泥んこコンビが帰るぞ」
私たちは追っ手を振り切り、再びアスファルトの道へと戻った。
時刻は8時。
あと2時間。
しかし、東京に入った私たちを待ち受けていたのは、百合子会長が仕掛けた、さらに卑劣な「最終防衛ライン」だった。
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